Fly Up! 15

モドル | ススム | モクジ

 林の家での話し合いを終えて、武は自転車を走らせていた。走らせていたといっても、ペダルに足を乗せているだけ。坂の途中にある中学、その傍にある林の家からの帰り道はペダルを動かす必要はなく、ハンドル操作だけで降りていく。

(唐突だったけど)

 吉田の発言がいまいち唐突なところには武も驚かされるが、悪い印象ではない。今回、林の家に呼ばれたことでともすれば暴走しそうになる吉田を林が抑えているのだと理解できた。
 おそらく吉田が単独で発言を繰り返せば、強攻策を止められないかもしれない。そうなる前に一つ間を置く役目を林は進んで行っているように武には映った。

(なんかいいなぁ、あんな関係)

 吉田が火なら林は水といったところだろう。相反する要素ではあるが、けして消しあわない。火を水が抑え、水を火が温める。互いに持ちつ持たれつだからこそ、あの雰囲気があるのだろう。

「俺だと……由奈かな?」

 自分の周りで誰がそんな存在かを考えると、真っ先に由奈が浮かぶ。武は誰に知られたわけでもないのに恥ずかしくなり、走行中にも関わらず頭を振った。そこで飛び込んできた人影に驚いて、ブレーキを思い切り握る。
 結果、緩やかな坂とはいえ勢いがついて前のめりになった。自転車が倒れるという事態は避けたが、心臓は鼓動を止めない。

(あれは……いや、間違いない)

 体勢を立て直してもう一度視線を向けると、相手も自分のほうを見ていた。二対の視線が武に向かう。言葉に表せば『バツが悪い』と言ったところ。
 武も気まずかったが、自転車に乗り軽く走らせて二人の傍に寄った。

「体育館で、バドしてたんだ」

 杉田と大地は同時に頷いていた。



「お疲れ様」

 武は自販機から取り出したペットボトルのスポーツ飲料を大地と杉田に渡した。二人は互いに顔を見合わせてから受け取り、キャップを外す。自転車はその場に止めて、三人は飲みながら歩き出す。
 三人がいたのは市民体育館の入り口付近。大地と杉田が出てきた場所だった。武はそのまま二人に付き合うように言って、体育館横にある公園へと歩き出す。二人は断ることなく武についていく。特に嫌がらないことに、武は内心ほっとしていた。

(やっぱりバドが好きなんだ、二人とも)

 部活を休んだとしても、こうして自分達でバドミントンをしているだけで武は嬉しい。二人が今日の行動に至った理由を聞くことが出来れば、更に改善することが出来るかもしれない。
 副部長になってくれと言われたことで、武の中にも少しだけ欲が生まれた。
 吉田に今のような問題を解決出来ると思われたからこそ、副部長になってくれというかなり気の早い話になったのだから。
 公園はかなりの面積で、道なりに歩いていけば一回りするのに二十分はかかる場所。子供連れの母親が何人か談笑し、ベンチは全て埋まっている。
 結局、武達が腰掛けたのは点在するオブジェの中でも近くにある二つだった。
 片方に武。もう片方に大地と杉田。

「で、今日部活だったけど……休んだのはなんでか、聞かせてくれる?」

 ストレート過ぎるかと言った後で後悔した武だったが、大地はしっかりと武を見て答えた。

「午前中はぐったりして動けなかったんだ。でも午後から回復して……そこで杉田が連絡くれたんだ」
「少しでも大地に合わせた練習させたいからな」

 杉田は大地よりも素直に理由を言っていない。それは武でも分かった。杉田は単純にサボりだろう。ただ、理由は最近の部活に納得しきれていないのもあり、大地を本当に心配しているのもあるだろう。

「大地は、今の部活どう?」

 二人の間に、武が踏み込めない絆があることはもう理解できた。ならば、他の点を探るしかない。そこまで厳密に考えたわけではないが、武はシンプルに今の部活の感想を聞いた。
 大地はまた武から視線を外さない。

