ごきっ! という音と共に崩れていくザムディンの体。

 ザムディンの首はありえない方向へと捻じ曲がり、首の肉が裂けてもうすぐ体と分離する

くらいに折れ曲がった。

「つまらん……やはり、あいつだけだな」

<クレスタ>はそう言いつつ隠し通路に入る。何の邪魔も無く進んだ後に『魔鏡』のある

部屋のドアを無造作に開けた。その時、ドアの内側から飛び出してくる影……。

「やああああああ!!」

 ランクは渾身の一撃を<クレスタ>へと打ち下ろした。

(小細工なんてできるわけが無い。自分にできるのはヴァイさんが来るまでの時間稼ぎだ)

そう言い聞かせて恐怖心を打ち消してランクは向かっていく。

ルシータを守るという気持ちのほうが強かったのかもしれないが……。

 しかし、<クレスタ>はランクの一撃を一瞬の前進で難なく躱すと、目の前に飛び込んで

くる影――ルシータに向けて蹴りを放った。

「!!?」

 ルシータは突進を止められずに<クレスタ>の蹴りをもろにくらい吹き飛ばされる。

 それをレスターシャが受け止めた。

「うう……」

 ルシータは一撃によって昏倒していた。体勢を低くして突進していったのにもかかわら

ず鳩尾へと蹴りがヒットしていた。

「よくもルシータさんを!!」

 ランクは怒りに任せて剣を振り回すが<クレスタ>は難なく躱している。

「ランク! 逃げなさい!!」

 レスターシャがランクに必死に呼びかけるが怒りに我を失ったランクには届かない。

 そして……。

「もう飽きた」

 ランクが<クレスタ>の声を聞くのとシュルッ、というワイヤーの音。風斬り音を聞くの

はほぼ同時だった。

 ごとっ、とランクの首が床へと落ちる。<クレスタ>は大して興味もなさそうにそれをし

ばらく見てからレスターシャへと向き直った。

「さあ、『魔鏡』を渡せ」

<クレスタ>は右手をコートから覗かせワイヤーをいつでも発射できるようにして威嚇する。

 レスターシャはそれに少しも動じずに<クレスタ>に問いかけた。

「あの『魔鏡』には一体どんな力があるの?」

<クレスタ>は一瞬顔をしかめ、次には冷笑を浮かべた。

「なんだ、ヴァイス……いや、ヴァイ=ラースティンに聞かなかったのか?」

「彼は知らなかったわ。どうして《蒼き狼》は『魔鏡』を――『古代幻獣の遺産』を集めて

いるの?」

 レスターシャはかねてからの疑問を口にした。その疑問は《蒼き狼》の誰もが知らない

事だった。《枢密院》を覗いては。

 しかしレスターシャは目の前のこの男は何か知っていると感じ取っていた。

<クレスタ>はしばし無言だったがゆっくりと口を開く。

「力を……手にするためさ」

「力……? この世界を支配でもする気?」

「そんなレベルではない。まあ、今お前に言ってもわからぬだろうな」

<クレスタ>は自嘲めいた笑みを浮かべるとさっと腕を振った。何気ない動作だったのでレ

スターシャは自分の頬が裂かれたのにすぐには気づかなかった。

「酷いわね……顔は女の命なのよ」

 レスターシャはルシータを<クレスタ>から離して床に寝かせてから戦闘態勢をとった。

 そんなレスターシャを<クレスタ>は無表情で見つめる。そしてまた話し出す。

「あと、その『魔鏡』はな、月の光を浴びせる事により同じ生物を何体でも生み出す事が

できる魔力が封じ込められているのさ」

 レスターシャはその言葉で疑問の一つが氷解した。何体でも同じ物を生み出せる道具。

それが『魔鏡』の正体だった。

「だから、『無限の魔鏡』なのね……」

「これで冥土の土産には十分だろう」

<クレスタ>はレスターシャに突進した。





 ヴァイは幾度目かの攻撃を肩に喰らった。今まで移動してきてかすり傷程度の傷をもう

既に何十箇所も負っている。

 腕と足に魔力を集中させてライカネル達を攻撃し、弾き飛ばしているものの攻撃の手は

緩む事は無い。

(流石に疲れてきたか……)

 ヴァイは次第になくなっていく体力に焦りを感じた。魔術を発動させるにも体力を使う

ため、この後に控える<クレスタ>との戦いのためになるべくなら体力の消耗は押さえたかったのだ。

(見えた!!)

 ヴァイは目指していた目的のものを見つけるとそこに向かって全速力で駆け出す。しか

しライカネルの攻撃は異常に激しくすぐに前進は止まってしまった。

(しかたないか……)

 ヴァイは全神経を集中して魔術を発動させた。

「『銀』の翼!!」

 魔力を発動させた瞬間ヴァイの体が掻き消える。

 そしてライカネル達から離れた場所――目指していた目的地に姿が現れた。

『銀』『金』の色をもつ魔術はいまだに解明されていない点が多い魔術に使われるものである。

 火、水、風、土の四大元素以外の源を使って使われるこの魔術は通常のそれよりもはる

かに強力なものが多い。今、ヴァイが使った魔術は空間転移と呼ばれるものでその場にあ

る空間を飛び越えることができるかなり高度な魔術の一つである。ヴァイは目的地、噴水

の傍まで転移すると片手を水の中に入れた。

「『青』き龍!!」

 ヴァイが魔術を発動させると噴水の水が空中に舞い上がり、幾つにも分かれて襲いかか

って来るライカネル達を直撃する。その衝撃は凄まじくライカネル達の体は木っ端微塵に

吹き飛んだ。本来の威力ではけして出せない破壊力である。

 水や火などの媒体を使って魔術を発動させることで、魔術の威力を何倍にも倍化させたのだ。

 ヴァイはライカネル達を一掃した事を確かめると、すぐさま屋敷内部へと入った。

 中は燦々たる有様だった。至る所に警察隊員の死体が転がり、壁や床には血がベットリ

と付着している。切断されている部分は見事なまでに綺麗な切り口だった。

 とてつもない切れ味である。

(<クレスタ>……許せん!)

