ヴァイとレイが襲ってきた暗殺者達を倒してルシータ達の所に帰ってきたのはルシータ

が宿屋の主人に頼んで部屋を換えてもらったすぐ後だった。その際、汚した部屋の掃除は

ルシータ達がやると約束していたために帰ってきて早々、ヴァイ達は暗殺者達の後始末を

することになった。

「たくっ、どうして嬢ちゃんの尻拭いを俺達が……」

 後ろで縛っている髪が肩から落ちてくるのを鬱陶しげにはねながらレイは無精髭が生え

た顔をしかめっ面にする。ヴァイは内心全くだと思いつつルシータの反抗の声を聞きたく

なかったので口に出して言うのはやめた。

「レイ、仲間の責任は皆の責任って言うじゃない」

「誰が言ったんだそんな事……、ほらマイス、そこがまだ汚れてるだろ。腰を入れろ腰を!」

 レイはモップを持って床を拭いていたマイスに怒鳴りつける。先ほどから掃除の指揮は

レイがとっていた。どうやら掃除が好きらしく、というか綺麗好きのようで部屋は以前の

状態よりも綺麗になりつつあった。

(本人が何か汚れてる印象があるからかな……)

 ヴァイはそんな事を考えていた。

 レイの容姿は無精髭も手伝って傍目から見れば薄汚れた印象を受ける。

 レイはヴァイのそんな思いがこもっている視線に気づきながら、気づかない振りをした。

(まあ、俺が王家の親戚筋だとは誰も信じないだろうな)

 なんだかんだ言って汚さとは無縁の家で育ったレイは汚さにどこか嫌悪感を抱いていた。

 子供の頃、親に反発して通った貴族とは無縁の学校でもその兆候はあったのだ。

 あらかた掃除し終わったのは日もかなり傾き、もうすぐ夕食と言った時間だった。よう

やくレイの許しを得ると、マイスは疲れからかすぐにベッドに横になってしまった。他の

三人は部屋に備え付けのテーブルを囲んで座っている。

「それにしても、何なのよあいつらは?」

 ルシータは午前中に襲ってきたあの暗殺者達の事を切り出した。話によるとヴァイやレ

イも襲われたと言う。しかしどう考えても襲われる当ては無い。

「《蒼き狼》なら頷けるが、こいつ等の技量はそれほど高くないし、な」

《蒼き狼》とはこの世界における最大規模の窃盗団である。そして今までに何度もヴァイ

達の前に現れて敵対している組織なのだ。その実力は普通の雑兵なら何の事は無いが、統

率者のレベルになるとその実力は凄まじいものでありヴァイ達も何度も苦戦した。

 襲ってきた暗殺者達はおそらく何者かに雇われた普通の暗殺者だと知れた。街が整備さ

れ管理体制が整えられた昨今では、体制が整えられるまでに起こっていた闇にまぎれて暗

殺と、言うのはかなり難しくなっていた。

 そのために政敵などを抹殺するのに暗殺者を雇う者が少なくない。

 よって裏家業ではフリーの暗殺者と言うのは決して少なくないのだ。

「ルラルタにいた時の商売敵かしら?」

 ルシータが呟く。ヴァイはルラルタにいた時、かなり有名でいろいろな仕事をこなして

きた。そのため注意は払っていたが仕事をとられたという同業者がいないとも限らない。

 しかしルラルタからはかなり距離が離れている。こんな遠くにまで恨みで復讐に来るほ

どの恨みを買う事はしていないはずだ。

(いや、していない)

