「これは凄いな……」

 ヴァイが思わず感嘆の声を上げた。馬車の移動は適度な揺れ心地で快適だった。そして

今目の前にある物を見て一同がその見事さに見入っている。

「山一つ越えた所にこんな遺跡があったなんて……」

 クリミナも呆然としながら口に出す。

 マイスが案内したのはつい最近発掘された『古代幻獣の遺跡』だった。何かの建物らし

き物が聳え立ち、そこに向かって道が伸びている。

「隠れるのにはうってつけでしょう」

「ホントお手柄だよ!!」

 マイスが少し誇らしげに言っているといきなり抱きついてきたルシータに顔を赤らめた。

「こりゃあ、だいたいいつ頃のもんなんだ?」

 レイが手綱を操作しながらマイスに尋ねる。

「さあ……何百年も前だって父は言ってましたけど……よくわかりません」

 しばらくして野営にちょうどいい場所を見つけると、ヴァイ達はそこで準備に取り掛かっ

た。そして日が沈み、あたりが暗闇で満たされてきた頃、夕食を取り終えた時にクリミナ

は重い口を開き始めた。

「私達は……トルケンの南にあるアステリアという小さな町の治安警察隊に所属してい

ました」

「アステリア……?」

「幻獣信仰が盛んな街だ。たしか十年程前にトルケンの地方都市として併合されたんだ」

 ルシータが怪訝そうな顔をしていたところにレイが説明をしてやる。

「幻獣信仰の聖地とされて、王都公認の下『古代幻獣の遺産』を祭壇に祀り、幻獣の加護

を求めていた街さ」

 ヴァイが補足説明を加える。

「はい……。しかしトルケンを収めていた『西方将軍』は私達の町から王都の監視の目を

振り切って高額の税を徴収させていたんです。そのために我々は日々、貧しい生活を強い

られる事になった。だから『遺産』の使い方を解明してその方法を高額で王都に進呈しよ

うと考えたのです」

「なるほど、つまりアステリアにあった『遺産』が『フロエラの魔鏡』というわけだ」

 ヴァイはクリミナ達が『魔鏡』を、危険を冒して盗もうとした訳がなんとなく分かった。

 そこで口を挟もうとするとルシータが不思議そうな声で言った。

「でも、『魔鏡』を盗むなんてしたら余計税をかけられるんじゃないの?」

「それはな……」

 レイが呆れたようにため息をつきつつルシータに言葉をかけようとした時、クリミナが

先に口を開いた。

「アステリアは……もう無いんです……。その鏡のために……文字通り、なくなりました」

 クリミナは顔を抱え込んでいた膝に押し付けた。涙が眼から零れ落ちる。

「どういう事……?」

 ルシータはまだどういう事かわからない。そこにヴァイが助け舟を出した。

「二年前、某地方都市が原因不明の消滅をしたって新聞にも載っていただろう。一時期話

題にもなったその都市がアステリアだったんだ」

「そうです。僕達の町は『魔鏡』の使い方を解読し、そしてその威力に驚きました。それ

は封じ込められた魔力と月の光を併せる事により優秀な戦士の複製を人為的に作り出す事

ができ、それ自身にも強力な破壊力を含んでいた事が分かったんです」

 小さく嗚咽を続けるクリミナに代わりマイスが後を続ける。

「そして……封じ込められた魔力はとても不安定な物でした……。僕達がそれの危険性に

気づき、王都に引き渡そうと考えた矢先に魔力が暴走したんです。何の、前触れも無く……」

 マイスは体を振るわせた。彼の記憶に焼きついたそのときの恐怖が甦っているのだろう。

「かろうじて生き残ったのはほんの数十名でした。『魔鏡』はすでに自身の威力によって弾

き飛ばされたのか爆発地点には無く、なんとしてでも見つけようとクリミナの双子の兄さん

のアイズさんが、生き残りの治安警察隊員十一名と共に各地を探しまわったんです」

「そうして持っていたのがその『西方将軍』のグループで、返り討ちにあった……」

 マイスはレイの言葉を聞き顔を伏せる。ルシータはレイの頭を殴りつけた。

「いってぇなぁ、嬢ちゃん」

