その声にその場にいる者達全員が体を緊張から硬直させた。

 全員が自分の手に武器――支給されている通常の剣の長さの警棒を持ち、カルアは一振

りの剣を手にした。

「ずいぶんたいした武器を持っているんだな」

 レイはいつのまにか敬語を止めていた。それに気遣う余裕を今はラナイルに回している。

「ええ、僕だけ特別に」

 カルアはそっけなく答えると報告にきた隊員を促す。隊員は息を落ち着けて言葉を発した。

「今、裏庭で四名の警察隊員と交戦中です。ラナイルはどこかからか武器を持ってきて対

抗しています」

「よし、ここにいる皆もラナイル確保に向かうんだ!!」

「はい!!」

 カルアに言われて隊員達はすぐにラナイルの元に向かった。そしてその場に残るのはレ

イとコーダ、カルアの三人だけとなった。

「……行かないのか?」

 レイがカルアへと問い掛ける。カルアは肩を竦めながら言う。

「あれだけの警官がいれば安心でしょう。それに、彼が犯人と決まったわけではないですしね」

「じゃあ、他に犯人がいるとでも?」

「さあ」

 それだけ言うとカルアは口を閉じた。レイもそのまま黙り込む。コーダはその二人の間

で何も言えず、見えない復讐者への怯えの次に二人の雰囲気に怯える事になった。





 草を踏みしめる音をもうどれだけ聞いただろうか。この草、この木、この匂い……。

 フェナは自分が慣れ親しんできた森の土をしっかりと踏みしめながら森の出口へと進ん

でいた。これからこの土を二度と踏む事のないというのはやはり未来への漠然とした不安

を掻き立てられる。

 後ろをついてくる二人、ルシータとマイスには大丈夫と言ったがこの不確定要素が氾濫

する世の中で自分を信じて生活していく事の難しさを知らない年齢ではない。

 だから人はお互いに頼って生活するというのに自分には共有する友人などいはしないのだ。

 そんな自分をとてつもなく不安に感じる。

(結局私はこの森を出て生活なんてできはしないのではないか)

 そんな思いに歩くたびにかられる。今ならまだ間に合う。これから引き返してもこの二

人は文句を言わないだろう。

 ここを歩いているのはあくまで自分の意志であって他人からの強制ではないのだから。

 自分がやはり引き返すといえば二人は残念そうにしながらも認めるに違いない。

 だがフェナは考える。

(それでは昔と同じ)