 そこまでされるほどの横取りなどしていない。他の同業者がそれほどの事をしていよう

と自分はしていないというのがヴァイの何でも屋としての誇りだった。

「可能性は無いわけじゃないが、かなり低いだろうな」

「じゃあ、レイが今までの傭兵生活で培った恨み辛みが……」

「俺は感謝されこそすれ恨まれる覚えはねぇ」

 レイはルシータが躊躇無く言った事に対して不服そうに顔を歪めつつ話す。ルシータは

なおも言いたそうだったが、それをベッドに突っ伏したままのマイスが制した。

「とにかく、あてがないにしろあるにしろまた狙われるかもしれませんね。どうしましょう?」

「どうしようもないな。とりあえず静観といくしかねぇ」

 レイはそう言ってマイスと同じくベッドに横になった。すぐにいびきをかき始める。

「おやすみ三秒か・・・・・・」

 ルシータは呆れ顔でレイを見た後、マイスに眼をやる。マイスもいつのまにかベッドに

潜り込み、寝る気は満々といった感じである。ルシータはヴァイに向き直った。

「ヴァイはどうすればいいと思う?」

「これから起こる事は予想できる。気配を感じた。あからさまな殺意がな。暗殺者達でな

い誰かが俺の襲われる場にいたって訳だ。これからも確実に襲ってくる」

 ヴァイは椅子から立ち上がり窓の傍に寄った。外の雨は激しくなっており、遠くからは

雷の音が聞こえてくる。

「俺達を襲わせている黒幕はおそらく俺達をこの街から追い出す気だ。殺すのは二の次だろう」

「どうして?」

「ルシータ、あいつ等を倒した後、どんな気持ちだった?」

 ヴァイはルシータの方に向き直り問い掛けてくる。ルシータは即答した。

「気分悪かった!」

「ああ、奴等は倒すと異臭を放つ液体になり掃除も俺達が体験したように大変だ。なによ

り、宿の主人がいい顔をしていなかっただろう」

 ルシータは主人の顔を思い出してみる。確かに不服そうな顔をしていた。次に何か起こ

ったら即刻追い出されないとも限らない。ルシータは肯定の意味で首を縦に振った。

「もしまた同じような事が起きたらここを追い出されるだろう。そして他の宿に行っても

また襲われる。そこまで来たらもう俺達に泊まる宿屋はない。宿屋のネットワークはお互

いの利益の関係でかなり整っている。俺達の噂が広がるのはすぐだ」

「何のために?」

「さあ、な」

 ルシータの問にはヴァイは答えられなかった。確かに理由が分からない。自分達は今日

始めてゴートウェルに着いたところだ。落胆した表情を見せるヴァイにルシータは言う。

「じゃあ、結局大元を叩くしかないのね」

 ルシータの言葉にヴァイは溜息をついた。

「その方法がないんだよな……」

 二人は同時に肩を落とした。





 ヴァイは突然眼を覚ました。周りを見ると既に真っ暗で降りしきる雨の音が静かに部屋

に入ってくる。おそらく深夜だろう。ヴァイは静かに起き上がると気配を周りと同調させる。

 そうして部屋の外までの気配を探った。

(何か、いる)

 ヴァイは部屋の外、廊下や窓の外にいくつかの気配があることを察知した。

 結局具体案がなく、ヴァイは起きる事にした。ルシータは隣の部屋で寝ているはずだ。

 気づくとレイも起き上がり息を潜めている。マイスはいびきをかいて寝ていた。

(してるのは魔術の修行だけじゃないのにな)

