「えーっとこれでしょ。次にこれ……」

 ルシータは市場で保存食品を次々に籠の中に入れていった。

 太陽の光に金髪が輝いていてその姿に道行く人も好意的な視線を向けている。

 着飾れば貴族の娘と比べても遜色ない容姿なのだが、今は白いTシャツにジーンズとい

うシンプルな格好である。

 しかしそれがまた彼女の健康的な魅力を引き出している。

 いつも一緒にいるはずの相棒であるヴァイの姿は今は無い。

 ヴァイは買い物につきあわされるのはごめんだと言って宿屋で休んでいる。

「もう、か弱い女の子にこんなに荷物を持たせようなんてヴァイもどういう神経してんのかしら?」

 ルシータは不平を言いつつも更に買い物を続けていく。

 ここで少々説明をしておこう。

 ヴァイ=ラースティン、ルシータ=アークラットはこの世界、西側と東側に分かれてい

る大陸の西側の南方に位置する商都ルラルタで凄腕の『何でも屋』としてその名を轟かせ

ていた。しかし十日ほど前に起こったある事件で二人はルラルタを出る事を決意。世界を

回る旅に出たのである。

 今いるのはルラルタから馬車で一週間ほど北に移動した所にあるラスピンという小商業

都市だ。ルラルタほどではないが世界の商品が集まってくる。

 この世界は正確には一つの大きな大陸でできている。

 その真中には一本の川が流れていてそこから東西二つに分けられているのだ。

 東側は王都ラーグランが存在し、主に古代幻獣の知識と道具を使った工業が中心で王都

から西側の中心都市である魔術都市ゴートウェルへと大陸間横断鉄道が走っている。

 まだまだ実用性に欠けるため乗れるのはほんの一握りの人達だけだが。

 それに対して西側は商業が発達している。東側でしか取れない果物や野菜、また開発さ

れた武器なども西側には流出している。特にルラルタでは手に入らない物は無い、とまで

言われるほどだった。

 一極集中させると貧富の差が激しくなってしまうためにこのように産業は東西に分けら

れている。その事がこの世界のバランスを取っているのだ。

 話を元に戻そう。

 ルシータは結局買い物袋を三つ下げて市場を出た。

 太陽の光は燦々と降り注ぎもうすぐ夏だという事を再認識する。

(暑さって苦手なのよね……)

