「『白』き咆哮!」

 ヴァイが渾身の力で光熱波を放つ。シュバルツはその場を動かずに口をなにやら動かし

た。すると目の前に光の障壁が現れて光熱波を受け止めた。

「全てが、父さんと一緒か」

 ヴァイは冷静にそう言うとその場から離れた。次の瞬間には炎の塊がそこに着弾している。

(魔術の起動時間が極端に早い。魔術を放ったと思った次には、次の魔術が放たれている)

 父の、シュバルツの強さの秘密はその極端なまでの魔術の起動時間の早さ。普通、一つ

の魔術が行使されてから次の魔術を使えるようになるまで、そんなに長い時間ではないが

タイムラグがある。魔術師はそこに一瞬の隙を見せてしまうために日頃から平行してその

一瞬を補うために体術を取得している。

 しかし、シュバルツは持って生まれた才能からかそのタイムラグが無きに等しい程のス

ピードを誇っていた。全ての技術を注ぎ込まれ、父に自分を超えたと言わしめたヴァイで

さえも、そこだけは上回る事は無かった。

(体術はあっちが上、魔術の威力は俺が上。そして魔術の起動スピードはあっちが上か)

「『赤』き飛礫!」

 幾つも出現させた炎の塊を牽制に放ち、ヴァイは次の魔術を放とうと意識を集中した。

(後手に回ってはだめだ。一気に攻める!!)

 その場から爆発的な瞬発力を使って炎の飛礫の後を追う。シュバルツは口を動かして光

の障壁を出して飛礫を防ぐ。しかしその時にはヴァイはあと数歩の位置まで近づいていた。

「『赤』い稲妻!!」

 走ってきた勢いそのままに火球を放つヴァイ。しかしシュバルツは尋常じゃない反応速

度を見せて再び障壁を張った。障壁に火球が阻まれる。

「『紫』の波紋!!」

 そして第三の魔術が発動した。

 ヴァイは走りこんできた速度を生かして障壁を張っていたシュバルツの側面に回りこん

だ。側面には障壁は張られておらず、脇腹ががら空きになる。

「これで!」

 魔力を込めた拳がシュバルツの脇腹に伸びた。体を限界まで肉薄させて最大の一撃を放つ。

「ヴァイス」

 その一言が耳に入った。静かな、優しい声。

 ヴァイの体は止まっていた。殆ど条件反射といっても良いほどの反応。

(いけない!?)

 一秒にも満たない瞬間にヴァイは体に命令を送る。このまま拳を突き出せ。偽者のシュ

バルツの脇腹を抉れ! しかしその命令が体に行き渡る事は無かった。

「……」

 無音の言葉と共に放たれた光熱波がヴァイを飲み込んでいった。





 マイスは混乱していた。

 思えばヴァイと初めて会ったのは五ヶ月ほど前。それからの出来事が頭の中を回っていた。

 初めて会った時に巻き込まれていた『魔鏡』の事件。おぞましい憎悪を放っていた殺人

者の事件。魔術師の街での権力争い。化け物達に襲われながら辿り着いた街での復讐劇。

 そしてあの古代幻魔獣との闘い。

(思えば……僕はこんな事に巻き込まれる事は無いんじゃないか?)

 まるで走馬灯のように流れていく記憶を見ながら、マイスはぼんやりと立っていた。

 自分の目の前の扉が開かれてから、マイスは何処にも行かなかった。動けなかったのだ。

 道が無いのだから。

(そもそも、どうして先生と一緒に旅をしてきたんだっけ?)

 思考が回り始める。しかしすぐに脱線した。現状に対する不満が次々と浮かんでくる。

(僕が『ハイスレイヤー』だって? 超人類ってなんだよ? 僕はそんなたいそうな人間

じゃない。力や技は頑張って鍛えてきたからついてるけど、いつも怖い。何事も異常に怖

い。ああ、なんでこんな所にいるんだろう……って待てよ?)

