「『赤』い稲妻!」



 ラーレスの放った火球がモンスターを炎に包む。しかしその中からモンスターは平然と

飛び出して電撃を浴びせてきた。

「『白』光壁!」

 エリッサが電撃に合わせて自分達を包むように光を展開した。電撃はそこで阻まれる。

「同時攻撃しかないわ」

 ルシータがレーテを強く抱きしめる。ルシータの思いが伝わったのかレーテも緊張気味

の声を出した。

「そうだな、皆で一斉に攻撃だ」

「はい!」

 ラーレスの言葉にエリッサとルシータが頷く。光の壁が消えると同時にラーレス達は三

方向に飛んでいた。モンスターはきょろきょろと三人を見ている。誰に標準を絞ったらよ

いか分からないのだ。

「いくぞ!」

「「はい!」」

 ラーレス、ルシータ、エリッサが同時にモンスターに意識を向けた。

「『白』き咆哮!」

「『白』狼牙!」

「キューイ!」

 三者の魔術攻撃がモンスターのある一点へと集中する。その一点とはモンスターの角だった。

「ギャアウウウ!!」

 モンスターが電撃を集中して迎撃しようとする。しかしそれは遅く、三人の魔術は角へ

と直撃した。

「ギャアアアアアアアアア」

 角がへし折れる音と共にモンスターの絶叫が辺りに木魂した。

「やったか……」

 ラーレスが身構えたまま呟く。しかし次に生じた事態はラーレス達の想像を越えるものだった。

 モンスターの角がへし折れた事により雷撃が無差別に辺りを蹂躙し出したのだ。

 ラーレス達はレーテの結界によって雷撃の被害からは逃れているがこのままでは身動き

が取れない。

「早くしないと、時間がきてしまいます」

 ミリエラが不安そうに時計と空を見比べている。再び雷に谷が包まれるのは刻一刻と迫っていた。

「そうは言ってもこれじゃあ……」

 エリッサの顔に汗が浮かぶ。焦燥はこの場にいる全ての人々に感染しようとしていた。

「……」

 ミリエラは自分達の目の前で雷撃を放ちつつ暴走しているモンスターをじっと見つめて

いた。その瞳には以前あったような恐怖感はない。ただ、真剣に見つめている。

 それから周りに視線を移す。ルシータも、エリッサも、ラーレスも焦りが顔に浮かんで

いる。もう、悩んではいられなかった。

「!? ミリエラ!」

 ルシータの声にラーレスとエリッサが振り向いた。その横をミリエラが駆け抜けていく。

 ミリエラは雷撃の荒れ狂う結界の外に飛び出し、モンスターへと向かった。

「ちっ!」

 ラーレスは次いで結界を飛び出す。しかしミリエラは既にモンスターの目の前に迫っていた。

 モンスターはミリエラを見て咆哮を上げる。そしてなんとか雷撃を制御しようとしてい

るのか角へと雷撃が少しずつだが集まってきていた。

 そこへ、ミリエラはしがみついた。

「う、あああああああああああ」

 ミリエラが絶叫を上げる。集まった雷撃がミリエラへと集中しているのだ。かなりの力

がミリエラへと注がれる。

「『銀』の砕牙!」

 ラーレスがそう叫ぶと右手に瞬時に薄く光る剣が出現した。それはまるでバターを斬る

ようにあっさりと角を切り裂き、ラーレスは即座にその場から飛びのいた。

「ギャアアァアアア」

 モンスターが叫ぶ。雷撃が荒れ狂い、飛びのくラーレスへと向かう。

「『白』光壁!」

 その雷撃をエリッサの光の障壁が防いだ。その隙にルシータはモンスターの死角に回っている。

「これで終わりよ!」

 ルシータがレーテを前に突き出す。レーテは額の宝玉を輝かせて魔力を開放する。モン

スターはその強大な魔力により絶叫を上げて消滅した。

「……何故、あんな事をした?」

 ラーレスが静かに、自分の腕の中で震えているミリエラに言った。すでにエリッサとル

シータもその場に集合している。

「だ、だって……私は……」

「ミリエラ!?」

 ルシータが言わんとしている事に気づき静止しようとした。しかしミリエラは次の瞬間

には言い放っていた。

「私は! あの化け物と同じなんです!!」

「!?」

 ラーレスとエリッサはその言葉に驚きの表情を見せた。ミリエラの言っている事を理解

できたとはいえなかったが何か、大変なわけがあることは理解できたようだ。

「もとはと言えば、私の父が起こした事件だし、私はあれと同じ化け物だし……、私なん

かどうなってもいいんです! 死んだほうがましなんです!!」

 ミリエラはそこまで言うと遂に泣き出した。

 嗚咽が先ほどまでとはうって変わって静かになった谷に響く。やがて遠くのほうから稲

光の音がした。

「……もうすぐ、時間が切れるわ。急ぎましょう」

 エリッサは何も聞かなかったかのように泣いているミリエラの肩に軽く乗せてから前へ

と進み出した。

 ルシータも何か言おうとしたが自分を見ているラーレスに気づいてそれを止める。やが

てルシータも何も言わずに道を進み出した。

 その場に残されたのはラーレスとミリエラだけになった。ミリエラは少しすると泣き顔

を上げてラーレスを見る。

「君の事情を、俺は知らないし訊く気もない。しかし、これだけは言っておこう」

 ラーレスはミリエラを立たせてから言った。

「君は誰だ?」

「え……」

 ミリエラはラーレスが言った事が理解できない。ラーレスは更に続ける。

「今までヴァイ達と旅をしてきたのは君のはずだ。過去に何があったかなんて関係はない。

君は今、君を知っている者達にとっては君でしかない。そうだろう?」

 ラーレスは笑みを浮かべた。ミリエラはこの人の笑顔を見るのは初めてだとふと思った。

「ミリエラ=レイニス」

 ラーレスはそう言ってルシータ達を追って進み出した。ミリエラはしばらく佇んでいた

がふと顔を緩める。

 その顔には少し翳りが残るものの、笑みがあった。

「はい……」

 ミリエラは前に進み出した。

(今はお父さんを止めなくちゃ)

