レスターシャの葬儀から一週間が過ぎ、ヴァイとルシータは犯人探しをしていた。

 ルラルタとアーバルの治安警察隊はほぼ壊滅状態の為に新たな人員が派遣されるまでは

そこに住む何でも屋が警察の代わりを多額の報酬付きで頼まれていた。

 しかし少なくともヴァイ達は頼まれなくても犯人を探していただろう。

 ヴァイはレスターシャが只者ではない事を知っているし『魔鏡』が無い事からそれを狙

っていた者。つまり《蒼き狼》の奴らがやったのではないかと言う事で行動範囲を広くし

て当たっていたのだがこの一週間まったく手がかりを掴む事はできなかった。

「許せないよ……絶対捕まえてやるんだから!!」

 ルシータは意気込んで情報を集めに出て行った。ヴァイはそれを見送るとため息をつい

てソファへと腰をおろした。ぐったりとソファに寄りかかる。

「何だ……この感じは……」

<クレスタ>との戦いの後、何でも屋を休業しようと思ったがレスターシャの事件により

それを断念して犯人探しをしていた。

 しかしヴァイはいまいち乗り気ではなかった。

 確かに犯人は許せないし捕まえたいとは思う。しかし前以上にやる気が出てこないのだ。

「どうしてこうやる気が出ない……」

「それはお前が飽きているからさ」

 不意にかけられた声にヴァイはソファから飛び起きて戦闘態勢をつくる。そこにいたの

は黒いコートに見を包んだ男――レスターシャを殺した男である。

「誰だお前は……」

 黒コートの男はヴァイの問いかけに応ずる事無く言葉を続ける。

「お前は《リヴォルケイン》を抜けた後も志は変わってはいないだろう? お前は弱き者

を本当の危機から、そう<クレスタ>の暴走のような危機から救いたいと思っていたのだろう?」

 ヴァイは何も言えなかった。

 確かに自分は弱き者を危機から救いたいという気持ちは持っていた。

 優劣はつけることはできないと思っていてもやはり危険の大きさを見てしまっている。

そんな気持ちを持っていることを見抜いたこの男にヴァイは背筋がぞっとするのを感じた。

「誰なんだ? お前は……」

 黒コートの男はヴァイの問いに次は答えた。

「お前が探している男だ」

「何だと……」

「レスターシャを殺したのは俺だ」

 次の瞬間にヴァイの拳が男に叩き込まれていた。しかし拳は男をすり抜け勢いに乗った

ヴァイの体も通り抜けてしまった。

「そうそう、言い忘れていたがこれは『古代幻獣の遺産』で離れた場所にいる者の姿を映

す事ができる物だ。名前は知らんがね」

 ヴァイは注意深く黒コートの周りを見る。するとソファに隠れて何かがあるのを確認し

た。これが『古代幻獣の遺産』なのだろう。

「お前は何でも屋で納まる器ではない。世界を回るがいい」

「……どうして俺にそんな事を言う?」

「ヴァイ=ラースティン。裏の世界で貴様の正体を知らない奴はいないさ。そして皆お前

を殺したがっている。自分の実力が証明されるからな」

 黒コートの男の姿は徐々に消えていく。ヴァイはそれを唯見ているだけだ。

「俺はラスピンにいる。もし貴様が俺を倒す気があるなら来るがいい。来たら来たでまた

大変だろうがな……」

 黒コートは完全に消滅した。続いて『遺産』も溶けてなくなる。どうやら使い捨てで誰

でも簡単に使えるような代物だったらしい。

 ヴァイはずっと黒コートの男が言ったが頭を回っていた。

【お前は何でも屋で納まる器ではない……】

 ヴァイは何も言わずにソファに座り込む。そして両手で顔を覆った。





「ただいま……」

 ルシータはだるそうな声で入ってきた。情報集めに疲れているのだ。ルシータはヴァイ

が何の反応も見せないので不信に思いソファを覗く。

 ヴァイはぶつぶつと何かを考え込んでいるようでルシータの帰宅にも気づかないようだ。

