「『白』き咆哮!」

「『黒』き破壊!」

「『赤』光!」

 ラーレスの光熱波。レインの空間爆砕。マイスの火球が一点に集中する。しかしそれら

はヴァルキルエルの眼の前で何の前触れも無く消滅した。

「無駄な事」

「だからって止めるわけにはいかないわ!」

 レインは剣を出現させてヴァルキルエルに向けて突進した。

「『銀』の砕牙ぁ!」

 銀色のエネルギーの刃がラーレスの手に生まれる。激しく光り輝く刃をヴァルキルエル

へと突きつけるために突進する。

「無駄だと……」

 ヴァルキルエルはその場に留まったままレインとラーレスの動きを見ていた。そして二

人の攻撃が自分を襲うのを目視して――

「言っている」

 両手でそれぞれの攻撃を受け止めていた。

「何っ!」

「何ですって!?」

 レインとラーレスは驚愕を隠し切れずに一瞬動きが止まる。そこにヴァルキルエルの攻撃が来た。

「逝け」

 一言。

 その一言と同時にレインとラーレスの体を雷撃が蹂躙する。

「ぐわあああ!」

「きゃああああ!」

「『白』光!」

 二人が雷撃を受けているのを止めるためにマイスは光熱波を放つ。しかしヴァルキルエ

ルは次に取った行動は、その光熱波に二人を投げつける事だった。

「!!?」

 マイスは強引に意識を光熱波に介入して何とか軌道を曲げた。投げつけられた二人を掠

り、ヴァルキルエルから離れた所に光熱波が吸い込まれて爆発する。

 ほっとしたマイスが次に見たものは自分に向かってくる二人だった。

「うわ!」

 避けきれずに二人にぶつかり床へと転がるマイス。そしてそこに頭上から雷撃が降り注いだ。

「うわああああ!!」

「あぐあああ!!」

「あああああ!!!」

 あまりにも強烈な衝撃に三人の意識が薄れていく。

 フェナはその光景を見て戦慄を覚えていた。

(あの三人がまるで歯が立たない……。これでは、もう……)

「しばらく、眠るがいい」

 ヴァルキルエルがそう言った瞬間、三人が固まっていた場所が突如大爆発を起こした。

その爆風にフェナとルシータはその場から飛ばされそうになる。必死になってその場に踏

みとどまり、やがて眼を開ける。

「……そんな」

 ルシータの声がフェナには聞こえた。震えていた。よほどの事が起きない限り怯えを見

せないルシータが、怯えている。

 レイン、ラーレス、マイスが倒れていた。意識はまったくないようで、ピクリとも動か

ない。死んでいるのではと思うぐらいだ。

「お前達は終わりだ」

 気がつくと目の前にヴァルキルエルがいた。

 フェナはしかし、回復魔法を止めようとはしない。

「何のためにそこまでやろうとするのだ?」

「諦められないからよ」

 フェナの視界をルシータが遮った。フェナとヴァイをヴァルキルエルの視線から遮る形

で立つ。その足は震えていた。

「お前も足を震えさせているではないか? そこまでの恐怖に打ち勝ってまで、何故この

場にいるのだ? 運命は決まった。お前達を助ける者はもういない。お前達を殺した後は

世界を滅ぼす。もう先に道は無い」

「まだ、わたし達は殺されていない」

 ルシータの声はすでに震えは無かった。自分の意志を、想いを疑いも無く信じている者

の目。それをヴァルキルエルは見た。

「どうせ殺されるなら、それまでは絶対諦めない。わたしはあんたなんかに屈しない。わ

たしは最後まで諦めないわ。あんたが世界を滅ぼそうとするのを最後まで抵抗してやる」

 ヴァルキルエルは動作を止めていた。フェナはそれが意味するところが分からなかった。

しかしヴァルキルエルから伝わる『想い』は理解できた。

(……困惑している? 古代幻獣王が?)

