ゲイルが放った魔術による爆発はカスケイドには届いていないようだった。

「『白』き咆哮!」

「貫け『白』!!」

 続いて二人の光熱波がカスケイドへと突き進む。今度はカスケイドの腕が一振りされる

事で膨大な量の光熱波は消滅した。

「『銀』の、精霊!」

 その瞬間を待っていたかのようにヴァイは次なる魔術を発動させた。

 ヴァイの手に出現した巨大な電磁球はその姿をかき消すとカスケイドがいる位置の後ろ

に出現する。そのまま電磁球はカスケイドを直撃した。

「攻撃と防御は同時にはできないだろう!!」

 ヴァイは会心の一撃を加える事ができたと思い、叫ぶが煙の中から出てきたカスケイド

が無傷な事を知り驚愕に顔が揺れる。

「別に防御しなくてもいいレベルだよ」

 カスケイドはヴァイをあざ笑うかのように体に怪我一つない事をアピールする。ヴァイ

はうめきを止める事ができなかった。

「それそれそれぇ!!」

 カスケイドは周囲に展開させた光の槍をヴァイとゲイルに発射した。二人は後ろに飛び

のいて槍の雨を躱す。そしてカスケイドに視線を戻した時、既にそこにはカスケイドの姿

はなかった。

「えい!」

 声は後ろから聞こえた。

 ヴァイとゲイルが振り替える間もなく青白い光が二人を飲み込み爆発する。

「ぐあ!」

「がっ!!?」

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる二人。間髪いれずにカスケイドは光を放ってくる。

 幾度となく弾き飛ばされて二人の体の感覚は衰えていく。

「このままじゃ殺られる……。ゲイル!」

 ヴァイはゲイルの名を叫んでから自分の体に残る全ての力を動員してカスケイドの光線

の範囲から逃れた。

「分かった!」

 ゲイルもヴァイの思惑を理解したのか逆に飛びのきカスケイドを挟む形になる。

「『銀』の翼!」

「飛べ! 『銀』!!」

 ヴァイとゲイルはお互いに空間転移の魔術を唱えてカスケイドの横に出現した。

「えっ!?」

 流石にカスケイドも驚愕を浮かべる。完全に不意を突かれていた。

「『灰』色の使者!」

「潰れろ『灰』!!」

 ヴァイとゲイルは同時に重力魔術を放った。いつものように上から下への重力ではなく、

かざした掌から前に圧力をかける形に変えている。

 発生した重力場に挟まれる形になったカスケイドは初めて絶叫した。

「ぎゃああああああ!!」

 カスケイドの絶叫と共に空間が比重に耐え切れすに爆発する。ヴァイとゲイルは空中で

体制を整えて着地してカスケイドのほうを見やる。

「やったか?」

 ゲイルが期待を込めた口調で言った。ちょうどカスケイドがいた空中の地点の真下が燃えている。

『に、にんげ、人間……如き、にぃ……』

 炎の中から形が崩れたカスケイドが揺らめいて見える。しかしその様子はかなり弱って

いるようだった。

「とどめだ!」

 ヴァイは意識を最大限に集中して思い描く。そして渾身の力を込めて叫んだ。

「『金』色の世界!」

 ヴァイが叫んだ瞬間、カスケイドがいる場所を中心として大きく光の柱が立った。

「ぎゃあああああああああああ」

 カスケイドが断末魔の叫びを上げる。光の柱は耳障りな音を立ててカスケイドの体を徐

々にかき消していった。

「ニ、ニン、ゲ……」

 それが、カスケイドが洩らした最後の言葉だった。今までで最も大きい音が辺りに響き、

光の柱が消える。後には、巨大な穴だけが残った。

「……ふぅ」

 ヴァイは重力に任せて地面に腰をおろした。体中の力が抜けるようでしばらくは動けそ

うもない。

「やったな……」

 ゲイルも疲れた顔でヴァイに近づいてくる。ヴァイはゲイルに笑みを返そうとした。し

かしそれは阻まれる。

「まさか!?」

 ヴァイは体が重い事も忘れて立ち上がって自分の魔術によってできた穴を凝視した。

「いったい……?」

 ゲイルが不思議そうにヴァイを見た。その時、突如地震が起こる。

 そして――

「がふっ!?」

 ゲイルの体を地面から突き出た何かが貫くのは一瞬だった。

「ゲイル!!」

『ふふふ、ありがとう、ヴァイ=ラースティン』

「カスケイド……!?」

「ばか、な……」

 ヴァイはヴァルレイバーでゲイルを貫いている触手のような物を切り裂こうとしたが全

く斬る事が出来ない。ゲイルの体から流れる血の量が致死量にまで増えていく。

『俺の目的はね、魔術師じゃなくて魔力だったんだよ。君の魔力で僕は十分な力を得る事

ができた。もうお前達に用は無い』

 そしてそれは現れた。地面が割れ、現れたそれの体長は軽く数十メートルになり。丸い

胴体に巨大な眼と口がついている。また丸い体からは触手が何本も伸びていた。

「逃げ……ろ!」

 息も絶え絶えに言うゲイル。ヴァイはしかしゲイルを助けようと必死になって触手を斬ろうとする。

「無理……だ。もう、儂にかまうな」

「そんなわけには!」

 その時、ヴァイは見た。ゲイルの顔に笑みが浮かぶのを。

 その笑みはとても安らかで、何もかもから開放されたような笑みだった。

「玉座、だ。玉座の仕掛けを作動させれば、魔力を注ぎ込む事で逆に封印を施す事ができる。

娘の、未来を……守ってくれ」

 それが、ゲイルの最後の言葉。

「ゲイル!」

「……吹き飛べ、『黒』!」

 最大級の爆発。

 ゲイルの体を木っ端微塵に吹き飛ばした爆発はヴァイを花畑への入り口まで吹き飛ばし、

カスケイドの表面を焼く。しかしカスケイドは全く効いていないようだった。

『ゲイルは無駄死に。次は、お前の番か』

(なんとか……何とかしてやるさ!!)

