「今までありがとうございました」

 ミリエラは手に大きなバックを持って立っていた。降っていた雪は今は完全にやみ、

辺りを雪化粧で覆っている。そこを太陽光が照らして宝石のように煌いていた。

「行くあてはあるのか?」

 ヴァイが少し心配そうに言う。ミリエラの前にいるのはヴァイとルシータとマイス。

 ラーレスとエリッサはカスケイドの遺跡を詳しく調査するために《リムルド・ヴィーズ》

の本隊と合流して、今頃は調査を始めているはずだ。

「はい。ルシータの家にいた執事さんが、紹介してくれたところがあったんです」

 そう言ってミリエラは一枚の紙片を取り出した。そこには街の名前と場所。そしてそこ

にいるアークラット家の親戚筋の名前が記されていた。

「ここでしばらく働かせてもらってから、後は自分で道を見つけようと思います」

 ミリエラの顔には影はない。

 既にカスケイドの事件から一週間経っていたが、最初ミリエラは死んだように虚ろな眼をしていた。

 生きる気力を無くしてしまったかのように。

 それが今では見違えるように、少なくとも悲しみを表に出さないほどに回復していた。

「私自身、生きるって事の意味をじっくり考えていきたいんです。お姉ちゃんや、お父さ

んが生かしてくれたからその分も」

「そうだな」

 ヴァイはそう言ってミリエラの頭に手を置いた。

「生きるって事の答えは簡単には見つからない。間違っていたとしても後戻りはできない。

だから、自分に正直に。その時々で自分が納得できる生き方をするべきだ。俺は……そう

して生きてきた。そして、これからも生き続ける」

「……はいっ!」

 ミリエラは元気よく返事をするとルシータに駆け寄った。

先ほどからルシータは何も喋らない。じっとミリエラを見つめているだけだ。

「ルシータ」

「……なに?」

 ルシータは強張った笑みで答える。思わずミリエラは笑った。そしてそのままルシータ

を抱きしめた。

「元気でね、ルシータ。そしてありがとう……」

 ミリエラはそれだけ言うとルシータから離れて背を向けた。

「元気でね!」

「じゃあな」

 マイスとヴァイはゆっくりだが、迷わず真っ直ぐに歩いて行くミリエラの背中に別れの

言葉をかけた。もう今のミリエラは大丈夫。そう、ヴァイは確信した。

「……!」

 ミリエラの背中がかなり小さくなった時、突然ルシータが駆け出した。少し先に行くと

ありったけの声で叫んだ。

「さよならなんか言わないわよ! またね!! ミリエラぁ!」

 ミリエラの姿はすぐに見えなくなった。しかしルシータには今の声はミリエラに届いた

と思った。また会える。いつか分かれた少女にも言った言葉。

(また、会おうね)

 ルシータは流れてきた涙を軽く拭った。

「話したんだろう? お前の父親の事」

 ルシータは優しい言葉と共に頭に乗せられた手を上目使いで見た。

「マイスは先に街に返した」

 ルシータが言おうとした事を先にヴァイは言ってのけた。ルシータは安堵の溜息をつく

と話し出す。

「うん。だってゲイルってあたしの父様と同じ病気で死んだんでしょ。なら、あたしがゲ

イルみたいになってもおかしくはなかった」

「でも、お前はそうならなかった。お前は誰よりも命って物の大切さが分かっているはずだ」

 ヴァイは確信を込めた口調で言う。ルシータはきょとんとしていたがすぐに気を取り直

して先を続ける。

「あんなミリエラ、見ていたくなかった。だから話したの。自分と同じで……大切な人を

無くしてしまったあたしがいるって、教えてあげたかった」

 ヴァイはルシータが父親の事を大切だと言う時に少し間があったことを聞き逃さなかった。

「お前は俺なんかよりもずっと、人を救ってるよ」

 ヴァイはそう言ってルシータの髪をくしゃくしゃにすると手を離した。

「さあ、宿に帰ろう」

「……うん!」

 二人はこうしてミリエラとは正反対の道を歩いた。ルシータは絶えず思う。道は違って

も、見ている空は同じだと。

 いつかの邂逅を思い描きながら……。





「さて、説明してもらおうか」

 ヴァイはクレルマスにある宿屋の食堂にいた。もう夜も遅いとあっているのはヴァイの

他に一人しかいない。

「ああ、説明しよう」

 そう言ってヴァイの向かいに座っているのはミスカルデだった。カスケイドの事件の後、

レインはすぐに姿を消した。

 ただ一言、『オレディユ山で会いましょう』と残して。

 しかしミスカルデはその場にとどまり今まで一緒に行動してきたのだ。

 ルシータやマイスはミスカルデの力を体験しているので離れて行動していたが。

「まず、私がここにいるのはもう正確に案内する頃だと思ったからだ」

「ここがオレディユ山に近いからか」

 クレルマスからオレディユ山へはもう一本道だった。

 オレディユ山に一番近い街は実はクレルマスである。これ以降は猛吹雪が襲いくる地帯

なのだ。

「ここからオレディユ山まで私が直接案内しよう」

「……一つ聞いていいか?」

 もう話は終わりといった様子で席を立とうとしたミスカルデにヴァイは問いかけた。

「俺はお前達や、古代幻魔獣にとってなんだ?」

 ミスカルデは少し驚いたような表情になった。ヴァイがそんな質問をしてくるという事

を考えてなかったという事だろう。

「全て、分かるさ。オレディユ山に行けば」

「俺の両親が殺された事も、古代幻魔獣が俺を殺そうとしている事も。この世界に何が起

きようとしているかという事も?」

 ヴァイは無感情に言い放った。ミスカルデはしばらくヴァイを見つめていたが不意に笑

みを浮かべた。

 見ているものをぞっとさせるような、氷の笑みだった。

「そうだな」

 そう言ってミスカルデは階上に姿を消した。

 ヴァイはその場に残って呆然としている。

「全て、か……」

 窓に風が当たってがたがたと揺れた。外は再び吹雪が支配しようとしている。あたかも

ヴァイの心境を表すかのように……。

「エンドレス・ワルツ……」

 その言葉はヴァイの心の中に深く残っていった。





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