「あっ! んぅっ!! ひっ!」

 鋭くしなる鞭の音とそれが肌を引き裂く音。

 それに混じって女の悲鳴が部屋の中に響いていた。

 両手に錠を付けられて吊り下げられた少女は、絶え間無く続く苦痛に表情を歪めている。

衣服は所々破れ、その下には痛々しいまでの鞭の跡がついていた。

「そろそろ吐いたらどうだ? 貴様達は唯の盗賊じゃあるまい!」

 肉だらけの醜い顔を厭らしい笑みで満たした男が鞭を突きつけながら問い詰めてくる。

どうやら拷問専門の男のようだ。こうした行為を明らかに楽しんでいる。吐けと言ってお

きながら内心はそんな事には関心が無いように見える。

「ただの盗賊さ! 盗賊の盗みに理由がいるかよ!!」

 吊り下げられている少女――クリミナは拷問官の顔に向かって唾を吐きかけた。

「たくっ、こんな馬鹿!! に拷問受けるなんて情けない。さっさと殺しな!!」

 クリミナは心底残念そうに首を振った。その様子に拷問官は文字通り顔を真っ赤にして

怒っている。

「ククク……」

 そこに押し殺したような笑い声が響いた。二人のいる場所から少し離れた場所に椅子に

座っている人影がある。レリスだった。その笑いが不快だったのか、さらに拷問官が顔を

真っ赤にする。

「このサディスト!! 人間のクズ!!!」

 クリミナは散々拷問官の悪口を言うと最後には舌を出して挑発した。拷問官の怒りは遂

に頂点に達し、手に持っていた鞭を左右に引きちぎった。

「……!?」

 流石にこれにはクリミナも驚いた。その鞭はかなり上質の皮を使っているため丈夫さだ

けはかなりの物だったはずだ。それを膂力だけで引きちぎるというのは少なくとも常人の

力ではない。

 拷問官はしばらく肩で息をしていたが急に笑い出した。体を震わせ、額に青筋を浮かべ

ながら笑う顔はかなり不気味だったが。

「殺す……? そんなもったいない事はせんよ、口を割らせる手はいくらでもある……」

「……」

 クリミナは拷問官が放つ雰囲気に反応する。何かおぞましいものを感じ、体を少なから

ず拷問官から遠ざける。さっきまでとは感じが変わっていた。

 拷問官は懐に手を入れると何かの薬のようなビンを取り出した。

「今までの暴言……後悔させてやる」

「……何?」

 クリミナの問いには答えず拷問官はすぐ傍までやってくるとそのビンの口を開けた。

「こいつは私が研究を重ねた末に完成した訊問用の薬だ」

 そうして拷問官は不意にクリミナの衣服に手をかけると一気に破り捨てた。

「きゃあ!!」

 クリミナは悲鳴をあげて身をよじる。しかしその様子を見て拷問官は薄ら笑いを浮かべ

るだけ。

「何しようっての!?」

「すぐにわかる!」

 拷問官はビンの中の液体をクリミナの頭から体にふりかけた。

「や、やめっ……」

 その液体の妙な粘り気がクリミナの不快感を増幅させていく。体の至る所に液体をつけ

た拷問官はクリミナから離れた。

「うっ? ……う……あっ!!」

 少しするとクリミナは急に声を上げ始めた。体を激しくよじり、なにかから逃げようと

するかのように激しく錠をされている両手を引っ張る。

「どうだ? 体中の毛穴から入り、体の内部から激痛を与える薬は!」

「あぁ!! がはあぁう!!! あくぅ……ぎゃあぁ!!」

 クリミナの悲鳴は更に強まっていった。激しく体を動かし、両手首に食い込んだ錠から

血が滴り落ちる。

「言えばこの苦しみから開放してやるぞ!」

「ぐぅ……あぁ!!」

 クリミナの瞳は激痛に苛まれているためか焦点が合わず、半狂乱になっている。拷問官

の言葉が聞こえている状態とはとてもではないが思えない。その内、クリミナの瞳は白眼

になり、半ば失神しかけていた。





「やはり……違う。かなり似ているが……別人だ」

 黙って椅子に座っていたレリスはクリミナの瞳を見ながら呟いた。その脳裏に映るのは

多くの死体の山の中に自分と対峙して立つ一人の男……。

(奴の瞳は強い意志を秘めた戦士の目だった……。では……この娘は一体何者なんだ?)

 レリスは激痛にただ喘ぐしかなくなっていたクリミナを冷ややかな眼で見つめていた。

そこに部屋のドアがゆっくりと開きフードをかぶった人物が姿を表す。

「レリス様!」

「何?」

「実は……」

 フードをかぶった人物がレリスに耳打ちをするとレリスの表情が変わった。

「分かったわ」

 レリスはフードをかぶった人物と共にその部屋から出て行く。クリミナの悲鳴はまだ続

いていた。





 レリスはフードの人物と共に一つの部屋へと入った。部屋には同じ格好をした人物がも

う一人、そして部屋の中央にはおおきな水晶が固定具と共にあった。

「回収した魔人形からの記憶抽出完了いたしました」

「すぐに再生して!」

 部屋にいた人物にレリスがそう言うと水晶が徐々に輝き始める。そしてうっすらと数人

の人影が映り始めた。やがてはっきりと姿が見えるようになると、レリスは驚愕に顔を歪

ませた。

「これは!?」

 そこにはヴァイとルシータ、レイ、マイスの姿が映っている。レリスの視線はその中で

もヴァイへと注がれていた。

(……そういう事か……、対魔剣士や魔人形じゃ相手にならないわけだ……)

