ラーレスの少し後ろにはエリッサとマイスがいる。

「すみません、先生。襲い掛かってきたあいつを探しているうちにこっちに来ていたなんて……」

「行くぞ!」

 ヴァイはマイスの弁明を遮ってデイジーに突進していった。マイスはすぐに手を掲げて

魔術を放った。

「『白』光!」

 ヴァイとラーレスの合間を縫って放たれた光熱波はデイジーの胴体に直撃し、デイジー

は絶叫を上げる。

『む、虫けらどもめ!』

 その言葉と同時に巨大な光熱波を吐くが、ヴァイとラーレスはかわして懐に飛び込んだ。

「『黄』轟弾!」

 エリッサが発動させた魔術は巨大な電磁球を真上から標的に落とすものだ。

 デイジーは懐の二人に気を取られていて電磁球が直撃した。

『ぎゃあああああ』

「『銀』の砕牙!」

 ラーレスの手に瞬時に光り輝く剣が現れ、そのままラーレスは斜めにデイジーの体を斬り

裂いた。次いでヴァイが腰を落とし、デイジーの腹に手をつける。

「『白』き……咆哮!!」

 手加減無しの最大出力で放たれた光熱波はデイジーの体ごと吹き飛ばした。向かっていく

先には遺跡の巨大なモニュメントのようなものがある。

『ああああああああ』

 デイジーは階段の上にある玉座のようなものに激突した。そこでぐったりと首を垂れる。

「……なんとか終わった、か」

「ああ」

 そうラーレスに言ってヴァイは再びゲイルへと視線を戻そうとした。その時、異変が起こった。

『ぎゃああああああ』

 デイジーの叫びが聞こえたかと思うとハリスが座っていた玉座から光が溢れ、なにか触

手のようなものがデイジーの体を包んでいく。

『助けてくれぇ!!!!』

「……第四の封印が解けた」

 ヴァイはゲイルの呟きを聞き逃さなかった。

『ああ、あああああああああああ!!!!!!!!!!』

 遺跡はデイジーの絶叫に包まれた。触手はデイジーの体を徐々にその内側へと包み込ん

でいき、その姿はヴァイ達の視界から消えていく。

「ヴァイ!!」

「ルシータ」

 ルシータがヴァイの後ろから駆け寄ってきた。少し離れたところにはミリエラとエスカ

リョーネがいる。ヴァイはとりあえずエスカリョーネはミリエラに危害を加えないと見る

とルシータに意識を戻した。

「一体どういう事? 体、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。だが……」

 ヴァイはルシータのいつもの様子なので安心し、言葉を返した。

「かなり厄介な事になりそうだ」

 そう話している内にとうとうデイジーの体は完全に飲み込まれた。

『タスケテェ!!!!!!』

 その言葉が、デイジーの最後の言葉となった。一際大きい光が発せられる。そして光が

消えた後には何も変わらない玉座がそこには鎮座していた。

 次いでモニュメントが音を立てて横にずれていく。そしてその後ろにある空洞がより一

層見えるようになった。

「ちょうどいいから貰っちゃったよ」

 声と共にモニュメントの上からカスケイドがゆっくりと体を浮かせて降りてきた。

 その顔には無邪気な笑みが浮かんでいる。

「さあ、次は誰かな?」

 カスケイドはヴァイ達を見て言う。

「……ふざけるなよ」

 ヴァイが怒りを滲ませてカスケイドに近づこうとしたとき、先に動く影があった。

「ああ、おじいちゃんかい?」

「ゲイル……」

 ゲイルはカスケイドのいる場所、玉座のある階段の上へと歩き出した。その姿はまるで

全てを決めていたかのようにスムーズだ。

「待ってください、お父様!」

 たまらずエスカリョーネは叫ぶ。

「何故お父様が行かなくてはいけないのですか! これでは何の意味もありません!!」

 ルシータ以外は初めて聞くエスカリョーネの悲痛な叫び。その声はヴァイ達の心に突き

刺さるほど悲痛感があった。

「……これしかないのだ」

 ゲイルは再びそう言うと歩みを再開した。

「お父様!?」

 エスカリョーネが声を上げて駆け寄ろうとする。そこにカスケイドが不機嫌そうな声で

割り込んだ。

「うるさいなぁ。早くしてくれないかい」

「黙りなさい、カスケイド。魔術師が必要ならまたさらってきます」

「嫌だよ! 折角もうすぐ『夢』が叶うと言うのに!」

「カスケイド!!」

(『夢』?)

