「どうやら、一筋縄ではいかないみてぇだな」

 レイが、どうやら正規の通路を通ったらしく一番遅れてその場に姿を現した。

「どうやって倒せばいいの……」

 ルシータがいつになく気弱な声を出す。ヴァイはルシータに振り返り意地の悪い笑みを

浮かべて言った。

「この話を持ってきたのはルシータだろう? 何とかしてみせればいいじゃないか」

「ううううううううううう」

 ルシータは恨めしそうにヴァイを睨みつける。そのやり取りに顔をほころばせていたヴ

ァイだったが、急に真剣な顔に戻った。

「だが、実際魔術が効きにくい体なのは確かみたいだな」

 ヴァイは一歩前へ出てモンスターの正面に体をさらした。レイは側面へとまわっている。

「マイス、日頃の訓練の成果を見せてみろよ」

 ヴァイはマイスに言った。その声はどうやら怒気を含んでいるようだった。

「まだまだお前にできる事はあるんだ。すぐ諦めるな」

 ヴァイはヴァルレイバーを握り締めてモンスターに突進していった。モンスターがヴァ

イに体を向けるとそのためにできた隙を突いてレイが剣を振るった。

 レイの剣は特殊なもので刃が幾つにも分解するようになっている。それぞれの刃は極細

の鋼鉄ワイヤーで繋がっているために切れる事は無く、遠くの標的も変わらず斬る事がで

きるのだ。

 しかし今回は勝手が違った。

 モンスターに向かった刃は乾いた音を発して弾き返されたのだ。

「やっぱり駄目かよ!」

 レイは鋭く舌打ちをする。その間にモンスターはその巨大な口を向けてくる。

「やばい!!」

 ヴァイがそう言うのと、モンスターの口から膨大な光熱波が放たれるのは同時だった。

「『白』き螺旋!」

 ヴァイが目の前に螺旋状の結界を張る。しかし巨大な光熱波はそれを容易く突き破る。

「レーテ!!」

 光の螺旋が破壊された瞬間、ルシータの声が響いた。

 ルシータの腕の中にいたレーテの額にある紅い宝玉が光り輝き、緑色の光がヴァイ達全

員を包み込む。緑色の光のドームは巨大光熱波を完全に遮断した。

 レーテはカーバンクルと呼ばれる幻獣の幼生だ。その防御能力は幻獣の中でも最高クラ

スである。それは幼生の頃から変わりない。

 弾かれた巨大光熱波はヴァイ達の後ろの崖の壁を爆音と共に破壊する。

「すごーい! レーテ!!」

「キューイ!」

 ルシータがレーテを抱きしめて頬擦りをする。しかしそんな暇は元々無かった。

「さっさと逃げろ!!」

 レイがルシータの腕を取り無理やりその場から逃げる。

 後ろの壁が、ヴァイ達がいた地点に崩れてきたのだ。

「マイス! 次にあいつが攻撃するまでに決着をつけるぞ!」

「は……はいっ!」

 ヴァイの言葉にマイスは自分に気合を入れなおした。

(しっかりしなきゃ!!)

