「おお……これは……」

 ボスキンスは感動からか口をあけてその光景を見つめている。ヴァイも流石に驚いていた。

 そこは大きな広間だったが壁という壁は光を反射してキラキラと輝いている。材質はど

うやら水晶に近いものらしい。これだけ持って帰っても一財産築くのは簡単だろう。

 前方を見やると水晶が反射している光の大元である発光した球が部屋の中央の中空に浮

かんでいた。暖かさは感じない。そこにあり、ただ光っているだけだ。おそらく古代幻獣

の魔力の光なのだろう。その光の球のちょうど下には祭壇のような物があり、その上に乗

っているのは一つの水晶球である。どうやらここは古代幻獣たちの礼拝の場だったのだろう。

「これはどうやら礼拝堂のようですね」

 ボスキンスが同じような事を呟きつつ祭壇へと近づいていった。やがてすぐ傍までいく

とボスキンスは水晶球を手で取ろうとした。しかし差し出されたては何かに阻まれたよう

にそれ以上進む事はなかった。ボスキンスはしばらく名残惜しそうに水晶球を眺めてから

きびすを返して戻ってきた。

「とりあえず、この一帯を調査してみましょう」

 ボスキンスは他の調査員に指図すると自分も部屋の調査に乗り出した。ヴァイは特にす

る事もないので中央の祭壇へと近づき、水晶球を見た。

「さっきから何か嫌な予感がするな……」

 ヴァイは自分の不安を掻きたてているのはこの水晶球だと半ば確信していた。ほとんど

感覚だがこの水晶球から邪悪な気配を感じる。

(俺たちは何かとんでもないものを掘り当てたのかもしれないな)

 ヴァイは視線を水晶球から少しずらした。祭壇は前方以外を広間の壁と同じような材質

の壁に囲まれていてその壁に傷がつけられているのが見える。

 しかしそれはよく見ると文字だった。

 ヴァイはその文字を読もうとするが読めない。

 古代幻獣文字らしき文字で書かれたそれはほとんどヴァイの知らないものだった。

(これは古代幻獣文字じゃないのか? もしそうなら俺が読めない事はないはずだが……)

《リヴォルケイン》の教育には古代幻獣文字を読む事も含まれている。発見された遺跡など

には古代幻獣文字が残されている事が多く、大抵はその遺跡の危険な事が書かれているので

古代幻獣文字の解読は必要な技術なのだ。ヴァイは特にこの文字の解読が得意であった。

 そのヴァイが解読できないとなるとこの文字は今までにないものといえる。

(この遺跡は本当に新発見だらけだな。アイン達に教えたら驚くだろう……)