 エスカリョーネとカスケイドの言い争いの中にヴァイは不思議な単語があるのに気づき

内心首をかしげた。カスケイドの『夢』……。

 カスケイドはエスカリョーネの口調にあからさまに憤慨して見せた。これだけを見ると

まさに外見同様、子供である。そしてカスケイドは決定的な言葉を放った。

「だから嫌だったんだよ、この人、生き返らせるの!!」

「カスケイド!!」

 ゲイルが叫んだ。

 その言葉は、一瞬その場の時間を止めた。誰もがその言葉の意味を考え、そして同時に

気づく。気づいた時には皆は視線を向けていた。誰よりも後ろにいた女性――エスカリョーネに。

「え……」

 エスカリョーネは呆けたようにカスケイドの姿を見ている。誰も、次に何を言っていい

のか、何をすべきなのか分からなくなっていた。

「な、何を言っているの……?」

 ようやくエスカリョーネは言葉を口にする。カスケイドは不快感そのままに言ってみせた。

「だから、僕が君を生き返らせてあげたの!!」

「お姉ちゃん……」

 エスカリョーネはミリエラへと視線を向ける。ミリエラはどうしていいか分からずにた

だエスカリョーネを見るだけだ。

 次の瞬間、ミリエラの顔は驚愕に変わった。

「おじいちゃん、もう、僕は許さないから」

 カスケイドがそう言うと同時に、エスカリョーネの体が光に包まれて宙に上がる。

 エスカリョーネの顔は苦痛に歪んだ。体が目に見えて変形しているのだ。腕がねじれ、

足が縮んでいく。

「おねえちゃん!」

 その場にいる者が誰も反応できなかった。ヴァイも、ルシータも、マイスも、ラーレス

も、エリッサも、レーテも、そしてゲイルも。まるで今起こっていることが現実ではない

かのように唖然として見ている。

「約束が違うぞ! 協力すれば、エスカリョーネに不老不死の魔術を!?」

 我に返ったゲイルがカスケイドに向かって叫ぶ。しかしカスケイドは無邪気に笑うと言

い放った。

「あれは嘘」

「な……」

「不老不死の魔術なんてあるわけないでしょ」

 ゲイルはただ呆然とするだけだった。

「いやぁ! いやぁ! いやぁあああ!!」

 ミリエラは狂ったように叫びつづける。エスカリョーネはしかし、妙に冷めた気持ちで

ミリエラを見つめていた。

「ミリエラ……」

 エスカリョーネは名を呼んで微笑みかけた。

「おねえちゃん……」

 ミリエラもエスカリョーネを見つめる。

「良かった。ミリエラじゃなくて本当に……」

 そう言うエスカリョーネの体が更に昇っていく。ミリエラは勢いに弾かれてその場に

尻餅をついた。

「おねえちゃん!」

 必死にミリエラは叫ぶ。エスカリョーネは苦しそうにしながらも言葉を口にした。

「お花畑……一緒に……行けなく……て……」

 エスカリョーネの体はそのまま縮小し、消滅した。その後に光が現われて、カスケイド

へと向かう。カスケイドはその光を飲み込んだ。

「おいしかったぁ」

「お、おねえちゃん! あああああああ!!!!!!」

 ミリエラは絶叫した。涙を流し、床にすがるように頭をつけ、力の限り泣いた。ゲイル

はその光景を見て完全に顔を青ざめさせている。

「元々、お姉ちゃんはモンスターの核じゃなくて、僕の魔力で命を与えていたんだよ。完

全に封印が解けてから力を戻そうと思ったんだけど……まあいいや。さて、次はおじいちゃんだね」

 放心状態のゲイルにカスケイドが手を向け、閃光を放った。次の瞬間にはゲイルの命は

消えているはずだった。

「『白』き咆哮!!」

 そこに光熱波が放たれた。カスケイドが放った閃光はヴァイの光熱波に相殺される。

「邪魔しないでよ!!」

 カスケイドが怒鳴る。しかし光熱波を放った男――ヴァイはそのまま階段を登り始めた。

「ゲイル」

 放心状態のゲイルにヴァイが声をかける。その声は厳しい中に、なにか憂いを含んだものだった。

「俺はお前に似た人達を見てきた。最愛の弟を無くして力を得ようとした女性。最愛の恋

