「これは駄目だな……」

 ヴァイは目の前の<クレスタ>を見てそう呟いた。残りの体力、魔力を考えても今の<ク

レスタ>に勝てる要素はほとんど無い。実際立っているだけで精一杯なのだ。

《リヴォルケイン》時代、幼いながらも幾つも死ぬような目にあってきたが今回のは今ま

でとは完全に桁が違う。本当の死の恐怖がヴァイの強靭な精神を蝕んでいた。

(これが本当の恐怖か……)

 光の中の<クレスタ>――だった物が徐々に体の形をはっきりとさせてくる。以前よりも

禍々しく巨大になっていき、ヴァイの二倍の体長にはなっていた。

「ガァァァァアアアアォォォ!!!!」

『それ』は光を纏ったまま片手を突き出す。そこに光が集まって一層光を増してくる。

(凄い魔力だ。おそらく『白』き咆哮の軽く数倍はいくだろうな)

 ヴァイは冷静に相手の力を分析しつつももう動く気力を無くしていた。

(終わりか……)

 ヴァイは覚悟を決めて目を閉じた。<クレスタ>だった物が咆哮を上げる。

「ルシータ……ごめん」

 ヴァイは思わず呟いていた。その時、突如ヴァイの頭の中に声が響いた。

(ヴァイ……死なないで……)

「!?」

(あたしを一人にしないで……)

<クレスタ>だった物が光を発射した。ヴァイは咄嗟に魔術を発動させる。

「『白』き螺旋!!!」

 ヴァイはいつもよりも前に螺旋結界を張った。そこに光がぶつかり螺旋が悲鳴をあげる。

 すぐに螺旋は消滅して光は突き進むが、僅かな時間とどまったおかげでヴァイはその場

から移動して直撃する事は無かった。

「『銀』の獣!!!」

 再び空間断裂の魔術で<クレスタ>だった物の体が切断される。しかし徐々にだが斬られ

た部分が再生していく。

「ルシータ……ありがとう」

 ヴァイはルシータに感謝していた。絶望に沈んだ彼の精神を奮い立たせたのは間違いな

くルシータなのだから。

「一人にしないって約束したもんな。それにこいつは俺が食い止めないと……、こんな化

け物が街に入ったら街は……世界は壊滅する」

 ヴァイはこの化け物が自分を殺した後、街を襲うと確信していた。この化け物は破壊を

楽しんでいる。一体何者かは分からないがとにかくヴァイにできるのはこの化け物を倒す

事だけだ。汗が目に入るのを拭いながらヴァイは闘志を奮い立たせた。

(斬っても再生するなら、完全に消滅させるしかないか……)

 ヴァイには一つ勝算があった。ヴァイの持つ魔術の中で完全に相手を消滅させる事ので

きる最強魔術があるのだ。

(しかし、通用するのか? 奴に……)

 ヴァイは先ほどの空間断裂が最初に喰らわせた時よりも傷が浅かった事に気づいていた。

 おそらくあの化け物には魔力に対する結界が張っていて魔術が通りにくくなっているの

だろう。

 魔術の全威力を叩き込まなければあの化け物は倒せないとヴァイは考えると最後の賭け

に出る事にした。腰にあった『ヴァルレイバー』を抜き右手に持って構える。

 いつでも奥の手の魔術を放てるように意識を集中し化け物を睨みつけた。

「――行くぞ!!!」

 ヴァイは初速から全速力で駆け出した。化け物は手をかざして光線を放つ。それを横っ

飛びで避けて更にヴァイは化け物に肉薄する。

「ここまで来たら光線は使えないだろう!!」

 ヴァイは『ヴァルレイバー』を渾身の力で振り下ろした。その直後ヴァイの顔に驚愕が走る。

『ヴァルレイバー』は空中で止まっていた。まるで見えない壁に阻まれるかのようにそれ

以上前に進まないのだ。

(やばい!!)