 怯えて外に出ようとしなかった自分。

 何もしなければ結局何も変わらない。

 ある日、フェナはいつも水の供給源として使っている湖で泳いでいる兄弟を見た。

 とても仲良さそうに溺れそうになっている弟を助けている兄。

 泳げない事をなんとか改善しようと頑張っている弟。

 最初フェナは弟が頑張れるのは兄が手を差し伸べてあげているからだと思った。

 自分にはそんな人はいない。手を差し伸べてくれる人はいない。だから、あんなに頑張

れない。そう、自分に言い聞かせていた。そういう事をしない自分への言い訳として。

 しかしそれではいけないとフェナは思う。差し伸べてくれる人がいないからこそ、普通

の人よりも足掻かなくてはならないと。

 フェナはそう思っていてもできなかった。自分に勇気がなかったから。だが今チャンス

が目の前にある。外の世界に出るチャンス。折角この二人が持ってきてくれたチャンスを

逃してはもう自分は変われない。

 そしてフェナは後ろを振り返るのをやめた。そして今よりも足早に歩きだす。後ろの二

人が歩幅を大きくしてついてくるのが分かった。

 自分は前に進むんだ。前へ、昨日までの後ろ向きな自分に別れを告げて。

 そして、フェナ達三人は森の外に飛び出した。

「やっと出れたー!」

 ルシータはようやく森の外に出る事ができたのでほっとした。フェナは確かにこの森を

知り尽くしているようだったがやはり夜の森。方向感覚がずれないという可能性は無きに

しも非ず。気苦労も災いしてどっと疲れが出たのだ。

「これでミスカルデさんの所に行けば仕事は終わりだね」

 マイスはようやく仕事を終えれるという事にほっとしているようだった。マイスとして

は強引にルシータに連れられて入った森で迷ったり、おかしな化け物に襲われたりとなに

か自分の望んでいない中で災難にあったのでルシータよりも疲れていた。

「さあ、あともう少しよ! ミスカルデさんとあわせてからゆっくりお風呂に入って寝る

わ! 夜更かしは乙女の敵!!」

 時刻はもう深夜近いだろう。星がよく見える事は良かったがそれ以外は良くない状況だ。

 この森から街までは百メートルほどだがその間で夜盗に襲われないという保証はないし、

襲われて人海戦術で来ると防ぎきれる自信をマイスは持っていなかった。

「早く、早く」

 マイスの心境は全く考えてはいないルシータの明るく、甲高い口調は辺りに存分に響い

ていた。マイスはもう止める気にもなれずフェナと共に後をついて行く。

 フェナはさっきから考え事をしているようだったのでマイスは言葉を振ってはいない。

 長らく暮らしてきた森に別れを告げるのだから思うところはあるのだろう、と考えた上だ。

 しかし何故だろうかマイスには妙な不安が付きまとっていた。それは丁度この森を出て

から起こってきたようにも思える。その出所のわからぬ不安にマイスは体を振るわせた。

(何か、得体の知れない事が起ころうとしているのか……?)

 足取りは変わらず、心境はどんどん暗く、辺りの闇よりも深くなっていく。

(先生なら、何か分かるかもしれない)

 そう考えてマイスはふと、自分がもうどれだけヴァイに会っていないか考えた。考える

までもなく朝会ったきりだったが、マイスにはそれがもう何日も会っていないかのような

焦燥感を生み出していた。

(こんなんだから、不安になるかもしれない)

 マイスはそう結論づけるとそんな事ではヴァイに笑われると思い、何とか気をしっかり

持とうとした。

(結局これは自分の甘えなんだ。こんなんじゃ、クリミナに相応しい男になれない)

