レイ達の前から集団が逃げてくるのを確認したのは光が消え、奇妙な叫び声が聞こえて

きた直後だった。先頭を走っていた男はレイ達の姿を認めると他の人々を先に逃がしてか

らレイへと話し掛けてきた。

「今、ヴァイ=ラースティンが『古代幻獣の遺産』と交戦中です」

「何ですって!?」

 ルシータが勢いあまって男――ボスキンスの首を締める。ボスキンスは予想以上に強い

少女の握力に完全に飲まれた。

「どういう事!? あの光、ただ事じゃないわ!! あんな光を見たの、これが初めてじ

ゃないんだからね! このままじゃ、ヴァイ、殺されちゃうわよ!!!」

 ルシータは半狂乱に陥っていた。ボスキンスの首を締める力は急激に強くなりボスキン

スは意識を失いかける。そこにようやくレイの手が入った。

「落ち着けって嬢ちゃん。その手を離さなきゃ嬢ちゃんも犯罪者の仲間入りだぜ」

 レイは言葉の調子とは裏腹に強い力でルシータをボスキンスから引き剥がした。そのま

まルシータに問う。

「それで、初めて見るんじゃない、ってどういう意味だ? あれが何か知ってるのか?」

 ルシータはレイのいつもと違う感じに少々戸惑いつつ自分の感じている事を話し始めた。

「何かは分からないけど、あたしとヴァイがまだルラルタにいた時――ルラルタを出るき

っかけになった事件であった<クレスタ>とかいうやつがあんな光を出してたのよ。何か、

正気を失ってたみたいだけど……」

 そうだった。ヴァイが感じていた違和感はこのことだった。ヴァイは怪物が放つ雰囲気

が意識化にある<クレスタ>と結びつけていたのだ。ただ、戦闘への集中のために思い出せ

なかっただけだった。

「なるほどな」

 レイはルラルタでの事件をヴァイに聞いていた。なにしろ稀代の暗殺者である<クレス

タ>が死んだこの事件は国家側も《蒼き狼》側もその真相をつかめてはいなかった。唯一

その場にいた、ヴァイとルシータを除いて。なお、その当事者達でさえ正確な真相をつか

めてはいないのだ。

「落ち着いてはいられないでしょう!? 先生を助けに行かなきゃ!」

 マイスが思考にふけっていたレイに言ってくる。駆け出そうとするマイスを止めたのは

レイではなくボスキンスだった。

「止めなさい。君が行っても足手まといだ。だから我々も逃げてきたんだよ。彼の枷にな

らないために」

 ボスキンスの妙に落ち着いた物腰にマイスは気圧されながらも声を張り上げる。

「そんな……それより、あなたは一体誰ですか? どうしてそんなに落ち着いていられる

んです!?」

 マイスは言いたい事がまとめられず別に聞きたくもない事を口走ってしまう。ボスキン

スはそれを分かっているのかマイスを落ち着かせるようにゆっくりと言った。

「私は《リヴォルケイン》特別監査官、ボスキンス=カーディナル。古代幻獣の遺跡を探

索にきた正真正銘の《リヴォルケイン》ですよ」

 ボスキンスはその顔に浮かべる笑みでマイスの焦燥を収めた。マイスはそうなる意味が

全く分からなかったが、とりあえず恐慌からは回復したのを自覚する。

「とりあえず、嬢ちゃんたちは逃げろ。ボスキンスは二人と一緒に退避だ。俺は……ヴァ

イの所に行く」

「ちょっと! あたしも行くわよ! ヴァイの相棒なんだから!!」

「駄目だ!」

 ルシータはレイの大声に体を振るわせた。今までにない緊張。レイが今までルシータに

見せた事のない顔を見せている。レイは内心、そんな表情を見せてしまった自分が寂しく

感じているのを知る。

(嬢ちゃんにだけは、見せたくなかったなぁ)

 レイは気を取り直してそれ以上は何も言わず駆け出した。ルシータとマイスは何も言え

ずにその場に立つだけだった。

 レイが見えなくなってすぐ、ひときわ大きな光が、空に、昇った。





【どうして彼女がこんな目にあわなくてはならないんだ!?】

(何だ?)