「分からない。どうして、そこまで意志を強くもてるのだ? 可能性があるとしてもほぼ

ゼロだというのに……」

「あんたに負けるのが気に食わないだけよ!」

 ルシータはいつのまにか腰に手を当ててヴァルキルエルをまっすぐに見返していた。

「あんたね、自分が創った世界が駄目になりそうだって自分の考えで決めて、勝手に滅ぼ

してるじゃない。それが気に食わないのよ」

「……我が創った世界を自分でどうしようと関係ないではないか?」

「関係ありありよ! だって、住んでるのはわたし達なのよ! あんたに創ってもらった

からってね、このくらいまで時間が経てばもうあんたは関係ないんじゃない?」

 ルシータは怒っていた。

 あまりに事態が大きすぎて萎縮していた自分に。

 確かにたのみの綱であるヴァイが意識が無く、たよりになる人達もやられてしまった。

だからこそ、逆に吹っ切れたのだ。

 どうせ死ぬなら、言いたいことを言おうと。

「何が一番気に食わないかっていうとね、あんたこの世界を滅ぼす口実に人間が世界を駄

目にしているって言ってるんじゃないの? 最初は確かに悲しくて滅ぼしたのかもしれな

いけど、いつのまにか滅ぼす事が優先されてたんじゃないの!?」

「――!!!」

 ヴァルキルエルが叫んだ。

 それは無音の叫びだった。部屋を振るわせる衝撃。ルシータはフェナの傍から弾き飛ば

されて壁に向かった。

「危ない!」

 ルシータの後ろに人影が出現し、受け止める。そしてそのまま壁に激突した。

「……この娘の言う通りかもしれないな」

 アルスラン=ラートは背中からきた衝撃に咳き込みながらも気を失ったルシータを見て呟いた。

「ああ。あんたは最初から悪い奴じゃなかったんじゃないか?」

「! ヴァイさん……」

 フェナは自分の腕から解放されて立ち上がった。ヴァルキルエルはその場に立ったまま

だ。しかし何も襲う様子は無く、ヴァイを見ている。

「なあ、聞こえるだろう? ワルツが。やっと分かった気がするよ、この円舞曲の意味が」

 いつのまにか曲が聞こえていた。今まで何度となく聞いてきた曲。ワルツ。

「『エンドレス・ワルツ』」

 フェナはその場から離れてから呟いた。

「お前は闇に囚われてしまったんだ。お前自身、何度も世界に絶望して、何度も破壊して

いる内に破壊のほうが優先されるようになった。しかしお前の心は満たされなかった。精

神世界で見た悲しさ。それはどうやっても満たされる事はなかった。満たされる事のない

『想い』を叶えるために破壊を繰り返してきた。それをお前の本当の心が悲しんだ。それ

が一つの形となって具現化した。それが、『エンドレス・ワルツ』の正体だったんだ」

 カスケイドが言った、『僕らの原点』。つまり自分達を生んだ本当の古代幻獣王の心。

 それが『エンドレス・ワルツ』だったのだ。

「……だから、どうだというのだ?」

 ヴァルキルエルは殺気を迸らせる。

「『銀』の翼」

 ヴァイはその場から空間転移でフェナとルシータ達がいる場所に移動する。ヴァルキル

エルはそれを追っては来ない。心のうちで葛藤があるのが見て取れた。

「お前は、なにより滅ぼしたかったのは自分自身だったんじゃないか?」

「……我は神だ。我を滅ぼせる者など誰もいない」

「……なら、俺が終わらせてやる。お前の『想い』を俺がかなえてやるよ!」

 ヴァイはヴァルレイバーを引き抜いてヴァルキルエルに突きつけた。フェナが立ち上が

ってヴァイの手に自分の手を添える。

「いきますよ、ヴァイさん」

「ああ、頼むぞ、フェナ」

 フェナが頷くと同時に光に包まれた。一瞬にして幻獣の形態に姿を変える。

『今こそ全ての力よ、ここに集え』

 その言葉と同時にヴァルレイバーに力が集まっていく。

「我は世界を滅ぼす!」

 ヴァルキルエルはヴァイとフェナに向けて雷撃を放とうと手をかざしたが、そこに長大

な剣が突き刺さる。

「……させないわよ」

 レインが肩で息をしながら立っていた。その顔には疲労の色が濃かったが、瞳の光は失