 ヴァイは内心溜息をついた。マイスと旅をするようになってから毎日二人は魔術の特訓

をしてきた。流石に今日はしなかったが魔術の他にも戦闘訓練をヴァイはさせていた。こ

の旅は危険なものだとヴァイには分かっていたからだ。マイスは元治安警察隊員だったの

で筋はよかったが、どこか抜けているところがあった。今回のように寝ているところが、

マイスが半人前だと言われるところだった。

「マイス起きろ!」

 レイがマイスの寝ているベッドを力強く蹴りつけた。そして叫ぶ。

「敵襲だ!」

 その言葉が洩れた瞬間、窓とドアが同時に音をたてて破られ、数人の人影が現れた。

 どれも日中と同じく全身黒ずくめで手にはナイフを持っている。暗殺者達はヴァイ達を

とり囲むように部屋の中で構える。その数、合計八人。レイは拳を打ちつけながら言った。

「ふん、たかがこれだけの数で俺達が殺せると思っているのかね!」

 レイの言葉に暗殺者達の間の空気が変わるのをヴァイは感じた。弱かった殺気がレイの

言葉によって大きくなったのだ。やはり暗殺者達は自分の確固たる目的があるわけではな

く、あくまで雇われているに過ぎないのだ。殺気が弱かったのはやられた仲間の事が頭に

残っていたからだろう。ヴァイは暗殺者達が改めて構えをとったのを見て自分も全身の筋

肉を撓め攻撃に備えた。しばしの静寂が部屋を支配する。その静寂を破ったのは……。

「うんぁー、なんですかぁ?」

 マイスは寝ぼけ眼を手でこすりつつベッドから起きた。マイスの眠りはかなり深い。時

間通りには起きるのだが、少々の事ではいつもの時間以外におきることはない。それが戦

いの狼煙となった。

 暗殺者達が一斉にナイフを投げつけてきた。前後左右八方向から迫り来るナイフの群れ。

ヴァイとレイは自分からナイフに向かって行き、手を動かす。するとナイフは二人の手の

中に納まっていた。投げつけられたナイフは一瞬にして捕らえられていたのだ。二人が取

らなかったナイフはマイスの寝ているベッドへと突き刺さり、マイスが悲鳴をあげる。

 その間にヴァイとレイは暗殺者との距離を詰めていた。

「!?」

 暗殺者は間合いを空けようとするがヴァイの速度が上回った。

「はっ!!」

 ヴァイの拳が暗殺者にめり込む。そのままヴァイは暗殺者の体を持ち上げて後方に投げ

飛ばす。そこに違う暗殺者が放ったナイフが突き刺さり、投げ飛ばされた暗殺者が苦鳴を

あげた。驚きでその場に硬直する暗殺者に迫ったのはレイ。レイはようやく正気に戻った

暗殺者の首筋に蹴りを撃ち込み、すぐさま隣にいた暗殺者の足を払い、転ばせたところへ

足を喉元に振り下ろした。絶叫を上げて絶命した暗殺者からすぐに離れると、そこへ降り

注ぐナイフの雨、レイは体勢を低くして自分の剣へ向けて走った。

 暗殺者達は残り五人。三人がレイに向かい、二人がヴァイに向かった。二人は部屋の正

反対の位置にいる。ヴァイへ向かってきた一人目は右手のナイフを突き出してくる。ヴァ

イは突き出された右手を左手で掴み、右手で暗殺者の顔面を鷲掴みにした。そのまま足を

払い、前方に体重を預ける。暗殺者は後頭部から床へ叩きつけられ衝撃で床が陥没した。

 その間に迫っていたもう一人は、ヴァイの体が前のめりになっていたために見えた背中

へとナイフを突き刺そうとする。しかしヴァイはそのままの体勢から前転の要領で体を回

転させて足を暗殺者の肩口に振り下ろした。鎖骨の折れる音と共に暗殺者が体勢を崩し、

ナイフが反れる。ヴァイはそのままもう一方の足で暗殺者の首を捕まえると体全体の力を

使い、暗殺者を持ち上げて後方の床へと頭から叩きつけた。

 暗殺者の頭は完全に床にめり込んでいた。

 一方レイは三人が同時に襲い掛かる寸前に自分の剣へとたどり着き、瞬時に抜き放つ。

かまわず迫る暗殺者達。彼等はレイの顔に浮かぶ笑みを見逃してしまった。

 レイは剣を横一閃する。するとその過程で刀身が幾つにも別れ、横に広がった暗殺者達

を一気に斬り裂いた。あまりの事に思わず絶叫してその場に崩れ去る暗殺者達。レイの剣

