一夜明けて、昨夜の騒ぎを聞きつけた付近の住民(と言っても富豪達だけだが)が通報

したのか、アーバルのではなくルラルタの治安警察隊がレスターシャの所へとやってきた。

 そこにいたヴァイとルシータに警察隊隊員は不快感をあらわにして睨みつける。

「ホントわかり易い表現ね」

 嘆息と共にルシータが言う。

 治安警察隊と何でも屋というのはよほどの事がない限り、会う度に敵対心を剥き出しに

している。それは治安警察隊と何でも屋はよく仕事内容がかぶっているためであって、け

して個人的に恨みがあるという訳ではない。しかし例外もいる。

 ここに一人、ヴァイ達を好意的な視線で見つめる男がいた。ランクである。

「ルシータさん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

「ええ、そうね」

 相変わらずストレートに自分の気持ちを出しながら、ランクは心底嬉しそうな顔を浮か

べる。ルシータはその顔を見て思わず視線を逸らす。ルシータはいろいろとランクを利用

しているのだ。今までの自分のランクに対する行為をこの笑顔は強く思い出させる。

「と、ところでランク。あなたなんでこんなとこにいるわけ?」

「え、知らないんですか? この街の警察隊は《蒼き狼》に襲われて入院中。で、一番近

い街の僕らにお呼びがかかったって訳ですよ」

「あ、そういえばそうだったわね」

 新聞でつい先日見ていたのを忘れていた。そこでルシータはその時のヴァイの様子がお

かしかった事を思い出す。

 ルシータはヴァイが《蒼き狼》を追っている訳は知らない。ただ、なんとなくだがその

様子には鬼気迫るものがある、ということは分かった。

(話して欲しいんだけどな……)

 ルシータは寂しげな表情を見せる。それを見てランクは驚きつつルシータに強がって見

せる。

「大丈夫ですよ。僕達ルラルタの治安警察隊も全滅なんてことはないです」

 ランクはルシータの表情が不安から来るものと勘違いしてルシータを安心させるように

優しい口調で言う。

「いざとなったら、ぼ、僕がルシータさんをお守りします」

 顔を真っ赤にして言葉を発するランクにルシータは急におかしさがこみ上げてきて口元

を緩めた。

(何か勘違いしてるようだけど、ランクも私を元気づけようとしてるんだよね……)

「ありがとう、期待してるわよ」

 ルシータはランクに心から感謝した。

 ランクはルシータの言葉を聞き、はいっ! と甲高い声を上げて自分の持ち場へと戻っ

ていった。鼻歌を歌いながらスキップまでしている。

「今はこの仕事をやり遂げる事が第一だもんね。これが終わったら、ちゃんと話してもら

おう。絶対に……」

 ルシータは誰にも聞こえないような小声で呟くとその場から離れようとした。しかし、

何かの気配を感じてその場をぐるっと見回す。だが、何もおかしなものは見えず、ルシータ

は首を傾げながらその場を離れた。その姿をルシータのすぐ傍にあった樹の上から見つめ

る一つの影。

(あの小娘……使える……な)