「嬢ちゃんって呼ばないで! あと、なんてこと言うのよ!!」

「でも、事実だろ。相手がどこまでの力量を持っているかを見極めて、時には退却する事

も必要だ」

「レイの言う通りだ。『西方将軍』は《リヴォルケイン》の六団長クラスの者がなると決

まっている。一介の治安警察隊員が束になってかかっても勝てる見込みは薄い」

 王立治安騎士団《リヴォルケイン》。主に王都の警備をしているが行動範囲は世界中に

及ぶこの世界最大の組織である。中でもそれを統率する六団長達の力量は凄まじく、六人

だけで大軍隊を滅ぼせるほどの力を秘めている。そして以前、ヴァイはこの六団長の最年

少隊長をしていた事がある。ある理由から《リヴォルケイン》をやめて今は『何でも屋』

を営んでいるのだが、そういう経験があるからこそ誰よりも六団長の力を知っていた。

 けしてその戦闘力は誇張ではない。事実なのだ。

「しかし、ちょいと用事で今の『西方将軍』に会った事があるが、凄い人格者でそんな凶

悪な奴には見えなかったがな」

 レイがヴァイの台詞による気まずさを変えようと話題を振った。そこにクリミナから答

えが帰ってくる。

「今の『西方将軍』の一つ前の人物が全ての元凶です。名はレリス=ファルセーズ。彼女

は自分の私兵として魔術師団の配下たちを自分の元に引き入れ、『西方将軍』時代に手に入

れた富で自分だけの別荘をもって活動の拠点としているんです。彼女に『魔鏡』が渡った

ら最後です。彼女はこれを使って王都に反旗を翻すつもりです」

「何だと!!」

 ヴァイが声を荒げて叫ぶ。その突然の変化にその場にいる者は呆気に取られている。

「いや……悪い。それならなおの事こいつは渡せないな」

 ヴァイは居心地悪く呟き、自分の荷物入れに『魔鏡』を押し込んだ。

「事情が分かったところでもう寝ようぜ……。宿を壊されたんで十分に睡眠が取れていな

いんだ」

 レイは大きくあくびをしてそのまま毛布を取って横になった。それを見てルシータが不

満そうに顔を膨らませるが結局かまわずに自分も寝る事にする。

「さて、俺も寝るか」

 ヴァイもクリミナとマイスに毛布を放ってやるとそのまま横になり眠りについた。





 全員が眠りについて数刻、静かに起きだした影が一つあった。マイスである。

 マイスは誰も起こさないようにその場を離れると遺跡の中心にそびえる建物の前に立っ

た。壁は全て土に覆われて出入り口も無いように見える。

 マイスはしばらくその周りをぐるぐると回ると、しばらく考え込むように立ち尽くして

から土に覆われた壁の一角を叩く。その衝撃で土は剥がれ落ちていき、本来の壁が見えた。

 そこには自然にできたようにしか見えない窪みや亀裂が幾つにも走り、その建物の古さ

を表している。マイスはポケットから取り出したペンダントのような物を一つの窪みに近

づける。すると窪みとペンダントのようなものの間に光が走り、そこの一角が瞬時にして

無くなる。マイスは大して驚いた様子も無く奥に続く道に入っていった。

 しばらく歩いて明かりが見えるとマイスは小走りにその光へと近づく。そしてその先に

ある光景を見た時マイスは思わず息を呑んだ。

「これが……」

 マイスは目の前の光景に唯立ち尽くすだけだった。





 レイはマイスがどこかに行った事に気づいていた。

(たくっ、こんな夜中に……?)

 レイは体を起こして周りを見る。マイスの毛布が空になっている事はさっきも言った通

り理解していたがもう一つ抜け殻の毛布が残されていた。

「クリミナ……」

 レイは舌打ちした。マイスが出て行ったことに気をとられてクリミナが出て行ったこと

が分からなかったのだ。

 いくら気を逸らしていたからとはいえ、自分に気づかれずこの場からいなくなるなんで

流石は治安警察隊員だ、と皮肉げに呟き自分の武器を取るとその場から離れた。





(もう時間が無い。一刻も早く『魔鏡』を封印できる場所に行かないと……)

