「詳しい話を聞かせて欲しい」

 クリミナの顔をした誰か、はそんな事は意にも介さず二人に問い掛ける。その時男の後

ろから発行する物が頭上高く上がった。

「信号弾!!」

 レイが切羽詰った声を上げる。その場に先ほど殴り倒された兵士がゆらりと立ち上がっ

てきた。

「このやろう……邪魔しやがって。レリス様の命がある以上、そっちの二人には手は出せ

ねえがてめえは別だ! 殺してやる!!」

 兵士が言い終わるとほぼ同時に路地から次々と兵士が現れる。

「レリス……直接動き出したか。奴の居所、答えてもらうぞ」

 男は外套を脱ぎ捨てると体制を整えた。今やルシータ達を囲む兵士の数は二十人はいる。

「おめでたい奴だ。生きて帰れると思っているのか!? 殺れ!!」

 信号弾を打ち上げた男が集まってきた兵士達に命令すると兵士達は一斉に男へと襲いか

かった。まず邪魔者を排除しようとしたのだろう。それが兵士達の命を早く消す事になった。

 男は真正面から向かってきた兵士二人の首を蹴りによってへし折ると、後ろから剣を突

き出してきた兵士に素早く向き直り、腰の剣を瞬時に引き抜く。勢いをそのままに上へと

跳ね上げ、剣筋は向かってきていた兵士の顔を二つに割る。その勢いを殺さないまま、隙

を突こうと突っ込んできた兵士の胸部から斜めに剣筋を走らせて体を分断させた。

 二人の兵士は同時に地面へと倒れる。

 男はその立ち回りを見て動きを止めていた兵士達に突っ込んでいき、次々と屠っていく。

 その剣捌きは余分な力は無く、流れるように走っていく。ルシータとレイは自分へと向か

ってくる兵士を鎮めながらその男の腕に感嘆していた。

「すご……」

「顔は同じだけど腕はダンチだなぁ」

 そして最後の一人が倒れると男は命令をしていた兵士に剣を突きつけた。

「俺をやるには数が一桁足りなかったな」

「ば……ばかな」

 すっかり兵士は怯えて体を震わせている。男は声を低くして凄みを効かせて問いかけた。

「レリスはどこにいる?」

「ま、街の西に……旧市街が……そ……の一番奥の館だ……」

「旧市街か……」

 壁に追い詰められた兵士恐怖に言葉を突っかけながらもその場所を告げた。男はそれを

聞くと兵士の鳩尾に拳を叩き込む。

「うごぉ!!」

 兵士の鎧は粉々に砕け散り、骨の折れる音があたりに響いた。

「二、三日昏倒してな!!」

 男は剣を鞘に収める。その姿をじっと見つめていたルシータが何かを思いついたように

声を上げた。

「あなたもしかしてクリミナのお兄さん!?」

「たしか双子の、アイズ……」

 戸惑う二人に男はしばらく黙って見つめた後言葉を発した。

「やはり、妹を知っているんだな」

 その言葉を聞いたルシータは張り詰めていた緊張が途切れたのか、アイズに向けて大声

で迫った。

「クリミナは兄が死んだって言ってたわ! 生きていたなら今まで何をしていたの!?」

 ルシータの剣幕にたじたじになりながらもアイズは問い返す。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。クリミナが言ったのか? 死んだって」

