「さあ、命無き者達よ。今こそ我が一族の復讐の時」

 街全体を見渡す事ができるヴァフリーズダムの管制塔の上でハリス=ローフィールドは

静かに、座っていた体を起こした。

「見ていてください、兄さん」

 管制塔内部には数人の死体が転がっていた。その顔は何が起こったのか分からないとい

ったような顔をしている。実際、彼等は意味もなく殺されたのだ。

 ハリスの、ヴァイに対する復讐心のためだけに。

「待っていてください、母様!」

 ハリスは視線を一方向に転じるとその眼を見開いた。

 管制塔からはるか遠くにあるはずなのにハリスには全て見えているようだった。

 ちょうどハリスが見た場所にはヴァイが宿屋から脱出し、逃げている姿があった。

「見つけた……行くぞ、ヴァイ!!」

 ハリスは管制塔から勢いよく飛んだ。

 文字通り、飛んだのだ。そして空中で叫ぶ。

「『緑』の翼ぁ!」

 ハリスの周りを魔術発動と同時に風が取り巻き、ハリスは風に乗って一直線にヴァイの

ところへ向かう。

 その光景をダムの頂上から見ている人影があった。

 エスカリョーネと話していた、老人である。その鋭い眼は管制塔に転がる死体に向けら

れた。老人の表情に曇りが生じる。

「無益な殺生をする、か……」

 老人は凄まじいまでの嫌悪の情をその言葉に乗せた。その言葉を聞いた誰もが、その嫌

悪の情を理解し、自分の事のように忌み嫌うに違いない。そこまでの吸引力がある言葉だった。

「彼を、本当にこのままにしておくつもりですか?」

 老人はさして驚きもせずに背後を振り向いた。

 いつ現れたか分からないが、そこにいたのはエスカリョーネだった。

 その顔には微妙だが老人と同じく嫌悪の情が映っている。

「あやつのやり方に口を出す気はない。もともとそういう契約だったからな」

「ではこの街がどうなっても良いと?」

 老人は少しの間考え込んだが、言いよどみもせずに言った。

「ああ、我々の目的のためだ。この街がどうなろうと知った事ではない」

「……!?」

 エスカリョーネは内心の動揺を隠し切れずに表情に表した。

「辛いか? だが、『計画』を成功させる為なら、儂は喜んで悪魔に魂を売ろう。儂の全て

を犠牲にしても、『計画』を成功させてみせる」

 老人はそう言うと小さく言葉を呟く。

 すると老人の周りに風が取り巻き、老人を乗せてどこかへと飛び去ってしまった。

「……お父様……」

 エスカリョーネは寂しげに呟いた。過去の幻影をその瞳に見ているかのように、虚空を

ただ見つめていた。





「『黒』き使者!」

 圧縮空気が弾丸となり、モンスターの一体を弾き飛ばす。しかし間髪いれずに別のモン

スターが襲い掛かってくる。

「このぉ!」

 ルシータは木刀でモンスターの首筋を強打する。するとモンスターは地面に叩きつけられ、

紅い宝玉はその光を消した。

「キュー!!」

 レーテの額から紅い光が放たれ一度に数十匹ものモンスターが消滅する。

「『白』光!!」

 マイスの光熱波が数体を蒸発させた。

 何度そのような動作を続けてきただろうか。

 ヴァイ達は街の中心にある広場に向かっていた。ヴァイ達が姿を現してから、モンスター

はヴァイ達だけを標的にしている。ヴァイは街の人々が逃げ出す時間を稼ぐつもりで広場に

全モンスターをおびき寄せようとしたのだ。

「う、うっとぉしいのよ!!」

 ルシータはだるくなってきた腕を振り上げて一体のモンスターを叩き伏した。そして

広場にたどり着く。

「みんな、大丈夫か……」

 完全に息があがっているヴァイがルシータとマイスに問いかけた。ミリエラは依然とし

てヴァイが背負っている。