 昔の仲間を思い浮かべながら文字を追っていたヴァイは一単語読める文字があるのを発見した。

「ガリアルブ……?」

 ガリアルブ。そうその単語は読めた。しかし何の事かは分からない。ヴァイが習った歴

史では一度も出てこなかった単語である。その単語に何か本能的な寒気を覚えつつヴァイ

はその単語を記憶した。





「私はこの森に追いやられてから一人で暮らし始めた。不恰好な小屋を建てて、この森の

奥にある湖で水を汲んで、畑を耕して、森に住む獣を狩って……。そんな生活をして6年

ほど経った時、森に狩猟者がやってきたの。彼らはただ楽しむためだけに狩りをしていたわ。

 私は許せなかった。私は生きるために仕方なく狩っているのに彼らにはそんな事は関係

ない……。私は思わず彼らを止めようとした。そして……」

 フェナは体を震わせて次の言葉を必死で言おうとしているように見えた。ルシータとマ

イスは次の言葉を予想して言わなくていいと言おうとしたがフェナの行動のほうが早かった。

「私は狩猟者たちに犯された……。そして私の中の力が暴走して狩猟者達は体の形もなく

吹き飛んだの! 私が殺してしまった……。それから私は死のうと思った。罪の意識に耐

えられなかったこともあったし、私がやっぱり普通の人間じゃなかった事が分かったから。

そんな時にこの仔に出会ったの」

 フェナは自分の膝で寝息を立てているカーバンクルの頭を撫でた。それが気持ちいいの

か甘えた声を出してまた眠りにつく。

「この仔がいきなり私に話し掛けてきたの。もちろん、意識の中に。この仔は私の苦しみ

を分かってくれて、私が幻獣の力を持っているということも教えてくれた。そして私の父

親が生きているという事も。私は父に会いたいと言った。この仔は――レーテは一つの条

件を元に私に父に会わせてくれると言って来た。それが……」

「『盟約』というやつですか」

 マイスが呟いた言葉にフェナは頷く。

「この森を命ある限り守っていくという『盟約』。そしてそれを私は受け入れた。この森

と共に生き、共に死ぬことを」

「それで父親とは?」

 ルシータが言うとフェナは嬉しそうに顔を綻ばせて言った。

「ええ、会いました。とても私に優しくしてくれて……。母さんの事も本当に残念だと言

ってくれました……。これなら『盟約』も簡単なものだ、と思えました。でも……」

 フェナは急に沈んだ表情を浮かべる。その変化にルシータとマイスは戸惑った。フェナ

は二人の様子に気づいたのか少し表情を取り戻して話した。

「私は、人の心が分かります。正確に言うと人の思いといったものが。そしてつい最近、

スーラニティから大きな思いが押し寄せてきて、私は危うくその大きさに飲み込まれると

ころでした。それは、『憎しみ』でした。本当に大きな……この世界全てを破壊し尽くし

てしまいそうな、そんな思い」

「それってもしかしてスーラニティの連続殺人事件じゃないか?」

 マイスは今朝ヴァイと交わした会話の中にその話があるのを思い出した。

「今、あの街で何が起こっているかは分かりませんが、もしそうならその犯人を私は助け

たいと思っているんです」

「危険ですよ! 犯人はもう何人も殺しているんですよ! そんな奴をどうして助けたいなんて……」

「証明だから」

 マイスの緊張した声をフェナがあっさり遮った。ルシータはフェナが発した言葉にピク

リと体を反応させる。

「私は、今まで人にこの髪と、眼の色だけで迫害されました。それでも、皆の役に立ちた

いんです。私が人間として何か役立つ事ができる。それを証明したいんです」

 フェナは静かに、そして強く言葉を紡いだ。自分というものの証明、その簡単そうで実

は何よりも難しいそれはかつてルシータも持っていたものだった。そして今ルシータはヴ

ァイと一緒にいる事でそれを見つけている。

(やっぱり、この娘はあたしと似ていた……!)

 ルシータは最初に感じた感覚が正しかった事が嬉しかった。自分のほかにも自分の存在

証明を求めている人を見つける事ができた事が。

「行こうよ! その犯人の所に!! その人の心を救ってあげるのよ」

 ルシータがいきなり大声を上げた事で、フェナの膝の上にいたレーテがびっくりしたの

か転げ落ちた。フェナは慌ててレーテを腕に抱き上げながら不思議そうな顔でルシータを

見た。ルシータはその視線にかまわず言葉を続ける。

「その『盟約』を解く事はできないの? それが解ければこの森から出られるんでしょ!

そしたら行けるじゃないの!! 会いに!」

「……『盟約』を解くのは簡単です」

 フェナはルシータの雰囲気に気圧されつつ言葉を発した。それは静かで、そして悲しみ

が含まれていた。

「父に、二度と会わない覚悟があるということ。この森に二度と入らない事を心から認め

る事です。そうすれば『盟約』は自然の解消されて私は自由の身になるんです」

 フェナの言葉にルシータは驚いた。フェナが簡単だと言う事は、何よりも難しいという

事だった。自分の父に心からもう二度と会わないと決意する事なんて不可能だ。ルシータ

でさえほんの一瞬だが父の顔が浮かぶ。あの大嫌いな父の顔が。それなのに嫌ってもいな

い父親と二度と会わないなどという決意などフェナにできるとは思っていなかった。

「要は、この森を守るという事よりも大事な事ができれば、『盟約』は解けるという事です。

後はきっかけが欲しかったんです」

「きっかけ……?」

 マイスの不思議そうな声にフェナは答える。

「自分一人だと、決心が鈍ってしまいそうで……。だから、自分の決心を後押ししてくれ

る人が欲しかった。ありがとう」

 フェナは二人に頭を下げるとすくっと立ち上がる。そして外套を羽織った。

「行きましょう。そのとりあえず、叔母の所へ」

 ルシータはフェナの瞳を見た。瞳は少しも曇っていない、固い決意があることが知れた。

 この娘は強い。

 ルシータはフェナのことを尊敬した。そこまでの決意を自分も見習いたいと思う。そこ

でふとある疑問が浮かぶ。

「ねえ、フェナ。犯人を助けた後ってどうするの? もう森には戻れないんでしょう?」

 ルシータの心配そうな声とはぜんぜん違い、堂々として言った。

「私はこの森でも何とか生きていたんだから。外の世界でも、何とかなります」

 その声色は最初に会った時とは違い自信に満ちていた。いつからこの娘は変わったのだ

ろうとルシータは考える。写真を見せた時からだったろうか? そんな事を考えている間

にフェナは準備を済ませてレーテを床に降ろしていた。

「今までありがとうレーテ。元気でね」

 フェナはそう言うと小屋から出て行った。続いてルシータとマイスも出て行く。その姿

をレーテは小屋から出てじっと見つめていた。しばらくして三人の気配が完全に消えると、

レーテは小屋の中に入り、それから急に消えうせた。

 小屋は誰もいなかったかのようにひっそりと佇んでいた。





「護衛、ご苦労様です」

 退屈に居眠りをしそうになっていたレイの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。咄嗟に

ぼやけた意識を取り戻して声のした方向を向くと案の定見知った姿が見えた。

「そちらも、ご苦労様です。カルア隊員」

 カルア=ネルサンは最後に見たスーツ姿ではなく他の警備隊員と同じ戦闘服を見に纏っ

ている。その姿はこの戦闘服がこの男に着せられるために造られたんじゃないかと思える

ほどしっくりしていた。

(ほんとに、何でここまで見栄えがするのか……)