「こいつが相手じゃな……」

 レリスは満足げに頷くと周りにいる側近達に向かって言い放った。

「この四人を至急捜索させなさい! 私のもとに連れてくるのよ!!」

「はっ!!」

 側近達は直ちにヴァイ達の捜索に向かった。誰もいなくなった部屋でレリスは薄ら笑い

を浮かべている。

「あの頃よりも逞しくなって……、楽しませてもらうわよ、ヴァイス君……」





「あ! かっはぁ!!」

 クリミナは依然続く激痛に耐えていた。一瞬意識が途切れた気がしたが、気がつけばま

た激痛を知覚している。もう既にどれだけの時間が経ったかもわからない。もう痛みに耐

える以外の思考が回ってはいなかった。

「ずいぶんと頑張るな。だが、その気力がいつまで続くか……楽しみだ」

 拷問官は懐から一枚の札を取り出す。そしてそれを床へと貼り付けた。

「面白い物を見せてやろう」

 札を貼ったところから何かが盛り上がってくるのがクリミナには見えた。

(ま……魔人形……)

 激痛の間に何とか取り戻す意識が認識した魔人形はやがてクリミナの知っている形にな

った。

「……ヴァン!!」

 クリミナはかつて自分の仲間だった者の名を呼んだ。

「そうさ、お前の仲間だ」

「彼に……何を、したの?」

 今にも消え入りそうな意識の中、クリミナは目の前にいる人物に起こった事の真相を聞

くためだけに意識を繋ぎ止めていた。そんな様子のクリミナに拷問官は下卑た笑いを浮か

べつつ答える。

「何、死体を利用して魔人形にしただけさ。これからこいつと俺でお前をいたぶってやる。

死体に犯されるお前の精神がどこまで持つかな……」

 魔人形と化したヴァンがクリミナに迫る。そしてクリミナは絶叫を上げた。





 日はもう既に高く昇っていた。大通りとは少しはなれた裏路地を歩いているのはレイと

ルシータ。二人はヴァイと分かれて敵のアジトを探すためにここまで来ていた。

「変ねぇ……。もう半日近く探し回っているのにそれらしい場所が見当たらないなんて…

…ヴァイはどうかしら?」

「もしかすると……街にはいないかもしれねぇな……」

 途方にくれた二人は立ち止まる。ここまでくると景色も閑散としてくる。道には数人の

浮浪者が座り込みぼろぼろのコートに丸まって小さくなっている。どう好意的に見てもあ

まり近寄りたくは無い場所ではある。

「とりあえず合流する……!」

 レイがルシータに提案している最中に視線をルシータから前方に移す。

「ト、トルケン兵!!」

 ルシータがレイの視線の方向を見て言った。そこには三名のトルケン兵が横の道から出

てくるところだった。

「ルシータ! 逃げろ!!」

 そう言ってレイは背中から剣を引き抜くと正眼に構える。

「逃がすか!!」

 トルケン兵は一気に二人がかりでレイへと向かう。もう一人がルシータへと向かってい

った。

「俺をなめるな!!」

 レイが素早く剣を振り下ろしてトルケン兵を一刀両断する。そのままの勢いで二人目の

首へと剣を這わせたとき

「あ!!」

 その耳にルシータの声が聞こえてきた。明らかに焦っている声である。レイは斬る直前

にその場から飛びのき、道の横にある塀を背にしてルシータの方を見た。壁を背にしたの

は無論、後ろを取られないためである。

 案の定、ルシータは剣を首に突きつけられ後ろから羽交い絞めにされていた。下には兵

士が一人倒れている。ルシータが倒したのだろう。

「新手がいたとは……」

 レイが口惜しそうに呟く。彼の傭兵としてのプライドが傷ついたのだろう。

「動くな! 動けばこの娘の命は無いぞ!!」

 レイは兵士の言葉にしぶしぶ従い剣を背中に戻す。

「あんた達! クリミナをどうしたのよ!!」

 すっかり勝利を確信している兵士に向かってルシータが叫ぶ。その名前に道路に座り込

んでいた人影が反応するのをだれも気づいてはいなかった。

 兵士がああ、と思い出したかのように言うと後を続けてきた。

「あの娘なら今ごろ拷問官殿に嬲り者にされている頃だ!!」

「なっ!」

 ルシータが言葉を詰まらせた時、空気を切る鋭い音と共に、突如自分の戒めが軽くなる。

「な……に……?」

 すかさず兵士から離れるルシータ。そこで眼にしたのは立っている人物と両腕を切断さ

れてもがく兵士だった。

「ぐあああ!! 俺のうでがぁ!!」

 ルシータもレイもその状況を見て動けない。叫びつづける兵士を剣の一振りで黙らせた

その人物は素早く残った兵士に接近すると拳一閃、着ている鎧を深くへこませるほどの一

撃を加える。それにより吹き飛ばされた兵士は壁に激突して気絶した。

「今……クリミナと言ったね?」

 兵士を一瞬で薙倒した人物はどうやら男らしい。その男はそう言うと頭を覆っていたフ

ードを取って振り返った。

「そんな……」

「クリミナ……」

 フードから現れた顔は明らかにクリミナの顔だった。



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