異様な熱気が前方から吹き付ける中、六人はゆっくりと進んでいた。

 人工的な灯りを飲み込んでしまう異質な闇のため、その歩調は遅い。

 誰もが口をつぐみ、黙々と歩く。

 マイスはそんな沈黙にいいかげん耐え切れなくなってきていた。

「何処まで続くんですか? この陰湿な通路……」

 耐え切れずに呟く。

 マイスの後ろを歩いていたレイが見かねた様子で話し掛けてきた。

「この山全体が幻獣の体だってんだから、かなり歩かなけりゃあ先は見えないだろうな」

「うううううう……」

 マイスは思わずうめく。ヴァイは後ろから聞こえるうめきに顔をほころばせていた。

「レイン=レイスターとは……ゆっくりと話をできなかったようだな」

 ヴァイの前にいたミスカルデが言った言葉にヴァイはなんとなくだが違和感を覚えた。

 今まで聞いてきた彼女の言葉とは明らかに違う。何が違うかは分からないが。

「ああ。でもルシータを止めた時に目を合わせた。それだけで十分だ」

 実際、あの瞬間にヴァイはレインの事をある程度理解した。

 少なくとも、この時間がない状況で確認できるような事は。

「姉弟か。良いものだな」

「?」

 ミスカルデはそう言うと少し歩調を速めた。ヴァイは浮かんだ考えを即座に捨てる。

(まさか、な。今の台詞に照れている訳はあるまい)

 しばらく無言での歩みが続く。

 聞こえるのはドクドク、と何かが脈打つような音。それは周囲の壁から聞こえてきてい

るようだった。

「……!」

 マイスは自分なりに予想していたが、事実だとすると恐ろしいのであえて黙っている。

 やがて前方の空間が広がっているのを皆は確認した。

 数分後、その空間に至り、ヴァイは感心したように見回した。

「さしずめ、幻獣王の胃袋というところか」

「その形容は間違っちゃいねぇな」

 レイが隣に並んできて言葉に答える。ヴァイはレイの様子が先ほどから変だと言う事に

気づいていた。何かを隠しているような、そんな様子。

「ここからが本番だが……」

 ミスカルデが何かを言おうとして言葉を切った。

 その時の皆にはその音が聞こえていた。

 何かが動く音。

 そしてその音は徐々に奥から近づいてきている。

「一つじゃないな」

 ゴーダが拳を打ち合わせて音が迫ってくる方向を睨む。

「やはり一筋縄ではいかないか」

 ヴァイが初めてみる《蒼き狼》、スフィーダ=エタニティブルーが両腕を広げて意識を

集中し始める。するとスフィーダの体の周りに風が纏わりついてきた。

 ちょうどその時、奥から何かが顔を出した。それは人型をしているが顔はなく、体は鈍

い光を放っている。

 ヴァイは無言で《ヴァルレイバー》を抜いた。レイも同じく無言で剣を引き抜く。

 一人、マイスだけがこの事態を飲み込めずにおろおろしていた。

 ゴオオオオオオオオオオオォォォォォオオオ!!