人を理不尽に無くして憎しみに飲み込まれた男……一人は罪を償おうとし、一人は最後に

……救われて死んでいった」

「ヴァ、ヴァイ……」

 ルシータはヴァイの話の内容は知っていた。自分が関わってきた人達だからだ。

「俺は、微力だがそういった人達を助ける事ができたと思う。だから、今も俺にできることをしよう」

 そう言う内にヴァイは階段を上り終えた。目の前にはカスケイドがいる。

「お前、古代幻獣なんかじゃないな。お前の感じ……どこかで感じた事があると思ったら

……似て当然だ。俺はお前等の同類と戦ってきたんだからな」

 ヴァイはヴァルレイバーを抜き放った。

「正体を見せろ。古代幻魔獣!!」

 ヴァイの横薙ぎの一閃は空を切った。カスケイドはその場から瞬時に空洞の内部へと入っていた。

「そうだよ。僕が『古代幻魔獣』カスケイドさ。ヴァイ=ラースティン」

 カスケイドは今までとは違う、醜悪な笑みをその顔に浮かべた。

「こっちにきなよ。僕と遊ぼう!」

 カスケイドはそう言って闇の中に消えていった。

「行ってやろう。今までの事、ちゃんと説明してもらうからな!!」

 ヴァイは勢いをつけて闇の中に入っていった。

「許せない! あたし達も行きましょ!!」

 ルシータがミリエラを抱いた姿勢でそう叫んだ。

「同感だな。行くぞ、エリッサ」

「はい!」

 ラーレスもエリッサも怒りは同様のようだ。それも一連の出来事に自分達が何もできな

かったことへの怒りも含まれている。

 しかしヴァイが入っていった暗闇へと脚を向けようとしたラーレス達は驚愕した。

「な、なに? あれ……」

 ルシータが思わず呟く。そこには先ほどの触手のようなものが数十本もまとまってでき

た塊が隙間を塞いでいた。そこからはみだした触手が空中を蠢いている。

 そして塊の表面から花のつぼみのようなものが出てくるのを皆が視界に収めた。

「いったい……?」

 マイスが不思議そうな声をあげる。しかし次の瞬間、その醜悪さに叫んだ。

「な、なんだよ! あれ!!?」

 マイスは足が震えるのを自覚した。少し離れた場所にいるルシータやラーレス達を見て

も同様に顔が青ざめているのが知れた。

 触手の固まりの表面に咲いたつぼみが開いた時、そこには顔があった。カスケイドの顔

が花の代わりにそこに鎮座していたのだ。しかも、その数は一つや二つではない。何十、

何百もの顔が浮かんでいるのだ。そのどれもが笑い声を上げている。

『あはははははっははははははははははは!!!』

《それ》はその高らかな笑い声と共に触手を放ってくる。マイスは我を取り戻すと咄嗟に叫ぶ。

「『白』光!」

 光熱波は触手を消滅させて本体へと直撃した。無意識に全力で放ってしまったために息があがる。

 しかし爆炎が晴れた先には全く無傷の本体。そして更に触手を放ってくる。

「こんな奴に……」

 マイスは触手をかわしつつルシータ達と合流した。

「マイス!」

 ルシータが今までマイスが聞いたことのないような声色で名前を言う。それは、焦燥と

いうものだ。

「『赤』い稲妻!」

「『黄』雷!」

 ラーレスとエリッサが同時に魔術で攻撃を加える。同じ個所にお互いの魔術がぶつかり

凄まじい爆発を引き起こすが本体には全く影響が見られない。

「な、なんて奴だ」

 ラーレスの顔にもかなりの焦りが見えていた。自分達が全力で放っている魔術が歯が立

たないのだ。心中に暗いものがよぎる。

「……ゲイル!」

 ルシータが今気づいたようにその名を呼んだ。

 ルシータ達はレーテが作った結界の中にいるおかげで触手の攻撃はそこで途切れてい

る。しかしゲイルだけは外に放心したように佇んでいた。

「お父さん!」

 ミリエラがそう言って出て行こうとする。しかし触手の攻撃が激しいために出る事はできない。

「お父さん!!」

 ミリエラは再び叫ぶがゲイルは全くその言葉は聞こえていないようだった。





(儂は……間違っていたのか……)

