ヴァイはゴーダの言葉を静かに受けうけとめている。ゴーダは更に続けた。

「その類稀な魔術技能、戦闘能力、行動力。お前は『超人類』の中でもトップクラスの力

を持っている。我々の目的にお前の力が必要な時が必ず来る! 我々の仲間になる気はな

いか?」

「ないね」

 ゴーダはヴァイの一言に体を硬直させた。考える隙もない完全な即答だった。ヴァイは

先ほどまでと表情を変えずにさらりと言ってのける。

「自分の両親を殺した組織に誰が好き好んで入ると思っている? お前達が何をしようと

勝手だがそれを俺は全力で止める! 『超人類』だったか? 結構な事だ。人よりも優れ

ている能力があるなら、お前達《蒼き狼》を壊滅させてやる。今回のような愚かな事を続

ける組織なんかは俺が叩き潰してやる!!」

 ヴァイはぼろぼろの体でありながら闘気は今までで最大のものをゴーダに叩きつけた。

 ゴーダの髪が闘気に当てられてなびく。その時点でゴーダの眼が変わった。

「愚かじゃない奴など……いるのか?」

 ヴァイはその口調の変わりように驚いた。先ほどまでの余裕があるようなものではなく

切羽詰ったようだった。しかし敵意が先ほどと違って消えているのも気になる。掴み所の

ない雰囲気が彼を包んでいた。

「この世界に愚か者じゃない、と言える人間がいるとでも思っているのか!?」

 その場にいる者達全員がその言葉に動きを止めた。ヴァイの感じた雰囲気を皆も感じ取

ったのだろう。そしてヴァイはゴーダの口調に含まれる掴み所のない雰囲気の正体がわか

ったような気がした。

 それは、悲しさだった。

「この世界に正しいと思える事をしていると言う人間がいると思うのか? いや、そもそ

も本当に正しい事があると思うのか! お前達が正しいと思っている事は所詮その意見の

支持者が多い、という多数決的な理由だけでこれは正しい事だと言って社会に適応してい

るに過ぎない……」

 ゴーダの言葉にヴァイも言葉を返す。今までにない真剣な口調によって。

「この世界の社会を形成しているのは人間達だ。その人間達が正しい事と認識して社会に

適応させようとしているなら、それを正しい事とするしかないだろう」

「なら、間違っているんだよ。人間達が」

 ゴーダの口調に危険なものを感じ取ったヴァイは再び戦闘態勢をとった。その刹那、ゴ

ーダの剣がヴァイに振り下ろされる。凄まじい速さで繰り出されたそれを何とか受け止め

るが続けてくるゴーダの攻撃にヴァイは防戦一方になった。

「お前達は何も知らない、何も知ろうともしない! この世界に起こる事を!! 起こっ

ている事を!!」

 ヴァイの体にいくつかの裂傷が生まれ始めた。流石にヴァイも手負いの身でゴーダの動

きに対応するには無理が出てきたのだ。何度か防御を行っている内に捌ききれないものも

出てくる。

「だから『超人類』が……こんな力を持っている奴等が必要になるんだ!!」

 ゴーダが声を荒げて剣を渾身の力で振り下ろした。その剣は地面に突き刺さり、ゴーダ

の動きが一瞬止まる。その瞬間、ヴァイは叫んでいた。

「『黒』い使者!」

 ヴァイの掌に生まれた空気の塊がゴーダの鳩尾に食い込んだ。そのままゴーダは吹き飛

び激突した木をへし折って地面に崩れ落ちた。

「が……くふぅ……」

 ゴーダは完全に聞いているようで体をふらつかせながらも何とか立ち上がった。その瞳

はまだ鋭い光を放ち、戦意は全く喪失していない。

「まだ……だ……」

 ゴーダはふらつく足取りでヴァイに近づいていく。しかしヴァイはヴァルレイバーを鞘

に収めてしまった。

「どういうことだ……!」

「お前の負けだ。お前は感情に支配された時点で負けだったんだ。お前の過去に何があっ

たかは知らないが戦いの勝者は常に冷静でいれた奴だけだ」

 ヴァイはまだ警戒しているルシータ達の方に戻っていった。ゴーダはしばらくその場に

立ち尽くしていたがやがてその姿を消した。

「……良かったの?」

 ルシータがヴァイに不思議そうに問いかけた。《蒼き狼》を消滅させるのが望みだと言

うのをつい先ほど聞いたばかりだったのだ。ルシータが不思議がっても仕方がない。ヴァ

イはあいまいに笑みを浮かべると優しい声で言った。

「あいつは、同じ瞳を持っていたんだ……昔の俺と……」





 ヴァイ達は休む間も惜しんで『古代幻獣の遺跡』に移動した。ここに眠る『遺産』を破

壊するためだ。マイスが遺跡に来る途中に語ったことは次のような事だった。

 ここに眠る兵器は大陸を丸ごと破壊できると言う超兵器であり、マイスはそれを父親に