 その足取りは今までとは違い、力強いものとなっていた。





「……どこに消えたんだ?」

 ヴァイはいつのまにか谷の終わる地点へと入り込んでいた。目の前に明らかに人工物と

思われる建物がある。ヴァイの格好はかなり汚れていた。今まで相当な戦闘をしてきたか

らである。

「デイジーの奴、急に気配が消えた。どういうことだ?」

 追ってきた刺客、デイジーはいつのまにか姿を消していた。これまでの攻防で倒せたとは

全く思ってはいない。デイジーの力は既に人間の持つレベルを超えていた。

「……?」

 ヴァイは気を配りながら遺跡へと進んでいて突如前に人影があるのに気づいた。一体い

つの間にいたのか分からなかったためヴァイは思わず身構える。しかしその人影は見覚え

があった。

「マイス!」

 前方に立っていたのはマイスだった。ヴァイが最後に見たときと違うのは黒いマントで

体を覆っている事だった。

「お前、無事だったのか」

 ヴァイはマイスに駆け寄っていく。マイスは笑顔を浮かべながら右手をかざした。

「!?」

「『白』光!」

 ヴァイが危険に気づき横っ飛びに避けるのと、マイスの魔術がヴァイが一瞬前にいた場

所を抉るのはほぼ同時だった。ヴァイは一回転してすぐに起き上がると身構えた。

「操られているのか! マイス!!」

【そうだよ】

「!? 誰だ!」

 突如聞こえてきた声にヴァイはマイスから眼を離さずに叫んだ。声の主が言ってくる。

【この少年は利用させてもらったよ。どうやらこの少年は普通じゃない。君の力を図るに

はちょうどいいと思ってね】

「俺の、力を図るだと?」

【そう、この少年は『超人類』だ。魔力のキャパシティが絶大に高い。君よりも魔術の威

力はあるはずだよ】

「『赤』光!」

 いつも見るよりも何倍も大きい炎の塊をかわしながらヴァイは声の主に叫ぶ。

「俺の一体何を試すって言うんだ!!」

【君に資格があるかどうか、だよ】

「『灰色』嵐!!」

 ずんっ、とヴァイの体にかなりの重力がかかる。ヴァイは歯を食いしばって立った。

「う、うおおおおおおおお!!」

 ヴァイは全身の力を込めて体を仰け反らせた。すると魔術による重力の結界が弾き飛ば

された。

【我等を止める資格があるかどうかを……】

「ちょっと待て! 何の事だ!!」

 ヴァイは空に向けて叫んだ。しかし既に声の主はどこかへ去ってしまったのかもう返事

を帰してくることはなかった。

「……とりあえず、マイスを何とかしなければいけないようだな」

 マイスは魔術を弾き返されて信じられないと言った顔でヴァイを見ている。しかしヴァ

イに闘志がみなぎってくるのを感じるとすぐに戦闘態勢に入った。

「嬉しいよ、マイス。お前はこんな実力を秘めてたんだな」

「『黄』光!」

 マイスの体の周りに幾つもの電磁球が出現し、ヴァイへと向かう。

「『白』き螺旋」

 ヴァイは慌てずに魔術を展開し、電磁球を防ぐ。そして展開したまま歩き出した。

「『黒』龍!!」

 急激に纏められた空気の塊が鋭い音を立ててヴァイへと飛んでいき、鈍い衝撃音と共に弾かれる。

「お前はもう立派にクリミナを助けられるさ。俺も先生ってがらじゃない事をしたかいがあったよ」

「『赤』波!」

 巨大な炎がヴァイを包む。しかしそれさえもなんでもないようにヴァイは突破してきた。

「しかし、これが本当にお前の力と言えるのか? 引き出された力だからって、他人に無

理やり引き出された力なんてお前のものだと言えるのか?」

