暗闇が既に辺りを支配していた。月は雲に覆われていてほとんど光を通さない。そんな

中でその屋敷はヴァイ達の前にその姿をしっかりと現している。ヴァイ達が注意深く周り

をまわって調べた結果、この屋敷は東西に建物があり、それが通路によって中央の建物に

結合、入り口から後ろ側にも建物が、という構造だった。

「ここのどこにいるんでしょうか……」

 マイスが心細そうな声で呟く。今、ヴァイ達は屋敷から少し離れた草むらにその姿を隠

していた。

「分からない、だがこのままここにいても何もかわらんだろう?」

 レイは自分の獲物を布で拭きながら答えた。

「とにかく潜入して片っ端から探すのが得策よ!」

「というかそれしか手は無いんだがな」

 ルシータが気合の入った声で言うのをヴァイはさらっと受け流す。ルシータは気勢をそ

がれた思いでヴァイを恨めしそうに見つめた。

「計画は頭に入ってるか?」

 ヴァイはルシータの視線を気にも止めずにレイに尋ねた。

「ああ、俺が表で兵士達を引っ掻き回す! その隙に三人でクリミナを!!」

「よし」

 ヴァイ達はその場から移動を始めた。ヴァイ、レイ、ルシータ、マイスの順である。ヴ

ァイは歩速を緩めるとレイの隣に行き肩を掴む。

「軽く見ても五十人は重装兵がいる。雑魚とはいえ魔術も使える奴がいるはずだ。気をつ

けろよ」

「わかってるよ、ヴァイ。連中を引っ掻き回したらてきとうな所で館の乗り込むさ」

 そうこうしている内にヴァイ達は屋敷のすぐ傍までやってきていた。屋敷からは死角に

なる丘の下につくとそこから辺りをうかがう。そこに広がる光景に皆は驚いた。

「あいつ! 馬鹿正直に正面突破する気か!?」

 レイは呆れに近い声色で言った。ヴァイ達が見た光景は兵士達の中に突っ込んでいくア

イズの姿だったのである。アイズは近づいてくる兵士をまるで紙切れのように切り裂きな

がら進んでいく。それを見たレイは早速飛び出した。

「予定より早くなったがここで別れる! うまくやれよ!!」

 レイは丘の上からひとっとびしてアイズの剣を逃れた兵士の前に唐突に飛び降りた。

「!!?」

 兵士が腰の剣を引き抜こうとしたときにはレイの剣が兵士の命を絶っていた。

「このっ!!」

 別の兵士がようやく反応すると剣を振り上げて突進してくる。だがレイはまだ間合いの

外であるにもかかわらず剣を一閃した。その時、刀身が突然幾つにも解かれて突進してき

ていた兵士の首をはねた。その後、元の刀身に戻る。

「俺の獲物は唯の剣じゃないぜ!!」

 レイは今度は自分から兵士達に向かっていくと獲物を向けた。剣は刀身が細かく分断さ

れており、極細のワイヤーで繋がれているという一種の鞭のような物だった。刃にもワイ

ヤーにもかなりの切れ味があると見え、それは次々と的確に兵士達の命を絶っていく。

 だが兵士達も馬鹿ではない。レイの武器の特性を見抜き攻撃を掻い潜ってレイへと接近

してくる兵士もいた。

「くらえっ!」

 兵士が頭上から渾身の一撃を振り下ろしてくる。レイはそれを紙一重で躱すと兵士の横

に回りこみ裏拳を後頭部へと叩き込んだ。特製のグローブで包んだ拳は無類の破壊力を発

揮して兵士の頭を兜ごと粉砕する。次に来た兵士には自分から飛び込み鳩尾を抉る。その

その兵士を迫ってきていた兵士に投げつけて動きを止めると獲物で二人の胴を串刺しにし

た。

「さあ、お楽しみはこれからだ!! 暴れさせてもらうぜ!!!」

 レイの声が戦場に響いた。





 ヴァイ、ルシータ、マイスの三人は作戦どおり手薄になっていた裏の建物から本館へと

潜入した。潜入した直後、巡回していた兵士に見つけられたが即座にヴァイが間合いを詰

めて昏倒させた。やがてそのまま通路を進んでいたヴァイ達の前に上への階段が現れた。

三人は足音を立てずに駆け上がる。しかし、先頭を行くヴァイは突如足を止めて二人を手

で制した。

「どうしたの?」

「動きを読まれたな……」

 ルシータの問いかけにヴァイは前方から眼を反らさずに答える。ヴァイは腰から彼特有

の、長剣と小剣との中間の刀身を持つ剣を引き抜くと右手に持って身構える。