 ヴァイについてきた事で離れてしまった自分の思い人の事を考えて照れつつ、マイスは

不安を吹き飛ばした。

「よし! 急ごう!!」

 マイスは急に叫ぶとルシータの隣に一気に並ぶそれに呆気に取られたのはルシータより

もフェナだった。フェナはきょとんとした表情で自分の前に移ったマイスの背中を見てい

る。その視線をなんとなく感じて照れを覚えつつマイスは歩幅を多くする。ルシータはそ

れに対抗して足を速めた。

「やるじゃないマイス! 速さじゃ負けないわよ!!」

「ルシータもやるね! でも僕が……」

 そうやって言い争いをしつつ二人はスーラニティに一直線に進む。フェナは何かよく分

からないがその光景に苦笑を浮かべて続いた。





 スーラニティの門はもう既に閉まっていたが事情を話していた事もあって一人門番が残

っていた。

「ご苦労様」

 そう簡単に声をかけてその門番は門を開けた。マイスとフェナはメインストリートを少

し進んで久しぶりの街を眺めている。ルシータはなにやら門番と話しているようだった。

「どうだい?久しぶりの街は」

 マイスが尋ねるとフェナは目の焦点が合わないような感じなまま振り向いた。

「十年も経っていると……変わるわね」

 フェナは心底驚いているようだった。マイスはそれを見て思えば彼女は大陸間横断鉄道

のことも知らないんだと考える。そんなものがあることを知ったら彼女はどんな顔をする

だろうか。そんな事を考えてみる。そして言葉をだそうとした時、ルシータが会話に割り

込んできた。

「何か私達の他に町の外に出た人達がいるんですって。結構大人数みたいよ」

「ああ、それなら遺跡の調査隊ですよ。私がルシータ達の次に捕捉しました」

 ルシータが言ってきた内容にフェナが答えた。ルシータはふーん、とあまり興味ない口

調で答えるとマイスとフェナに向き直った。

「とにかく、ミスカルデさんのところに行こう」

「その必要はない」

 ルシータの声に答えたのはマイスでも、フェナでもなかった。その声のした方向に三人

が一斉に眼を向けるとそこに立っていたのは一人の女性――ミスカルデだった。

 ただその格好は朝会ったときとはまるで違っている。

 全身が黒のボディスーツ。それは体の線がくっきりと浮かび上がっており、彼女の美し

さがさらに高まっているものになっている。

 しかし闇夜に煌いているその瞳は鋭いものを持っており、その場にいる者達は戦慄しか

覚えなかった。

「ミ、ミスカルデさん……?」

 口調が違っているミスカルデにルシータは何がなんだか分からず何かを問いかけようと

する。それを遮ったのはその声よりも大きく、辺りを震わせるものだった。

「『白』光!!!」

 マイスの掌に集束した光は一度にミスカルデへと突き進む。その後にあるのは光に飲み

込まれ、黒焦げになるミスカルデの姿のはずだった。マイスではなくても普通はその光景

を想像するはずだ。しかしその後にあったのは誰の結果をも裏切るものだった。

 ミスカルデが右腕を軽く振るったと同時に、突き進んでいた光の帯は急に角度を変えて

空へと進んでいった。マイスは呆然と空に消えていく光熱波を見ていた。視線を目の前に

戻すとミスカルデの右手からかすかに煙が上がっている。マイスは瞬間的に悟った。

「魔術を……手で弾き飛ばしたの、か」

 信じられなかった。人間の持つ能力では最強の力であるはずの魔術が肉体的な力によっ

て弾かれるなんて。ミスカルデはマイスの胸中が分かるのかそれに答えるように言ってくる。

「自分を未熟がることはない。私は特別だからな。私は……」

 ミスカルデが言葉を発する間にルシータも戦闘態勢を整える。木刀を抜き、いつでも繰

り出せるように、そして同時に悟る。

 ミスカルデは自分達ではどうにかなる相手ではならないという事も。

「私は《蒼き狼》、『ゲイアス・グリード』の一人。ミスカルデ=エバーグリーン。使命

により、貴女を連れに来た、フェナ=ノーストライン」

 ミスカルデはそう言ってから笑みを浮かべた。





 ラナイル=ディスパースは迫ってくる警官を前に手にした武器――逃げ回っている最中

に自分の前に突如降ってきた通常よりも長い剣を振り回して応戦していた。

 しかし所詮素人とその道のプロとでは戦闘力のレベルが違う。

 すぐにラナイルは壁際に追い詰められてしまう。

「さあ、追い詰めたぞ!!大人しく捕まれ!」

「さあ」

「さあ」

「さあ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 同じ言葉が頭の中を回る。何故かその声はエコーがかった声であり、二重に聞こえてき

たり、遅く、早く、うねりを上げて実際ちゃんと聞き取れているのか疑うほどの声だった。

(何が起こってるんだ……?)