 何も見えない、聞こえない光の空間の中でヴァイは自分の頭の中に響いてくるその『声』

とでも言うべきものに注意を向けた。

【何故、彼女がこんな仕打ちを受けなければならない!?】

『声』は絶望に満ちていた。落ちる所まで落ちた絶望。怒りや悲しみを超越した絶望が

ヴァイの頭の中へ広がっていく。

【何故! 彼女が殺されなくてはならないんだ!?】

 そして……意識が弾けた。





 ヴァイは自分が倒れている事に気づき即座に起き上がった。そして夢の中で自分が聞い

た『声』を思い出す。

「夢だったのか……? それにしては……」

 ヴァイは戸惑いつつも怪物を眼で捕らえるべく辺りを見回す。それはすぐに見つかった。

 怪物はヴァイともう数メートルという地点に両足をつけて立っていた。体表面は少し傷

があったが徐々に治っていく様はヴァイに不快感を与えるには十分だった。

(あの爆発でどの程度ダメージを受けたかだな)

 ヴァイはいつでも最大威力で魔術を放てるように意識を集中した。再生能力があるとい

うことは壊せない事はないということだ。再生能力が追いつかないほどに破壊しさえすれ

ばこの怪物を滅ぼす事ができる。

 だが、ヴァイはいつまで経っても怪物が動かない事に不信を抱いた。そしてヴァイは見

た。怪物の胸部にめり込んでいた男――カルアだった物が涙を流している事に。





 光の爆発より数分前。

 フェナは顔に落ちてきた何らかの刺激に目を覚ました。

 上体を起こすとどうやら痛めたのか足が動かない。激痛というほどでもないので骨に異

常があるとは思えなかったが動くのはおそらく不可能だろう。なにしろ、周りは全て瓦礫

で埋まっているのだから。

「そうだ……私、捕まれて逃げている途中で……」

 フェナは記憶を辿り、自分がスーラニティの街を出てからの記憶がない事に驚いた。い

や、正確には自分ではない何かが意識に干渉したような、そんな感覚が残っている。ぼん

やりとだがここに来るまでの感覚が残っている。

「私……ここにあの人を……!?」

 フェナは祭壇のなれのはてに水晶球がない事に驚いた。あれはレーテから聞かされていた、

『対古代幻魔獣用決戦兵器』ガリアルブ、の起動キーだ。それがないということは爆発で

どこかに吹き飛んだか、誰かが起動させたかだ。そしてこの爆発が起こるといった時点で

後者だというのをフェナは理解する。

「止めなきゃ!」

 フェナがそう思った時、頭上から凄まじい雄叫びが聞こえた。

 そして、頭上から、光が、降り注いだ。





 その瞳は狂気の色が失せているように見えた。実際はそんな事はなく、一瞬でも気を抜

けば《ガリアルブ》はヴァイへと襲い掛かってくるだろう。しかしカルアは涙を流しつづ

けた。ヴァイはそれを見てようやく悟る。

(あれは、お前の想いだったのか)

 光に呑みこまれて聞いた声。今まで体験した事はなく、これからも体験する事はないだ

ろうと思っていた者が受けた傷はあまりにも深く、絶望が心を支配していた。ヴァイはカ

ルアの名前も、どういう男なのかも分からなかったが伝わってくる感情によって彼の心に

ある物を見極めた。涙を流すということは正気に戻せるチャンスかもしれない。ヴァイは

そう考えてカルアへと呼びかけた。

「もう止めるんだ! お前のやろうとしている事はもう復讐の域じゃない! お前は関係

のない人達でさえも巻き込もうとしているんだ!!」

 すると、ヴァイの声に反応したのかカルアの視線がヴァイの方を向く。依然瞳は濁った

ままだったがしっかりとヴァイを捕らえているようだった。

【だから、どうした】

「なん、だと……?」

 カルアから返答されてきた事も驚きだがその内容もヴァイを驚かせた。本当は内心こん

な答えが返されてくるとは思っていたのだが実際に聞くとやはり違和感を覚えてしまう。

【無関係なものなどいない! 彼女を殺した奴ら、そんな奴らをのさばらしている親、不

甲斐無い俺達、治安警察隊! そんな奴らを内包しているこのスーラニティという都市! 