 ヴァイは悔しさを押さえて元来た道を戻り始めた。

 ゲイルに託された、最後の希望に向かって。







 カスケイドが魔力を完全に得た時。

「封印が!?」

 エリッサが驚愕の声を上げた。

 触手の物体を妨げるようにしてあったモニュメントが音を立てて横にずれて落ちたのだ。

 完全に開いた穴からはそれこそ何十もの触手が唸り、ルシータ達を襲う。

「ヴァイス=レイスター……しくじったな」

 ミスカルデは圧倒的な力で触手を消滅させながら呟いた。注意深く聞かないと聞き逃す

だろうがその口調には焦燥が含まれていた。

「ヴァイ!」

 ルシータが泣きそうな声を上げた。ヴァイが死んでしまったのではないかと思ったのだ。

 しかしそれもヴァイが触手で埋められている空間の隙間から出てきた時に歓喜に変わる。

「ヴァイ! 無事だったの!」

 ルシータが勢い勇んで駆け寄る。

「話は後だ。あの玉座に行くぞ!」

 ヴァイの声が届いたのかラーレスとエリッサ。そしてミスカルデが触手を薙ぎ払いつつ

玉座へと集まった。ヴァイとルシータ、レーテ。そしてミリエラもすぐにたどり着く。

「ここに何がある!」

 ラーレスは更に激しくなった攻撃を避けながら聞いてくる。ヴァイは早口でまくし立てた。

「ゲイルの話だとこの玉座の装置を作動できれば、魔力を送り込んで封印をする事が可能

だそうだ。その方法を探す!」

 そう言ってヴァイは玉座を念入りに調べ出すが別に玉座に変わったところはない。

「お父さん、は……?」

 ミリエラの問いにヴァイは答えずに玉座を調べる。それが、ゲイルの最後を如実に伝え

ていた。

「そんな……」

 涙を見せるミリエラ。しかしその横では生死を決める戦いが起こっている。ミリエラは

何とか泣き叫びそうになるのを自制した。

「このままでは死ぬな」

 淡々とミスカルデが触手を電撃で破壊しながら言う。ヴァイは一瞬、何故ここにいるの

か? と言う表情を浮かべたが気にせずに調べる。

「くそ! どうすればいいんだ!」

 ヴァイが焦燥感を募らせていると爆音が頭上で響く。

『封印はさせない』

 圧倒的圧力でカスケイドが入り口に迫る。

「私が行こう」

 そう言ってミスカルデが入り口に立ち、カスケイドへと電撃を放つ。凄まじい電撃でカ

スケイドの移動が止まるが、決定打を与えるには力が足りない。

「駄目だ! どうやれば動くんだ……」

 横から覗いていたラーレスも汗を滲ませていた。

「どうすればいいの!!」

 ルシータが緊張感に耐え切れずに叫んだ。その時、ヴァイ達の傍に新たな人影が舞い降りた。

「……」

 皆が呆気に取られている間にその人物は玉座に手に持った物体を近づける。すると玉座

が光を放ち、そのまま輝きつづけた。

「これで魔力を注ぎ込めば封印は完了するわ」

 その人物はこの状況下で冷静に、皆を落ち着かせる声で言った。ヴァイはそれから口を開いた。

「姉さん……」

 ヴァイは目の前の人物――行方不明とされていた姉、レイン=レイスターを見て呆然と

するだけだった。

「感動の再会は後。今はこの化け物を封じるわよ」

 そう言ってレインは手をかざし魔力を玉座に送り始めた。

 それにならってラーレスも送り出す。一瞬何かを言おうと視線をレインに向けたがすぐ

に視線を戻した。