 クリミナは遺跡の近くに沸いている泉の淵にいた。その顔はヴァイ達と一緒にいるとき

よりも憔悴している。緊張の持続がクリミナの精神にかなりダメージを与えているのだ。

「アイズ……」

 クリミナは泉を覗き込み自分の双子の兄の名を呟く。

 絶体絶命の状況の中、自分とマイスを逃がすためにその場にとどまって兵士達を相手に

した兄。自分がこの世で最も尊敬する人……。

 そんな物思いにふけっているクリミナの耳に草が掻き分けられる音が聞こえた。

「!!?」

 クリミナは咄嗟に振り向く。そして出てきた姿を確認したクリミナは思わず後ずさる。

「逃がしはせんぞ……小娘!」

「ゴーダ……」

 そこにいたのはゴーダだった。クリミナは助けを呼ぼうと反対側に逃げようとしたが振

り向いた瞬間そこにゴーダが現れる。

「今、言ったばかりだ。逃がしはせん」

「きゃあああああああ」

 クリミナは大声を上げた。





「きゃあああああああ」

 クリミナの悲鳴が聞こえるとヴァイは瞬時に起き上がり、声のした方向に見当をつけると

走り出した。

「ちょっと待ってよ!!」

 ルシータも遅れて起きると木刀を持って後に続く。





 レイは素早く木々を避けながら進み、開けた場所に出た。そこにいたのは馬に乗ったゴ

ーダとその馬の背でぐったりとしているクリミナだった。

「クリミナ!!」

「何だ貴様は?」

 ゴーダが不思議そうにレイを見やるが、剣を抜いて向かってくるのを見てすぐに馬に鞭

を打つ。馬は初速から最大速度を出してその場から逃げ出した。

「くそ!!」

 レイが懸命に追おうとするがゴーダが馬上から放った短剣をかわした隙に追いつけない

距離まで馬は走っていった。

「小娘は『魔鏡』と交換だ!!!」

 ゴーダは最後にレイに聞こえるような声で用件を叫んだ。そのまま姿を完全に消す。レ

イは悔しそうに拳を握り締めると剣を鞘に戻した。そこにヴァイ達が走ってくる。

「レイ!!」

「……クリミナが『魔鏡』と交換だってさ……」

「なんですって!!」

 ルシータがレイの前に進み出て顔を左右に引っ張る。

「何であんたがいるくせにみすみすとぉ!!!」

「ほふぇふぁっふぇふぁんほうふぁはい!」

 レイは強引にルシータの手を振り払うと頬をさする。

「妙だな」

「何が?」

 ルシータがレイにかまわず呟いたヴァイへと尋ねてくる。

「襲われた街からここまでは結構な距離がある。つけられた形跡は無い……。なのに敵は

確実にこっちの動き……いや、クリミナの後を正確に追跡してきた。鏡じゃなくクリミナを」

「あ!!」

 ルシータとレイが同時に声を上げる。

 ヴァイはその時、初めてマイスがいない事に気づいた。

「僕はここですよ」

 マイスがヴァイ達の後ろから出てくる。息を切らしているところを見るとかなり急いで

きたようだが。

「クリミナがさらわれたんですか!」 

 マイスは心底心配そうに地面を拳で叩いた。よっぽど悔しいのだろう。クリミナへの気

持ちを知っているルシータはいたたまれなくなりヴァイに言った。

「このまま後手に回ってちゃ敵の好きにされちゃうよ! こっちから討って出よ!!」

 ヴァイはしばらく考え込んでから口を開いた。

「そうだな。待つのは性に合わないしな。鏡が欲しいならこちらから持っていこう」

 ヴァイはルシータに向けてそういったがレイは不安そうだ。ヴァイがレイの方を向くと

レイはすかさず言ってくる

「しかし、奴らのアジトがどこにあるかわからないだろう」

「前にいた別荘はもう既にいないはずです。あの女はそういう抜け目無い性格ですから」

 マイスも声に落胆の色を隠せない。だがヴァイは以外に余裕の表情で答えた。

「重歩兵を連れてきているなら隠れる場所はそう多くないはずだ。一旦街に戻ろう」

 ヴァイがそう言った直後、後ろから日が昇ってきていた。皆荷物を整理して馬車に詰め

込む。そして一刻ほど経ってから馬車はその場を出発した。

「これ以上好き勝手にはさせない……」

 ヴァイの呟きにはなにか、いつも以上のものが含まれていた。



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