「創世記を知っているか?」

 アルスランがそう言った事にヴァイは即座に反応した。

「はるかな昔、『古代幻獣王』と呼ばれる存在が何もない大地に生命を創った。それが今、

古代幻獣と呼ばれる者達。そして彼等と、邪悪な意志を持っていた幻獣王と古代幻魔獣が

仲違いをして長きに渡って争い、『古代幻獣王』は封印された」

「そして残された古代幻獣達は同じような過ちを繰り返さないように各地にバラバラにな

って住み、所々に今の幻獣達を造りだした。それからしばらくして古代幻獣がその生涯を

終えた頃、人間達が出現して今の幻獣達と共存していたが、やがて両者はお互いを敬遠し

あい、離れて暮らすようになった……」

 ヴァイの言葉に続いてレインも創世記と呼ばれる物語を簡単に説明した。

 アルスランは二人を見て少し顔に笑みを浮かべると先を続けた。

「そう。私達に知られている創世記と呼ばれるものにはそう記されている。しかし私は真

の創世記と呼ばれる本を手に入れた」

「真の創世記?」

 ヴァイは首をかしげる。レインは体を一瞬震わせたが、そのまま普通を装い話を聞く。

「それはある幻獣が、ある日私の元へと持ってきたのだ。これに真実がある、と言ってな。

それを読んだ私は自分が奈落の底へと落ちていくのではと思ったほどだ」

 アルスランは一度言葉を切ってヴァイを見てから言った。

「それに書かれていたことは想像を越えたものだった。古代幻魔獣と幻獣王。彼等と他の

古代幻獣との争いは事実だった。だが、その後に古代幻獣王は他の古代幻獣がかけた封印

を破って再臨したのだ。そして、古代幻獣達は皆殺しにされた」

「ちょっと待ってよ! そんなのおかしいじゃない!!」

 ヴァイの後ろで黙って話を聞いていたルシータが叫ぶ。レディナルドが何かを言おうと

したがそれはアルスランが差し出した手によって阻まれた。

「だって、今の幻獣を造ったのが古代幻獣達なら、皆殺しにされたら歴史が変わっちゃう

じゃない!」

「そうだ。歴史は変わる」

 アルスランは至極当然なように言う。ルシータは呆気に取られて言い返せなかった。

「正確には歴史が変わるんじゃない。歴史は操られているんだよ。古代幻獣王に」

 ドクン。

 心臓の音がやけに五月蝿い。

 ヴァイは思わず胸に手をやって心臓を掴むように胸を掴んだ。

「古代幻獣王は自分の理想とした世界を造ろうとした。そして幻獣達を創造し、理想の世

界を造るかどうか見守ってきた。そして……そうではないと知ったとき、古代幻獣王は眠

りから覚めて世界を消滅させた」

 その言葉に誰も、実際には『枢密院』とミスカルデ以外は何もいう事はできなかった。

 今まで話された事を反芻し、自分の脳に刷り込む。そうして得られた結論は……。

「だって……あたし達は生きてるじゃない! 世界は滅んではいないわ!!」

 ルシータの叫びは空しく空間に消えていった。

「なるほどな」

 ルシータに続くようにレイが言葉を紡いだ。

「つまり、この世界はそうした古代幻獣王が作った砂の城の上に立っているってわけか?」

「その比喩は正しい」

 ガルナブルが少し感心したようにレイへと言った。

「ただの傭兵にしては勘が鋭いな」

「歴史研究はツヴァルツァンド家の必修だからな。今まで聞いた事からそれぐらいは予想

できる知識はある」

「ツヴァルツァンド家だって?」

 ヴァイはレイが言った単語に反応してレイへと振り向く。レイは意に介さずといった様

子でヴァイに首を振って目の前の話に集中しろと返してきた。

「王家の親戚筋、ツヴァルツァンド家の子息が混じっていたとは計算外だが……まあいい。

話を続けよう。そう、彼の言う通りだ。この世界は結局、古代幻獣王が消滅させてき

た世界の上に成り立っている。我々の知っている歴史は古代幻獣の発生から今まで二千年

程しかないが、実際はもっと時は存在していたのだ。いくつもの時代に同じ数だけ世界が滅んだ」

「そん、な……」

 マイスは思わず膝を地面についた。体から力が抜けてしまったようだ。

「なるほどな」

 ヴァイはようやく何かを納得したように顔を皮肉で歪ませる。

「スーラニティの古代幻獣の遺跡。あれは明らかに遺跡の上に土砂が降り積もっていた。

あれはおそらく……」

「そうだ。あれは『数回前の歴史』の遺物だ。あの遺跡ができてから少なくとも一回は世

界は滅亡している」

 ヴァイが以前事件に巻き込まれた街、スーラニティにあった遺跡は地上に作られたもの

には見えなかった。普通、古代幻獣達は地上に遺跡を作るのにもかかわらず。