 ヴァイは危険に気づいて身を引こうとしたが、化け物には一瞬動きが止まった事で十分

だった。逃げようとするヴァイの鳩尾に拳が食い込む。

「がはぁ!」

 あまりの威力に体勢を立て直せないまま地面へと立たきつけられるヴァイ。更に化け物

はヴァイに馬乗りになり連続して打撃を加えてくる。

 鈍い音が間断なくあたりに響いていく。

 猛攻に意識が無くなりかけながらもヴァイは何とかチャンスを探そうとしていた。

(こいつ……なぶり殺しに……す……る気か……)

 化け物はヴァイが意識を失わない程度にぎりぎりの強さの打撃を加えていた。

 ヴァイは化け物が完全に油断していると、朦朧とした意識で何とか判断できたが反撃の

隙があるかと言えばそうではない。

 あまりに攻撃が激しすぎてその隙がまったく見当たらない。

 そんなうちにとうとうヴァイも限界が近づいてきた。

(駄目……か……)

 もうほとんど考える力も残っていない。ヴァイの様子を見た化け物は止めと言わんばか

りに両手を掲げて光を集める。それは先ほどまでとは比べ物にならないまでの強い光だった。

「ぐぎゃぁあぉあぉあおあぉあ!!」

 化け物が今まさに攻撃を放とうとしたその時、

「止めなさいよ!!!」

 ヴァイに聞き覚えのある声と共に何かが化け物の頭にぶつかる鈍い音が響いた。

「……!?」

 ヴァイは何とか意識をはっきりさせると化け物の体の向こうにいる人影を見た。

 息を切らせて化け物を睨みつけているのはやはりルシータだった。ルシータは手にして

いた特製木刀を化け物の後頭部に投げつけて直撃させたのだ。

 ブロンドの髪は急いで走ってきたからか乱れていて頬にも張り付いている。

 その姿にヴァイはいつものルシータを感じて微笑んだ。

「グオオオ……?」

 化け物がルシータの方を向く。そして手をかざした時、ヴァイに対して隙が生まれた。

「今だ!!」

 ヴァイは最後の力を振り絞って『ヴァルレイバー』を化け物の胸に突き刺した。

「ギャアアアアァァァ!!」

 化け物は『ヴァルレイバー』を抜こうとヴァイのほうに向いたが一瞬遅かった。

「終わりだ! 化け物!! 『金』色の世界!!!」

 ヴァイの声に反応して『ヴァルレイバー』が黄金の輝きを放ち、化け物の体へと広っていく。

「ぎゃあああぎゃおおおおぎゃおうああうあつあおあうあおあかおおあ!!!!」

 化け物は絶叫を上げつづける。光が徐々に満ちると、化け物の足の部分から徐々に消滅

していった。

 そして金色の光がけたたましい音を伴って天高く昇っていくのと同時に、断末魔を残し

て化け物の姿はこの世界から完全に消え去った。

 それは同時に<クレスタ>の最後でもあった。

 こうして世界の危機は誰にも気づかれる事なく消滅したのだった。

「これで……本当に終わったな」

 ヴァイは今度こそ終わりと言うように地面に体を投げ出した。本当に全ての力を使い果

たしてしまったために体はピクリとも動かない。

「大丈夫?」

 地面に倒れているヴァイのところにルシータが駆け寄ってきた。ヴァイはその姿を認め

ると掠れた声で言った。

「ありがとう……」

「……うん!」

 ルシータはヴァイの言葉に心底嬉しそうに頷いた。ヴァイはそれを見て照れくさくなり

それを隠そうと顔を背けた。そこに『魔鏡』が見える。

「『古代幻獣の遺産』か……」

 ヴァイは呟くとゆっくりと体を起こして『魔鏡』を手に取った。その時不思議な物がヴ

ァイの耳に飛び込んできた。

「……曲?」

 それは音楽だった。

 それもどうやら『魔鏡』、そして『ヴァルレイバー』から流れてきている。

 物悲しくもその中に隠れた強さがあるようなワルツだった。

 ワルツは時間が経つに連れて次第にゆっくりとなりしばらくして途絶えた。

 まるで力に振り回されて消えていった<クレスタ>への葬送曲のようにヴァイには聞こえた。

 曲が途絶えてからもしばらくヴァイはその場に呆然としていた。疲れからではない。

 その曲は依然聴いたことがあった物だったからだ。

(あれは……確か……)

