「どうやら、これが怪物の核、というわけか」

 ラーレスは慎重に円盤を持ち直す。宿屋に戻ってからゴートウェルに運ぶ手はずを済ま

さなければ、と考えて道を戻ろうとする。しかしその動作は中断された。

「あれは……」

 エリッサが自分達が帰ろうとした道を逆に歩いてくる人影を見て体を硬くする。

「君がここに来るなんていったいどういう事だ?」

 ラーレスは自分達の前に現れた人物に心底不思議そうに問い掛ける。

「あなたに良い情報を持ってきたのよ。あとはムスタフ様からの指令」

 その女性――クーデリア=エーデルはウインクをした。そのしぐさはかなり魅力的である。

 肩まで伸ばした髪は少し外側に向いている。《リムルド・ヴィーズ》内では特に男も女

も無いので女性は髪型をいじるのが一般的な娯楽となっている。

 クーデリアは、調子はそのままに話し始めた。

「あなたが今、襲われた化け物と同じものが他のところにも現れているの。それも、ヴァ

イ=ラースティンが行く先々で」

 クーデリアの言葉は確かにラーレスにとって良き情報であった。即座にクーデリアが言

いたい事を見抜く。

「ヴァイと合流して真相を暴け、か」

 意味深な笑みを浮かべてクーデリアは言った。

「魔術師連続失踪事件は私が引き受けるから、あなたはヴァイ=ラースティンの力になっ

てあげなさい」

「……分かった、頼んだよ副隊長」

「了解しました、隊長」

 ラーレスは自分の手にあった謎の円盤をクーデリアに渡し、、エリッサは丁寧に挨拶を

してその場から離れた。

 クーデリアはしばらく考え込んだ後、そこから立ち去った。

「さて、どう繋がっているのかしら? 今回の事件は……」

 その顔はけして穏やかではなかった。





 ラーレス達がクーデリアから情報を知らされ、ヴァイ達に合流しようと行動を開始した

時、ヴァイ達はカッサスから10日程進んだ場所にいた。

「『青』き双珠!!」

 ヴァイが水面に手をついて魔力を発動させると、手をついたところを起点に巨大な水柱

が上がる。それはやがて二つに分離し水の固まりとなってその膨大な水圧を一つの対象へと向けた。

 水の固まりの先にいるのは山に生息する小生物の、超巨大版だった。

 体は全て毛で覆われており、四足歩行を行っている。これだけでも普通ではないが、他

の生物と完全に違う所は、顔に当たる部分には紅く輝く宝玉が埋め込まれているだけなのだ。

 水の固まりはその怪物に直撃する。大抵のものを水圧で押しつぶす事のできるそれでさ

えも怪物は直撃を受けて平然とヴァイの元に近づいてくるのだ。

「レーテ、お願い!!」

「キュー!!!」

 離れて位置していたルシータが、手に抱いたレーテを怪物に向かってかざすと同時に、

レーテの額にある紅い宝玉が光を放出する。

 そこから怪物へと一直線に光が伸び、怪物に当たると同時に大爆発を起こした。

「ぐぅおおおおお!!」

 怪物が呻き声をあげる。苦しんでいるそこにマイスが隙を逃さずに魔術を放った。

「『黒』い破壊!」

 動きが止まった怪物の周囲に魔術の効果によって一瞬の内に歪曲場が広がる。

 歪んだ空間が音を立てて元に戻る。

 その衝撃は中心にいた怪物の胴体を薙ぎ払い、上と下を分断した。

「『白』き咆哮!」

 爆発の衝撃ではるか上空に上がった怪物の胴体に向けてヴァイは光熱波を放つ。

 上半身は光熱波に飲み込まれ、最後の絶叫と共にこの世界から消滅した。

「……やりましたね〜」

 怪物を倒して一息をついた時に物陰からひょっこり姿を現したのはカッサスの街からヴ

ァイ達と行動を共にするようになったミリエラだった。

 ミリエラは西側の街道の終着点、クレルマスからヴァイ達を連れてくるように依頼され

てヴァイ達を探していた。

