ヴァイはうっすらと浮かび上がる周囲を見ながら前方へと走っていた。

(ここは、夢に出てきた所と同じ……)

 そこはヴァイがクレルマスに着いてから見た悪夢に出てきた場所であった。悪態をつき

つつ進んでいるうちに突然視界が光に染まった。

「うっ!?」

 さっと腕で眼を隠して光に慣らす。そしてゆっくりと腕を下ろし辺りを見回した。

 そこは一面の花畑だった。小川が流れ、周囲に見たこともない綺麗な花が咲き乱れてい

る。およそ、こんな場所には似つかわしくない。

「ようこそ、遊び場に」

 聞こえてきた声にヴァイは体を緊張させて声の主のほうを向いた。

「カスケイド……」

 ヴァイの口調にも自然と力が入る。カスケイドは小川をはさんで向こう側に立っていた。

 その顔には先ほどのような笑みが張り付いている。

「説明してもらおうか。どうして俺の事を知っている?」

「さっき、自分で言ってたじゃないか」

 ヴァイの問にカスケイドは平然と答える。

「僕の同類と闘った事があるって。僕達幻魔獣は幻獣王、君達が言う古代幻獣王の血と肉

から生まれた者。感覚を共有しているんだ。そして君達が古代幻獣の遺産と呼んでいる代

物も僕達の力によって造られた物。それらは僕達が封印されている間、眼や耳の役割を担

っていたんだ」

「なるほどな。俺達は常に遺産によって監視されていたんだな」

 ヴァイがヴァルレイバーに手をかけながら言った。それを知ってか知らずかカスケイド

は言葉を続ける。

「半年ほど前かな? 僕達の同類『ミルテイン』が何者かによって滅ぼされた。どうやら

『ミルテイン』の肉体は僕達と同じく封印されていたんで『遺産』を媒体に人の体に乗り

移ってたみたいだけど」

「半年前……?」

 ヴァイは脳裏に浮かぶものがあった。半年前と言えば、自分達が旅に出た頃……。

 そしてヴァイの予想は確信に変わった。

「やはり『魔鏡』か!」

 カスケイドは答えをみつけた生徒を誉めるように手を叩いた。

「そう、僕は『魔鏡』を通して君の存在を知った」

「《クレスタ》に乗り移ったのは古代幻魔獣だったってわけか」

 ヴァイはヴァルレイバーを完全に抜き放ち右腕に握った。カスケイドは僅かに眉をひそ

めただけでとりたてて何も行動はしない。

「君の存在は我々にとって危険だと判断した。そして何とか君を始末しようと考えたが、

君は行く先々で『遺産』に関わってくれたから『遺産』を媒体にして君を始末しようとい

ろいろ画策したんだよ。でも結局殺せなかったから、どうせなら僕の復活に役立ってもら

おうと思ったわけさ」

 ヴァイは話を続けるカスケイドを睨みつけながら背中を流れ落ちる汗を感じずにはいられなかった。

 こうして向き合っているだけで戦意がなくなりそうなほどの威圧感が感じられる。その

ために攻め込む事ができない。隙が全くないのだ。

「お前と同じ感じを受けたのはもう一つある。ある遺跡で人型の『遺産』と闘った。あれもか?」

 ヴァイは内心の動揺を隠して質問する。なんとか気を落ち着かせて隙を探そうと言うのだ。

「それは多分、僕等用の決戦兵器さ。他の幻獣達が造った、ね。僕達を滅ぼす力を当時の

人間達に与えたんだろう」

 カスケイドは心底楽しそうに言う。ヴァイの内心を見抜いているからかそれとも……?