やがて甲高い靴音と共に人影が姿を表した。

「来ると思っていたわヴァイス君。六年前よりもずっと逞しくなったわね」

 現れたのはレリスだった。レリスは黒い戦闘服に身を包み腕を組んで威圧的にヴァイを

見下ろしている。

「久しぶりだな。レリス……六年ぶりになるんだな……」

 ヴァイは苦々しげに言葉を紡いだ。レリスの姿を見るのも辛いような表情で言葉を続ける。

「六年っていう月日は人を腐らせるには十分だったんだな。あんたがこんな事をしているなんてね……」

「あら、そんな嫌味を言う子じゃなかったでしょ。昔は姉さんって呼んでくれたのに。悲しいわ」

 ヴァイはくっ、と歯を食いしばりレリスを睨みつけているだけだ。

 ルシータはそんなヴァイの様子を見てたまらず二人に割って入る。

「ちょっと! あんたヴァイの知り合いなの!? 一体どんな関係なのよ!!」

 ルシータは自分でも場違いな質問をしているのはわかっていた。今聞くのはクリミナの

囚われている場所だというのに。しかしヴァイが今まで見せた事の無いような苦しい顔を

しているのでつい聞いてしまったのだ。

「それはね……」

 ルシータの質問にレリスが答えようとした時、ヴァイがそれを遮ってルシータへと説明

していた。

「彼女は俺の姉の友人で、多忙な両親の代わりに親代わりになってくれた人なんだよ。俺

が王都をでる一年前に『西方将軍』になってトルケンへと行ったんだが何ヶ月に一回は王

都へと帰ってきて俺たちと過ごしたものだった」

「でも人は変わるのよヴァイス君」

 レリスはヴァイに続けて言った。

「私は権力や力を欲した。私は力という物がどれだけ重要か『西方将軍』を終えるまでで

はっきりとわかったの」

「俺も今はっきりと理解したよ」

 ヴァイは剣を左手に持ち替えると右手をゆっくりと上げてレリスを指差して言った。

「あんたは俺が止めなければいけないということだ!」

 ヴァイの体から闘気が溢れレリスを刺激する。レリスはヴァイの闘気に心地よい面持ち

で体を震わせた。

「私を楽しませてねヴァイス君」

 レリスは恍惚の表情の中の瞳に鋭い光を持ってヴァイを挑発していく。ヴァイはその瞳

を真っ向から睨みつけてそれに応える。

「後悔させてやりますよ。レリス姉さん」

 レリスはヴァイの言葉を聞くと懐から札を取り出して床に貼り付けた。そこから魔人形

が出現する。魔人形はヴァイの姿を認めると速い動きでヴァイの前に立ち塞がった。

「あなたに倒された魔人形を改良したものよ。戦力は以前の倍といった所ね。この階の一

番左端の部屋に娘は捕らえているわ。行きたかったら魔人形と私を倒してからにしてもら

うわよ」

「お前を倒すのは俺だ」

「!」

 突然聞こえてきた声にその場にいた人は一斉にそちらを向いた。通路から出てきたのは

入り口付近で戦闘をしているはずのアイズだったのだ。

「アイズ! ……どういう事なの」

「アイズさんが……二人?」

 ルシータとマイスも一体どういう事かわからず混乱している。ヴァイは納得がいったよ

うに頷くと二人に説明した。

「『魔鏡』を使ったんだ。自分の複製を創ったんだよ」

 ヴァイの説明が終わると同時に魔人形がヴァイへと迫ってくる。ヴァイは二人を咄嗟に

突き飛ばして下がらせると自分も攻撃を避ける。それが戦いの狼煙となった。

「いくぞ! レリスッ!!」

 アイズは剣を抜き放ちレリスへと向かう。レリスも腰から愛用の『古代幻獣の遺産』で

ある魔力を刀身に変える剣を取り、刃を具現化させてアイズと対峙する。

 双方の剣がぶつかりあい、鍔迫り合いが続く。しばらくしてお互いが弾きあうと立ち位

置をかえてまた構えつつ睨みあう。

 そんな攻防が繰り広げられているなかでヴァイは二体の魔人形を前にして不敵な笑みを

浮かべている。そのまま後ろにいたマイスとルシータへと話しかけた。

「二人とも先にクリミナを助けに行ってくれ。俺はこいつらを倒してから後を追う」

「え!? でも……」

 ルシータはヴァイの提案に不服そうに何かを言おうとする。それをヴァイは遮った。

「マイス、二人を頼む」