 それはヴァイが《リヴォルケイン》をやめる直前、つまり両親が殺される直前に父が口

ずさんでいたのを聞いたことがあるのだ。

(一体どうしてあの曲が流れる? 逆にこの曲を父さんが知っていたのか?)

 ヴァイは妙な不安にとらわれていた。

 結局<クレスタ>の体を乗っ取った化け物の正体も分からず、しかも自分が知っている曲

が考えつかないようなところから流れてくる。

 しかし流れてきた物は特殊だが曲自体は何の変哲も無いワルツのはずだ。

 ヴァイは不安を無理やり頭から払いのけると『魔鏡』を懐にしまい、ふっと<クレスタ>

の消滅した場所を見た。



『金』色の世界――ヴァイが持つ奥の手、最強魔術でありこの世界に存在している物の存

在そのものを消し去る事ができる一撃必殺の魔術。



 魔術の媒体とする事により制御能力と効力を何倍にも倍加できる『ヴァルレイバー』

 この二つのおかげでヴァイは生き残ることができた。しかし、<クレスタ>はこう言っていた。

「『古代幻獣の遺産』は幻獣の力を操れる……」

 ヴァイは、今は巧く使っているが、そのうち『ヴァルレイバー』に支配される時が来るか

もしれないと思った。

(でも……そんな日は来させない)

 ヴァイはルシータを伴ってレスターシャの家へと向かった。同じ過ちは繰り返さなけれ

ばいい。<クレスタ>は自分のためだけに戦っていたが自分にはルシータがいる。

(ルシータがいる限り、俺は力に飲み込まれたりはしない!)

 ヴァイとルシータが歩いてくる方向から日が差してきた。朝日が何事も無かったように

上がり二人を赤く照らしていく。ヴァイはどっと来た疲れの中考えていた。しばらく何で

も屋は休業しようか、と。







「私のところに戻ってきたわね」

 レスターシャは『魔鏡』をいとおしそうに見た。『

魔鏡』は最初のときと同じく魔術結界の中に保管されて誰も触れることはできない。

 ヴァイとルシータがこれを返しに来たのはついさっき。

 二人とも満身創痍で何があったと訊いても疲れた、の一点張りで結局何も聞き出せない

まま彼らは帰ってしまった。

「ふふ……まあその内ゆっくりと聞かせてもらいましょうか……」

 レスターシャがふふ、と笑いを洩らした時。

「その内、はない」

「え!?」

 レスターシャは突如聞こえてきた声に驚いて振り向いた。そこにドンッ!という衝撃と

共に胸に腕が刺さってくる。血が貫かれている場所から滴り落ちていった。

「な……あな……」

 レスターシャは何とか声を出そうとしたが声にならず口がパクパクと動くだけだった。

「『フロエラの魔鏡』を守ってくれて感謝する。これは我々がこの世界の平定に役立てま

しょう……」

 その皮肉ったような声の主は黒いコートに身を包んでいたために顔はわからなかったが、

声からして男だと言う事が分かった。

 その声からは何の感情も読み取ることはできなかったが……。

「よい夢を……」

 黒コートの男はそう言うと突き刺していた手を上へと振り上げてレスターシャの体を引

き裂いた。大量の血と共に崩れ落ちるレスターシャ。その瞳には既に生気は無かった。

「ヴァイ=ラースティン、か……」

 黒コートの男は呟くと間単に魔術結界を破り『フロエラの魔鏡』を取ってその場から姿

を消した。レスターシャの死体が見つかるのはそれから数日後となる。



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