「真剣だと思うよ。だから、僕も頑張らないと」

 しっかりとした大地の言葉。それだけで、武は大地が部活を嫌になったというわけではないと分かった。大地は部活の厳しさを感じて、そこから逃げるのではなく何とかついていく道を模索しているのだと。

「体力はもう仕方がないから、一週間に一度とか休んじゃうけど。何とか上手くなりたいしね。たまに杉田と打ってたんだ」

 笑って大地は杉田の方を見る。しかし、杉田はその場にいず、少し離れたところを歩いていた。その場に居辛いのか、そのまま離れていく。

「大地は本当に休んでたんだろうけど、杉田はずる休みだからな」
「ほんと」

 大地まで言葉に反応してきたことで、思わず武は笑ってしまった。話題の当人は一度、武達の方向を向いてからまた歩き出す。先には小学校低学年らしき子供達が数人、公園にある大きな滑り台の周りで遊んでいる。その横を過ぎて、杉田の背中は小さくなっていった。

「杉田にはさ、本当世話になってるんだよね」

 顔を緩ませながら語る大地。武は、二人の間に流れる空気を生み出す理由に触れようとしているのだと気づいた。聞かなくてもいいかとも思ったが、興味が勝る。

「小学校二年くらいから友達なんだけど。その頃、僕、苛められていたんだ。その時に助けてくれたのが、杉田」
「苛め……」

 あっさりと暗いことを言う大地に武は一歩精神的に引く。だが、その内心を知って知らずか大地は「はは」と軽い笑いを交えつつ続ける。

「あいつ。その頃から身長高いしかっこよかったから、苛められる時もあったけど、上手く立ち回っていつの間にかなくしてたんだよね。なんて言うか、きっと出来の悪い弟を持ったって感じなのかもしれない」
「それって――」
「同情とかだって?」

 武の中でぼんやりとしていた感情に大地が名前をつける。杉田のように目立つ男が大地を構う理由。最近のテレビドラマや漫画などを見ている武には、それが杉田の優越感を補完する行為のように思えた。大地はしかし、即座に否定する。

「人に言うとさ、誤解されるんだろうけど。やっぱり自分のことだから分かるんだよね。同情かそうじゃないか」

 大地の言葉によどみはない。確かに武のような他人から見れば杉田の行動に違和感を得るのかもしれない。
 そんな武の思いを悟っているのか、大地はかすかに笑みを浮かべた。

「まあ、当人が納得してるからいいってことにしよ!」

 これ以上進めても答えが出ないからと、大地は話題を終わらせた。武も特に言うことはなく、少しだけ伝えたいことを言った。

「吉田さ。ちゃんと大地や杉田のことも考えてるよ。さっき林の家で話してきたんだけれど」

 武はそこから、吉田との会話を大地に伝えた。二人のことを気にかけていたこと。厳しくがんばっていく中でも脱落しそうな部員へ目を配ろうとしていること。
 バドミントンを本当に好きだからこそ、何とか両立させたいという思いを。
 途中からは杉田も戻ってきて、武の言葉に耳を傾けていた。その顔はまだ少し吉田への不信感を残していたが、嫌悪までは行っていないと武は思う。
 話を終えたあとで、第一声は杉田の言葉だった。

「それなら、いい」

 一週間前も同じように言ったと武は思った。だが、その前と違うのは吉田の意思を伝えているということ。行動から想像するのではなく、彼の生の声を聞いた武というフィルターを通してのもの。けして正確ではないかもしれないが、それでもより確実に吉田の考えを伝えている。

(そうか。こうして欲しかったんだろうな、吉田)

 気が早い部長副部長の話を武にした吉田の真意を、武は何となくではあるが理解した。こうして杉田と大地に自分の考えを伝えて、少しでも対話しようとしたのだと。
 自分が直接行けば、バドの実力がある者とそうではない者。間にある溝に落ちかねないが、実力を伸ばしてきた武ならば杉田達と自分を繋ぐパイプとなるだろうと思ったのだろう。
 綿密にそう考えたわけではないかもしれないが、こういう話し合いの場を持ってくれれば良いと考えていただろうと、武は結論付ける。