 マイスはそこでふと疑問に思った。何か釈然としない。嫌な感じがマイスの体を包んで

いるのを意識した。

「考えている事が支離滅裂だ。まともな思考ができなくなっている……!」

 マイスはそこから走り出した。異様なまでの恐怖感に囲まれて。

「誰かが僕を支配しようとしている!」

 不安を紛らわすように大きな声で独り言を言う。しばらく走ってからマイスは虚空に手

をかざして叫んだ。

「『白』光!!」

 自分が今までで一番使っていた魔術。最も正確に、単純に放てる最大の魔術。

 光の本流は暗闇に囲まれた空間の一点に突き刺さる。するとまるでガラスが割れるよう

に暗闇が砕け散った。思わずマイスは耳を塞ぐ。ガラスが割れる甲高い音がしたと錯覚す

るほど、それはリアルだった。

「あ……!?」

 暗闇が砕けた後にはさらに暗闇があった。しかし一点だけが違う。

 砕け散った暗闇を内包していた世界には、一つの人影が立っていた。

「クリミナ……」

 マイスはひどく懐かしい感覚を受けた。まだ別れてから半年も経ってはいないのに、

その姿はマイスの心に深く入ってきた。

「マイス、久しぶり」

 別れた時と全く同じ姿で最愛の女性、クリミナが立っていた。マイスは小躍りしそうに

なる自分を抑えきれずにクリミナの下に駆け寄った。

「クリミナ! ひさし……」

 一瞬の衝撃。

 そしてマイスの言葉が最後まで続く事は無かった。

 近づいていったマイスの脇腹にクリミナの手刀が突き刺さり、背中に抜けていた。

 それをぼんやりと、他人事のようにマイスは自分の腹に突き刺さった腕を見ていた。





 レイ=ツヴァルツァンドは王家の親戚筋の名家であり、歴史の情報を管理する事実上の

世界の統治者であるツヴァルツァンド家の長男としてこの世に二十六年前に生を受けた。

子供の頃から何の不自由なく育ち、望む物の大半は手に入れることができた。

 美味な食事。幼年の玩具。両親の愛。

 簡単な例をあげればこのようなものだが、実際は数え切れないほどの物を手に入れるこ

とができた。しかし、たった一つだけ手に入らないものがあった。そしてそれはレイが最

も欲しかった物でもある。

 そしてそれは今、彼の目の前に立っていた。

「いいかげんにしろよ」

 レイは愛剣をそれに突きつけて毒づいた。その顔には怒りが表れている。

「そんな事を言うなよ、レイ。君の事を分かっているのは俺だけなんだから」

 目の前にいる男は目の覚めるような長い金髪、誰もが感嘆する美麗なマスクを持ち、そ

れらがすらりとした長身の体に乗っている。

 その男が言う言葉にレイは苦痛に顔を歪ませた。ただの苦痛ではない。

 その顔が、声が、言動が、全てがもうこの世のものではないという事が分かっているか

ら。それが偽者だと分かっているから。

「アルの――アルヴェリアスの顔をして、そんな言葉を吐くな!!」

 レイは剣を一閃する。完全に捉えたかと思えたがその刃は空を切り、目の前に人物は再

び現れた。

「僕は僕だよ。そう、君の親友の、アルヴェリアスさ」

「止めろ!!」

 再び剣を一閃するレイ。今度は刃を分裂させて遠距離まで刃を飛ばす。離れた所に現れ

たその人物――『アルヴェリアス』の頬を刃の一つが斬り裂く。

「……」

 刃を戻して無言で構えるレイ。『アルヴェリアス』は頬を流れてくる血を指先で拭うと

そのまま口に運んでいった。

「眩暈がするね。やはり血は流すべきじゃない」

 その言葉、動作一つ一つにレイは確信していた。目の前にいる人物は自分が知っている

『アルヴェリアス』その物だ。自分が最も欲しかったもの。

「君が考えている通りだよ」

『アルヴェリアス』が三度レイへと近づいていく。レイは、今度は身動きできずに青ざめ

た顔で凝視している。

「僕はアルヴェリアスさ。それも、君とあの時を共に過ごした、親友のね」

 微かな鞘なりの音。刃が、鞘から抜かれる音。

 鈍い光を放つ白刃がレイへと凄まじいスピードで振り下ろされた。





「こいつは洒落にならないな」

 ゴーダは拳を打ち付けて毒づいた。目の前には懐かしい人影。それも、最も憎んでいる男だった。

「クズが……」