「結構、辛い、わね」

「同感です……」

 ルシータもマイスも、これ以上戦闘を続けるといつ倒れるか分からない。しかしモンスター

はヴァイの思惑に乗ってかぞくぞくと広場に終結してくる。

「……うう、ん……」

 そんな時、ミリエラが眼を覚ました。ヴァイの背中にいる状況が一瞬理解できなくてミ

リエラは混乱する。

「とりあえず、下りてくれ」

 ヴァイはそう言って静かにミリエラを下ろすと自分はヴァルレイバーを抜いてモンスター

を睨みつけた。

「こうなったら、やれるだけやってやるか」

 ヴァイの呟きと同時にモンスターが襲いかかった。

「『白』き――」

 ヴァイが魔術を放とうとした時、突如横から大質量の光熱波が放たれ、モンスター数体

を一斉に飲み込んだ。

「あ、あれ!!」

 ルシータがいち早く光熱波が向かってきた方向を見る。そこに立っていたのは……。

「ラーレス!」

 ヴァイは感極まった声を出した。そこにいたのはラーレスともう一人、副官のエリッサだった。

「結構な状況だな。力を合わせるべきだろう」

 ラーレスはこの状況にしては呑気なことを言ってヴァイ達のところに近づく。

「ラーレス、再開の祝いはこの事態を打開してからってことで」

「ああ、そのつもりさ」

 呆気に取られていたのか、今まで動かなかったモンスター達が一斉に動き始める。

「いくぞ、みんな!」

『おう!』

 こうして、ヴァフリーズを舞台とした大規模な戦闘が開始された。





「クーデリア様、ムスタフ様がおいでです」

「なんですって?」

 クーデリアは自分の聞いた言葉が信じられなかった。

 ムスタフは今《クラリス》のシステム改善などいろいろと雑務があり、こんなゴートウ

ェルから離れた場所へと来れるはずがないのだ。しかし部下が嘘をつく理由もない。

 クーデリアが今いるのはある街の宿屋の一室。部下二人と三人で泊まっている場所だ。

 とりあえずクーデリアは部下に言ってムスタフを部屋に入れることにした。偽者なら自

分の手で倒す。そう、心に決めて。

 入ってきた人は確かにムスタフだった。体型だけならいくらでも偽造はきくが、あの独

特の雰囲気だけは誰にもまねはできない。

「――それで、どういうご用件ですか? ムスタフ様」

 クーデリアはしかし、まだ疑いの感情が抜けないのか口調が固くなってしまう。ムスタ

フはさほど気にも止めずに言葉を紡いだ。

「デイジーが消えた事件の犯人が分かった」

「誰ですか?」

 クーデリアは冷静さを取り戻し、ムスタフの答えを待った。

「ハリス……ハリス=ローフィールドだ」

「ハリスが……」

 クーデリアの顔に苦い感情が宿る。ムスタフはその表情の意味を知っているようで少々

の哀れみの感情を浮かべた。

「君の気持ちは分からんでもないが――」

「もう、彼の事は気持ちの整理はつきました。関係ありません」

 その声はなんの揺れもなく、その言葉が真実である事を告げていた。ムスタフは溜息を

ついた後、言葉を続ける。

「しかし今回の事はとても奴一人だけではできる事ではない。組織だった、あるいは誰か

の協力がなければできない」

「黒幕がいるということですか」

「ああ。奴は使い勝手のいい駒、といった印象が強い」

 その後、ムスタフとクーデリアは数回言葉を交わし、ムスタフは退出した。

 クーデリアはどっと疲れを感じたようにベッドに横になった。

 今の彼女の格好は《リムルド・ヴィーズ》の戦闘服ではなく、《クラリス》の支給ロー

ブでもなく、白いシャツとスラックスである。クーデリアはスラックスのポケットに手を

入れ、何かを取り出した。

 それは古ぼけたペンダントだった。ふたを開けると、そこには今よりも少々幼いクーデ