「ヴァイ! ただいま!!」

 ルシータが叫んだ事でヴァイはうわっ! と声を上げて危うくソファからひっくり返る

ところだった。

「どうしたの? いったい……」

 いつものヴァイと違う様子にルシータは少し心配そうに声をかける。ヴァイはそんなル

シータに嘘はつけないと思いルシータが出て行ってからの事を話した。

「……俺はこの街から離れたほうがいいのか……」

 ルラルタはヴァイにとって第二の故郷になっていた。それ以上にルシータに放浪の生活

をさせたくない、というのが今悩んでいる理由であった。

 しかしルシータはそれを聞くと笑いながら言った。

「行こうよ。世界を見に」

「そんな簡単に言っていいのか? 今までよりもっと大変な生活をする事になるぞ」

 ルシータはヴァイが心配そうに言っても少しも堪えずに言ってくる。

「今までとあまり変わらないって。それにヴァイは一つの街に置いとくのって凄くもった

いないと思うの! ヴァイみたいな人を必要としているのは世界中にあるはずだわ。そう

いう人達を助けてあげようよ」

 ヴァイはルシータの言葉を聞いて考えがまとまっていった。ルシータの言う通り、そし

て自分の昔からの夢を実現させるためにこの町から出よう、と。

「その前に、聞かせてほしい」

 ルシータの声はヴァイの思考にするりと入ってきた。期待と不安に満ちた声がそうさせ

たという事にヴァイは気づく。

「ヴァイが誰で、どうして今に至っているのか……」

 ヴァイはルシータの声が震えているのに気づいた。

 彼女も不安なのだ。定住の地を離れるのが。

 だからせめて今まで聞けなかった事を聞いておきたいと思ったのだろう。

 ヴァイはゆっくりと首を縦に振る。ルシータの顔に笑みが宿ってくるのを見つつヴァイ

は話し始めた。自分の、過去を、ゆっくりと――





 黒コートとの遭遇から三日後、馬車を借り、必要な物を馬車に積み込み遂にヴァイとル

シータ達は旅立つ時を迎えた。

「街の友達には別れを言ってきたか?」

「うん。また今度ってね!」

「また、今度か……」

 ヴァイは内心不安だった。ルシータには全てを話し、このたびの最終目的が《蒼き狼》

を完全につぶす事だという自分の意志もちゃんと話した。

 その危険性が分かっているためかルシータが空元気を振りまいているように見えたから

だ。だが、その不安も次のルシータの言葉ですぐに晴れた。その言葉は何の変哲も無い言

葉だったがその内にはルシータの、必ずここに戻ってくるといった強い意志が感じられた。

「もう行こう。いつまでもいたら別れが寂しくなっちゃう」

「……そうだな」

 ヴァイはルシータに励まされた気持ちになって笑みを浮かべながら馬車に乗り、荷物を

確かめる。

「行くか」

「行こう」

 ヴァイとルシータはお互いに言い合って顔をほころばせてから馬を走らせた。

 程よい速さで馬車は進んでいく。ルシータは御者台のヴァイの隣で話し掛ける。

「最初に行くのはやっぱラスピンでしょ?」

「ああ」

 ラスピン――黒コートがいる、といった都市で今何かが起ころうとしているらしい。

 ルラルタから馬車で一週間ほど行った距離にある小商業都市だ。

「はりきっていこう!!」

 ルシータが御者台から進行方向に向けて叫ぶ。ヴァイはふふ……と笑みを浮かべつつ

馬を進めていく。

 馬車は街道をゆっくりと進んでいった。

 まるでこれから待ち構えるヴァイ達の運命へと向かっていくように。

 空は晴れていたが遠くからは入道雲が見えていた。

「一雨来るな……」

 ヴァイは無意識の内に呟いていた。



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