われてはいない。

「おのれ……」

 ヴァルキルエルは雷撃の対象をレインに変えて放った。レインは魔術を唱えて迎撃する

力も無いのかその場から動かない。

「『白』き螺旋!」

 雷撃がレインに届く直前にレインの眼の前に障壁が現れて雷撃を防いだ。

「ラーレス!」

 レインが見るとラーレスが倒れたまま手をかざしている。ラーレスは痛みに顔を歪ませ

ながらも笑みを浮かべた。

「『紫』光」

 言葉が聞こえるとともにレインの体の傷が塞がる。見るとマイスが魔術で治癒している

ようだった。

「僕は……もう、動けません。レインさん、頼みます」

「……分かったわ」

 傷が回復したレインはヴァルキルエルへと突進した。ヴァルキルエルは更に雷撃を放つ

がレインはそれを左右にかわしていく。

「……あなた達がいるから、わたしは闘っていられる」

 レインはこの状況では異様に見える柔らかい笑みを浮かべた。

「ヴァイス! 早くしなさいよ!!」

 レインの声にヴァイは無言で頷いた。





「時は来た。古き民は消え、新たな民に世界を任すのだ」

 ラムウが手に持った杖を上げる。その先端に周りに集った幻獣達から発せられる光が集

まっていく。その光が強まるに連れて、幻獣達の体が薄くなって現実感が消えていく。

「我等の力、受け取れ! フェナ!!」

 やがて全ての幻獣が消え失せ、ラムウの姿も消える。幻獣達の力の結晶たる光の球はま

っすぐに『魔大陸』へと向かっていった。その場には何も残らない。

 全ての幻獣が消え去った。

 未来を人間に託して――





 ヴァルレイバーに集まる力をヴァイは戦慄を覚えながら見ていた。

「す、凄い。これが、ヴァルレイバーの真の力……」

「キュー」

 ヴァイの足元にレーテが歩いてきた。そしてレーテの体から光が放たれ、ヴァルレイバ

ーに集まっていく。

「レーテ?」

 ヴァイはレーテの姿が薄くなっていくのに気付いた。気絶から立ち直っていたルシータ

が悲鳴を上げる。

「レーテ! どうなっちゃうの!!?」

『これが、最後の鍵。今の幻獣達の全ての力を集めて、わたしが力に変える。その力でヴ

ァイさんの持っている消滅魔術で古代幻獣王を滅ぼす』

 そして、レーテの姿は完全に消えた。最後にルシータに視線を向けながら。

「レーテ!」

 泣き崩れるルシータ。その嗚咽にレインの悲鳴が重なる。

「姉さん!」

 見るとレインはヴァルキルエルの攻撃に翻弄され、傷ついていた。

『迷っている暇はありません。我が身を賭けて力をくれた全ての幻獣のためにも。ヴァイ

さん。今こそ、全ての『想い』を込めて!』

 ヴァイはフェナの声に最後の一歩を踏み出した。すでに力は溜まっている。力の限り、

ヴァイは叫んだ。

「姉さん!」

「――オッケイ!」

 レインはヴァルキルエルから飛びのき、ラーレスとマイスの元に跳躍した。そこで魔術を唱える。

「『銀』の翼!」

 一瞬にしてヴァイの後ろに現れる三人。ヴァイはヴァルキルエルの気が自分に向くのを

確認して、最大の、最後の魔術を放った。

「『金』色の世界!」

 ヴァルキルエルの体の周りを黄金の光の柱が包み込む。その光はヴァルキルエルの体を

徐々に消していく。全ての幻獣の力がこもった究極の一撃。

「ぐ、ぐああああああ!!!!!!!」

 必死で自己の消滅に対抗しようとするヴァルキルエル。体の周りに魔気を集中して消滅

領域を逆に消滅させようとしているのだ。そうしている内に、消滅が止まる。

「どうして!」

「まだ、力が足りないの!!」

 ルシータが、レインが悲痛な叫びを上げる。ヴァイは両足を踏み込んで押し返されよう

とする魔力に対抗した。

「くぅおおおおお!!」

 見えない闘いが繰り広げられていた。空間に広がる魔力の押し合い。この勝利者が、世

界の運命を決める。

「せ、世界を! 世界を滅ぼす!!」

 ヴァルキルエルの叫び。心の奥に響く叫び……。

 見るからにヴァイが押されている。噛み締めた口から血が滴り落ちた。