そんな都市が存在しているこの世界!! 全て憎い……憎いんだ!!】

 カルアは絶叫し、それに呼応して《ガリアルブ》からも光の帯が放たれる。すかさず横

にとび体勢を整えてからヴァイは言う。

「それを繰り返していては止まらないぞ! お前はそのまま憎しみの炎で心を焼かれてい

くんだ! 歯止めをかけなければいけないんだよ!!」

【その歯止めはどこにある!? そんなものはない! 彼女がいなくなった今、俺に歯止

めなどないんだ!】

《ガリアルブ》の手の振り下ろしがヴァイを捕らえた。強引に力で弾き飛ばす。ヴァイも

警戒していなかったわけではないが予想以上――というよりも明らかに先ほどまでとは段

違いの強さになっている。ヴァイはそのために反応が遅れたのだ。

「グ……、野郎……」

 ヴァイはよろけつつ両足を地につけて怪物を視界の真正面に置く。しかし《ガリアルブ》

の動きのほうが数段速い。ヴァイが行動した時にはすでに眼前に迫っていたのだ。

「な!?」

【死ね!】

 ヴァイは本当に死を覚悟した。あと数秒後には《ガリアルブ》の爪が自分を貫くだろう。

 だが、その数秒の間に起こった事はヴァイもよく分からなかった。気づいた時には《ガ

リアルブ》の伸ばされた右腕が肘から切断されていた。

【ぐああああああああ!!!】

《ガリアルブ》に取り込まれたカルアが叫ぶ。ヴァイは視線を転じた。一瞬横切った影の

先を求めるように。そしてそこにいたのは手に剣を握ったレイの姿だった。

「間に合ったな」

 レイはすかさず《ガリアルブ》に剣を振るった。伸びた刀身はだが、今度は《ガリアル

ブ》の体を捕らえる事はできなかった。ヴァイにさえ残像が見えるような高速で《ガリア

ルブ》はレイに接近したのだ。

 完全に不意をつかれたレイは全く反応できない。ヴァイも止めようと動いたときはすで

に遅かった。《ガリアルブ》はいつのまにか再生させた腕でレイを貫こうと抜き手で突きかかる。

「止めて!!!!」

 そこに声が響いた……。

《ガリアルブ》の動きが急に止まった。自分の意志というわけではなく、外部から強力な

力で押さえつけられているといった感じである。カルアの苦しみようからもそれが伺える。

 ヴァイとレイはその場から離れて体勢を整える事さえも忘れて現れた声の主を見ていた。

 二人とも夢でも見ているかのような瞳だ。

 現れたのは体を桃色に光らせた、幻獣だった。

 口はなく、瞳は紅く染まっている。

 足まで届くほどある髪は急激の伸びたといった様子でその幻獣を包んでいる。

 その幻獣は《ガリアルブ》の前に立つと話し始めた。

「あなたに力を与えたのは私。この償いはするわ。だから、あなたは戻ってきて、この世

界に……。憎悪の海から、どうか抜け出してきてください」

 その幻獣の言葉を聞くたびに《ガリアルブ》の体が震える。どうやら体の中で意識の葛

藤が生じているのだろう。

 憎しみ続ける自分と、憎しみを許す自分。

 人間として生きる事をやめようとする自分と、そうでない自分。

 今、彼は想像を絶する苦しみを受けているのだ。ヴァイは何もできずにただ祈った。こ

の男がどうか無事であるように、と。しかしそれも幻獣が弾き飛ばされる事で甘い幻想だ

ったと知る。

《ガリアルブ》は自分の目の前にいた幻獣を無造作に弾き飛ばし、標的を再びヴァイ達に

決定した。両手を上げて、そこに膨大な量の光が集まり出す。そのスピードは前の数十

倍と言える。

「だめ!」

 幻獣はヴァイ達と《ガリアルブ》とを繋ぐ線上に立ちはだかると両手を開いた。

「……盾になるつもりか!?」

 レイが幻獣の意図に真っ先に気づき顔を青ざめさせながら叫ぶ。幻獣からの返答はなか

った。それに答えたのは《ガリアルブ》の咆哮と、まばゆい閃光だった。

 何かを、叫んだ気がする。それもまた無意味だった。意識が広がり世界の、時間の流れ

が遅くなる。ヴァイの眼に映るのは徐々に近づいてくる閃光と、自分達を守ろうとしてい

る幻獣の姿。

(なんて、無力なんだ! 俺は!!!)