「そうだ。仲間と共にゴーレムに殺されただとよ」

 レイが興奮しているルシータに代わって言う。

「まあ、あの状況なら無理もないか……。ところであんた達は一体……?」

「ルシータ! レイ!!」

 アイズがルシータ達の素性を聞こうとした時、ヴァイとマイスが今の騒ぎを聞きつけた

のか急いで駆け寄ってきた。

「まあ、説明はあいつがしてくれるさ」

 レイはアイズの肩を叩いて笑って言った。アイズは叩く力の強さに顔を微かにゆがめて

不満顔だった。





「強情な娘だ!」

 拷問官はそう言って気絶したままのクリミナを部屋の中心に投げ込んだ。体は暴行と陵

辱の爪痕を無残にも残し、細かく痙攣している。クリミナの体が床へ投げ出されるとまわ

り数メートルのところから光の柱が頭上へと伸びて天井についてしまった。

「魔力の檻だ。触れれば火傷ではすまないほどの光熱を秘めている。これから目が覚める

たびに今と同じ目にあわせてやるから覚悟しておけよ」

 拷問官はクリミナに向かって言う。クリミナは気を失っていたがそんな事は気にもして

いない。

「ふあははっははははは……」

 拷問官は大声で笑いながら部屋を出て行った。残されるのはクリミナだけで彼女の苦し

そうな息だけが部屋に反響する。

「……アイ……ズ……」

 クリミナの口は意識を失っていても自分の最も大事な人の名前を紡いでいた。





 ヴァイ達は旧市街に近い所にある放置された掘っ立て小屋にいた。そこの窓からはすで

に目的の旧市街が見渡せるというような少し高い丘にあるので、行動が起こしやすいとマ

イスが提案した場所だった。その中にはヴァイとルシータ、レイ、マイス、そしてアイズ

がいる。

「そうか……今『魔鏡』はあんた達が……」

「ああ……」

 ヴァイは自分の荷物の中から『魔鏡』を取り出すとアイズに手渡した。アイズはそれを

握り締めると憎々しげに口を開いた。

「こんな物のために、俺達の街が滅び友人も死に……今度は妹か……!!」

 アイズの握力に『魔鏡』がその外郭を軋ませる。しばらくそのままでいたと思うとアイ

ズは急に立ち上がった。

「ありがとう、妹が世話になった」

 アイズは『魔鏡』をしまうと外套を羽織り、出口へと向かう。

「どうする気だ?」

「今までの事は忘れてくれ」

「一人でカタをつけるってわけか?」

 レイが意地の悪い笑みを浮かべながらアイズへと言った。アイズは微かに首を動かす。

「ちょっと待ってよ! あたし達はクリミナと約束したんだよ。今更降りると思うの!!」

 ルシータが顔を真っ赤にしてアイズへと抗議する。アイズはルシータの怒りを静かに流

すとルシータの方を振り向いて話す。

「奴らを率いているのは元『西方将軍』レリス。女魔剣士だ。冒険者風情が太刀打ちでき

る相手じゃない。止めておけ」

「あんたなら勝てる……と? 治安警察隊隊長さん?」

 ヴァイの言葉に一瞬顔を苦々しく歪めたかと思うと、すぐにもとの表情を取り戻してア

イズは呟くように言う。

「さあ、な。だが奴にはカリがある……」

 そこまで言うとアイズは出て行ってしまった。それからしばらく中に静けさが残る。そ

の沈黙を破ったのはルシータだった。

「……だって! どうする? ヴァイ」

 ルシータは立ち上がって腰に木刀を付け直しながら問いかけた。

 それに答えたのはレイだった。

「なめられたもんだな。あんなガキに心配されるなんて……。ま、クリミナの居場所はわ

かっているんだしな」

「クリミナをこのままほっとくのは嫌です! 僕は何を言われても行きますよ!!」

 レイとマイスがほぼ同時に言った。二人の声から見えてくる焦燥感は全く違うが根本に

あるのはクリミナを助けるという意志だった。ヴァイはレイに向かって言う。

「レイ……俺たちは『魔鏡』とは浅からぬ因縁がある。お前はそんなに深い関係でもない

だろう? このまま俺達についてこなくてもいいんだぞ」

 ヴァイがこの時考えたのは前に起こった<クレスタ>の事件の事だった。あれも『魔鏡』

が関係しており、危うく自分も死ぬところだったのだ。助かったのは運がかなりの割合を

占める。

 しかしヴァイが言った言葉にレイはしばらく呆気にとらわれていたがその後大声で笑い

出した。

「おいおい、この期に及んで俺をのけ者にする気か? 俺はクリミナを守れなかった。そ

の尻拭いだけはさせて欲しいぜ」

 レイは声こそ笑っていたが目は全く真剣だった。心底クリミナを守れなかった事を後悔

しているのだろう。ヴァイはその瞳を見てふう、とため息をついた。

「よし、俺たちは俺たちで好きにさせてもらおうか!」