「駄目なの!? 何が足りないの!!? レーテも消えたのに! わたし達の未来を守らせてよぉ!」

 ルシータの絶叫。その時、音が消えた。

「……何?」

 レインが辺りを見回す。ヴァイは変わらずにヴァルキルエルと押し合いをしていたが、

先ほどまでの轟音は全くしない。

「……ワルツ」

 曲の調べが聞こえる。

 何も音がしなくなった空間に響く、物悲しげな曲調の曲。

『エンドレス・ワルツ』

「……出て行けよ」

 ヴァイが言った。後ろへと下がっていた足が前に踏み出される。何よりも強い一歩。

「……過去からずっと世界を見てきた、古い種は」

 一歩。もう一歩と足が前に出る。ヴァルキルエルは再び体が消滅し始めて絶叫する。そ

の顔に浮かぶのは恐怖。世界を蹂躙してきた神と呼べる存在が、初めて、そして最後に体

験する感情。

「古い種が、新しい未来を築こうとする人間の、世界の!」

 ヴァルレイバーが輝きを増す。黄金の柱もそれに呼応して輝き、巨大化する。

「俺達の邪魔をするなぁ!!」

 刹那、ヴァルレイバーが音も無く砕け散る。

 それと共に起こる大爆発。古代幻獣王の叫び。

 その場が、光に包まれた――





「――!?」

 クーデリアは《クラリス》の窓から『魔大陸』を見ていた。魔物達がある時からいなく

なったので警戒態勢を引きつつも後の展開を静観していたのだ。そして『魔大陸』から昇

る黄金の光を見て、まったくの根拠無く感じてしまった。

(終わったのね……)

 どうしてそう思ったか分からない。しかしそれは確かな事だと思えた。





「……終わりましたね」

 ヴァイの腕の中でフェナは安心しきった笑顔を浮かべた。ヴァイは逆に悲痛な顔でフェ

ナを見つめている。

「古代幻獣王は消滅しました。長い、本当に長い間繰り広げられていた闘いが今、終わっ

たんです」

「……そうだな」

 ヴァイは静かにそう呟く。傍にはルシータ、アルスラン、レイン、ラーレス、マイスが

いた。皆、何も言葉を話さない。いや、話せなかった。

「わたしは、幸せでした。あの時ヴァイさんや、マイス、ルシータに会ってなければ、今

この場にいなかったかもしれない。わたしは生きる意味を見つけました。そしてそれを達

成した。もう悔いはありません」

「……フェナぁ」

 ルシータが涙を流してフェナにすがりつく。フェナは残った左腕でフェナの背中に触れ

た。フェナの体は既に上半身だけになっている。徐々にその姿は砂になって融けていっていた。

「ルシータ。ヴァイさんと仲良くね」

 背中に回されていた左腕が消える。

「みなさん。もう幻獣はいません。あなた達の世界です。だから、大切に……」

 フェナの顔が崩れた。さらさらと自分の腕の中から消えていったフェナにヴァイは唇を

噛み締める。

 しばらく、誰も動こうとはしなかった。最初に動いたのはレインだった。

「……行きましょう」

 レインがそう言ってヴァイを立たせる。主を失った『魔大陸』は徐々にひび割れ、崩れ

ようとしていた。ラーレスとレイン、マイスが協力して風の結界を張る。

 ヴァルキルエル復活の際に空いた上の穴を抜けて、ヴァイ達は『魔大陸』を脱出した。

 崩れていく。

 世界を破滅に追い遣るために浮上した大陸はその役目を終えぬまま、永遠にその場から

消え失せるために崩れていく。

「無くなっていくね」

 ルシータが――

「……そうだね」

 マイスが――

「終わったんだ」

 ラーレスが――

「ワルツが鳴るのが、ね」

 そしてレインが、そう呟いて崩れゆく『魔大陸』を何故か名残惜しそうに見る。

 そこに、不意に流れるワルツ。

「終わらないワルツが鳴るのを止める、か」

 アルスランは手に持っていたオルゴールの蓋を閉じる。そうすると音が止んだ。

「……そして始まるんだよ」

 ヴァイの言葉と共に、『魔大陸』は世界から消失した。





 こうして『最終章』は終幕した。


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