 ヴァイがモンスターに向かって行くのと同時にマイスも駆ける。モンスターはヴァイ達

を知覚したらしく、頭の部分を向けてきた。

 その口腔がマイスの眼に入る。

「『黒』き破壊!!」

 その時、ヴァイの魔力が発動してモンスターの胴体部分の空間が歪む。

 空間が元に戻る衝撃は膨大なエネルギーを発生させて空間爆砕を引き起こした。

 耳をつんざく音をたててモンスターの胴体部分は爆発する。

「ギュオォォオオオオオオ!!」

 モンスターが絶叫を上げる。

 爆発が襲った部分は深く抉られており、かなりの量の血が地面へと降り注いでいた。

 しかしモンスターはまだ活動できるのか、体を動かしてヴァイに攻撃の狙いをつける。

「今だ、マイス!」

「はい!」

 マイスはヴァイから離れた地点で両手をモンスターにかざした。意識を集中し、魔力を

解き放つ。

「『白』光!!」

 光熱波はモンスターの傷口に寸分の狂い無く吸い込まれた。

 モンスターが最後の絶叫を上げる。

 傷口を抉った光熱波は遂にはモンスターの胴体を引きちぎった。

 重い音を立てて胴体が崩れ落ちる。こうして、カッサスを騒がせたモンスターは駆逐された。





「や……やったぁ……」

 安堵に体中の力を抜いてマイスは地面に崩れる。

 ルシータはレーテを胸に抱いたままヴァイへと駆け寄ってすごいすごい、と言葉を連発

している。

 和やかな雰囲気の中、レイは自分に向けられる一つの視線に気づいた。レイは周りを見

渡す。ルシータ、マイスはともかくヴァイさえ視線の気配を感じているように見えないと

いうのはどういう事か。

「レイ、帰るぞ」

 ふと気がつくとヴァイ達は既に帰るための道に向かおうとしていた。戦いの近く似合っ

た崖はほとんど崩れ落ち、最初に通ってきた道は使えないため、少し遠回りになるルート

を使って帰ろうというのである。

「……先に、行っててくれ」

 レイはなるべく平然を装ってヴァイ達に言った。ルシータとマイスは不思議そうな顔を

していたがヴァイはレイが何かをする事を悟って二人を促して先に帰らせた。

「なるべく早く帰れよ」

「……ああ」

 ヴァイの声には特別な緊張感は感じられない。レイの実力を信頼しているからだ。

 しかしレイにとって問題なのはヴァイが得体の知れない気配に気づいていない事だった。

「誰だよ……。出てきな」

 ヴァイ達の姿が完全に消えてからレイは辺りに響き渡る声で言った。

 それからしばらくじっとしている。そして二回目の呼びかけをしようと思った時、奇妙

な感覚がレイを取り巻いた。

(来たか!!)

 レイは心の奥底からこみ上げる恐怖を押し殺す事に精一杯だった。

 今まで幾多の死線を乗り越えてきていてもここまでの恐怖は体験した事が無い。

「誰だ」

 今度は静かに、掠れた声で言う。冷静になろうとしてこの程度の声しか出なかったのだ。

「レイ=ツヴァルツァンド」

「!!?」

 レイは慌てて後ろを振り向く。

 そこには一人の女性が立っていた。



 ミスカルデ=エバーグリーン。



 レイは一度も会った事はなかったが、以前ある街で遭遇した事件に関係していた事はル

シータとマイスに聞いた事がある。

 一度も会った事は無かったが、レイはこの女性がミスカルデだと何故か確信していた。

「どうして、俺の本当の名を知っている?」

 レイは背中を滑り落ちる汗を感じずにはいられない。ただ立っているだけだというのに

信じられないほどのプレッシャーを目の前の女性は放ってくる。

「お前だけじゃない。ヴァイ達全てのデータを、我々は知っている」

「……そりゃあ、ご苦労なことだ。んで、何の用だ?」

 レイはいつでも腰の剣を抜けるように体に力を貯めようとする。しかし、力は溜まるど

ころか抜けていく。立っているだけがやっとの状態だ。

(どういうことだよこれは!?)

「安心しろ。お前に危害を加えるわけじゃない。ちょっと話をしたくてな」

「は、話……だと」

 平然とする余裕をレイは既に無くしていた。額に脂汗を浮かべて、ただ鋭くミスカルデ

を睨みつけている。

「ああ、とても重要な話だ……」

 ミスカルデは静かに話し始めた。





(レイの奴、いつもと様子が違ったようだな。大丈夫か……)

 ヴァイはレイの置かれている状況を全く知らずに、ルシータ達と共に帰り道を歩いていた。

 レイが遭遇していたのがミスカルデだとは何故かヴァイは少しも思わなかったのだ。

(まあ、あいつだから大丈夫だろう。勝てない相手に立ち向かう奴じゃないからな)