「他に訊きたい事は?」

 カスケイドは問い掛ける。ヴァイは旅に出た時から――《リヴォルケイン》を抜けた時

から心に引っかかっていた疑問をぶつけた。

「あの、曲はなんだ?」

「曲?」

 カスケイドは不思議そうな顔をする。ヴァイは一度ゆっくりと息を吐きながら再び口を開いた。

「『遺産』から聞こえてきたあの曲だ。何度となく、聞いてきた……」

 ヴァイの脳裏にあるのは父の姿。父が口ずさんでいた曲。

 もう歌詞は忘れてしまったが、メロディだけは焼きついている。

「<クレスタ>を倒した時も聞こえてきた。何なんだ? あの曲は!!」

 ヴァイは感情をさらけ出して叫んでいた。カスケイドはようやく合点がいったのか、あ

あ、と呟いてからヴァイへと言った。

「『エンドレス・ワルツ』の事だね」

「エンドレス・ワルツ……?」

 ヴァイはカスケイドの言葉を繰り返す。

「それはね。僕等の原点さ……」

 カスケイドが言う。その口調には一種の寂しさが混じっていた。

「どういう事だ?」

 ヴァイは気になって問いかけたがカスケイドは手を前にかざしてヴァイの追求を遮った。

「もう十分答えたよ。さあ、遊ぼう」

(……分かった事は、俺達が旅に出たのはけして偶然じゃなく、古代幻魔獣の手の上で踊

っていた事。そしてこいつ等は世界を滅ぼすような力を持っている。曲の事は詳しい事は

分からずじまいか)

 情報から考えた事をとりあえず確認する。

 ヴァイは一度大きく息を吐くとヴァルレイバーを突きつけた。

「結局は、お前をここで倒さなければいけないって事だな」

「そう言うことになるね。人間の理論としては」

 次の瞬間、ヴァイは動いていた。

 初速からトップスピードでカスケイドとの間合いを詰める。

「そうだよ! 遊ぼう!」

 カスケイドはさっと手を上げるとそこから青白い光を発射した。ヴァイはそれを巧みに

避けながら小川を渡る。

「っらぁ!!」

 ヴァイは渾身の一撃をカスケイドに振り下ろした。避ける事ができるタイミングではない。

 しかしカスケイドは避けなかった。

「ぐっ……」

 ヴァイの体が止まる。勢いに載せて叩き込んだ一撃はカスケイドに触れるか触れないか

の位置で静止していた。

「ふふふ……えい」

 カスケイドは動きが止まったヴァイの腹部に手をかざし、青白い光を発射した。

「ぐあぁああああ」

 ヴァイは襲ってきた衝撃に意識が飛びそうになるのを堪えるのに精一杯だった。体は地

面を抉り、植えられた花を蹴散らしつつカスケイドからかなり離れてやっと止まった。

 体から焦臭い匂いと共に煙が上がる。

「うわー、やっぱり力が出ないや。まあ、お兄ちゃんと遊ぶにはちょうどいいよね」

 カスケイドは本当に無邪気な子供のように笑っている。

(洒落にならない力だ。これで『お遊び』だと言うのか……)

 ヴァイはよろめきながらも何とか立ち上がる。今の一撃でかなりの体力を消費してしまった。

「あれあれぇ? もう疲れたの? まだまだ、遊ぶのはこれからだよぉ」

 カスケイドは手を上にかざす。すると今度はカスケイドの周りに鋭い光の槍が何十本も出現する。

「そ〜れ!」

 カスケイドの声を合図に光の槍が順番にヴァイへと向かった。ヴァイは紙一重で光の槍

を躱す。光の槍は地面に突き刺さると閃光と共に爆発を起こした。もちろん紙一重で避け

ていたヴァイは爆風に吹き飛ばされる。

「がっ……!?」

 地面に倒れたヴァイにカスケイドは容赦なく光の槍を降らせた。咄嗟に身を起こしその

場から飛びのく。生じた爆風に巧く乗り、ヴァイはカスケイドとの距離を広げた。

「あれ? お兄ちゃん遊ばないの? そんな遠くにいたら遊べないよぉ」

(何度この半年で死ぬなって思ったかな)

 ヴァイはカスケイドの言葉を聞かずに内心考えてみる。

<クレスタ>に古代幻魔獣が乗り移った時。

『魔鏡』が暴走した時。

『ガリアルブ』が眼の前に現れた時。

 ハリスにミリエラが人質に取られた時。

 ゴートウェルでの事件の時。

 自分がルラルタから旅に出てからの事が走馬灯のように浮かんでくる。

(今まで何とか乗り切ってきたが……今度ばかりは……)

