光の中に入ると、再び暗闇が周りを覆った。

 ヴァイは一旦眼を閉じて、少しの時間の後に開ける。昔からの、暗闇に視界を慣れさせ

る訓練。効果はあったようでおぼろげながらも視界が晴れる。

 そこはみんなと別れる前にいた部屋とほぼ同じだった。違う点は一つだけ。

(奥からくるプレッシャーが桁違いだ)

 暗闇の更に奥に、先へと進む通路が見えた。そこから得体の知れないプレッシャーが押

し寄せてくるのだ。

「『あれ』はヴェリアリスの気、だ」

 横を見るとミスカルデが立っていた。その後ろにはスフィーダ。どちらも相当の戦闘を

繰り広げたのだろう、戦闘服がぼろぼろになっている。致命的な怪我は負ってはいなかったが。

「『古代幻魔獣・ヴェリアリス』。バハムートが自分の体と共に封印した奴だ。今、お前

が見てきた人物はヴェリアリスの精神支配の一端」

「なるほどな」

 ヴァイは無関心を装ってミスカルデに言葉を返す。その態度を気にした様子なくミスカ

ルデは続ける。

「お前達がことごとく精神支配を打ち破ったものだから、奴も力を消耗したのだろう。こ

の先には、奴の『本体』がある」

「それを……僕達は倒せるんですか?」

 後ろからマイスが走ってきてヴァイの後ろにつく。問いかけはもちろんミスカルデに、だ。

「カスケイドだって……僕達は倒したわけじゃない。封印しただけだ。でも今回は……」

「最初から勝ち目は薄い戦いってわけだ」

 続いてレイが少し離れて立ち止まる。姿を見たわけではないが、口調からヴァイにはレ

イが疲れている事を理解した。

「だからってここまで来て引き返せるかよ」

 ヴァイ達の前に苛立ちを含んだ声色で進み出たのはゴーダ。右腕は折れているようでだ

らりとぶら下がっている格好だ。

「古代幻魔獣だろうとなんだろうと、俺達の世界にいちゃもんをつけてくる奴は許せん。叩き潰す……」

 怒気はヴァイの手が右腕に添えられた時点で霧散した。

「『紫』の十字架」

 ヴァイの魔術により一瞬の内に腕が治る。それを見たミスカルデは内心感嘆していた。

(さっきよりも魔術の力が上がっている……。真の力が……我々が必要としていた力が、目覚めたか……)

 ミスカルデは笑みを浮かべた。

 自分が、自分達が待っていた『切り札』がようやく目を覚ました。その事に純粋に喜び

を感じる。誰にも悟られないよう、すぐに表情を元に戻し、みんなに呼びかけた。

「深奥はこの先だ。そして、古代幻魔獣の本体があるはず。それを倒さなければ我々に道はない」

 ヴァイ達の間の気温が下がった、ように感じられた。みんなの意識が張りつめられたからだ。

「全ては、ここにある」

 ヴァイ達は前進を再開した。





「キュー!」

 レーテの額からの光線が最後のガード達を消し炭に変えた。

 周りは全て破壊されたガード達で埋め尽くされている。少し離れた場所にはレインが何

処から出したのか、刀身が自分の背丈ほどもある剣を片手に体を強張らせていた。しかし

すぐに警戒を解く。

「どうやらこれで終わりのようね」

 レインが何事かを呟くと、剣は一瞬にして消え去った。そしてルシータを見て微笑む。

「よかった、無事で」

「レインこそ、怪我はないの?」

 ルシータがレインに駆け寄り、顔を覗き込む。レインは自然な動作でルシータの頭に手をやった。

「私は大丈夫。あなたの事はヴァイスから任されているから」

 頭を撫でられる感触に、ルシータは心地よさを感じた。

 まるで母親に撫でられているような、そんな感覚。

「無事で何より」

「何より」

 離れた場所から聞こえてきた声はレディナルドとガルナブルのものだった。二人の間に

はアルスランが無傷で立っている。服には皺一つ見当たらない。

(あれだけの数をあの二人だけで乗り切ったというの……)