 ヴァイはそう思い、思考を完結させた。前を歩く二人に注意を戻す。

 そこで、ヴァイは前方から歩いてくる一人の少女に眼をやった。

 髪は三つ編みを二つに分けて両肩に下がっている。眼鏡の奥にある瞳は見た目はぱっと

しない少女に魅力を与えていた。

 何故気になるのか分からず、ヴァイは困惑する。

 その内、ヴァイ達と少女との距離が縮まり、ほんの数メートルといったところで少女は

ヴァイ達に気づいた。そして大声を上げる。

「あぁあああああ!!!!!」

 少女はすぐにヴァイの傍に駆け寄った。しかしヴァイにたどり着く前につまずいて勢い

よく地面に倒れる。

「ちょっと! 大丈夫!?」

 ルシータが慌てて助け起こすと少女は鼻頭をおさえながらも口に出す。

「ええ、大丈夫ですぅ……。いたたっ……」

 少女はしばらく鼻をさすっていたがやがて自分の服の埃を払って立ち上がり、ヴァイに

向きあった。

「あのぉ、もしかして、ヴァイ=ラースティンさんですよね?」

「ああ、そうだけど」

「――やったぁ!!」

 少女はヴァイを確認すると文字通り飛び跳ねて喜んだ。ヴァイ他二名と一匹は事態が分

からず困惑した眼差しを少女に送っている。

 自分に注がれる奇異の視線に流石に気づいたのか、少女は一旦行動止めて舌を出す。

「ごめんなさい。自分ひとりで舞い上がっちゃって。自己紹介させていただきます」

 少女はヴァイ達全員を正面に置くと少し距離を離れて立った。

「私はミリエラ=レイニスと言います。クレルマス治安警察隊外部地域担当をしています」

 クレルマスという単語を聞いた瞬間にルシータの体がピクリと振るえた。

 ヴァイは気づいていたがあえて知らない振りをして少女――ミリエラに先を促す。

「このたびレギンス=アークラット氏に依頼されてヴァイさんをクレルマスへお連れする

ためにあなたを探しておりました!」

「……」

 俺の隣では顔を蒼白にしてルシータがミリエラの顔を凝視していた。

 その心情は複雑のはずだ。しかしヴァイはある確信をもってミリエラに尋ねる。

「どういう依頼で俺を探しているんだ?」

「はい、それはですねぇ……」

 ミリエラは口元に手を持っていき、人差し指を立てた。

「秘密です」

「……分かった。クレルマスに行こう」

「ちょっとヴァイ!?」

 ルシータがおもわず大きな声を上げる。あまりの唐突さにミリエラは驚いて悲鳴をあげ

てひっくり返ってしまった。

「い、いったいどうしたんですかぁ?」

「え……」

 ルシータは意外さに間抜けな声を上げてしまった。もし自分の事を父親が連れ戻すため

にヴァイを探しているならここまで無反応のはずは無い。

「あ、そういえば皆さんの名前を聞いていませんでしたね」

 ミリエラは埃を払いつつ立ち上がり、マイスに向けて尋ねた。

「あ、マイス=コークスっていいます」

 マイスは少し照れ笑いをしつつ律儀に答える。ミリエラはマイスさんですかぁ、と小さ

く何度か繰り返す。そして納得した顔になると、次はルシータの前に来た。

「あなたの名前は?」

 ルシータは呆気に取られていた。どうやらこの少女は目の前の人物が依頼人の娘だとい

う事は知らない。

「あたしはルシータ、よ」

「ルシータさんですか。……ルシータって呼んでいい?」

「ええ、いいわよ」

 ミリエラはルシータの言葉を聞いて笑みを浮かべた。姓を聞かないまま事を終わらせる

気のようだ。

(まったく、分からない娘)

 ルシータは内心苦笑した。

 何かこの少女を見ていると懐かしい感じを受ける。はるか幼児期までさかのぼるような、

そんな感覚がルシータを包み込んだ。

 先ほどまでの焦燥はどこかに消えてしまっていた。

「ルシータ、行くぞ」

 不意に聞こえたヴァイの声で正気に戻る。

(本当、不思議な娘……)

 ルシータはとりあえずクレルマスに行く事は同意する事にした。

 行って家に近づかなければいいのだ。そう考えると気が楽になる。

 そう考える事が、何か異様さを現していることにルシータは気付かなかった。

(とりあえず私を探しているわけでもなさそうだし……)

 ルシータはヴァイの傍に駆けながら今回の旅はいつもと違うものになる気がしていた。





 確かに、今回の旅はルシータにとっても、ヴァイにとってもいつもと違う旅となった。

 この世界を巻き込んで奏でられ続ける円舞曲は、急加速して一つの、そして大きな山場

を迎えようとしていた。


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