 ヴァイは思考を続ける事ができなかった。

 突如、カスケイドの姿が消えたかと思うと後ろに気配が現れたのだ。

「しょうがないなぁ。僕が来たよ」

 ヴァイが後ろを振り向くのとカスケイドの掌が光るのは同時だった。

「うわあああ!!!」

 ヴァイが光に飲まれて飛ばされる。光は離れた地点の地面に突き刺さり小爆発を起こした。

「うーん。流石に死んだかなぁ?」

 カスケイドが残念そうに首を傾げながら言う。しかし次の瞬間にはその顔は晴れ渡った。

「凄いね。あれをまともに受けて生きてるなんて」

 煙が晴れた所にはヴァイが仰向けに倒れていた。しかし意識はあり、首をカスケイドへ

と向けている。瞳はまだ死んではいない。

「まあでも、もう動けないでしょ」

 カスケイドは手を上に掲げる。掌の上に光の槍が一本出現した。

「これで最後だね」

「くっ……!」

 ヴァイは何とか体を起こそうとするが動かない。

「じゃあね。お兄ちゃん!」

 カスケイドが光の槍を放った。それは一直線にヴァイへと向かう。

(……駄目だ!)

 ヴァイは迫り来る光の槍を凝視しながら内心叫んだ。しかし光の槍はヴァイに届く直前に消滅した。

「……おじいちゃん」

「ゲイル……」

 ヴァイの傍にはいつのまにかゲイルが立っていた。ゲイルはかざしていた手を下ろすと

ヴァイに向いた。

「癒せ『紫』」

 ゲイルがそう唱えるとヴァイの体の傷は瞬時に塞がった。

「すまない」

 ヴァイは癒すのが終わるとすぐにカスケイドに視線を向けたゲイルに言った。横に並ん

でカスケイドを見ていたためにゲイルの表情はヴァイには分からない。しかし次からのゲ

イルの言葉は悲しみが滲み出ていた。

「儂は間違っていたんだろう。娘を救うためと言って命を弄んだ。その報いが……あれだ」

 ゲイルは一度言葉を切ると更に続ける。

「結局儂は不老不死などどうでもよかったんだ。ただ、娘を、妻のように失う事に耐えら

れなかった……」

「それで傷ついたのはお前じゃない。ミリエラとエスカリョーネだ」

 ヴァイが言った言葉にゲイルは言葉を詰まらせる。ゲイルの脳裏にエスカリョーネの死

に泣き叫ぶミリエラの姿が浮かぶ。

「お前の望みが悪いわけじゃない。だが、間違っていた事は確かだ。結局、お前の娘達の

ほうがお前よりも強かったんだ」

 記憶が戻り、他人の犠牲の上に生きる自分を否定したミリエラ。

 ミリエラを救えると信じ、自分の手を血に染める事を厭わなかったエスカリョーネ。

「そうだな。その通りだ」

 ゲイルは自嘲じみた笑みを浮かべた。

「ねえ、もういい?」

 カスケイドの声がヴァイ達の会話に割り込む。

「十分待ったよね。これからは僕と遊んでもらうよ」

 カスケイドの言葉と同時に周りに無数の光の槍が浮かび上がる。

「最後に聞きたい」

 ゲイルはカスケイドに向かって問いかけた。

「お前に初めて会った時、お前が言った言葉……『僕はただ寂しいだけだから復活させて

もらえば何もしない』……と言うのはやはり嘘だったんだな。人間に害を加えないと言う

のは偽りだったのだな」

 ゲイルの叫びに似た声にカスケイドは笑った。それこそ狂気じみた笑い。ヴァイはふと

『遺産』で暴走したやつらがそんな笑いをするのはやはり幻魔獣の影響なのかと考えた。

「僕はただ、大勢の人間と遊びたかっただけなんだよ。僕は一人でここに閉じ込められた。

寂しかったんだぁ。だからここから出たら外でたっくさん人間を殺して遊ぶんだ!」 

「……人の命を何だと思ってる!」

 ヴァイは思わず叫んだ。カスケイドは醜悪な笑みを浮かべて言った。

「ゴミだと思ってるよ」

「砕けろ『黒』!」

 ゲイルが叫ぶと同時にカスケイドのいた場所が爆発した。


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