 人型――ガード達が鬨の声を上げてヴァイ達に襲い掛かった。





「ねえ、あなたヴァイのお姉さんなんでしょ?」

 ルシータはどこか落ち着かない様子でレインに問い掛けた。レインは視線をアルスラン

達から逸らさずに答える。

「ええ」

「いいの? 久しぶりに会ったのにぜんぜん話ができなくて」

 ルシータがそう言うとレインは笑みを浮かべた。ルシータが初めて見る、柔らかい笑み。

「ヴァイスはもう自分で自分の事はできるから、心配はいらないわ。それに、さっき話せたから」

「だって、ほんとに少ししか話してないじゃない!」

「あれで、十分なのよ」

 レインの言葉にルシータははーっ、と感心の溜息を吐いた。たったあれだけの会話で成

り立ってしまう関係はどんなものなのだろう。

「うらやましい」

 ルシータは自然と呟いていた。

「どうして?」

 レインはいつのまにか表情を柔らかくしていた。先ほどまでの緊張感もルシータとの会

話で和らいだのだろう。

「だって、あたし、昔からそんな関係の人いなかったから……。お母様とお姉さま達は死

んじゃったし、お父様の事、誤解していたから家を出たの。それからいろいろ大変な思いをして……」

「そして、ヴァイスに会ったのね」

「……うん」

 ルシータは顔を赤らめた。自分でも何故かは分からない。

「ルシータ……よね? ヴァイスの事は好き?」

「……好きだよ」

 ルシータは自然とその単語を口にしていた。今まで内に秘めていた曖昧な感情がこの場

ではすんなりと言葉として現出する。レインは微笑みながら言葉を続けた。

「今、ヴァイスがヴァイ=ラースティンとしていられるのは、あなたのおかげね」

 ルシータはその言葉に驚いて、照れていたために伏せていた顔を上げた。

「そんな! あたしは何も……」

「あなたを頼むって言った時のヴァイスの顔。すごく男らしかった。最後に会ったのは1

6歳の、まだまだ少年だったけど、今じゃ立派な男ね」

 そう言うレインの顔は何故かルシータには寂しそうに見えた。

「……名前なんて、関係ないと思う」

 ルシータは言わずにはいられなかった。

「あたしにとってヴァイはヴァイだし、レインにとってはヴァイは……ヴァイスって名前

なんだから。名前なんて呼ぶ人が決めるんだよ」

「……ありがとう」

 その「ありがとう」はとても優しい。ルシータとレインの間に和やかな雰囲気が流れる。

それを遮ったのは第三者の声だった。

「レイン=レイスター。君の持っている『鍵』を貰おう」

 レディナルドが一歩前へ出て手を差し出してきた。レインは不快な表情を浮かべてされを避ける。

「あなた達に協力するとは言っても、信用はしていない。これが必要なときは私が使う」

 レディナルドはあからさまに嫌悪感を現すとそのまま引き下がった。その時、床がいき

なり揺れる。

「な、何?」

「キュー!!」

 ルシータが動揺して辺りを見回すと胸の中のレーテが叫んで一点に視線をつける。

「どうやら、ここも安全じゃないようね」

 レインがルシータの前に出て行く。その先にいたものは、ヴァイ達を襲っているガード達だった。





「『赤』い稲妻!」

「『赤』光!!」

 ヴァイとマイスの放った火球は一番前にいたガードに着弾する。耳障りな爆発が起こり

爆炎が上がる。しかし、煙の中から出てきたガードは無傷で向かってきた。

「こいつら! なんて硬さだ!?」

 レイが剣をガードに打ち付けるが甲高い音を立てて弾かれる。

「流石に拳が痛むな!」

 ゴーダは一体一体の頭部を破壊していくが、拳が震えている。返ってくる衝撃は半端じゃない。

 ミスカルデとスフィーダはさして影響された様子を見せずに、一方は雷で。もう一方は

かまいたちでガード達を屠っていく。

「『黒』き破壊!」

 ヴァイはガードの一体に空間爆砕を喰らわせる。ガードは粉々になって砕け散った。

「この威力じゃなきゃ通さないのか!?」

 ヴァイは次々と押し寄せるガード達に空間爆砕を放つ。しかし目に見えて疲労がたまってきた。

(こんな威力のある魔術を連発してたら、一気に体力が無くなる!?)