 即座に動いて拳を叩きつける。しかし次の瞬間に倒れていたのはゴーダだった。

 投げられたと気づいたのは自分が仰向けで倒れているのを認識した時。そこに黒い拳が

振り下ろされた時だった。

 拳が顔面に振り下ろされる直前にその場から離れる。黒い拳は同じく黒い地面に突き刺さった。

「……強さは違うようだな。くそ親父」

 ゴーダが吐き捨てるようにその単語を口にした。ゴーダの視線に映っているのは自分の

父親だった。最も醜く、最も愚かな人間。

「てめぇ、が本物か偽者かは分からない。だが、貴様のせいで俺の人生は狂ったんだ。そ

の償いは受けてもらう」

 ゴーダは目にも止まらぬ速さで『父親』に肉薄して空気を斬り裂く拳を放つ。しかし『父

親』はまるで風圧に押されるようにして拳を躱し、そのまま脇腹に打撃を打ち込んできた。

「がはぁ!!」

 そのあまりの威力にゴーダは耐え切れずにその場から吹き飛ばされた。なんとか体勢を

整えようと足を地に付けて前を見る。眼前には黒い拳が迫っていた。

「この、やろぉあ!!!」

 ゴーダは反動に逆らって渾身の力を込めて首を動かし、迫ってきた拳を躱した。そのま

ま足を踏み込んで『父親』にピッタリと体をつけた。

「くらいやがれぇ! くそ親父!!!」

 渾身の力を込めた一撃を相手の鳩尾に叩き込む。少なくとも内臓を完全に破壊する一撃

だ。爆発音を伴って『父親』の体を威力が貫通する。

 そしてその手を相手が掴んできた。

「何だと!?」

 ゴーダは驚愕した。その間に『父親』は腕を取って思い切り自分のほうに巻き込んだ。

「ぐ、あああああああ!!!!!!!!!」

 鈍い音と共にゴーダの右腕が折られる。ゴーダは苦痛に何とか耐えて『父親』から体を離した。

「クソッたれ、め……」

 ゴーダは額に脂汗を滲ませて折れた腕を抱えた。尋常じゃない痛みは彼にこの腕は二度

と使い物にならないと思わせるには充分だった。

「だからって戦意喪失してたまるか!! てめぇは殺す!!」

 ゴーダは再び地を蹴って『父親』へと突進していった。





「なるほどな。つまりここは、『その個人が最も心に深く残している人物』を具現化させ

るということか」

 ミスカルデは静かに呟いた。その眼差しはひたすらに冷たく、鋭い。

 周りは闇に覆われている。体に纏わりつくように何か、重さを感じさせる空気。無意識

に唾を飲み込んでいく。

「そして我々の『それ』が共通しているから共にいる、か」

 ミスカルデの横。闇に溶け込むように立っているのはスフィーダ。ミスカルデと全く同

じような視線を前方に向けていた。

「その通りだ」

 ミスカルデとスフィーダの声にだろう。返答が闇の中から聞こえる。それと同時に人影

が現れる。それは彼女等の顔に表情を張り付かせた。

「あの方の姿をして我々の前に姿を現すな」

 冷ややかな声と同時にスフィーダがかまいたちを発生させて飛ばす。しかしかまいたち

はその人影に届く前に消滅した。

「……お前達の恩人になんという行動を取るんだ」

「偽者にまで容赦する気は無い」

 今度はミスカルデが、瞳を緑色に輝かせると電撃が体から放たれる。闇の中に閃光が飛

び散った。しかしその電撃も人影に届く事は無かった。まるでその人影を避けるように電

撃が進んでいく。

「お前達の心には迷いがある。この人物を本当に殺そうとして攻撃しない限り、私に攻撃

は通らない」

 その人影――『アルスラン=ラート』は醜悪な笑みを浮かべてミスカルデ達を見据えた。

 二人は感情を表そうとはしない。しかし『アルスラン=ラート』はその様子を見て微笑

んだ後に言葉を発した。

「お前達にはおそらく私の正体が分かっているだろう。バハムートを復活させるわけには

いかない。まだ、早いのだ。『我等の王』が復活なされるには」

「やはり、お前は……」



 スフィーダの顔を汗が伝った。目に見えるほど動揺している。腰を低くして、いつでも

攻撃できるように攻撃態勢を作る。ミスカルデはまだ平然としていた。

「『古代幻魔獣・ヴェリアリス』。カスケイドと同じ道を追わせてやろう」

 闇に閃光が走った。


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