はまるで生きているようにその刀身を動かし、元の一本の剣に戻った。その時、ゴトッと

物音がしたと思うと一人の暗殺者が窓に向かっていた。レイが首筋に蹴りを撃ち込んだ暗

殺者だ。どうやらその一撃を巧くやり過ごしたらしい。最後の暗殺者はもはや戦闘意識は

なく、助かろうとするあまりにあたりへの警戒を怠っていた。

 暗殺者は窓から飛び出そうとベッドの上から飛び上がったその下に、手が伸びているの

に気づかなかった。その手は暗殺者の足をしっかりと掴み、暗殺者は体勢を崩すと窓枠へ

と頭を叩きつけて絶命した。

「ふう、何とか全員倒しましたね」

 マイスがベッドの影から出てきた。どうやらナイフに悲鳴をあげてから今までベッドの

死角に隠れていたようだ。

「うわ、また融けてる!!」

 マイスは最後の一人を倒した事に浮かべていた笑みを恐怖の表情でかき消してその場か

ら後ずさった。暗殺者達は日中と同じくその体を液体状にして融けていた。異臭に顔が歪

む。そんな彼等の耳に廊下を走る物音が聞こえてきた。

「ちょっとちょっと!! また来たわよ!!」

 声の主、ルシータがヴァイ達の部屋の入り口から入ってきて目の前に広がる光景に口を

おさえる。

「ううーっ、何なのよ! 人に迷惑にならない所で融けてよね!」

 ルシータはあまりと言えばあまりの発言をしながら怒りを撒き散らしている。ヴァイは

それにかまわずに当たりの気配を探った。昼間、ヴァイが倒した暗殺者達を殺した人物を

気配を探そうとしたのだ。しかし今は何も感じない。そこにまたしても足音が近づいてく

る。ヴァイを除く三人は思わず身構えたがその正体は宿屋の主人だった。その顔は怒りに

満ちている。

「すまないが、ここから出て行ってもらおう」

「ちょっと! いくらなんでも……」

「出て行ってもらう」

 ルシータの抗議の声を無視すると主人はすぐのその場を立ち去った。レイとマイスは何

も言わずに目線を合わせる。ルシータはまだぶつぶつと文句を言っていた。ヴァイは溜息

をつくと無言で荷物の片付けを始めた。





 嫌悪の視線を向けている宿屋の主人に見送られて宿屋の外に出ると、雨が変わらずに降

り注いでいる。

 雨に乗って流れてくる独特の匂いもなく、ただ夜の闇に線を引くように雨粒は道路へと

落ちていた。

「これからどうするの……」

 ルシータがふて腐れた声を出す。無論、ヴァイがその問に答えられるはずもない。完全

に途方にくれている状態だ。

「ヴァイ=ラースティン、ですね」

 その声は突然ヴァイ達全員の耳に入ってきた。全員一斉に声のした方向へと視線を向け

る。夜の闇に溶けこむように人影が一つ、ヴァイ達とはほんの少し離れた道路上に立って

いた。その気配を全く感じなかった事にヴァイは内心驚いていた。只者ではないという感

触が体の奥に広がっていく。

 その人影はどうやら男のようで、ゆっくりとこちらに近づく事で街灯にさらされた体は

黒いローブに覆われている。

 傘を差していたがあまり効果はなく、ローブの裾の辺りは完全に濡れていて引きずる形

で歩み寄ってくる。

 左胸には十字架の両側が上に曲がった形の絵がついたバッチがあった。髪は黒髪短髪、

瞳と同じく漆黒が似合う黒である。

「僕は魔術師養成機関《クラリス》執行部員ラーレス=クルーデルです。あなたの力を借

りたい」

 その男、ラーレスはそう言ってきた。

 ルシータもレイも、マイスも何も言えない。ラーレスの醸し出している雰囲気は彼等に

は理解できるものでは無かった。敵ではないだろう、でも味方と言うには確信が持てない。

 そのような雰囲気が広がっていた。

「話を聞こうか」

 微妙な雰囲気を破ったのはヴァイだった。他の面々も意外そうな顔でヴァイを見ている。

「詳しくは僕の家で」

 ラーレスはそれだけ言うとヴァイ達がついてくるのも確認せずに歩き出した。実際、後

を追ったのは最初ヴァイだけだった。ルシータ達もお互いに顔を合わせて首をかしげなが

らも後に続いた。

 雨はその勢いを増し、夜の闇は更に深くなって歩いていくヴァイ達を包み込んでいった。


BACK/HOME/NEXT