 ヴァイは隙を突いて近づいてきたガードに蹴りを喰らわせて倒すと、右拳に力を込めた。

「『紫』の波紋!」

 右拳に光が宿る。その拳を下敷きにしているガードの顔に鋭く叩き込んだ。

 ガードの顔は粉々に砕け散る。しかし、ヴァイは右拳を抑えた。

「これでも、威力が足りないか!」

 右腕の感覚が無い。かなりの衝撃が拳に走ったようで、しばらくは痺れが取れないだろう。

「先生! どうしたら……」

 マイスがガードの攻撃を何とか躱しつつ、近寄ってきた。その顔には焦燥が浮かんでい

る。生半可な魔術じゃこのガード達には通じない。

「『白』光!」

 マイスは近寄ってきたガードに光熱波を放つ。しかし、ガードは光熱波を突き破ってマ

イスへと肉薄してきた。

「威力が……!?」

 足りないと言いたかったのだろう。しかしマイスの眼前にガードの拳が迫る。

「おらぁ!」

 横手から気合を伴った声が響く。次の瞬間にはガードは頭部を破壊されて吹き飛んでいた。

「だらしが無いな」

 ゴーダがにやりと顔を歪ませる。その拳からはナックルガードを通して血が流れてきている。

「しかし、結構辛いぜ。お前ならどうする? ヴァイス=レイスター?」

 ゴーダは平然とした顔でヴァイに問い掛ける。しかし内心は焦っているのだろう。額か

ら汗が滴っている。

「手は無い事は無い」

 ヴァイは視線を周りに廻らせる。そして自分が思い描いている構想と一致していると見

ると、大声で叫んだ。

「皆! 俺達が入ってきた入り口に集まれ!!」

 そう言うとヴァイはダッシュをかけた。目の前にガード達が立ちはだかる。

「『白』き! 咆哮!!」

 殆ど全力の一撃。これから放つ大魔術に体力を残すため加減しなければならなかったが、

それは成功したらしい。

 ヴァイはまだ走る体力があったことに感謝しつつ、消し炭になったガード達の上を乗り

越えていった。マイスとゴーダもそれについていく。

 入り口に辿り着くとミスカルデとスフィーダが既に到着していた。

「何をする気だ?」

 ミスカルデが無感情でヴァイに尋ねる。スフィーダは無言のまま、疑いの視線を向けている。

「とりあえず、レイが戻ってから……」

「戻ったぜっと!」

 ガードを踏みつけるようにしてレイが合流した。体重を乗せた剣の一撃をガードの頭に

突き刺して行動不能にする。

「さて、どうするつもりだ?」

 レイは流れる汗を拭きながらヴァイに問い掛ける。その表情はいつものものだ。けして

ヴァイが抱いているような疑問は見えない。

「一気に滅ぼす」

 ヴァイはレイの事はひとまず置いておいて、眼を閉じて意識を集中した。今までに無い

大魔術を使うために最大限に魔力を高める。

「来る!?」

 マイスが恐怖のために叫ぶ声が耳から聞こえる。その瞬間、闇に包まれていた視界を一

気に開放する。それと同時に複雑に描いたイメージを具現化させた。

「『黄金』領域!!!」

 ヴァイが力強く床に手をつける。するとそこから金色の光が広がっていき、ガード達を

飲み込む。するとガード達の体が崩れ出した。

「何だ!?」

 ゴーダが驚愕の声を上げる。ミスカルデも信じられない様子でその光景を見ている。

「自壊……連鎖」

 ヴァイの耳に聞きなれない声が入る。どうやら、スフィーダが洩らした言葉のようだ。

(綺麗な声だな)

 透き通るような声にヴァイは一瞬注意を奪われる。スフィーダの声は今まで会ってきた

人々の誰よりも綺麗だった。

 そんなヴァイの心の内に関係なく自壊は進んでいく。ガード達は金色の光に触れると同

時に粉々に崩れていく。まさしく、自分から崩れていくのだ。

 やがて今いる部屋の出口まで光が広がると、光は収まる。そこに広がるのは、既に粉々

になったガード達の残骸だけだ。

「凄まじい威力だな」

 ミスカルデが珍しく感心したような口調で言ってくる。マイスは唯、その威力に口を開けている。

「『金色』の世界の他にも、切り札があったんだな」

 レイがヴァイの肩に手を置く。ヴァイは力が抜けそうになるのを何とか堪えて返す。

「『金色』の世界が存在自体を消滅させるなら、この『黄金』領域は物質を崩壊させるん

だ。成功率は『金色』の世界よりも高いが……かなり疲れるよ」

 ヴァイはそう言うとその場にどさっと腰をおろした。

「休んでいる暇は無い」

 初めて、スフィーダが皆に聞こえる声で言う。先ほどヴァイが聞いた綺麗な声は出てい

なかった。鋭い、棘のある声。

「次の奴が来る前に、ここから移動しよう」

 ミスカルデも同感らしく、言った後にすぐ移動を開始した。

「ま、待ってくださいよ!」

 マイスが声を荒げる。先に進もうとしたミスカルデ、スフィーダ、ゴーダが動きを止める。

「少しぐらい先生を休ませてもいいじゃないですか! 先生の魔術のお蔭でこの場が治ま

ったんですから!!」

「勘違いをするな。やろうと思えば我々だけでこの場は乗り切れたのだ」

 スフィーダが淡々と言い返す。それにマイスがキレた。

「『白』光!」

 ヴァイの光熱波を凌ぐ、超大規模な光熱波がスフィーダに放たれる。それはスフィーダ

の真近に炸裂して大爆発を起こした。

「うわわわ!!!」

 レイが生じた噴煙に耐えつつ逃げまわった。ヴァイも即座に光の防御幕を張っている。

 煙が晴れたとき、光熱波が当たった場所は見事に抉れていた。

 しかし、それだけの光熱波さえもミスカルデとスフィーダには傷一つ付けることはでき

てはいなかった。

「気は済んだか?」

 スフィーダが言ってくる。マイスは肩膝をついて肩で荒い息をしつつも目だけは鋭くス

フィーダを見据えていた。

「まだ、だ」

 マイスは二人を鋭く睨み、意識を集中させた。世界にはもうマイスとミスカルデ、スフ

ィーダしかいない。

「『黄金』……」

「何……!?」

 ヴァイは信じられない様子でマイスを見た。マイスの放とうとしている魔術は、確かに

今、ヴァイが放った魔術だったのだ。そう簡単にできるものではない。

(マイスの奴……。なんて才能だ)

「領……」

 マイスが床に手をつく。しかし寸前にその手は止められていた。

「これ以上動くと、貴様を殺す」

 マイスの視線は下を向いていたが、声の主がスフィーダだということは分かった。いつ

のまにか間合いを詰めて来ていた。

「すまないが、これ以上俺の生徒をいじめないでくれ」

 ヴァイは音も無く立ち上がり静かに言った。スフィーダは横目でヴァイを見てから無言

でマイスを放す。マイスは床へとへたり込んだ。

「行くぞ」

 ミスカルデとゴーダは既に部屋の出口へと到達している。スフィーダもヴァイ達にはか

まわずにそこへ向かう。

 ヴァイはマイスを立たせて肩を貸してやる。マイスは申し訳なさそうに顔を伏せた。

「俺のために怒ってくれたんだよな。ありがとう」

「見直したぜ」

 ヴァイとレイの賞賛の言葉。マイスは顔が赤くなるのを隠す事ができなかった。


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