 ヴァイは苛立っていた。自分が立てた計画がことごとく狂う。

 最初に読み間違った時に冷静になったと思っていたのに、またしても<クレスタ>に多

くの犠牲者を出させてしまった。

(頭の回転も鈍ってるのか!? ここまで力が落ちているのか!!)

 進んでいくと共に死体の数が増えていく。

 自分の考えが最悪の方向に向かっていくのを止める事ができずに徐々に心が黒く濁る。

 焦燥による怒りに体が破裂しそうなほど体を震わせながらヴァイは『魔鏡』の置いてあ

る部屋へと向かう隠し通路への扉の前に駆けつけた。

 扉の前には不自然に首を曲げたザムディンだったモノが落ちている。

「くそっ!!」

 ヴァイは隠し通路を進み『魔鏡』のある部屋の前に来ると、怒りに任せて力いっぱいに

ドアを開けた。まず眼に入ってきたのは人の死体、首から上は無くそこから上は少し視線

を前にやると床にこちらを向いて落ちていた。

その顔は必死の形相で自分が死んだ事もおそらく分からなかったろう。

「ランク……」

 ヴァイは拳を血が滲むほど握り締めより部屋の奥に入る。

 奥には何も無かった。

 レスターシャも、ルシータも、そして『魔鏡』も。

 あるとされる物全てが無い事にヴァイは少し動揺しながらも部屋を出て窓から外を見た。

 ヴァイの予想通り窓から見えた庭にはレスターシャが血だらけで倒れていた。

「レスターシャ!!」

 ヴァイは窓を開けるとそこから躊躇無く飛び降りた。

 ちなみにこの部屋があるのは三階である。

 ヴァイは衝撃を吸収する巧い降り方で着地すると、何事も無かったようにレスターシャ

へと駆け寄り抱き起こす。

「『紫』の十字架」

 ヴァイはすかさず回復魔法をかける。レスターシャの傷は深かったが魔術が効いてきて

いるのか少しずつだが塞がり、レスターシャの顔色もよくなってきた。

「ヴァイ……」

 レスターシャがか細い声でヴァイへと言葉をかけてくる。

「しゃべるな。時間はかかるが回復はする」

 ヴァイは全神経を集中させてレスターシャの傷を治療していく。だがレスターシャはヴ

ァイを押しのけるように体を離そうとしながら言葉を続けてくる。

「私はいいから……ルシータを助けてあげて。<クレスタ>はこの先にある丘であなたを

待つと言った……。ルシータの命をかけてあなたと戦う気よ、こんな事で魔力を使わないで」

 レスターシャは弱々しい体を震わせながら言葉を続ける。ルシータを守れなかった自分

に不甲斐無さを感じているのだ。しかしヴァイは依然として回復を続けていく。

「確かに、今の<クレスタ>相手にこの魔力消費は厳しいが、だからって死にそうな人を

放ってはおけない」

 レスターシャはヴァイのその言葉に言葉を詰まらせ黙った。それから少ししてヴァイは

ようやく魔力の放出を止める。レスターシャは満足ではないが体を動かせるまでは回復していた。

「ヴァイ、『無限の魔鏡』の正体が分かったわ」

 レスターシャはヴァイに<クレスタ>が言っていた事を話した。

「無限に物を創りだす鏡……」

 ヴァイはレスターシャの説明が終わった後にしばらくぶつぶつと何かを言っていた。レ

スターシャはそんなヴァイに自分が思っている事もついでに言う事にした。

「ヴァイ、『魔鏡』には他の力があるような気がするの。私たちには想像も、対抗もでき

ないような凄まじい力……」

「だろうな……」

「え!?」

 ヴァイが自分の考えに肯定を示した事に驚いたレスターシャは思わず声を上げてしまった。

 ヴァイはそれにかまわず、いつになく緊張した顔でレスターシャに向き合った。

「レスターシャ、今すぐ付近の富豪達を集めてここから離れろ」

「どうして……?」

「やっと思い出した。『フロエラの魔鏡』は自分と同じ能力を持つ複製を創ることができる。

しかし、その力は不安定でいつ暴発するか分からない」

「……暴発するとどうなるの?」

 レスターシャはヴァイの真剣な表情を見ればどれほど酷い被害があるかは予想できると

は思ったが思わず聞いてしまった。そしてそれはレスターシャが思っていたものよりも更

に凶悪だった。

「もし、封じ込められていた魔力が暴走した場合、大陸の四分の一が消滅すると言われている」

 あまりの事にレスターシャはあっけに取られた。

 思わず笑みを浮かべたほどだ。そんな威力の物があるはずがないという考えの為に。

 しかしそれが本当だと、頭の中に浸透すると同時に寒気がしてくる。

 そんな威力がある物を自分は屋敷の中においてあったのだ。知らなかった事とはいえ、

今更ながら恐怖感がこみ上げてきた。

「<クレスタ>と俺が戦っている間に魔力が暴走しないとも限らない。もしもの時の為に

避難しておいてくれ」

 ヴァイは言い終わると庭の出口に向けて走り出した。その背中をレスターシャは唯見て

いるばかりで声をかけることができなかった。

(無事に……帰ってきて)

 レスターシャは自分がどうしてここまでヴァイの無事を思うのか分からなかった。しか

しそれでもレスターシャはその場で祈りつづけていた。





 ヴァイと<クレスタ>の最後の戦いが始まる。



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