 影は次の瞬間すうっと姿を消した。





「だから、君の言うとおりにする義理がどこにある! 何でも屋風情が我々の仕事に口を

出すな!!」

「今回の相手は俺じゃなきゃ相手は勤まらないんだ! 無駄に死人を出したくなければ俺

の言う通りに人を配置しろ!!」

 ルシータが『魔鏡』のある部屋に入った時に初めに聞こえてきたのはヴァイと誰かの言

い争う声だった。ルシータはヴァイと言い争っている相手を見る。40過ぎぐらいの男で、

口の周りに生やしている髭とがっちりした体格がその人物を威風堂々と見せる。

 ルシータにも見覚えがあった。たしか……。

「ザムディンおじ様……」

「むっ?」

 不意に名前を呼ばれて男――治安警察隊ルラルタ支部最高責任者ザムディン=ニークス

はルシータの方を振り向く。次の瞬間その怒りに歪んだ顔が一気に緩まった。

「おお! ルシータお嬢様!!」

「……久しぶりね、ザムディンおじ様」

 ルシータはザムディンがお嬢様、と言った時に表情を一瞬曇らせたが、すぐにいつもの

調子に戻って話し掛けた。

 ザムディンは顔をほころばせたままルシータに弾丸のように言葉をぶつけてくる。

「いやー、もう6年になるか、君の姿を最後に見たのは? どうして家出なんかしたんだ

い? レギンスが本当に心配していたよ。そうか、同姓同名で珍しいとは思ったんだがま

さか本当に君が何でも屋の助手なんてものをやっていたなんて……。この男のどこがい

いんだい? こんな男の所にいたら君に約束された未来が……」

「もういいわ!!!」

 ザムディンの言葉をルシータは大声で遮った。その場にいたレスターシャや他の治安警

察隊員、ヴァイまでもあっけにとらわれている。ルシータは大きく息を吐いて息を整える

とザムディンにこう言った。

「ヴァイの力が本物だってことが分かればこんなくだらない言い争いをしなくてすむのね。

ヴァイはルラルタの治安警察隊全員がかかっても勝てないわ」

「おい! ルシー……」

「できるわよね?」

 抗議をしようとしたヴァイを遮ったルシータの声は完全に怒っていた。

 皆は何故、ルシータがこんなに怒りを表しているのかまったく分からなかった。

 ルシータとしてはザムディンに会った事で自分の居場所をレギンス――父親に知られて

しまう事が、一番腹が立っていたのだ。

 その不安から今、目の前にある状況が馬鹿らしく思い、怒りの口調になってしまっている訳だ。

 ヴァイは諦めに似たため息をつくとレスターシャの方を見た。

「なら、こうしよう。レスターシャさん。あなたが決めてください」

「な、何だと貴様!」

 怒るザムディンをまあまあ、となだめてからヴァイは言葉を続ける。

「ここの主はレスターシャさんだ。俺達は彼女に雇われている形になるわけで、雇い主に

従うのは俺達の役目だ」

「しかし、治安警察隊は街の治安を守るために……」

「あなた達よりヴァイの方が……、ヴァイとルシータの方が頼りになるわ」

 レスターシャが鋭く言い放った言葉にザムディンは顔を真っ赤にして押し黙った。内心

は屈辱で怒りが渦巻いているだろう。

「なら、俺達の言う通りにする事でいいな」

「……勝手にしろ!!!」

 ザムディンは声を荒げてヴァイへと言い放つ。そして部屋を出て行ってしまった。

「ふう、じゃあこれから警備配置を言う」

 ヴァイは残った警備隊員達に自分が考えた配置を説明した。一通り説明し終わると警備

隊員達は言われた通りの位置に散っていった。

「ねえ、あたしは?」

 ルシータがヴァイへ不安そうに問い掛ける。今までの説明に自分の配置されるところが

なかったからだ。

「ちゃんとあるさ。ここだよ」

「へ!?」

「ルシータにはここを守ってもらう。最後の砦だ、しっかりな」

「……うん!!」

 ルシータはこれ以上ないほどの笑顔を見せる。ヴァイはその笑顔に一瞬心を奪われる。

(……何考えてるんだ)

 ヴァイは自分の中に浮かんだ考えを振り払うと自分も部屋を出て行った。

 ルシータはその後姿を見つめている。

「何か不安なの?」

 レスターシャがルシータへと問い掛ける。そしてルシータの顔を見た時驚愕した。ルシ

ータの顔がはっきりと青ざめていたのだ。

「どうしたの!?」

「なにか……嫌な予感がするんです」

 ルシータの声は今にも消え入りそうだった。

「なにか……嫌な……」

 ルシータは震えを押さえるように自分の右手を左手で押さえた。それでも震えは止まら

なかった。





 早めの夕食を済ましてヴァイは前日と同じ庭に立っていた。夕日はヴァイを赤く照らし

ながら徐々に沈んでいく。普段と変わらない光景。しかし横を見るとまばらに警備隊員た

ちがいる。どうやらザムディンはヴァイに無断で警備隊員を配置したようだ。このことに

ヴァイはもう文句は言わなかった。

(これだけ言っても忠告を聞かない奴にこれ以上かまう義理はない。自分はそれほど人間

ができちゃいない)

 ヴァイは気配の結界を張り巡らした。

 意識を集中する事で数十メートル四方を気配を感じとることができる。

 これをヴァイは結界と呼んでいる。

 ヴァイは腕組みをしたまま動かない。眼を閉じて、地面を這いまわる虫の動きさえも感

じ取る。そうしている内に日は完全に落ち、闇が辺りを支配した。

 それから更に数時間が経ち、ヴァイはおかしな事に気づいた。

(風が……止んだ?)