「『白』光!!」

 マイスから光熱波がヴァイへと向かう。マイスの体は光熱波の反動の熱により少し焼け

た。しかしそれさえも光の螺旋は防ぎきり、遂にヴァイはマイスの目の前に到達した。

「は、はぁ、はぁ、はぁ、ああ……」

 マイスは体から焦臭い匂いを漂わせながら完全に息があがっていた。

「そんな、全力で魔術を放ち続けるからだ。体力のほうがもたないだろう」

「どう、して……」

「お前のほうが魔力が強いのに俺の魔術で防げるかって? 使い方が巧いからさ、力の」

 ヴァイは拳を振り上げた。マイスはただ呆然とその拳を見ている。

「いいかげん、眼を覚ませ!」

 強烈な一撃がマイスの顔面を襲った。マイスの体は吹っ飛ぶ。

「……い、いてってててて……」

 マイスが頬をさすりながら体を起こした。その様子をさめた目でヴァイが見ている。

「いてて……ってああ! 先生!」

 マイスは今、ヴァイがいることに気づいたような不思議そうな顔でヴァイを見つめている。

 ヴァイはヴァイで、あっさりと洗脳が解けたことに拍子抜けしたようだ。

「まったく、心配させるな」

 ヴァイはマイスに手を貸して立たせてやる。

「本当にすみません。僕がしっかりしていなかったから……」

「まあ、いずれここには来なければいけなかったらしい。だからそう悲観的になることもない」

 ヴァイはそう言って歩き出した。

 目の前に見える遺跡へと。

「マイス、お前はここに残ってラーレス達が来るのを待っていてくれ」

「はい」

 マイスは反論せずに頷いた。ヴァイから感じる気配が変わったことに気づいたためだ。

「『銀』の翼」

 ヴァイは空間転移の魔術を唱え、その姿は遺跡へと消えた。それをマイスは誇らしげに

それを見ていた。

 しかしマイスは気づいてはいない。

 それを見ていたのが自分の他に二人いたことを。誰もが気づいていなかった。





 ヴァイは顔を少し上へ傾けて鋭い視線を向けていた。体からは闘気が滲み出ているよう

で周りの空気が蜻蛉のように揺らいでいる。

「よく来てくれた」

 視線の先にいた人物は静かに、低い声で言った。白髪に凄みを感じさせる顎鬚。瞳はそ

の静かさとは違ってぎらぎらと輝いていた。体には白いローブを纏っている。

 その場所は玉座のような椅子があり、その後ろには渦巻き型をした巨大なモニュメント

のようなものがある。そこにはその老人と、一人の女性が佇んでいる。

「一度言わなければと思ってな。俺をスカウトしても無駄だ」

 ヴァイの言葉に白髪の老人――ゲイルは冷笑を浮かべた。

「ふっ……自分の力を過小評価しているようだな。だが、お前は必要なのだよ」

「世界を滅ぼすために、か」

 その言葉にゲイルの顔の冷笑が崩れた。ヴァイはそれを見て内心動揺する。

 ゲイルの顔に浮かんでいたのは、言うなれば苦悩といったものだった。

「ははははははは……」

 一瞬言葉が途切れた合間を縫って乾いた笑い声がその場を支配した。ヴァイはその声の

主がモニュメントの上に座っているのを確認した。

「お前が……カスケイド、か」

「ははははははは……」

 カスケイドは笑いを止めずに、しかしその眼は冷ややかにヴァイを見つめていた。

 その笑い声はこの遺跡全体を包んでいる。

「ははははははははははははは……」

 ヴァイの耳には、どこまでも、どこまでもこの声が反響しているように聞こえた。


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