 レイは内心、一種のやきもちを焼きつつカルアへと尋ねた。

「ラナイルは見つかったのですか?」

 何故かこの男の前では丁寧な言葉遣いになる。嬢ちゃんが聞いたら笑うだろうなと思い

つつ返答を待つ。カルアは残念そうに首を振って言う。

「まだ、見つかっていません。僕はもしもの時のためにこっちから奴を待ち受けることに

したのです」

「ラナイルが警察隊の眼を潜り抜けてくる、か……」

 レイはその可能性は低いとふんでいた。ラナイルがもし殺人事件の犯人ならただの一般

民が警察の検問を潜り抜けれるはずがないと思っていたのだ。しかしレイは考える。この

事件の犯人は警察隊の目を潜り抜けて殺人を犯しているのだ。しかももうあたりは完全に

暗く、集中力がちょうど切れかかる時間帯である。ラナイルはそこまで計算して殺人を犯

しているのか……?

「カルア隊員、ここの屋敷の警備は今どれだけいるんだ?」

 レイは最初からこの部屋をほとんど出ていない。目の前にあるトイレに何度か入ったき

りだ。この部屋の人員は何度か入れ替わっていてその顔は把握しているがこの家の外にど

れだけの人員が配置されているのかはわからない。

 カルアは少し考えてから口にする。

「この屋敷に配置された警官はこの部屋に四名、通路に四名、外に四名の計十二名です」

 カルアは淡々と答えた。普通の一軒家に配置する人数としては多いなと内心思いつつレ

イは次の質問をした。

「じゃあ、ラナイルを追っているのはどれだけの人数だ? この街の警察署の規模から言

ってすまないが大人数いるとは思えない」

 レイの言葉に一緒にいた警察隊員が怒りマークを出しているのをレイは見逃さなかった

が気にせずに言葉を待つ。カルアはたいしてショックもなく言う。

「おっしゃる通り、ラナイルを追っているのは十人ほどの警官です。この町の規模に比べ

て我々の警察隊員数が少ないのは事実ですから……」

 カルアは事務的な口調で答えた。レイは何か違和感を覚える。皆に信頼されている警察

隊員で犯人を逮捕する事に全力で望む正義感溢れる人――レイが退屈しのぎに自分の記憶

を手繰るのにも飽きたときに思いついたのが他の警察隊員と話をしていく事だった。

 恋人はいるか、結婚しているかという質問から初めてどんどん話が進んでいった。

 時間制で交代していく隊員たちにレイは退屈せず話をした。そんな中でレイがカルアの

印象を聞くと同じ答えが返ってきた。

 正義を尊び、悪を憎むという今時珍しい人。

 しかし、レイは今のカルアの事務的な口調を聞いているとその印象とは違っているように思える。

 確かにこの男には正義感があるように思える。

 しかしそれは過去の残滓とでも言えるもので、彼に残っているのは正義感の残り香のよ

うなものと思えてならない。



 何か大事なものを過去に置き忘れてしまったような感覚。



 レイがカルアに感じていたのはそんな感覚だった。

(たく……こんな思考してたんじゃ精神が参っちまうぜ。皆どうしてるかねぇ?)

 レイは憂鬱な気分を晴らそうとヴァイ達の事を考えた。

(今ごろ嬢ちゃんはあの風呂にでも入って鼻歌でも歌ってるんだろうが。ヴァイとマイス

は相変わらず魔術の修行でもしてるんだろうよ。気楽なもんだぜ)

 実際はレイの考えるほど気楽な事をしてはいなかった。

 ヴァイは遺跡内の湿った、熱い空気に顔をしかめていたし、ルシータとマイスはフェナ

と共に暗い中、生えている草の草汁でズボンが汚れるのを文句言いながら道無き道を歩い

ていたのだから。

 レイは思考を終わらせるとまた視線をカルアに戻した。カルアは既にレイから離れて遠

くで他の警察隊員と言葉を交わしている。注意深く見ると指にはあの指輪がはめられてい

た。なぜか気になるその指輪から眼を離しつつ目の前に視線を向けると、コーダが相変わ

らず震えている。

 そう、ずっと震えているのだ。長い間体を震わせて体が痛くならないのかと尋ねたいく

らいだ、と心の中で毒づきつつレイは再び他の隊員達と話でもしようかと思った時、その

切羽詰った声が飛び込んできた。

「ラナイルが現れました!!」





 そして、全てが交わっていく。



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