(もしそうなら大したもんだ)

 そう思うと笑ってしまい、大地と杉田は突然笑い出した武を見て首をかしげる。武はその動作を見て心を重くしていたものが取れた気がした。


 * * * * *


「ふーん、いいなあ」

 若葉はそう言ってベッドに横になった。床に座っていた武もまた、横になって左肘を立てると頭を支える。視線は下がったが、若葉の顔はちゃんと見えた。

「男子はいいなー。まとまってて」
「そうか? まとまってないからめんどくさかったんだけど」
「でも、これで少しずつまとまっていくでしょ」

 若葉は「いいないいなー」と何度か繰返し、やがてベッドに顔をうずめた。それが、寂しさを紛らわすための動作だと武は分かっている。
 同じように厳しい部活。兄妹で同じく「初心者もバドを続けて欲しい」という考えを持っているのに、若葉はとうとう初心者を引き止めることができなかった。更に、今いる経験者はいずれも若葉よりも小学校時代は活躍している。このまま部活についていけなければ自分が辞めざるをえなくなるかもしれない。
 一方で武は体力がついたことで小学校時代から蓄積してきた技術が開花し、一気に実力を伸ばしていた。
 ここでも、二人の間に差が出たことになる。
 異性とはいえ血が繋がっている兄妹であり、武の中の負けず嫌いな面が若葉にもあった。顔をうずめるのを止めて武を見てきた若葉の眼には、嫉妬の炎が燃えていた。

「うらやましー」
「運が良かったんだよ」
「運かぁ……あ、そうだ」

 勢い良く――それまでの重い気持ちを跳ね除けるように飛び上がる若葉。ベッドをぎしぎしときしませて起き上がると、いつの間にか抱きかかえていた枕を抱きしめつつ武へと尋ねた。

「ねぇ。来週の日曜日さ、部活休みだけど市民体育館でやらない? 男子も何人か誘って」
「別に今のところ予定はないけど。運からどうしてそう繋がるの?」
「特に意味ないよ。あれはあれ。これはこれ」

 枕を軽く宙に飛ばし、それを受け止めて「ナイスキャッチ」と呟く。十三年間一緒にいても、武はこの思考の流れの途切れ目がいまいち把握できない。

「早坂さんと由奈っちも来るみたい。あとふーちゃんに澤に山ちゃん」
「……あだ名でいわれても把握できないんだけど。あと、なんで早坂だけさん付け?」
「さんづけ似合わない? あとふーちゃんが藤田さんで、澤が澤田さん。山ちゃんが山下さん」

 武は次々に出てくる名前と顔を一致させようと試みと、意外とすぐ当てはめることが出来て内心驚いていた。

(もう七月だしな)

 あだ名で呼ぶ若葉を見て、時の流れを感じていた。
 つい三ヶ月前までは小学校を卒業したばかり。中学ではどんな生活が待っているのかと期待していただけだったのに、今は部活中心とはいえ勉強も給食も先生にも大体対応できている。

「あれ? もしかして、武、背伸びた?」

 若葉はそう言って武を立たせると、壁に押し付けると、家庭科で使うセットの中に入っていたメジャーを取り出して身長を計った。

「やっぱり。四センチ伸びてる」
「ほんとか」

 四月に行われた健康診断から四センチ。こうして徐々に、しかし確実に中学生として成長していくのだと武は感動していた。
 そして、ふと思い出す。吉田のようになりたいと思った時に感じた何かを。

(そうか……吉田への気持ちって、早坂に思ってたのと、似てるんだ)

 小学校の時に出会った、山。壁と言ってもいい存在。
 練習では多くて二点しかとれずに惨敗し続けてきた早坂に、勝ちたいという思いが最近では薄れていたのだ。

「早坂、か……」

 どこか嬉しく、そして寂しく彼女の名前を武は呟いた。
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