マイスの呟きはヴァイにしか聞こえなかった。

「レイが……死んだ」

 ヴァイは立ち止まり、マイスを見る。マイスは俯くのを止めてヴァイへと叫んだ。

「レイが死んだんです! 確かに今は世界の危機なんでしょうけど、僕にはそんなに簡単

に気持ちの切り替えなんてできませんよ!」

「マイス……」

 ルシータは流れそうになる涙を堪えるように唇を噛んだ。今までいっしょに旅をしてき

た仲間、レイは死んだ。死なないはずはなかった。オレディユ山の噴火に飲み込まれたの

だ。死なないはずがない。だが、心のどこかで生きてると信じたいと思っている自分がい

る事をルシータは否定できなかった。だからこそ、今まで努めて思考に出さないようにし

ていたのだが、マイスの一言で考えざるを得なくなった。

「マイス。レイは死んだんだ」

「ええ、分かってますよ! だから僕は……」

「分かってるなら、これからやるべき事が分かるだろう」

 ヴァイの右手が動いた。マイスの頬を叩き、反対側へと振りぬかれる。マイスは呆然と

していたが、やがて目に光が戻ってきた。

「悲しむのは、『最終章』が終わってからだ」

「その通りだな」

 横手からの声にヴァイもマイスも、その場にいる誰もが身構えた。

 声のする方向にいたのは白いローブに身を包んだ人間だった。だが人間とはどこか雰囲気が違う。

「幻獣王、バハムート……?」

 レインがそう呟いて前へと進み出た。 誰もが驚きで動けないままの状況で白いローブ

の男はレインに向けて笑みを浮かべた。

「お前は他の人間達とは違うようだな」

「ええ。これが、あなたが幻獣王だと教えてくれるから」

 そう言ってレインが見せたのは剣だった。共鳴しているかのごとく、青白く刀身が光り輝いていた。

「いかにも。私がこの死の山に封印されていた『幻獣王』バハムートだ。この姿はお前達

人間と話しやすいように合わせているのだ。それにしても大したものだ。お前は自力で『ヴ

ァルキルエル』を探していたのか」

「この世界を救うために、ね」

「ちょっと、待ってくれ」

 ラーレスがレインと白いローブの男――バハムートの会話に口を挟む。

「一体どうなっている? それからレイン。君は結局、どうして《クラリス》を出て行ったんだ?」

「そうね……一度、事体を完全に把握しておく必要があるわね」

 レインはバハムートを招いてヴァイ達の所に来た。ゆっくりと話し出す。

「まず六年前のあの日、わたし達の父を殺した<クレスタ>を追ってヴァイスは《リヴォル

ケイン》を出奔。ヴァルレイバーを持って。そしてヴァイスは<クレスタ>を倒し、この旅

に出た。わたしは《クラリス》で『真の歴史書』についてと『古代幻獣の遺産・ヴァルキ

ルエル』の事を知り、『ヴァルキルエル』の起動キーであるこの剣と共に《クラリス》を

飛び出した。そして……今、ここにいる。詳しく説明している時間はないけど、こんな

説明でいいはずよ」

 レインの簡潔な説明にラーレスは頷いた。

「ああ、分かったよ。その『ヴァルキルエル』というのは一体どの程度の武器なんだ?」

「星を吹き飛ばす力を持っている」

 今度はバハムートがさらりと言った。その発言に皆が固まる。ルシータが恐ろしげに口を開いた。

「そんな危ない武器、どうして作ったの!?」

「『魔大陸』に入るためだ」

「『魔大陸』……あの浮かんでいる島の名前だな」

 ラーレスの問にバハムートは頷く。

「『魔大陸』には古代幻獣王復活の際におこる膨大なエネルギーの爆発を外界に洩らさな

いようにフィールドが張られている。それを破壊しない限り、『魔大陸』には入れない」

 バハムートは急に指を鳴らした。すると地鳴りが起き、溶岩で埋まった大地が盛り上がっていく。

「これが……」

「『ヴァルキルエル』……」

 マイスとヴァイが同時に感嘆の声を上げた。それはゆうに五十メートルはある巨大な大

