「カメリオはどこだ? 話せば助けてやろう。小娘と小童を斬ったところで我らには何の

利も無い」

「お断りだね。殺るなら殺りな! そうすれば永久に『魔鏡』のある場所は分からない!!」

 クリミナは威勢良く男に吼えて見せた。マイスは顔をこわばらせたまま体を震わせてい

る。そんな中ルシータは聞き覚えのある単語を耳にした。

(……『魔鏡』!?)

 ルシータは思考を一旦中断した。どうやらこの集団は『魔鏡』に関係があるらしい。

(やっぱ、あたしが持ってるなんて言ったら唯じゃすまないわね……)

 ルシータは腰の木刀に手をかけようとしたがそれを見た男はルシータに視線を移し警告

してくる。

「ここでそれを抜いたからには、我々に楯突いたものとみなして容赦はせんぞ」

「!?」

 ルシータは心臓を直接捕まれるような恐怖がこみ上げてきた。

 男の眼を見ただけで冷や汗が背中を流れ落ちる。

 この時にルシータは目の前にいる男の力量が自分とは格が違う事を知った。

 ついさっきまでの雰囲気とは違う。ヴァイにも匹敵するような力があることをルシータ

は感じていた。

 ルシータは内心生まれた恐怖を強引に振り払い男に視線を向けた。いつのまにか視線を

外していたのだ。だがその時、男の姿は消えていた。

「がっ!!」

「……!!?」

 気づいた時には男はクリミナの鳩尾に拳を叩き込んでいた。

 ルシータの眼には移動する姿を捉えることはできなかった。

 およそ常人の出せる移動速度を超えている。男はそのままの状態で何事かをぶつぶつ呟

くとクリミナを弾き飛ばした。

「くあっ!」

 弾き飛ばされてきたクリミナをマイスはがっちりと受け止めた。その瞳は鋭く男へと向

けられている。

「女の子になんて事をするんだ! このクズ!!」

「何とでも言え。どうせお前達はもう逃げられん」

 男がそう言うと後ろに控えていた兵士達が前進する。このまま三人を包囲して捕らえる

つもりだ。マイスは気絶したクリミナを抱きかかえたままルシータの傍に寄った。そして

小さく耳打ちをする。

「合図をしたら、後ろに走ってください」

「……分かったわ」

 ルシータはこのマイスという男が何を考えているか分からなかったが、先ほどまでの怯

えた表情から一転、鬼気迫る表情になっているのを確認するととりあえず信じてみる事に

した。このまま何もしないのなら結果はもっと最悪だろう。

「……GO!!」

 クリミナを抱えたマイスとルシータは合図と共に後ろへと駆け出した。

「逃がすな!!」

 男はすかさず追撃命令を出し、ルシータの進行方向からも数名兵士達が出てくる。

 ルシータは木刀を引き抜くとすれ違いざまに兵士達の頚椎に打撃を入れて一瞬で昏倒させた。

 ルシータは旅に出てからヴァイに剣術の特訓を受けていて腕も飛躍的に上達していたの

だ。その才能は凄まじく三流傭兵なら敵にならないくらいになっていた。

 前方の敵をルシータが薙倒すとマイスが突然クリミナを預けてきた。

「後ろは僕に任せてください!」

 マイスは立ち止まり後ろから迫る兵士達に両手を掲げた。息を大きく吸い込み意識を集

中させる。

「『白』光!!」

 マイスの声と共に掲げた両手から光が溢れた。ルシータは走るのを止めはしなかったが

それを驚愕の眼差しで見つめている。光は周りの建物をもろともせずに飲み込み、兵士と

もども爆発に飲み込まれる。大音響が辺りを支配した。

「ちょ……ちょっとあんた! 加減っていうのを考えなさいよ!!」

 ルシータはクリミナを背負ったまま、爆風に何とか耐えつつマイスに抗議した。

 あの場所はほとんど人が住んでいなくて、あの時間帯は誰もいなかったから良かったも

のの、これが街中だったら大惨事だ。

「実は僕、正規の魔術師修行を受けていないんでまだ制御が完璧じゃないんです」

 マイスは困ったような顔でルシータに言った。ルシータはそれを聞いて顔を真っ赤にして叫ぶ。

「それじゃ! そんな危ない橋にあたしを誘ったって訳!? 制御に失敗したらあたし達、

あいつらから逃げれてなかったんじゃないの!!」

 魔術の制御力は精神力の強さに比例する。創造力によって創りだしたイメージを精神力

によって固定し、実際空間に放出する。精神力が弱かった場合、創りだしたイメージは実

際空間に放出される事なくイメージのまま霧散してしまうのだ。簡単に言えば不発に終わる。

「まあ、逃げれたからいいじゃないですか……」

 ルシータの怒りもマイスはさらりと流して、走ったまま起用にクリミナを受け取って背中

に背負った。





「さて、これからどうしましょう……」

 しばらく走って二人はラスピンの中心街に来ていた。ちょうど気を失っていたクリミナ

も気づき、三人で人込みを歩きながらマイスは本当に困った様子で呟いた。

「そうね、まず『魔鏡』を見つけ出す事が先決ね」

 クリミナの言葉にマイスが焦ったように問いかけた。

「見つけ出すって、クリミナがあれを隠したんじゃないのかい?」

「落としたのよ。逃げてる途中にね……。それよりもどうやってあの場を脱出したの?