 ゲイルは自分の体を触手が掠めていくのを感じていた。しかしそれを回避しようという

気持ちは既に消えうせていた。最愛の娘、エスカリョーネを失った悲しみはゲイルから全

ての意欲を失わせていたのだ。

(もう、何もかも、どうでもいい……)

 ゲイルは眼を閉じた。そして深く溜息をつく。それは完全に諦めた者の溜息だった。

 そしてゲイルに触手が降り注ぐ。





「お父さん!!」

 ミリエラはルシータに押さえつけられている体を懸命に振りほどこうとしながら叫んで

いた。目の前には自分の好きな父が、命を奪われようとしている。

 何もできない。

 ミリエラは無力感に包まれる。姉のときと同様に父が死のうとしているときでさえ何も

できない。

「いやー!!!!!!」

 ミリエラの絶叫と共に凄まじい音がして辺りを振るわせた。しかしそれは触手がゲイル

を貫いたものではなかった。

「……えっ?」

 ゲイルは無傷だった。その周辺には触手だったものが黒焦げになって転がっている。

 そして、ゲイルの前に立っている人物。

「ミ、ミスカルデ……」

 ルシータは辛うじてその名を口にした。

 ゲイルの前に立っていたのは体にピッタリとフィットした黒いつなぎを着たミスカルデ

だった。ミスカルデは一瞬ルシータの方向を見てからゲイルへと向き直った。

「自分に絶望するのは勝手だが、それはまだ後にしてもらおう」

 その中性的で無感情な声色にゲイルはエスカリョーネを見ているようだった。

「まだお前には守るべき者があるだろう。今、ここでお前が絶望する事の意味は大きい。

 最後まで足掻いてから絶望しろ。それでこそ、人間だ」

 そうミスカルデが言っているうちに再び触手が襲い掛かる。今度はルシータ達も見てい

た。ミスカルデの体から電気が迸り、触手に向かって突き進み、触手を粉々にしてしまった。

「自分で招いた事は自分で尻拭いをしろ。我々は手伝うだけだ」

 ゲイルの瞳に次第に力が戻ってくる。その瞳はミリエラの方を向き、その姿を映す。

「ミスカルデ!」

 ルシータが結界から飛び出してミスカルデに駆け寄った。それを少し珍しそうにミスカ

ルデは見ている。

「あなた……敵じゃないの?」

「そうだな。お前達の敵だ。だが……」

 ミスカルデはこのとき初めて顔を崩した。少しだけ顔に笑みを浮かべる。

「古代幻魔獣は、我々の敵だ」

「……敵の敵は味方ってわけ」

「そういうことだな」

 ミスカルデはそこまで言うとその場から駆け出す。それを追って触手が襲いくるが、ミス

カルデが放つ電流によってそれは四散していく。

「あたし達も負けてられないわよ!」

 ルシータは結界内にいる皆に言った。

「こいつを、止めるわ!」

「よし!」

 マイスが結界から飛び出して魔術を本体へと放つ。

「……そうだな、ヴァイに任せるとしよう」

「私達はこれを止めなくては」

 ラーレスとエリッサも次いで触手を魔術で屠っていく。

「キュー!」

 レーテも協力して打撃を与える。

「絶対復活を阻止だ!!」

「おう!!」

 皆の声が一つに揃った。





「そうだな。儂も最後まで抗わなければいけない」

 ゲイルは触手を次々と屠っていくルシータ達を眩しそうに見ていた。

 そしてすぐに触手が覆っている場所へ手をかざすと力いっぱい叫ぶ。

「消えろ『銀』!」

 その瞬間、触手に覆われていた一区画が消失する。すぐさまゲイルは転移の魔術を唱え

てその隙間から中へと入っていった。


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