砲だった。その外郭はどこか生物を連想させるような、けして硬質的な物ではなかった。

「我々幻獣の望みは『最終章』を防ぐ事。この終わらない悪夢に終止符を打つ。そのため

にはこれが必要だ」

 バハムートは切実な声でヴァイ達に言う。ヴァイが、ルシータが、マイスが、フェナが、

ラーレスが、レインが深く頷く。

 皆の心が決まった。

 人類最後の闘いが今、幕を開ける――





「これからやるべき事は言うのは簡単だ。まず私と数人で『魔大陸』まで飛ぶ。そして残

りの人間が『ヴァルキルエル』を使って『魔大陸』の防御フィールドに穴を開ける。そこ

に我々が侵入して、古代幻獣王が復活するまでに根源を断つ」

「根源を断つというのは?」

「その方法はその娘が知っている」

 バハムートはフェナに視線を向けて言った。フェナは少し表情を強張らせながらも力強く頷いた。

「じゃあ、割り振りはこうね。わたしが『ヴァルキルエル』を稼動させる。ヴァイス達は

バハムートと共に『魔大陸』に乗り込む」

「よーっし! 絶対古代幻獣王を倒すわよ!」

 ルシータがレーテを胸に抱えて気合を入れる。しかしヴァイは平然と言い放った。

「ルシータ、マイス。お前達はここに残れ」

「えっ……!?」

「先生……」

 ルシータとマイスは納得のいかない表情をしたが、ヴァイは鋭く言う。

「お前達は足手まといだ。ここから先はこれまでとは本当に危険のレベルが違う。自分の

身を満足に守れない奴は来るべきじゃない」

「でも、ヴァイ!」

「黙れ」

 ルシータは驚愕した。ヴァイの表情がこれまで見たことの無いくらい怒気で溢れていた事に。

「行くのは俺とラーレス、そしてフェナだけだ。速攻で攻める」

 ヴァイはそう言ってルシータ達から離れた。ルシータとマイスは何も言えない。そこに

バハムートが口を挟む。

「お前達にも充分に役割がある」

 バハムートがそう言ってきた事にその場にいる者全員が驚く。タイミング的にヴァイに

言われて落ち込んでいるルシータ達を励ましているようにも聞こえたからだ。

「この『ヴァルキルエル』が作動するにはお前達の時間で三時間ほどかかる。これがこの

場に浮上した事でその『枢密院』とやらも存在に気付いただろう。こちらに魔物達を送り

込んでくる。我々が先に出て奴等の注意を引く事はするが、完全には止められない」

「なるほど。起動するまでの間、この大砲を守っていろって事ね」

「そういう事だ」

 レインはバハムートと会話を終えるとすぐに『ヴァルキルエル』へと向かった。ルシー

タとマイスに向けて叫ぶ。

「今からこれを作動させる間、わたしはこの傍を離れる事はできない。だから、あなた達

二人がこれを守るの」

「あたし達が?」

「これを守る……」

 二人が『ヴァルキルエル』を見上げる。バハムートとラーレス、フェナはその場から離れた。

『ヴァルキルエル』から距離を取って四人は顔を見合わせた。

「これから私は真の姿になる。お前達は私の背中に乗れ。防護フィールドを展開するから

どんなにスピードを出そうとお前達が落ちる事は無くなる」

「「分かった」」

 ラーレスとヴァイ、フェナはバハムートから離れた。バハムートはそれを見届けてから

眼を閉じて集中し出す。

 バハムートの体が光り輝く。

 光を伴った体は徐々に大きくなり、たちまち『ヴァルキルエル』と同じくらいの大きさ

に変化した。

 正にその姿は龍だった。巨大な二枚の翼をはためかせてバハムートは雄叫びを上げた。

 幻獣王バハムート。その姿のなんと堂々としたことか。

《行くぞ、人間達》

 バハムートの声が響く。三人は足を前に踏み出した。

「……待って!」

 聞こえてきた声にヴァイが足を止めて振り返る。

 そこにはルシータがいた。

 フェナとラーレスはそれを見て先にバハムートの背に駆け寄る。

 その場には二人だけが残された。

「……ヴァイ……」

「ルシータ」