 ラナイル=ディスパースがそう考えた時、既に回りの状況は一変していた。突然声が途

切れたかと思うと周りは赤い液体が支配している。自分も赤く染まっているようだ。

「……」

 ラナイルはよく分からないといった顔で地面に横たわる死体を跨いで家へと入っていった。  

 家の中に入るとすぐにまた警官達が来た。ラナイルは叫び声を上げながら唯一の武器を

振り回す。すると警官達が一度に数名爆発するのが見えた。頭部を失った警官達はすぐ床

に崩れ落ちる。ラナイルはようやく悟った。自分は力を手に入れたと。そして今自分は最

愛の人を無残にも殺した男を殺しに行くのだという事も。そしてラナイルは三度襲ってき

た警官を一薙ぎの下爆裂させた。

「ラナイルは警官を十一名殺害して真直ぐここに向かって来ています」

「馬鹿な……」

 カルアは心底驚いた様子で顔を青ざめさせていた。手が震えている。やはり実戦経験は

あまりないのだろう。レイは二人の警官を遠くから見つめるように見ていた。ラナイルの

意外な戦闘力は確かに驚くべき事だがそれを叩き伏せるほどの戦闘力を持っているとレイ

は自負している。

 この程度ではまだ怯えなどは来ない。そう、誰にでも怯えるものはある。

 恐れを知らない人間などいないのだ。だから人は恐怖に飲まれて犯罪を起こす。

 弱さと恐れ。

 この二つがある限り犯罪はなくならない。だからこそ、同じ物を持っている自分達が止

めてやらなくてはならないのだ。弱さや恐怖を押さえ込む勇気を持って。

 レイは自分の愛剣である『スレイブ・ソーサー』を抜き放ち、部屋のたった一つの入り

口であるドアの前に立った。

「は、早く逃げましょうよ!! 殺される!!!」

 コーダが半狂乱になって叫ぶ。レイの腕を掴み必死で逃げようと訴えてくる。それをレ

イは腕の一振りで弾き飛ばした。そして怒鳴る。

「ここで待ち受けたほうが俺の武器を生かせるんだ! 俺に護衛を頼んだなら俺を信じろ!!!」

 レイが言葉を終えた時、ドアが急に爆砕した。向かってきたドアの破片を左手で弾き飛

ばし、直感で危険を感じてその場から飛びのく。一瞬後、レイが立っていた床が爆発する。

 噴煙が晴れると爆発させたというよりも抉ったというほうが正しいような跡が残ってい

た。そしてそのすぐ傍には手に通常よりも長い剣を持つラナイルの姿がある。

「コーダ……殺すぞ。お前を、俺は」

 ラナイルの眼は既に濁っていて文脈も出鱈目だった。しかし殺意だけは狂う事なく正確

にコーダを射抜いている。コーダはあまりの殺気に腰を抜かした。窓枠に何とかしがみつ

き、倒れないようにしている。ラナイルがコーダに向かって進み出でようとした時にレイ

が立ち塞がった。

「あいつに手出しはさせねぇぜ」

「……じゃ、邪魔」

 ラナイルが言葉を発すると同時に剣を振るう。レイは先ほどの爆発がこの剣によって起

こされたと本能的に察して後ろに飛びのき、間合いの外から剣を振るった。振るわれた刃

は突如いくつもの部分にわかれてラナイルに向かっていった。

 いくつもの部分にわかれた刃を太い鋼線で一つに結び自由に分離させて相手を攻撃する

レイ独特の剣『スレイブ・ソーサー』

 一つ一つの刃の切れ味は鋭く、鉄にも傷をつける事ができる。今の場合も例外ではなく

風斬り音を立てて放たれた無数の刃はラナイルの体に幾つもの裂傷を生んだ。

「うぎゃあぁう!! おがあぁああ!!」

 傷の痛みに絶叫してのたうち回るラナイル。その隙にコーダは窓から外に飛び出した。

「!? コーダ!!」

 カルアが手を掴もうとするが一瞬遅く、コーダは庭に降り立った。

「そんな危なっかしいところにいられるか!! 俺は逃げる!!!!」

 ラナイルと同じく半狂乱になっているようで口から泡を吹きながらコーダは叫ぶ。そし

て夜の街に向けて走り始めた。

「レイ君! ラナイルの相手は任せた。僕は彼を保護する!」

 カルアはそう言って自分もコーダと同じく飛び降り、そのままコーダの後を追った。

 その場に残されたのはレイと一人の警官、そしてラナイル。ラナイルは傷の痛みから立

ちなおり、ゆっくりと体を持ち上げた。瞳に狂気の光を乗せて。

「吹き飛ばす!!」

 ラナイルが叫んで剣を振り上げた。すると剣は眼も眩むような光を放ち、

 次の瞬間、コーダの家は大爆発を起こした。





「何だろうな? 今の爆発は」

 ミスカルデは視線をフェナから離さずに言った。まるで普通に世間話をしているかのよ

うな口調。このような場でなければ違和感はなかっただろう。

 しかし、今ルシータ達が遭遇している事態はかなり異質だった。素手で魔術を弾き飛ば

すような異常な力の持ち主が自分達の目の前にいる。ルシータは何でも屋の経験からミス