 ヴァイがその遺跡を見てから抱いていた疑問がやっと晴れたのだ。

「なら、僕達もいつかは皆殺しにされるんですか……?」

 ヴァイの話が終わると、マイスが震えながら呟いた。

 アルスランはマイスの言葉を受けて頷く。

「いつか、じゃない。もうすぐだ。もうすぐ、古代幻獣王は復活する」





「真の歴史は今の幻獣達の記憶にずっと受け継がれてきました。おそらく幻獣王以外の古

代幻獣達がなんとかこの事態を収めたいと考えて、記憶を伝える手段を残したのだと思います」

 フェナの話にエリッサはすっかり青ざめ、ラーレスも背中を伝う汗を意識せざるをえなかった。

「我々はどうすればいいんだ?」

「どうやら一部の人間の手によって古代幻獣王の復活が早まっています。本来ならあと半

年は復活に余裕があるはずなのにもう秒読みに入っている事でしょう」

 ラーレスは目の前が真っ暗になることを自覚していた。スケールが大きすぎる。

 とてもじゃないが一組織が何とかできる事態ではない。それこそ、世界全体で対処すべきだ。

「こうなれば復活した古代幻獣王を倒すか封印するかしかありません」

「その方法はあるのか?」

 ラーレスの問にフェナは一瞬顔に寂しげな表情を浮かべてから頷いた。ラーレスはあま

りの事態に気をとられていて、その変化に気づかなかった。

「君がオレディユ山に行けば、その方法が使えるのか?」

「いえ、使えるのは古代幻獣王が復活したときです。私がそこに行くのはそこに『鍵』が

あるからです」

「鍵?」

 ラーレスが繰り返す言葉にフェナは頷く。

「そうです。全ての『鍵』はオレディユ山にあります」

 フェナの瞳をラーレスは見返していた。緑色の瞳。幻獣と人間のハーフ。その容姿は美

しかった。ラーレスは知らないが、ヴァイ達が会ったときよりも格段に美しくなっていた。

「分かった。考えていても仕方がない。君をオレディユ山に連れていこう」

「隊長!」

 エリッサがやっと話せるくらいまで回復してラーレスに言う。

「エリッサ、君が何を言う気かは知らないがこのまま何もしなければ俺は後悔する。どう

せ世界の危機なんだ。抗う手があるなら、最後まで抗ってみせる」

 ラーレスはそう言ってから机の上の紙を取ってさらさらと流れるように字を書いた。

「ムスタフ様にこれを渡してくれ。これより俺はフェナと共にオレディユ山に向かう。

君はこれを渡した後に《リムルド・ヴィーズ》に非情警戒態勢をとるようにしろ。ク

ーデリアと協力して災害に備えるんだ」

「……分かりました」

 エリッサは納得いかないといった表情で手紙を受け取ると部屋を出て行った。しばらく

して足音が消えた後にフェナはラーレスに言った。

「優しいのですね。あの人を、巻き込まないためにああしたのでしょう?」

「我々が失敗すれば世界は滅亡より先に死ぬことになる。そんな危険な場所に彼女は……

連れて行きたくはない」

 ラーレスはしばらく外を見ていた。フェナはラーレスの感情の流れを読む。

(これが最後になるかもしれないのか……)

 フェナはいたたまれない気持ちになって胸を抑えた。そして自分はこうした苦しみをな

くしたいから、オレディユ山へと向かっているのだと改めて思う。

「よし、行くぞ」

 ラーレスは先ほどまでの感情を捨て去るとそのまま旅支度の準備をする。フェナもそれに続いた。





「古代幻獣王が復活し『最終章』が起こるのを防ぐ事はできない。だから我々はこのオレ

ディユ山に眠るものを復活させて対抗させようとしたのだ」

「ここに一体何が眠っているって言うんだ?」

 レイが不躾にアルスランへと言う。またしてもレディナルドが怒り、アルスランに止められる。

「ここには今の幻獣達の王、バハムートが眠っている」

「なっ!?」

「キュー!!」

 ルシータの手の中にいたレーテがバハムートの名に反応した。

「バハムートって……?」

「幻獣達の王。最強の幻獣よ」

 ルシータの疑問にレインがさっと答える。視線は鋭くアルスランに向けたままだ。

「つまり、ここに眠っているバハムートを復活させて古代幻獣王に対抗しようという事?」

 レインはそのままアルスランに問い掛けた。アルスランは頷き、言葉を返す。

「ああ、幻獣王バハムート。そして君が持っている『遺産』。『ハイスレイヤー』。これら

があれば古代幻獣王は倒せる」

 どくん。

 また、ヴァイの心臓が鳴った。何故かこの話を聞いてからずっと心臓が早鐘のように鳴

り響いている。

(何だ? なにが俺をここまで焦らせる?)