 レインはここに来て初めて動揺した。それを面に出す事は無かったが。

 レディナルドとガルナブル。

 この二人は予想以上に強敵のようだ。

 今、もし自分の持っている『鍵』を力ずくで取り返そうとしたら守りきれる自信がある

ほど、レインは自分の力を過大評価していない。

 唐突にレディナルド……ガルナブル? どちらがどちらかレインにはもう分からなかっ

たが、片方が顔を上げた。そして直後に地震。

「な、なんなの?」

「キュー! キュー! キュー!!」

 ルシータの腕の中でレーテが騒ぎ出した。むしろ暴れるといった様子で必死にルシータ

の腕から逃げようとする。

「レーテ、落ち着いて! 大丈夫だよ! あたしがついてる!!」

 ルシータはレーテに負けない力で抱きしめた。するとレーテも足掻くのを止めて大人し

くなる。顔をルシータの胸に寄せて小刻みに震えている。

(怯えているの……?)

「もう少しのようだ」

 双子の片割れが呟く。それに反応してアルスランも頷いた。

「どうやらヴァイス達が深奥に辿り着いたようだ。これは彼等と『深奥の番人』とが闘っ

ているために起こっているのだろう」

「『深奥の番人』……?」

 レインの手に再びあの長大な剣が現れた。その瞳は怒りで満ちている。

「まさかあなた、ヴァイス達を皆殺しにするためにわざと罠に送り込んだんじゃないでしょうね」

 レインの体から噴き出す闘気。体がその衝撃で震えるのを真近なルシータは感じた。

「もしそうなら、ミスカルデやゴーダ達も道ずれになってしまうのでは?」

 アルスランが戦闘態勢を取ったレディナルドとガルナブルを遮って答える。しかしレイ

ンの答えは迷わなかった。

「あなたがあいつ等さえも犠牲にする気なら、関係ないわね」

「貴様……!」

「なんという無礼を!」

 金髪の双子が互いに闘気を体に満たす。それにあわせてレインも筋肉を撓めた。いつで

も最大の一撃を放てるように。そして言葉を続ける。

「『古代幻獣の遺産・ヴァルキリエル』」

 その言葉にアルスランら三人とレーテが反応した。分からない顔できょとんとしている

のはルシータ。

「何なの? それって……」

「私がこの剣と一緒に《クラリス》から持ち出した資料に書かれていた、古代幻獣達が残

した最終兵器の事。一度放たれれば島一つを跡形も無く消し飛ばす事ができるという……

伝説の兵器。それさえ手に入れる事ができればヴァイス達なんて用はないはずね」

 ルシータは顔を青ざめさせる。

「そんな兵器が、存在するっていうの?」

「その通りだ」

 ルシータの問に答えたのはアルスランだった。アルスランはルシータを見て言う。

「その力を持って『古代幻獣王』を消滅させる。そのために来るべき日までその『起動キ

ー』を《クラリス》という組織を創設して守ってきたのだ。それをどうやって調べたのか

レイン=レイスターが持ち去ってしまった、というわけだ」

 アルスランは視線をレインに戻した。そしてあらためて静かに問う。

「どうやって『鍵』の……その『剣』の存在を知った?」

 レインは自分の持つ剣を掲げて先の三人へと見せつける。その顔は何も感情は表れていない。

「存在を知っていたのはあなた達だけじゃないって事よ」

 無感情なまま、レインは笑みを浮かべた。先ほどまでルシータに向けられていたものと

は明らかに違う笑み。瞳は笑っていなかった。

「……幻獣達か」

 アルスランがその単語と共に溜息をつく。そしてレインに背を向けた。

「「アルスラン様!?」」

 レディナルドとガルナブルが同時に振り向いた。このまま攻撃命令が出ると思っていた

のだ。驚愕は隠せない。

「このまま張り詰めていても仕方がないだろう。彼等を捨て駒にしていないのは本当だ。

それを信じてもらうにはここは何もしないほうがいい」

 そう言って壁際に歩いていくとそのままそこに座り込んだ。

「使われる時に、兵器など使われればいいのだ……」

 アルスランは眼を閉じた。全く無警戒に。アルスランを除く人達は皆、驚きを隠せなか

った。しかし同時に思う。

(これが、アルスラン=ラート国王……)