私が気絶してる間に何があったの?」

「え……えーと……」

 マイスはクリミナにあいまいな相槌を返しただけだった。

 ルシータはクリミナが起きる前にマイスに魔術を使って兵士達を撃退した事は黙ってい

てもらいたい、と頼まれていた。自分が魔術を使えることをクリミナは知らず、自分はあ

くまでクリミナを立ててあげたいのだと言う。

(惚れてる相手には弱いって訳ね……)

 ルシータはあえて口には出さなかったがマイスはクリミナを好きなんだろう。それを本

人の前で言うほど自分は無粋ではない。

 ルシータは今回はマイスを立ててあげる事にした。

「なにがあったんですか? えっと……」

「ルシータよ。訳わかんないけど急に兵士達のいた場所が爆発してね。それに乗じて逃げ

てきたって訳よ」

 ルシータはファミリーネームを言わなかった。またアークラット家の人間だと言われる

のが嫌だったからだ。

 アークラット家というのは西側の大陸で栄えている街、クレルマスの富豪のことである。

 そしてルシータはその家の娘であり、事故から姉二人と母親を失ったために最後の後継

者なのだ。しかしルシータは父親の自分に対する態度に不満を持ち、もう六年も前に家を

飛び出した。それから訪れる町々でアークラット家の人間と言う事でルシータを連れ戻そ

うとする人達に追い掛け回されたり、ひどい男達が寄ってきたりと家出したのは自分の責

任だとしても『アークラット家の人間』をいうのはルシータにひどい思い出しか与えてい

ない。ルシータはファミリーネームの事を聞かれる前に話題を進めた。

「困っているならあたし達のところにきなよ。旅してるんだけどさ、前に『何でも屋』し

てたから力になってあげられるよ」

 ルシータの申し出にクリミナは顔をしかめる。

「でも、無関係の人をこれ以上巻き添えにするには……」

「そんなの、顔も見られたし、十分巻き込まれてるからこれ以上はひどくならないわよ」

 ルシータは苦笑を浮かべつつクリミナに向けて懐から取り出した物を見せた。

「それは! 『魔鏡』っ。何故あなたが持ってるの?」

「露店の人が売ってたのよ。ゴミ捨て場で拾ったって」

 ルシータは再び懐に『魔鏡』をしまうとポンとマイスとクリミナの肩に手を置いて笑った。

「大丈夫。あたしの相棒が何とかしてくれるよ」

 ルシータは二人を連れて自分の宿屋へと向かった。胸中ではどうやってヴァイを説得す

るか考えていた。

(説教ぐらいは覚悟しなきゃ……)

 ルシータは気が重くなるのを何とかこらえた。





 ルシータ達が宿屋へと向かう少し前、マイスの魔術によって破壊された路地裏の瓦礫の

中から一つの影が飛び出した。あの冷たい目の男である。

「今のは魔術か……。俺以外は全滅……役立たず共が」

 男は先ほどまでの口調とは違った砕けた言い方でぼやきながら兵士だった物を思い切り

蹴飛ばして瓦礫の外へと出た。周りには爆発騒ぎに気づいた大衆が集まってきている。男

はすぐにその場から離れた。その合間もぶつぶつと呟く。

「まあ、あの小娘はすぐ見つかるとしてもう一人良い獲物がかかったものだ。ちゃんとこ

こに来るとは面白い」

 その時、男の顔に初めて感情らしい物が浮かんだ。それは満足感だった。自分の目的が

達成されたかの如く、その顔は笑みに満ちている。実際は『魔鏡』の行方も分からないと

いうのにこの男にはもう一つの目的のほうが大事だったようだ。

「後々会うことを楽しみにしているぞ、ヴァイス……」

 男は建物の陰になりながら爆発現場からかなり離れた。そこで立ち止まり一息をつく。

「……とりあえずレリスに報告せねば……。逃がしはしない」

 男はなにやらまたぶつぶつと唱える。するとその姿が瞬時にその場から掻き消えてしま

った。男が立っていた場所にはただ男の足跡だけが残っていた。





 その部屋は暗く何も見えなかった。ただ、そこに何かがいると言うことは気配でわかる。

窓は無く、椅子が一つある以外は何も無い。その椅子には人が腰掛けている。

 どうやらその人影は寝ているようだ。肘掛に手を乗せ、それを支えにして頬杖をつくよ

うな格好で寝ている。その人物が発する微かな息の音以外静寂に包まれていた空間にドア

をノックする音が甲高く響いた。

「……なんだ」

 どうやら寝ていた人物は女のようだ。女は大して不機嫌そうでも無く、その訪問が予想

されていたものであるようにすぐに眼を覚ましていた。

「レリス様、ゴーダ様が戻られました……」

 報告者が先ほどクリミナ達を追っていた男の名を口にすると、女――レリスは席を立つ

と肩まである漆黒の髪をさっと払い上げて髪を整えると

「ふん……やっと見つけたみたいね……」

 半ば呆れるように呟いた。その後、顔に凄絶な笑みを浮かべたのだった。



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