 ヴァイはルシータにゆっくりと近づく。そして手の届く距離に入ると、一気に自分の元

にルシータを引き寄せた。

「……!!?」

 突然の事にルシータが顔を赤らめる。

 ヴァイは力強くルシータを抱きしめて、静かに言った。

「生きて、帰る」

 額に感じる弾力。

 それがヴァイの口づけだということに気付いてルシータは何も言えなくなった。

「あ、あ、あの……」

「続きは帰ってきてからだ」

 ヴァイは何事も無かったようにルシータから離れる。しかし心持ち、顔は赤いように見

えた。走り去るヴァイ。それを黙ってルシータは見送った。辺りに吹き荒れる風にルシー

タは顔をしかめたが、けしてヴァイから眼を離さなかった。

 やがてヴァイがバハムートの背に乗り、バハムートが羽ばたく。

「必ず、帰るって信じてるから」

 ルシータが、マイスが、レインが見つめる中、光が最後の希望を掴むために飛び立った。





 そこは薄暗い部屋だった。

 しかしその光源の少なさにしてははっきりと物が映っている。

 中でも部屋の中心部にある物は異様だった。

 肉の塊。

 そう表すのが一番的を得ていると思えた。

 球状をしたその物体は時々脈打ち、まるで心臓のようである。

「もう少しです」

 長い金髪を掻き揚げて、レディナルドは言った。顔は恍惚の表情で、今にも笑い出しそ

うになっている。

「我等が古代幻獣王様の復活」

 同じ顔――ガルナブルは既に笑みを浮かべている。正に見る者の不快感を煽る表情である。

「その前に、邪魔が入ったようだ」

 二人の背に女の声がかけられる。二人は背後を振り返る。最強の戦士を自負する二人の

背後を何の気配もさせずに取った女、ミスカルデに二人は嫌悪感を露わにする。

「ふん。これまで何回と繰り返されてきた事だ」

「そう。歴史は変わらない。また人類は滅亡するのだ」

「だがまあ、いいだろう。奴等を殺す事にしよう」

 二人はその言葉を最後に姿を消した。その場に残るは会話をしていた女ともう一人。

「彼等か? ミスカルデ」

 アルスラン=ラートは自分の前にいる女性――ミスカルデ=エバーグリーンに尋ねた。

 するとミスカルデは顔に笑みを浮かべて振り向いた。アルスランはふと、彼女の笑み

を見たのは初めてだと思った。

「はい。今までの歴史と明らかに違う点をレディナルド達は理解してはいない。やはり彼

等は古代幻獣王の駒。自分で考える事はしない」

 今度は部屋の中心の球を見て言う。

「歴史は変わる。変えてみせる」

「そうだな」

 アルスランもミスカルデの横に並ぶ。そして静かに呟いた。

「頼んだぞ。ヴァイス=レイスター」

 その声には隠し切れない想いが込められていた。





 ソトガサワガシイ

『それ』は自分の意識の外側からくる不快な音に気付いた。

 しかも前よりも大きくなっている。

 ワタシノネムリヲサマタゲルノカ

 どうやらそれは自分を無理やり起こそうとしているのだという事にやっと気付いた。

 しかし相変わらず『それ』は、自分の意識がやけに混濁している事には気付いてはいない。

 セカイ、コノ、デキソコナイノセカイ

 深い眠りの中で再び頭に浮かび上がってくる映像。

 小さき生き物達の争いの歴史。

 殺戮と破壊の歴史。

 次々と流れていく映像のバックに音楽が流れる。

 ウウウ、ウルサ、ウルサイ

 その曲はあわただしく切り替わる映像に全くミスマッチな、静かに流れていく曲だった。

 静かに、淡々と流れていく三拍子。

 ワルツ。

 ヤメロ……!

 思考が逆に落ち着いてくる。眠気が、『それ』を包んでいった。

 ヤ……

 そして『それ』は再び眠りについた。

 しかし『それ』は気付いていた。

 その眠りが、前よりも浅いという事に。


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