「おう!!」

 みんなの声が掘っ立て小屋に響いた。日はもうすぐ沈み、夜が更けようとしている……。





 暗く静まった林の中を一つの人影が進んでいく。高くそびえる木々のために月の光が届

かず、暗闇に支配されているにもかかわらず人影は確かな足取りで道無き道を進んでいた。

 その内ぱっ、と視界が開けた。林の中ぽっかりと穴が開いたようなその平地にそびえ立

つのはドーム状の物、マイスが隠れ家にと言った古代幻獣の遺跡である。

 人影は早足でその建物へと近づくと、周りをぐるりと回り始める。やがて元の位置に戻っ

てくると人影は何かに気づいたように壁に手をついて顔を近づけた。そこは他の壁とは違

い、長い年月を過ごしてきたためについた土が払われて建物の外壁が覗いている。人影は

そこの部分を丹念に調べていき、一つの窪みのところで動きを止めた。

「……ここか……」

 声の主――男のようだ。男は呟くとその場から離れる。ちょうどそこに月明かりが差し

込んできた。そのために男の顔が見えるようになる。男はゴーダだった。ゴーダはうっす

ら笑いを浮かべつつ建物を一望できる位置へと移動する。

「後はここに入るための鍵だけだな。あの娘が持っていなかったとすると、もう一人の男

のほうか……、奴らのお手並み拝見といくか」

 ゴーダが独り言を終えた時、後ろに人が現れる気配がある。文字通り現れる、だ。後ろ

から歩いてきたわけではなく、突如そこに気配が出現する。

「守備はどうなっている?」

 かけられる声は女性の物だ。ゴーダが後ろを振り向くとそこにいたのは20代前半と思

われるショートヘアーにタンクトップ、短パンと健康的な女性だった。普段はかなりの美

人なのだろうが今は瞳に映る危険な色がその魅力を半減させている。

「『最終章』までもう一年を切っているというのにまだ我々は『切り札』を手に入れては

いない。それを急ぐためにお前にもフルに動いてもらっているというのに……」

「おいおい、俺は唯の人間だぜ? ミスカルデ。万能じゃないんだ」

 ゴーダはその女性、ミスカルデに両手を広げて肩を竦めて見せる。ミスカルデはそんな

ゴーダに無表情で言葉を返す。

「普通? お前が普通なら私は何だろうな」

「あんたは天才だよ。天は二物を与えずとよく言うが、あんたはそれ以上に三つそろって

いるじゃないか。美貌、知識、そして戦闘能力」

「純粋に戦闘能力だけならお前の方が上だろう」

「単純な戦闘能力だけならな……」

 それ以後二人はしばらく見詰め合ったまま黙った。ミスカルデはあくまで無表情、ゴー

ダはあいまいに顔を崩しながら。最初に口を開いたのはミスカルデだった。

「とにかく早く『魔鏡』を手に入れろ。上もそれを望んでいる」

「わかってるって。今、元『西方将軍』を使って手に入れさせてるさ」

「お前が最初から本気で動けば事はすぐに済んだのではないか? 『魔鏡』がこっちに戻

ってきた時に盗賊団に盗まれなくてもよかっただろう」

 ミスカルデが言うとゴーダはクククと喉の奥で笑った。ミスカルデが依然無表情のまま

黙っているとゴーダはやがて口を開く。

「それじゃつまらないだろう? 確かに俺が本気を出せばあのアイズもすぐに殺せたさ。

だがレリスはあいつを逃がしたのにも興味があったし、なにより予想通り大物をあの『魔

鏡』が呼び込んでくれた」

「ヴァイス=レイスター、か」

 ミスカルデはその名を口にして体を振るわせた。

「あの、シュバルツ=レイスターの第一子にして人類最強の戦士の称号を受けた元《リヴ

ォルケイン》の隊長……そして『ハイスレイヤー』の一人……」

「ああ、俺はかつて世界最強と言われたそいつの力を見てみたかったのよ。今奴らはレリ

スと全面対決する頃だ。奴らがレリスを倒した後必ずここにくる。その時に奴と戦うのさ」

「どうしてそう思える……、と聞いても無駄だな。お前の考えている事は分からん」

 ミスカルデはそう言うとゴーダに背を向けた。

「お、帰るのか?」

「ああ、私にも任務が回ってきている。もし奴らがお前を退けたならいずれ会うこともあ

るだろう。その時まで楽しみは取っておく」

 ミスカルデはそこまで言うと何かを呟いた。その刹那、彼女の体が掻き消える。彼女が

消えた後を見ていたゴーダはその体をかき消したかと思うと、次の瞬間には建物の頂上へ

と姿を現した。そこから旧市街の方向を見つめる。

「ヴァイス=レイスター、<クレスタ>を倒した貴様の力はこの《蒼き狼》、ゴーダ=クル

サリスが確かめてやる」

 ゴーダはその瞳に凶悪なものを浮かべて笑った。



BACK/HOME/NEXT