 ルシータも突如現れた女性にとりあえず従い、レーテを玉座に向ける。レーテは宝玉を

光らせて魔力を放出した。

 すると横に落ちていたモニュメントがひとりでに起き上がり、空洞を少しずつ塞ぎ始めたのだ。

『な、なに!?』

 カスケイドの声に驚きが混じった。

 そしてさらに触手を伸ばしてくる。

「させん!」

 ミスカルデは最大限の攻撃をカスケイドへと向かわせた。カスケイドの移動速度が完全に止まる。

『クズどもめ! 俺の夢の邪魔をするなぁ!!』

 そうしている内にもモニュメントは穴を塞いでいき、封印が進んでいく。

「もう少しだ!」

「おう!」

 ヴァイの声に皆の士気も上がる。封印のスピードが更に上がった。

「ミスカルデ! もう戻って来い!! 一緒に封印されるぞ!」

 ヴァイは足止めをしている二人に向かって叫んだ。ミスカルデはすぐに頷いて自分達の

方に降りてくる。だがそれと同時にカスケイドの速度は一気に加速した。

「間に合わない!?」

 ラーレスが焦燥感を含んだ叫びを上げた。しかし、入り口でカスケイドの動きは止まった。

「あ、あれは……」

 エリッサが驚いてある一点を指差した。そこはカスケイドの体が見えている。しかし問

題なのはそこにあるものだった。

「……エスカリョーネ」

 ラーレスが呟く。

 カスケイドの体の一部からエスカリョーネが出現していた。上半身だけが浮き出た状態で。

「今のうちに……封印を」

 しっかりとした口調でエスカリョーネは言った。ヴァイはその一言でエスカリョーネの

言いたい事を理解し、封印に右手を掲げる。そこにミリエラの手が添えられた。

「ミリエラ……」

 ミリエラは俯いて体を振るわせたままヴァイの手を掴んで話さなかった。手は弱々しく

ヴァイならばすぐに外せたがそれはできなかった。

「ヴァイスができないなら、私がやるわ」

 ヴァイの様子を見ていたレインが代わって腕を上げる。

「姉さん。俺にやらせてくれ」

 ヴァイは即座にレインを止めた。レインはじっとヴァイを見つめた後に手を下ろす。

「ミリエラ……お願い。お父様が守ろうとしたあなたを、私が守るわ」

 エスカリョーネが苦しそうに言う。どうやらカスケイドを押さえ込んでいるのも後僅からしい。

「……」

 ミリエラは手を外した。そしてぼそっと呟く。ヴァイにはちゃんとその言葉が聞こえた。

『おねがいします』

「分かった」

 ヴァイは右手を掲げた。掌は玉座をポイントする。意識を集中し、描く。

 体中の力が掌に集まる錯覚を覚えた。

「『白』き! 咆哮!!」

 ヴァイの手から最大級の光熱波が解き放たれた。光熱波は真っ直ぐに玉座に向かい、眩

い光と共に吸い込まれた。

「ありがとう……」

 ヴァイは最後にエスカリョーネがそう言った気がした。

『ギャアアアオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!』

 カスケイドが閉まる封印の中から叫ぶ。

 凄まじい音が辺りに響き渡り、封印が完了した。

 後に残ったのはぼろぼろに崩れた遺跡とぼろぼろの人々。

 そしてミリエラの号泣する声だった。

 世界の危機はこうして防がれた。

 一人の女性と男、そして少女が流す涙を巻き込んで……。


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