 ヴァイはゆっくりと眼を開けた。先ほどまで吹いていた緩やかな風が消えている。次の

瞬間、ヴァイは無数の異質な気配を捉えた。それと同時に悲鳴が上がる。

「ちぃ!!」

 ヴァイはその場を動こうとした。だがそこに頭上から影が降ってくる。

「『赤』い稲妻!!」

 ヴァイは咄嗟に上に手を振り上げ魔術を解き放つ。ヴァイの手から解き放たれた火の玉

は降って来た影に直撃し、影は絶叫を上げて跡形もなく吹き飛んだ。それからすぐにヴァ

イへと気配達が集まってくる。

「『白』の残思」

 ヴァイは、今度は頭上に輝く光の球を打ち出した。光の球は中空に留まり辺りを照らす。

そうしてヴァイの視界に入ってきたものにヴァイは驚愕した。

「ライカネル……」

 そこには十体ほど異質な化け物がいた。肌の色は黒褐色で硬質的、眼は無く、口が耳の

位置まで裂けている。主に古代幻獣の遺跡に住み着いているライカネルという化け物だ。

「どうしてライカネルがこんな所に?」

 ライカネルは本来遺跡から離れる事は無い。また、自分に危害を加えようとする者にだ

け牙を剥くはずである。だが、今この場にいるライカネルはヴァイを視界に入れると一斉

に攻撃を仕掛けてきた。

「『赤』き飛礫(つぶて)!!」

 ヴァイの掌から無数の炎の塊が生まれ、ライカネル達に向かい体を貫く。

「ぐぎゃあおお!!」

 ライカネルが数体倒れる。しかし、仲間が倒れてもライカネルは気にせずに向かってきた。

 一体がヴァイに強靭な爪を繰り出す。ヴァイはそれを掻い潜り、鳩尾に拳を繰り出した。

 鈍い音と共にライカネルは吹っ飛び、後ろからきた数体を道ずれに倒れる。

 ヴァイはなおも襲ってくる別のライカネルの攻撃を躱しつつその場から駆け出した。

 次々とライカネルはヴァイの後を追う。ヴァイは走りながら自分の右手を抱えた。

(生半可な攻撃じゃ通じないか)

 ヴァイは右手の感覚が麻痺しているのを感じていた。先ほど拳を打ち込んだ時に打撲を

したらしい。

(これも<クレスタ>の仕業か! ザムディン、ルシータを頼むぜ)

 ヴァイはライカネルを倒すために必要なものを求めて庭を走っていった。





「ぐわ!」

「がふぅ!」

「おごっ!!」

 建物内部では次々と警察隊員が殺されていく。首を飛ばされ、胴から真っ二つにされ、

四肢をバラバラにされる。血が壁という壁にかかり、死臭が辺りを支配している。

「こんなものか……」

<クレスタ>は向かい来る警察隊員をワイヤーで八つ裂きにしながらゆっくりと進んでいく。

《枢密院》が送ってきたライカネルのおかげでヴァイの注意はそちらに向かった。いくら

ヴァイといえども奴らを倒すには時間がかかるだろう。その間に与えられた任務を完遂し

てしまえ、というのが《枢密院》が伝えてきた事だった。

(まあいい、奴との勝負は『魔鏡』を手に入れてからでも遅くは無い)

 ワイヤーがまた一人を上下に切断する。<クレスタ>はそうしている内に『魔鏡』がある

部屋へと続く隠し扉があるところまで着いた。それまで無気力だった眼がきっ、とつりあがる。

「待っていたぞ《蒼き狼》……」

 ザムディンは<クレスタ>を見て笑みを浮かべてながら両拳を打ち合わせた。ガキィンと

いう甲高い音が廊下に響く。既に屋敷内の隊員たちは数名を残して死んでいる。その事が

より音を反響させた。

「なかなかできるようだな」

<クレスタ>は右腕をコートから少しだけ出してワイヤーを振った。

 だがそのワイヤーがザムディンに届く瞬間、弾かれる。

 ザムディンがグローブをした手で弾き返したのだ。

「そう簡単に儂は殺せんぞ!!」

 ザムディンは<クレスタ>へと突進していった。<クレスタ>はワイヤーをザムディンに今

度は数本まとめて放つ。

 しかしザムディンはそれをことごとく払いのけると一気に<クレスタ>との間合いを詰めた。

「貴様はこうやって接近戦になると弱いはずだ! 左腕一本無いのだからな!!」

 ザムディンはコートに隠れて見えない左腕が無い事を瞬時に見切っていた。勝利を確信

して<クレスタ>のわき腹に鉄拳を叩き込もうとする。しかしその瞬間ザムディンの予想外

の事が起こった。

「!!」

 ザムディンの体が危機を感じ、反応する速度よりも早く'なにか'がザムディンの顎を

跳ね上げた。

「ぐはぁ!!」

 ザムディンはあまりの勢いで天井へと激突し、それから床へと叩きつけられた。顎は無

論の事、音からして肋骨の二、三本は折れたようだがそれを感じさせずにすかさず立ち上

がりワイヤーの射程範囲外へと逃げる。

「なん……だ、今のは……?」

 ザムディンは内側からこみ上げてくる熱いものを何とか飲み込み、砕けた顎でありなが

ら呟く。その答えは意外にも<クレスタ>から帰ってきた。

「蹴りだよ。貴様の眼にもとまらないような超高速の蹴り上げ。それがおまえの顎を叩い

た。頑丈なお前でも顎が砕けだだろう……」

「ぐ、ぐぐぐぐ……」

 ザムディンはこれまでに無い恐怖を味わっていた。片腕という事実からして接近戦がで

きないと高をくくっていた事がいかに馬鹿な事だったと悔やまれてきた。<クレスタ>の

蹴りがまったく見えなかったと言う事実は、ザムディンの格闘戦への自信を喪失させるの

には十分だったのだ。

「そんなに格闘戦が望みならばこちらから行こう」

「何!?」

<クレスタ>が言葉を発した次の瞬間、ザムディンの目の前には<クレスタ>の黒いコートが

なびいていた。

 そしてそれがザムディンが最後に見た光景になっていた。



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