 幻獣が張っている防御壁では《ガリアルブ》の閃光は防げない。そう、ヴァイは確信し

ていた。それでも幻獣は消し飛ばされるのを覚悟して、ヴァイ達の前に出た。これ以上の

殺戮を止めさせるために。しかしこのままではそれも本当に無駄になってしまう。

「――――――!!!」

 声にならない叫び。自分の情けなさに対する怒りが口から出る。そんなヴァイの視界に

別の影が飛び込んだ。それは突如発光するとヴァイ達三人を覆う膜となった。

 この間、実際には一秒にも満たなかった。極限にまで達したヴァイの脳の反応速度によ

るものだったのかは分からないが、ヴァイにとって人生で最も長い一秒だった。

 閃光がヴァイ達を包み込み、耳を劈く轟音をたてて炸裂した地点が爆破される。





《ガリアルブ》・カルアは今度こそ邪魔者は消えたと思った。後はこの眼で確認し、次の

標的――スーラニティの街の奴等を皆殺しに擦ればいいだけだ。結局カルアは憎しみに押

しつぶされた。精神構造は破綻している。このまま行けば確実にスーラニティの街は焦土

と化しただろう。そう、このままいけば……。

 爆破された地点の噴煙が晴れると、そこにはできたクレーターの上に浮かんでいる無傷

のヴァイ達だけだった。ヴァイは幻獣の更に前にいる人影に絶句している。

 その人影はルシータとマイスだった。マイスはルシータにただくっついているといった

形だが、ルシータは胸に何かを抱いている。どうやらその何かの放った光によって自分達

は助かったのだと知った。

「カー、バンクル……」

 レイの呟きがヴァイの耳にも入る。カーバンクル・レーテの額の球が光り輝いている。

カーバンクルの防御能力はほぼ絶対。それはこんな子供のカーバンクルでも変わらないら

しい。《ガリアルブ》が立て続けに閃光を放ってくるがレーテの張っている防御壁はびく

ともしない。やがて防御壁ごと空中を移動したかと思うと《ガリアルブ》からかなり離れ

た所に着地した。

 防御壁が消える。ヴァイは即座に魔術を《ガリアルブ》に放った。

「『銀』の獣!」

 空間を抉り取る一撃が《ガリアルブ》の左足を吹き飛ばした。たまらず地面に崩れ去る

《ガリアルブ》。しかし破損個所は凄まじい速さで再生していく。

「このまま!」

 ヴァイが次の魔術を放とうとした時、ルシータがそれを止めた。

「待って! 何かおかしい!!」

 ルシータの言葉はヴァイには分からなかった。周りを見回しても誰一人として要領を得

ていない様子である。いや、一人いた。

 幻獣が虚空を見つめている。そして徐々に体が発光していく。

「来る……。想いの力」

「フェナ……?」

 ルシータが幻獣に向けて言った。幻獣はその言葉に振り向き、どうやら顔を崩したようだった。

「これが、あの人にできる、私の、本当の、望み」

 幻獣は――フェナは浮かび上がると《ガリアルブ》に急接近していった。そして目の前

で動きを止める。《ガリアルブ》は足の再生を終え、フェナを見て攻撃姿勢をとった。

 フェナはそれに両手を広げる事で答える。ヴァイ達はその光景を見て何故か止める事が

できなかった。体が反応しない。まるで体が自分の制御下を離れてしまったかのように全

く体が動かないのだ。

「精神、支配?」

 幻獣の中で精神を支配して自由に操れる者がいるということをヴァイは思い出した。た

しか幻獣の種族は、ケヴィンと言った。

「フェナ!」

 隣ではルシータが叫んでいる。動かない体を凄い形相で見つめ、視線をフェナに戻して

再び叫ぶ。彼女も今、無力さを噛み締めているのだろう。

 首が動かないので正確にはわからないが、後ろにはレイとマイスが並んでいるようだ。

 マイスはこれから来るはずの《ガリアルブ》の攻撃に恐怖し、レイは落ち着いてただ、

光景を見つめているらしい。

 今、足掻いてもこの拘束は解けないと分かっているからだろう。

 ヴァイはそこまで考えて違和感を感じた。

 今までの時間でとっくに《ガリアルブ》の再生は完了し、攻撃がきてもおかしくないは

ずだ。いつのまにかルシータの叫びも途切れている。

 ヴァイは意識を前方に戻した。そしてその光景に言葉を失った。

 フェナと重なってうっすらと人影が見える。その体は薄く発光し、景色が透けて見えた。

その影はやがてフェナと完全に重なり、一人の人になった。

「ス、テ、ア」

 カルアは眼前にいる人が信じられなかった。

 自分の憎しみの元になった、この世で最も愛しい女性。そして、この世にもういない女性。

「カルア……もう、止めてください」

 その女性、ステアはやさしい口調でカルアに言う。カルアは……《ガリアルブ》は両腕