 ルシータは昨年、熱射病にかかって酷い目にあったことを思い出し、自分が旅に出てい

る事を改めて認識した。

 その変わりようを素直に受け止めている自分に気づき、苦笑する。

「結局、ヴァイがいればどこにいてもいいのよね」

 自分の言った言葉に照れを覚えつつ早足で宿屋へと帰ろうとした時

「お嬢ちゃん……退屈そうな顔をしているね……」

 声のした方へと振り向くとそこには薄汚れたローブに身を包んだ男が座り込んでいた。

「あたしが? そう見える?」

 あまり係わり合いにならないほうがいいような風体の男だが、人は見かけで判断しない

というのはルシータの信念だった。

 周りにいる人々が忌諱の視線を向ける中、ルシータはたいした気にもせずに男に近づいた。

「そうそう、見えるよ。面白い物が有るんじゃがどうかの? 今なら安くしておくよ」

 男はひひひ、と喉の奥を鳴らしながら笑うと横に置いてあったズタ袋の中から商品を取

り出した。

 古びた剣、薄汚れたアクセサリーなどなどおよそ実用性には欠け、大した値打ちのない

物が並べられていく。ルシータはなるべく困った素振りを見せずに言葉を発する。

「あー……あたし今持ち合わせが無いからまた今度……」

 ルシータがそう言って断ろうとした時一つの商品が眼にとまった。

「!? それは!!」

 ルシータはあまりの衝撃に甲高い声を上げてしまった。

 それはあまりにも見慣れている物だったが、ここにあるのは明らかにおかしい物だったからだ。

「おじさん!! それどこで手に入れたの!!?」

 ルシータは掴みかからん勢いで男に問い掛けた。男は少し戸惑いながらも口を開く。

「4日ほど前に儂がねぐらにしている場所の近くにあるゴミ捨て場にあったんじゃよ。

 まだ捨てるには綺麗すぎると思って取っておいたんじゃ……」

「おじさん! これください!!」

 ルシータは急いで財布の口を開く。それを見ていた男は手でルシータを制した。

「金はいらんよ。必要としている人がいるのにそいつから金を取れるかい。儂が売ってい

るのはあくまで誰かの要らなくなったものだからの」

 男はそれをルシータに手渡した。ルシータは受け取ると男に満面の笑顔を向けた。

「ありがとう! おじさん」

 ルシータはその場から去っていった。

「それにお嬢ちゃんは偏見無く儂に接してくれたからの。ひひひ……」

 男は満足げに顔を引きつらせると新しい客を探そうと辺りをちらちらとうかがい始めた。





 ルシータはしばらく歩いて路地裏へと進むと改めて手の中の物を見た。

「どうしてこれがこんな所にあるの……」

 ルシータは体の震えを押さえる事ができなかった。ルシータはそれをよく知っていた。

 自分達が旅に出るきっかけとなったものだから。

 ルシータの手の中でそれ――『フロエラの魔鏡』は鏡面から艶のある光を放っている。

『フロエラの魔鏡』はルシータ達がルラルタにいた頃、最後に遭遇した事件で結局盗まれ

てしまった『古代幻獣の遺産』である。

 まだ人間達が存在していなかった時代、この世界に住んでいたのが古代幻獣達だった。

 彼らは自分達の高い知性と魔力によって今の技術では到底作れないような道具を創りだ

し、後世にもそれが遺産という形で残っている。この『フロエラの魔鏡』は、月の光を浴

びせる事により鏡に封じ込まれている魔力が人の複製を作り出す。

 それも際限がないため、巧く使えば無限の戦力を創る事も夢ではないとされる危険な物だ。

 しかしそれはこのラスピンに来るように言った男が盗んでいったはずだった。

 何かの手違いがあったのかは知らないがこうして再びルシータの手に『魔鏡』は戻って

きたのだ。

「とにかく、ヴァイに知らせなきゃ!」

 ルシータは荷物のバッグに鏡をしまうと路地裏から出ようとした。その時、

「どけぇ!!」

 ルシータは突如聞こえてきた声に咄嗟に後ろに下がった。すると次の瞬間上からの圧力

によって地面へと押しつぶされる。

「あうっ!! ……いったーい」

 ルシータは顔をさすりながら起き上がろうとしたが、上に乗っているものがあるために

起き上がれない。

「ちょっと! 早くどきなさいよ!!」

「ううう……はっ!!」

 上に乗っていた人物は気を失っていたらしくルシータの声に反応して素早く起き上がっ

た。その身のこなしはルシータにも只者ではないと分からせる物だった。その人物――格

好は男だがどうやら女らしい――はルシータがいたところよりも少し離れた場所に同じよ

うに突っ伏している人の所に行くと激しく揺さぶる。

「マイス! 起きなさい!! 逃げるわよ!」

 マイスと呼ばれた男は意識をはっきりさせようと首を振り、頭を押さえる。

「ああ、ごめん、クリミナ」

「謝ってる暇があったら……」

 クリミナと呼ばれた女はマイスを立ち上がらせようとした底にまた別の声が響いてくる。

「こっちだ! 向こうの路地に落ちたぞ!」

「チッ……追いつかれた!」

 クリミナがマイスを連れて逃げようとするが、ガシャン、ガシャンと鎧のきしむ音が聞

こえたかと思うとその進路を防ぐように数人の兵士達が立ち塞がった。

「ふふ……追い詰めたぞ……小娘! 諦めるのだな! 生き残りは貴様達だけだ!」

「くっ!」

「そんな……」

 憎々しげに呟く声と情けない声の後、兵士達の後ろから姿を表したのは髪を後ろに束ね

ている男だった。

 顔ははっきり言って美形に属し、ルシータの好みでもある。

 しかしその雰囲気は冷たく、一切の感情が読み取れない。

 着ている服は貴族が着るような派手なものでマントを羽織っているが戦闘もこなせるよ

うにどこかしら手を加えている。

(戦い慣れてるわね……)

 ルシータは目線を兵士達に向けたまま、どうやってこの場を切り抜けるか思案を巡らせ

ていた。一刻も早く鏡をヴァイに見せたいというのにこんな争いごとに巻き込まれるなん

てとんだ災難だ。

 ルシータは胸中で悪態をつきつつ考えを続行する。その間も男はクリミナに向けて言っ

ていた。



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