 ヴァイが言った二人とはルシータとクリミナの事だ。ヴァイはマイスの内に秘めた強さ

を見抜いていたのだろう。マイスは無言で頷くとまだ渋っているルシータを強引に手を引

いて階段を下っていった。

「必ず追いつきなさいよ!!」

 遠ざかっていく足音の中でルシータの声が響いていく。ヴァイは苦笑してから意識を目

の前の敵に戻した。魔人形たちはヴァイの隙をうかがうように身構えたまま動かない。ヴ

ァイは会話を続けていても意識は魔人形へと向けていたので付け入る隙は全く無かった。

「さてと……後ろを気にする必要もなくなったことだし、こちらも少し遊ばせてもらおうか……」

 ヴァイはそう言って目の前の魔人形に向かっていった。魔人形は両手をガキッと打ちつ

けるとそのまま両手を合わせてヴァイへと振り下ろした。それを軽い身のこなしで体を回

転させて躱すとそのまま後ろに回る。そこにもう一体の魔人形が尻から生えた尻尾を伸ば

して攻撃してきた。ヴァイは片手を向かってきた尻尾に手を突いてかわした反動で高く飛

び、中空で両手を魔人形向けて突き出した。

「『赤』い稲妻!!」

 ヴァイの手から放たれた火球は二体とも炎に飲み込む。激しい爆発音と共に辺りを噴煙

が支配するがヴァイはその奥から出てくる無傷の魔人形を目の当たりにした。

「対魔法防御されている……。これは楽しめそうだ!!」

 魔人形は何事も無かったかのようにヴァイに向けて攻撃を再開した。





 ルシータとマイスは階下に降りた後、ひたすら廊下を駆け抜けていた。時々現れる兵士

達をしっかりと昏倒させながら二人はやがて行き止まりに突き当たった。

「どうするの? クリミナのところにはあの階段でしかいけないんでしょ!」

「レリスの話だとこの上ですよね。クリミナが捕らえられている所は」

 マイスはいつもの少しおどおどした表情から一転、りりしい顔つきになっていた。ルシ

ータはその顔を知っている。最初に出会った時に見せた表情だ。この表情をしている時の

マイスは本気である証拠だ。

「道が無いなら作るだけですよ」

 マイスはそう言って窓の傍に近づくと拳一撃でガラスを叩き割った。

「……こうやってね!」

 ルシータは驚いて声も出ない。マイスはそのまま壊れた窓の淵に飛び乗るとルシータに言う。

「先に上に行きます。ロープか何か降ろしますから後から来てください」

「え!?」

 ルシータがようやくマイスの言葉に反応した時にはマイスはジャンプして上の縁に手を

かけ、逆上がりの要領で勢いをつけて体を引き上げて二階の窓ガラスを割りながら中に飛

び込んでいた。

「うっそ……」

 ルシータはマイスの行動に終始ポカンとしたままだった。

 マイスが二階に飛び込むとその音に反応した兵士が腰の剣に手をやろうとする。マイス

はガラスの大きな破片を手に掴み兵士との間合いを素早く詰めて喉に破片を突き刺した。

「がふっ」

 兵士は崩れ落ち、マイスはそれをどこか悲しそうな瞳で見つめる。だがすぐに瞳に鋭さ

を取り戻すと兵士の剣を手にとり前に進んだ。目の前には今まで見た部屋のドアとは違っ

て古ぼけている印象があるドアがある。マイスはゆっくりとそのドアを開けた。

「ええい……騒々しい……何が起きたと言うんだ!?」

 中に入るとそんな声が聞こえてきた。マイスは怒りに煮えたぎりそうな気持ちを押さえ

てゆっくりと近づいていく。やがて中にいた声の主はマイスの存在に気づいた。

「何者だ!?」

「これから死ぬ奴に名乗るつもりはないよ……」

 マイスは目の前に現れた男――拷問官を真直ぐ見返した。拷問官はしばらく驚いた顔で

マイスを見ていたがすぐに醜い笑みを浮かべるとマイスに言った。

「どうやってここまで入り込んだか知らないが……お前も儂の道具にしてやる」

 拷問官は手に鞭を握った。マイスはそれを見て顔色を変えた。

「……それを使ってクリミナも痛めつけたのか……」

 マイスの口調はこれ以上ないほど冷静だった。拷問官はその口調の裏にある激しい怒り

には何も気づいていない。

「ああ、なかなか拷問しがいのある奴だよ。あの女は!」

 その瞬間マイスの怒りが爆発した。



BACK/HOME/NEXT