 ルシータは内心そう思った。

 口には表せない、しかし誰もが、これが国王だと認める感覚。

 今までの王とは明らかに違うその気配。

 そんな中、またしても地震が起こった。それは先ほどまでよりも大きくなっていた。

「ヴァイ……」

「ヴァイス……」

 ルシータとレイン。二人の声が重なった。

 それはどちらも不安を含んでいた。





「ますますプレッシャーが強くなってやがる」

 ゴーダは額に汗を滲ませながら言った。周りの温度は増していたが、けしてそれだけで

はない事は皆の中に浮かび上がってくる焦燥感が物語っている。

「諦めはしない」

 レイが珍しく表情を強張らせて言う。それに呼応してマイスも吼えた。自分を奮い立た

せるかのように。

「何とかなるか……じゃなくて、何とかするんです!」

「その通り」

 ヴァイはマイスの頭に手をやって軽く叩いた。マイスはきょとんとした顔でヴァイを見る。

「いやにやる気が出たじゃないか? あそこで何があったんだ?」

 マイスは顔を紅くする。しかし一瞬の戸惑いの内、答えた。

「ただ、覚悟を決めただけです。先生が諦めない限り、僕も諦めないって」

 その顔は既に今までのマイスとは違っていた。この戦いの中でマイスも確実に成長して

いたと、ヴァイは顔に出さずに喜んだ。と、その時――

「「来た」」

 ミスカルデとスフィーダが言う。

 次の瞬間には熱いナニカが通り抜けていった。ヴァイ達は戦闘態勢をとる。

「これが……」

 ゴーダが先頭に立ち、身構える。まだ闇が残る奥からはズンッ……と足音のようなもの

が聞こえてきた。

「この、気配……」

 マイスは体が総毛立つのを感じた。カスケイドと同じ気配……。

「! 来た!!」

 ヴァイは咄嗟にゴーダよりも前に出た。そして魔術を全力で解放する。

「『白』き螺旋!!」

 前面を光の螺旋が埋め尽くす。そこに巨大な衝撃がぶつかったのはほぼ同時だった。

「うわあ!」

「ぐっ……!」

 マイスが驚いてあげる悲鳴を聞きながら、ヴァイは口から血を流した。あまりにも強く

かみ締めているために口の中を切ったのだ。少しでも気を抜くと押し切られてしまう程、

螺旋へと押し寄せる力は凄まじかった。

「手助けしよう」

 そう言ってミスカルデは体から電流を発した。その量が今まで見たものの数十倍は出て

いるのを見て、レイとマイス、ゴーダは驚愕に目をみはった。

「はぁあああああ!!!!」

 ミスカルデから放たれた巨大電流は光の螺旋を抜けて押し寄せる力――光熱波に衝突した。

 耳障りな音を立てて光熱波が推し戻される。

「マイス!」

 ヴァイが叫んだ一言にマイスは理解した。全力で思い描く。魔力を全解放。

「『白』光っ!!!」

 三つ目の光の帯と共に更に力は後退した。

「このまま押し切るぞ!」

 ヴァイの叫びと共にミスカルデとマイスが更に出力を上げる。そしてリミットを越えた。

 大爆発と共にヴァイ達はその場から吹き飛ばされる。爆風は一気にヴァイ達を包み、姿

を見えなくする。

「皆! このまま前に突っ走れ!!」

 ヴァイの声と共に駆け出す足音。それに次々と続く足音。爆風からヴァイが抜けるとそ

こは広い空間だった。そして油断なく身構える。

「あれが、ヴェリアリスか」

「ああ、そのようだな」

 すぐ後ろに聞こえたミスカルデの声にヴァイは反応する。隣にはスフィーダがいるよう

だ。しかしヴァイの視線は前を離れる事はない。

『やっときたな。無駄な事をする蛆虫(うじむし)どもが』

 それは硬質的な皮膚で二つの台形型の円錐を合わせたようなものだった。上半分からは

幾本もの触手が生えている。どこから声が発せられているのかは分からなかった。

「気持ち悪いですね……」

「ああ」

 レイとマイスの声。ヴァイは振り向こうとして……できなかった。ヴェリアリスからく

るプレッシャーに体が動かないのだ。

『我等が王は復活させない。来るべき日がくるまで』

 ヴェリアリスの触手から無数の光線が吐き出された。


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