「君らの父は我々の計画に反対した。彼がどう考えていたのかは私には分からない。<ク

レスタ> が暴走せずにシュバルツを殺していなければ……」

 アルスランは心底すまなそうにヴァイとレインに頭を下げた。

「兎に角、君らにやって欲しいのはバハムートを復活させるためにこのオレディユ山の深

奥に入ってもらう事だ」

 レディナルドがアルスランの言葉が切れた隙をついてヴァイ達へと言った。

「深奥へ行く前に特殊な仕掛けがあってな。かなりの戦闘力を有さないとそこを突破でき

ないのだ。そしてそれは《蒼き狼》でも少ない」

「だから、俺を呼んだのか」

 ヴァイは内心の不快感をあらわにして言った。アルスラン達は平然と頷き返す。

 それだけではなく先ほどからの焦燥の正体が分からないヴァイはかなり苛立っていた。

「いいわ。手伝いましょう」

「姉さん!?」

 信じられないといった表情でヴァイはレインを見た。レインは平然とヴァイへと言ってのける。

「どうやら古代幻獣王の話は本当のようだから、何とかする手立てがあるのならそれに協

力したほうがいいわ。父さんの事は納得できないけど、今は言っている場合じゃないようだからね」

 そう言ってからレインはアルスランに向けて言った。

「私達はその深奥に行けばいいのね」

「いや、あなたには残ってもらおう」

 そう口を出してきたのはミスカルデだった。

「どういう事?」

「あなたには深奥に行って欲しくない理由がある。それは今は言えない」

 ミスカルデとレインはしばらくにらみ合っていたが、やがてレインが溜息をついて視線

を逸らした。

 ミスカルデは頷くと今度はヴァイに言う。

「行くのは私とヴァイ=ラースティン、レイ=スティング。あとはお前だ」

 ミスカルデが指差したのはマイスだった。

「え……? 僕?」

「マイスには危険じゃないのか!?」

 ヴァイが焦って言うもミスカルデは手で遮って言う。

「あの少年も『ハイスレイヤー』だろう? なら、行く資格はある」

 そうミスカルデが言ってから急に足音が二つ近づいてきた。ヴァイは思わず身構える。

視線の先に見えた人影にヴァイは体の緊張を強めた。

「お前……」

「久しぶりだな」

 人影の一人――ゴーダ=クルサリスはヴァイの殺気を意に介さずといった様子で流して

笑みを浮かべる。もう一人はミスカルデと同じような黒のつなぎに体を包んだ女性。

 雰囲気はミスカルデと同じようだ。

「あと一緒に行くのはゴーダ=クルサリスとスフィーダ=エタニティブルー。《蒼き狼》の精鋭だ」

 しん、とその場が静まり返る。嵐の前の静けさのように。そして嵐はきた。

「ちょっと! どうしてあたしは行けないのよ!」

 ルシータがミスカルデにつかみかかるようにして抗議する。懐ではレーテも鳴いて抗議

しているようだ。

 しかしルシータを遮ったのはミスカルデではなかった。

「ルシータ。お前はここにいろ」

「でも、ヴァイ……」

 ルシータは困ったような顔をしてヴァイを見つめる。しかしルシータには分かっていた。

今のような声色の時のヴァイは何を言っても聞いてはくれないのだということを。

「必ず、生きて帰るから。お前はここにいろ」

「……うん」

 ルシータはしぶしぶながらも承諾した。ヴァイはそれを確認して笑みを浮かべた後レイ

ンに視線を移す。

「頼みます」

「分かったわ」

 それだけの会話を交わしてヴァイとレインは分かれた。





「ここから先が、オレディユ山の深奥に続く道だ」

 ミスカルデが言う。

 皆が集まっていた場所から少し離れた場所。道幅が細くなり、なにか熱風が前方から流

れてくる。壁は相変わらず生き物のように蠢いていた。

「ミスカルデ。やはりここは、バハムートの体内なのか?」

 ヴァイがかねてからの疑問を口にした。ミスカルデはあっさりと肯定する。

「この山全体がバハムートの体だ」

 ヴァイはそれを聞いて辺りを見回した。さしずめ今は喉元辺りだろうと内心呟く。

「では行こう」

 先ほど合流した女性、スフィーダが呟く。ミスカルデのように中性的な声色。

 マイスは表情も強張り、かなり緊張気味に歩く。他のメンバーも心の奥底から湧き上が

るものを押さえつけながら中へと入っていった。


BACK/HOME/NEXT