 その依頼をした人物はクレルマスの富豪、レギンス=アークラット氏。つまり、ルシー

タの実の父親であり、ルシータは父親を忌み嫌っている事からあまり気乗りはしていない。

 しかしミリエラ自体は気さくな少女であり、はっきり言って妹ができたようでルシータ

は嬉しかった。

「みんな、怪我は無いか?」

 ヴァイの言葉にみんなが首を縦に振る。

 流石にこの10日間で何回も襲われているために怪物達と戦うコツを掴んできているようだ。

「それにしてもうっとおしいですね」

 マイスがうんざりしたように言う。ルシータはそうよね、と呟いてマイスの後に言ってきた。

「街にいようとどこにいようとお構いなしなんだから。一般人を巻き添えにしたくないか

ら野宿するしかないじゃないの」

「そうですよね、ちゃんとしたお風呂に入りたいです〜」

 ルシータ、ミリエラは自分の体に顔を近づけてうんざりした顔をしながらぼやいている。

 怪物達のためにヴァイは街には寝泊りしない事にした。よって風呂にも入れない。

 今回のように湖で水浴びをしながら10日程を乗り切ってきたのだ。

 しかし久々の水浴びも怪物の襲われた事で帳消しになった。

「もうそろそろ一度街で寝泊りしても良いんじゃないでしょうか?」

「マイス! あんたたまには良い事言うわね!」

 ルシータは勢いをつけてマイスの背中を叩いた。そのためにマイスはむせ返りしばらく

会話不可能となった。

「……うげほぉっ! げほっ!……ルシータ、もう少し加減してよ」

 マイスが回復するのを待ってヴァイは言った。

「やはり駄目だ。あの怪物達の目的も全く分からないし、街に入ればそれだけ他の人々に

危険が行くのはわかりきってる」

「でもこのままでいてもあいつらの目的なんて分からないじゃないですか。このまま無駄

に体力を消耗していっても意味がありません。ここは休息する事が重要だと思います」

「……」

 ヴァイは腕を組んで考え込んだ。マイスの考えもそれはそれで正論なんだがヴァイにし

ては、やはり民間人に被害が行くのは最も許されざる行為である。

 ヴァイはふと隣を見た。それは意識せずに行った行動であり、息を吸うぐらい自然な行

動に見えた。視線の先には誰も、何もいなかった。

 それに気づいたルシータが少し不機嫌さを含んだ口調で言った。

「それにしてもレイの奴! 一体どこにいっちゃったのかしら?」

 そう。この場にはレイの姿は無かった。

 カッサスで初めて怪物に襲われた次の日。

 朝にヴァイ達が眼を覚ました時、彼の姿はどこにも無かった。

 前日に用事があると言って一行から離れたのだが、夜遅く帰ってきた時は普段と何も変

わらぬ様子だったのだ。

 彼の部屋には書置きがあり、こう書かれていた。

『すまん。用事ができた。オレディユ山で会おう』

 ヴァイはレイの事を信頼していたし、レイが《リヴォルケイン》団員だという事も知っ

ていたので今回の事に最初はさほど気にも止めなかった。

 しかし10日経ってほんの少しだけあった不安が徐々に肥大していった。

 この感じになる時は良く当たる。

 この感覚は今回の旅が始まった時から特によく当たる。まるで、ヴァイにあらかじめ危

険を誰かが知らせてくれているかのように。

「まあ、レイさんもいろいろあるんでしょう。とりあえず今どうするかだよ」

 マイスはあくまで街に入ることを主張するようだ。その後ろには目を輝かせてマイスを

見つめているミリエラとルシータ。

(この二人、どうしてこんなに似てるんだろうな……)

 ヴァイは10日程一緒に旅をしてきて思った感想を抱きつつ、溜息を吐いた。

「……分かった。今度の街で一泊しよう」

「「やったぁ!」」

 ルシータとミリエラが同時に喜びの声を上げる。マイスもかなり嬉しそうに顔をほころ

ばせていた。

(嫌な予感は消えない、か)