で頭を抱えて地面に蹲った。

「見ないでくれ! もう僕は汚れてしまった!! 君に見せれるような姿じゃない!!」

 カルアは叫んだ。愛する女性に自分の変わった姿を見られたくない。破綻したと思われ

る精神の中で残っていた、死した恋人を思う気持ちが今、カルアの精神を回復し始めていた。

「よく、見せてください。あなたの姿を。あなたの弱い心が創りだしたその姿を。この

ままでは自分の弱い心にあなたは押しつぶされてしまいます」

 ステアの声にカルアは、《ガリアルブ》は上体を起こした。ゆっくりと、ゆっくりと。

 そして真正面からステアを見つめた。

 カルアは泣いていた。大粒の涙がカルアの頬から地面へと滑り落ちていく。

「あなたは穢れていないわ。あなたは純粋ゆえに染まりやすい……。でも、心は綺麗なままよ」

 ステアはカルアの頬を伝う涙を指で拭った。そして微笑む。その顔は、カルアが一番好

きだった笑顔。結婚指輪を渡したときに見せた、彼女の、最高の笑顔。

「だって、あなたの涙はこんなにも綺麗なんだもの」

 次の瞬間、カルアの体が《ガリアルブ》の体から分離した。その姿は剥がれ落ちるよう

に本体から離れた。

《ガリアルブ》の方は体が急速に縮み、二メートルほどあった体長ももう普通の人並みに

しかない。そしてヴァイ達の体が動く。

「今だ!」

 ヴァイはすかさず右掌を《ガリアルブ》にポイントし、渾身の力を込めて叫んだ。

「『白』き! 咆哮!!」

 放たれた光熱波は地面を抉りながら《ガリアルブ》に向かった。それは今度こそ《ガリ

アルブ》の体を完全に飲み込む。凄まじい熱波が押し寄せ、爆光が辺りを包み込んだ。

 爆風に飛ばされるフェナはレイがすかさず受け止め、ルシータとマイスもその場に伏し

て爆発をやり過ごした。

 爆発が収まるとそこにあるのはただのクレーター。遺跡は《ガリアルブ》の爆発で完全

に地中に埋まり、その原因もヴァイの魔術によって粉々に粉砕されたのだ。やっと、悪夢

の夜は終わったとヴァイは思い、安堵の息を吐いてその場に座り込む。

「先生!」

 恐慌から立ち直ったマイスが慌ててヴァイに駆け寄る。後ろにはルシータが続いている。

 その顔に疲れが見えたがどこも怪我はしていないようだ。

 胸に抱いているカーバンクルのおかげだろう。

 ヴァイは二人を見て痛む体に顔を引きつらせつつ笑った。

 マイスとルシータはそろって首をかしげる。

「ははッ……。今回は、かなり辛かったよ」

「……そうだね。ご苦労様」

 ルシータはヴァイの傍らに膝をつきヴァイの瞳を覗き込んだ。その顔には笑顔が浮かん

でいる。ルシータが見せる、最高の笑顔。そしてヴァイが一番好きな笑顔だった。

 ヴァイは照れを隠すように立ち上がり二人と共によろめきつつレイのところに向かう。

レイは気を失ったフェナを抱えたまま座り込んでいた。その表情は驚きに染まっている。

「どうし、た……」

 ヴァイは声をかけた時点で気づいた。レイの視線の向こうにはカルアだった物が転がっ

ていた。上半身だけの、両腕もない物。そしてそれはまだ生きていた。ヴァイは急いで駆

けより傍にしゃがむ。カルアは虚ろになりつつある瞳をヴァイに向けて呟いた。

「彼女に会えて……良かった。僕は、もう彼女と同じ場所へは……行けないから」

 カルアの体は肌色を失いどんどん石化していく。やがては風に飛ばされて消えていくだ

ろう。ヴァイは聞こえているか分からなかったが大声でカルアに言った。

「同じ場所へ行けないなら! そこから自分で彼女の所を目指せ!! 間違わずに彼女の所に行け!!」

 ヴァイは息を切らせてカルアを見る。カルアの口元が動いた。その唇から歌が紡がれる。

ほとんどが聞き取れなかったが、どうやらワルツのようだった。

 ヴァイが知っている曲。

 それが、あたかも自分に向ける鎮魂曲のように紡がれていく。

 途切れた時、カルアの瞳は二度と開く事は無かった。

 カルアの体は完全に石化して風に流れていく。風はカルアの残骸を載せてはるか空の彼

方へと舞い上がっていった。ヴァイ、ルシータ、マイス、そしてレイはそれをただ見ていた。

 そのまましばらく、誰も、何も言わなかったがいつまでも空を見上げていたルシータが

あっ、と声を上げた。

「日が……」

 皆がつられて空を見るとすでに東の空が明るくなっていった。これからまた、一日が始

まるのだろう。今日の起こった事を過去の記憶とし、新たな記憶を手に入れるために。





 そして、また日が昇った。



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