リアと青年の姿。

「もう、過去の事、か……」

 クーデリアは寂しげに呟いた。





「大体、減ってきたな」

 ヴァイがヴァルレイバーで一体のモンスターを斬り伏してから言う。

「そうね、っと!」

 ルシータがモンスターの攻撃をかわして逆にカウンターを喰らわす。少し離れたところ

ではラーレスとエリッサ、マイスが協力して何体も同時に倒している。

「ひとまず合流するぞ」

 ヴァイ、ルシータ、ミリエラはラーレス達と一箇所の場所に集まる。

 ヴァイ達を取り囲んでいたモンスター達もその数をだいぶ減らしていた。

「よく減らしたな」

「そっちこそ」

 ラーレスとヴァイは互いに笑う。先が見えてきた事に対して余裕がでてきたという事であろう。

「よし! もう一息だ!!」

 ヴァイが激励をかけてモンスターに挑もうとした時、その場所に笑い声が響いた。

「これで終わりと思っているのか! ヴァイ=ラースティン!!」

 ヴァイはその声に聞き覚えがあった。つい最近聞いたような、しかもあまりかかわりあ

いたくない人物の声。

「あ、あそこ!」

 ルシータが気づいて指を指す。ルシータの指の先には一人の男が立っていた。

「ハ、ハーテス=ローフィールド!?」

「そんな! あの人は死んだはずじゃ!!」

 ヴァイが動揺の声を上げ、マイスは混乱して頭を抱えている。そんな中でラーレスは冷

静に男に話し掛けた。

「お前、ハリス=ローフィールドだな」

「ほほう、君は兄さんと同期だったラーレスじゃあないか! 奇遇だね」

 あまりに悪意に染まったハリスの言葉にラーレスは顔をしかめる。

 二人のやり取りにヴァイは自体を理解した。

「なるほど、今まで俺達を襲っていたのはお前か。目的は何だ?」

 ヴァイの言葉にハリスは激しい怒りを顔面に浮かべた。ヴァイの言った事がまるで理解

できないとでも言うように。

「分からない、だと? 母様を、兄さんを殺しておいてぇ!!」

 ハリスの言葉と同時に巨大な爆発音が響いた。あまりの大きさに地が揺れ、ヴァイ達は

地面に膝をつく。

「何が起こったの?」

 ミリエラは得体の知れない恐怖に顔を歪ませる。ルシータはそんなミリエラを抱え込む

ようにして落ち着かせようとする。そこにドドド……と何かの音が近づいてきた。

「……ダムを決壊させたのか!!」

 ラーレスがハリスのしたことを知り、怒号を向ける。

「はははぁ! ぼくとヴァイの最終ステージにしては上出来だろう!」

「みんな、俺とラーレスに捕まれ!!」

 ヴァイはルシータとミリエラ。ラーレスはエリッサとマイスを掴み同時に魔術を発動させた。

「『緑』の羽根!」

 ヴァイとラーレスを風の結界が取り巻く。そのまま全員の体が空中へと持ち上がり民家

の屋根の上に降り立った。ちょうどそこへ膨大な量の水が流れてくる。民家を水が直撃し、

あまりの衝撃に全員が振り落とされそうになるのを堪える。

 そんなヴァイ達をハリスはあざ笑い、何も言わずに遠くに飛んでいく。

「逃がすか!」

 ヴァイはハリスを追っていった。水かさは増し、ラーレス達がいる民家ももうすぐ流さ

れてしまうほどの勢いとなる。しかし逃げようにも周りにはモンスターがまだいるのだ。

「とりあえず、こいつ等を倒さないと!」

「そうだな、あっちはヴァイに任せるとしよう!!」

 ルシータの木刀がモンスターを叩き落し、ラーレスの剣がそれらを切断する。

 事態は一応の終息へと動き出していた。

 しかしそれはあくまで一応、の収束だったのだ。


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