カルデに危険なものを感じ取っていた。

 そして最初に会った時に気づかなかった自分を恥じた。

「別に恥じる事はない。あなたよりも私が上だったということだ。ルシータ=アークラット」

 ミスカルデはその瞳の危険さとは裏腹に明るい声で言ってくる。

 ルシータは自分の考えている事が当てられた事で戦慄を覚えた。

 自分の感情を表に出さない事は訓練したはずだった。

 何でも屋に回ってくる仕事の中で危険な事をする場合、いかに感情を押さえつけて行動

するかで結果が変わる仕事もあった。そのためにヴァイに制御方法を習った事があるのだ。

 それなのに……。

「所詮、あなたは素人。この道じゃプロの私は欺けない」

 ミスカルデはそれだけ言うとフェナに視線を向けて話し始めた。

「フェナ=ノーストライン。十六年前に生を受ける。母、ローラ=ノーストライン。父、

精神攻撃を主とする幻獣ケヴィン――ミドラフとの間に生まれる。二人の出会いはその頃

一部の者が行っていた幻獣狩りによって不覚にも怪我を負ったミドラフをローラが看病し

た事から始まる。やがて二人は種族を超えた愛の結晶フェナを生むがそれをこの街の人々

に知られる前にミドラフは幻獣の里に姿を消す。その後六年経ってその事実がどこかから

か洩れ、迫害を受けローラは死に、フェナは森に隠れ住むようになる。憎いか? 自分の

人生を奪った人間が。幻獣と人間の愛を弱い心で認める事ができなかったスーラニティの人々が……」

 ミスカルデの言葉はフェナの心に深く突き刺さった。父も、母さえも教えてくれなかっ

た出会いの話を他人から聞かされた事もそうだったが、その後の言葉。

 自分の人生を奪った人間。

 間違いなくこの街の人々だ。母が死んだ当初、口にできないほどの憎悪があった。しか

し母は言ったのだ。死ぬ前に。

『人を憎んでは駄目。人は弱いものなんだから……』

 その言葉を残して母は逝った。穏やかな笑みがとても悲しかった。この笑みを消さない

ためにも自分は人を恨んではいけない。そう決めた。そして十年、人の弱さというものが

理解できるようになってフェナは憎悪が収まるのを感じた。

 仕方がなかった。

 そう、思えるようになった。しかし目の前の女は再び自分に言ってくる。過去の自分と

同じく、人が憎くはないのか、と。

「この街の人々が貴女をどうして迫害したか知っているか? この街の人々は幻獣狩りを

率先して行っていた人々が集まってできた街だ。だから貴女の特異な力を見た時、彼らは

こう思った。

 いずれ自分達はこの娘に復讐される、とな」

 幻獣狩り――時期、一部の人々が幻獣の脅威を主張して幻獣を見つけ次第危害を加える

という行動を行った。それが幻獣狩りである。大半というか全ての場合、怪我を負うのは

人間側だったので《リヴォルケイン》が彼らを止めるために動いていた。それも今は完全

になくなっているはずであった。

「風習はなくなっていても言い伝えられてきた事は残る。そして常に幻獣に復讐されると

いう不安に駆られてきた。怪我をするのはいつも人間だったが幻獣を追い立ててきたのは

事実だからな。幻獣はそんな事は考えていなかったかもしれない。実際、考えてなかった

だろう。幻獣にしてみれば私達は小さき存在。トンボが肩に乗っただけで私達はそのトン

ボを殺そうとするか?所詮、幻獣にはその程度なんだ。それなのに人間は不安にかられて

――貴女を迫害した」

 フェナは自分の意志が揺らいでいくのを感じていた。十年前にあった感情――憎悪の種

が根を出し、すぐに自分の心に根ざしてくるのを自覚する。あとなにか一押しがあれば自

分は壊れる。フェナは危機感を感じた。そして無常にもミスカルデはその一押しを放った。

「街の人々に貴女のことを言ったのは私達《蒼き狼》だ。『この街に幻獣の子供がいる』と。

 そして街の人々はすぐに貴女に目をつけた。確かに合ってはいたが、ろくに確認もせず

に貴女を迫害して……殺そうとした」

 フェナはその場に崩れ落ちた。口を右手で押さえ、嗚咽を堪えようと必死になっている。

 ルシータはたまらずフェナの体を抱えた。

「何よ! 結局あなた達が悪いんじゃない!!《蒼き狼》が!」

 ルシータの叫びにも平然とミスカルデは答える。

「私達が言わなくてもいずれは迫害されていた。フェナは髪の色と持っている力をその

時には街の人々に知られて不信がられていた。私達は起こるべき事を早めただけ」

「だから! あなた達が言わなければ……フェナ達が幸せに暮らせることができたかもし

れないじゃない!!」

 ルシータの叫びにフェナは何かが弾けたような気がした。



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