 ヴァイは内心の予感を拭う事ができなかった。

 この時マイスの意見を無視していれば、まだ別の結果を得られたかもしれない。

 しかし誰も未来を予測する事はできない。

 この決断がヴァイにとって最悪の結果になる事になる。





「……ずいぶん好き勝手にやっているのね」

 暗闇の中、静かな、無機的な声が響いた。

 ハリスは閉じていた眼をゆっくりと開き、声のした方向を向く。

 そして指を鳴らすと今まで闇に包まれていた空間に急に明かりが灯り、部屋の全貌が明

らかになる。

 ハリスが座っている椅子の前に無数の紅い点がある。それはラーレスが見つけた怪物の

核と呼ばれるものだった。それがハリスの前にずらりと並んでいる。

「何が言いたいんだ? エスカリョーネ」

 明かりが灯る事により姿を現した女声の持ち主は真紅に染まった髪を持ち、顔は声と同

じく何の感情も浮かんではいない。

「あなたは資源を無駄使いしている。モンスターも無限ではないのよ」

「俺のやり方に口を挟むなよ、エスカリョーネ」

 ハリスの声にあからさまな殺気がこもった。部屋の温度が急激に下がっていくのがエス

カリョーネには感じられる。

「お前達の目的に協力する代わりに俺はあいつを――ヴァイを殺す。俺のやり方に口を出

さない事が契約だったはずだ」

「私達が求めているのは魔術師の確保。本来ならヴァイ=ラースティンは最高の逸材。で

きれば彼も確保したい」

「俺は奴を殺す。それを邪魔するならお前も殺すぞ」

「……」

 エスカリョーネは黙り込んだ。ハリスの言葉は場の空気から本気だという事が分かる。

「母親は、元気ですか?」

 ピク、とハリスの眉が動いた。

「あなたの母親を《クラリス》から奪還したのは私達。あなたの母親の状態を元に戻した

いと思うのなら、少しは私達の言い分も聞いて欲しいわね」

 今度はハリスが黙り込む番だった。

 ハリスは視線をエスカリョーネから外し、部屋の奥を見やる。

 車椅子に座らされた女性がいた。それはゴートウェルから消えたデイジーだったのである。

「あなたに任せるという方針は変えません。もう遊びは止めて決着をつけなさい」

 エスカリョーネはそう言うとその場から突如消え去った。後には光の粒がキラキラと残るだけ。

「『古代幻獣の遺産』、か」

 ハリスは大して気にもせずにデイジーの方へ歩み寄った。

 デイジーの目は知性ある光を宿してはいなかった。先にミスカルデによって植物人間に

されていたのだ。

 ハリスはデイジーの前に跪き、顔を太ももへと乗せた。既にその時には先程までに瞳に

宿していた鋭い光は失われている。

「お母様、兄さん、もうすぐだからね。もうすぐ敵を討ってあげるからね……」

 ハリス=ローフィールドは童心の戻ったかのごとくいつまでもデイジーに寄り添っていた。





 エスカリョーネは一人の人物と対していた。

 場所はさっきの場所とは明らかに違う雰囲気がある。

 古い神殿を思わせるその場所は広場が大半を占めていて、残りは水に浸かっている。

 広場を奥に行くと昇り階段があり、昇りきったところには玉座が鎮座していた。

「彼は暴走し始めています」

 目の前の人物に相変わらず無機的な、感情のこもらない声で報告する。

「何にしろ、今はあいつに任せる」

 その人物はかなりの歳に達しているように思える。

 白髪と威厳ある白い口髭がその老獪さを強調しているように思えた。

「もしも、彼が我々の『計画』に邪魔になるのなら……」

 男は瞳に鋭い光を宿らせた。

 エスカリョーネはこの時、初めて感情らしきものを顔に浮かび上がらせる。

 恐怖? 畏敬? それは悲しみだった。

「消せばいいだけだ」

 彼等の会話はその言葉により終わりを告げた。

 辺りには何故か音楽が流れている。

 それは物悲しいワルツだった。


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