聞き、それを起動する鍵になるものが『フロエラの魔鏡』だというのも知ったのだと言う。

 その日からマイスはこの超兵器を自分の手で使用不能にしてやろうと考えていたのだ。

 その時に何が起こっても対処できるように魔術の訓練を自己流で行ったり、戦闘訓練も

治安警察隊に入って行った。そしてアステリアの消滅という悲劇を胸に『魔鏡』を封印す

るための隊に参加。そして現在の状態に至るということだ。

 実はヴァイス=レイスターに憧れて入隊した、とは言わなかった。

「僕が見栄を張ってクリミナの前で魔術を見せたくないと思っていたばっかりにクリミナ

を危険な目にあわせてしまったんだ。許してなんて言えないよ……」

 肩を落とすマイスにクリミナは優しい声で一言、気にしないで、と言った。その言葉が

今までで一番の慈しみを込めていると誰もがわかった。そうこうしている内にヴァイ達は

遺跡の前まで来た。

 もうすぐ夜明けだということで建造物がうっすらと光を浴びている。

 ヴァイはヴァルレイバーを引き抜くと手近な壁にそれを突き立てた。

 そうして皆を下がらせると両手を胸の前であわせて意識を集中した。自分の中の魔力を

全て一点に集める。そうして突き立っているヴァルレイバーにむけて魔力を開放した。

「『金』色の世界!!」

 ヴァイが唱えた瞬間、黄金色の光が建造物を包み込みヴァルレイバーに一度光が集まっ

たかと思うと、再び全体を包み轟音と共に空へと上がっていった。光が轟き、弾ける。そ

の後には大きなクレーターが開いているだけだった。建造物などどこにもない。全て消滅

していた。

「終わったな」

「……うん」

 アイズとクリミナが安堵の息を吐く。マイスも緊張を解きいつもの少しおっとりとした

笑顔を現した。ルシータは魔力を放出したヴァイの肩を支えながら耳元で囁いた。

「ご苦労様……」

「……ああ」

 ルシータとヴァイは互いに笑顔を見せた。しばらくぶりのその顔を二人はじっと見詰め

合っている。そこに割り込んできたのはレイだった。

「さあ、疲れたから街の宿屋にでも行こうぜ!!」

 レイはルシータに代わりヴァイに肩を貸すとさっさと歩き出した。アイズ達もそれに続

いて歩き出す。ルシータは歩いていくレイの背中に蹴りを放った。そんな中で朝日が皆を

照らし始めていた。





「じゃあ、俺達はこれで」

「どうもありがとう」

 アイズとクリミナは見送りのヴァイ達に感謝の意をこめて言った。事件から二日、アイ

ズ達はアステリアのあった場所に行って皆に事が終わった事を教えたいということで別れ

る事になった。ヴァイとルシータ、レイはそれを見送りにきたというわけだ。

「うん、クリミナのこと忘れない。縁があったらまた会おうね」

 ルシータはクリミナの手をしっかりと握り締める。その横ではマイスが妙に落ち着かな

くしている。

「なんだ? どうしたんだよマイス」

 レイが挙動不審なマイスに尋ねる。だがマイスは、いや、その……、と言ってはっきり

しない。アイズはマイスを一瞥するとすぐに視線を戻しヴァイに向かって言った。

「冒険者風情なんて言って悪かった。天下のヴァイス=レイスターに向かって言える言葉

じゃなかったな」

 ヴァイス=レイスターの名は知らない者はいないくらい有名だった。

 アイスがその事を聞いて驚いたのも無理は無い。

「あってるよ。俺はヴァイス=レイスターじゃない。ヴァイ=ラースティンっていう冒険

者風情なんだから」

 二人は軽く笑った。アイズの笑顔は穏やかにヴァイの眼に入ってくる。こんな眼をして

笑える男なんだな、とヴァイは心の中で思う。

「そう言えばレリスは?」

「ああ、寝込んでいるよ。唯でさえ重症だったし、『魔鏡』に魔力の大半を吸い取られた

らしい」

 アイズがそうか、と呟きクリミナに会話を打ち切りさせる。

「じゃあ、いつかどこかで」

「さよなら!」

「……」

 三者三様の表現を残してアイズ達はヴァイ達から離れていった。しかし最後までマイス

は元気がなかったが。

「どうしたんだろう? マイスの奴……」

「別れが寂しいんじゃないか」

「そうよね……」

 ルシータとレイの会話を耳に挟みつつヴァイはゴーダが言った事を考えていた。

『この世界に正しい事をしていると言う人間がいると思うか』

『間違っているんだよ、人間が』

『お前達は何が起ころうとしているか知ろうともしない』

(人類が皆愚かだと言うのか……。それに、何かが起ころうとしている)

 ヴァイはそれが何か考える。

<クレスタ>は《蒼き狼》が力を集めている、と言った。そしてゴーダの言葉。《蒼き狼》は

その『何か』に対抗するために『古代幻獣の遺産』を集めていると言う事なのか……。

 そして今までに聞いた事のないような単語――『超人類』と呼ばれる異能者達。

 自分もその一人だとゴーダは言った。ゴーダの異常な反応速度、ヴァイ自身の力。

 それは自分でも強すぎると認識せざるを得ないもので、《リヴォルケイン》に入隊した頃

は力を制御するのに苦労したものだった。

 何かが起き始めている。そしてそれはとてつもなく大きな事になりそうだ。

 ヴァイは新たに覚悟を決めた。何が起ころうとしているのか最後まで自分の眼で確かめ

てやろうと言う覚悟を。

 その覚悟を決めたところでヴァイの思考は現実に戻された。ルシータが腕を取って自分

に何かを言っていたからだ。

「どうした……?」

 ルシータの視線を追っていくと、そこには走ってこちらに向かってくるマイスの姿があ

った。マイスは息を切らしてヴァイの目の前に来るとヴァイの眼を見ながら言った。

「僕を……弟子にしてください!」

「……はぁ!?」

 思わずすっとんきょうな声を上げるヴァイ。それにかまわずマイスは言い募る。

「僕はもっと魔術を勉強してクリミナをしっかりと守れるような男になりたいんです。

お願いします。僕に魔術を教えてください!!」

 ヴァイは何とか立ち直ると当惑しつつマイスに言う。

「別に魔術を学ぶならゴートウェルに行けばいいじゃないか。俺なんかに習わなくても……」

「ヴァイさんじゃなきゃ駄目なんです。ヴァイさんは昔から僕の憧れだったんですよ!!」

 マイスの眼は本気だ。ヴァイはもう何を言っても聞かないと判断してとうとう折れた。

「わかった。弟子にしてやるよ……」

 その言葉を聞いてマイスは大声を上げて喜んだ。道行く通行人がいぶかしげな目をして

こちらを見てくる。ヴァイはその視線から逃れるようにその場から逃げ出した。

「あ! 待ってよヴァイ!!」

「待ってください、先生!!」

 ルシータとマイスが大声を上げてヴァイを追いかけてくる。レイはそれを見て苦笑しつ

つ少し距離を開けて追いかけてくる。ヴァイはルシータ達に迷惑しつつ、ふとこんなのは

王都を出てから初めてだな、と思った。

 家族といるような安らぎ。

 ヴァイはルシータといる時、それを感じていた。今はさらにマイスが加わっている。

 ヴァイはそれを顔には出さなかったが、内心嬉しさがこみ上げてきていた。親の愛情が

必要な思春期の頃に《蒼き狼》に両親を殺されたヴァイにとって、家族のようなルシータ

やマイスとの関わりは幸福を感じると共に不安が付きまとう。この幸福がいつ崩れるかわ

からない不安がヴァイの中で新たに浮かんでくる。ヴァイは心の中で誓った。

(この幸せは俺が守る……。命に代えても)

 ヴァイの不安が伝わったのかルシータが突然腕にしがみついてくる。いつものようにそ

れを悪態ついて振り払う。それに気分がいいことを感じつつヴァイ達は宿屋へと戻っていった。

 それを少し距離をおいて歩いて見ていたレイは、ほころばせていた顔に影を落として空

を見た。その動作は涙を落とさないようにする動作にも見える。しかし実際は涙は流れて

はいないし、そのために上を向いたのでもなかった。

 レイもゴーダの言っていた言葉をちゃんと聞いていた。この世界に正しい事をしている

奴がいるのか、という奴の問にレイはきっと答える事はできないと思っている。ただ、人

類全てが間違っているということなら、ゴーダ自身も間違っている事になる。

 レイは嘆息交じりに呟いた。

「本当に愚かなのは、そんな奴等を生み出した『世界』なのかもしれねぇな……」

 レイは無意識に歌を口ずさんでいた。昔、いつのまにか覚えていたその歌は悲しい気持

ちになった時に自然と出てくるのだ。

 歌は風に流れていく。まるでその歌を世界中に運んでいってくれるように流れていると

レイは錯覚する。

 ふと思う。

 この歌は悲しい想いをした者への葬送曲なのだと。

 レイは前を向いてヴァイ達の後を駆け足で追った。

 空はレイの心の中とは関係なく晴天が広がっていた。



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