ガラスが割れる音と共に数人の人影がルシータとレスターシャがいる部屋へと乗

り込んできた。

「!!」

 ルシータは咄嗟に木刀をとり、自分へと向かってきた刺客の鳩尾に一撃を入れる。

刺客は苦悶の声を上げる事無く床へと崩れ落ちた。それを確認せずルシータはレス

ターシャの傍に駆け寄り刺客達から隠すように立ち塞がる。

 刺客達は少し距離を置いてじっとルシータ達を睨みつけていた。

 数は六名、全員黒ずくめで顔は布で隠しており鋭い眼以外は見えない。

(全員、かなりの使い手だわ……)

 ルシータが通っている剣術道場はかなり実践的で実力ある人達が集まっている。

 そこでメキメキと実力をつけたルシータは相手の力量をある程度は感じ取れるよ

うになっていた。

 おそらく全員男だろう、黒ずくめの男達は勝てなくはないが何人かで襲ってきた

場合、ルシータはレスターシャを守りきれる自身が無かった。

「レスターシャさん! この部屋から出て!!」

 ルシータは後ろを見ずに言った。この場にいてははっきり言って足手まといだ。

しかしレスターシャは平然と言ってきた。

「無駄よ。廊下にももう刺客がいるわ」

「えっ!?」

 ルシータはレスターシャの言葉に動揺した。目の前の敵に気をとられていて気が

つかなかったが、確かに注意深く気配を探ると廊下にも数人の気配がある。レスタ

ーシャがそれを分かった事に驚いたルシータだったが、より驚いていたのは刺客達

の方だった。

「この女……!」

 小声だったがそれをルシータは聞き逃さなかった。明らかに動揺している。

 ルシータはこれを好機ととって刺客達の懐に飛び込んだ。

「!!」

 一番目の前にいた刺客はルシータの行動に虚をつかれて動けなかった。ルシータ

は木刀を躊躇無く首筋に打ち込む。

「がっ!」

 一人目を沈めると勢いに乗せてすぐ後ろにいた刺客へと接近し、柄頭で鳩尾を渾

身の力で強打する。そうして右足を起点にして体を反転させ、遠心力を伴った一撃

が右側にいた刺客のこめかみへと打ち込む。

 ほんの数秒でルシータは三人の刺客を倒していた。

(残り三人!)

 ルシータは一度体勢を整えようとその場を離れようとするがそれが隙となった。

 そこに残り三人が一斉に間合いを詰めてきたのだ。

(そんな!!)

 何とか迎撃しようと無理に体勢を整えるが一人目の剣を弾くのが精一杯で二人目

に木刀を弾き飛ばされ、三人目がルシータの鳩尾に拳を叩き込む。

「あぐぅ!」

 ルシータは壁に勢いよく激突した。そのまま崩れ落ち、立ち上がることができない。

「い……いった……い」

 涙で霞む眼でルシータは刺客達を睨みつけた。しかし空気を肺に入れようとする

だけで背中と腹に激痛が走り、もう動く事さえできなかった。

 刺客達はルシータが行動不能と理解するとレスターシャのほうに視線を向けた。

「に……げ……て……あぅ!」

 ルシータがレスターシャに何とか言葉を伝えようとしたところに刺客の蹴りが繰

り出され、ルシータは横の壁に激突する。ルシータの意識はそこで途切れた。

 邪魔者がなくなったことを悟ると刺客達は真直ぐレスターシャを見据える。レス

ターシャも黙ってその視線を受け止めているだけだ。

 しかし、刺客達はまるで蛇に睨まれた蛙のように動く事ができない。

「私を殺しに来たのでしょう? どうして来ないのかしら?」

 刺客達は完全に飲まれていた。何か得体の知れないプレッシャーによって足の自

由がまったく利かず、足が鉄にでもなってしまったかのようだ。

 そのプレッシャーは明らかに商人の一婦人の持てるものではなかった。

 そんな沈黙は次の瞬間破られた。部屋の外から爆音が轟き、絶叫が届いたからだ。

「何だ!?」

 刺客達が焦って声を上げる。だがその問いを返す暇も無くドアを蹴破って部屋に

一つの影が飛び込んできた。

「『緑』の疾風!」

 ヴァイの手を中心に台風規模の風が吹き荒れ、刺客達は部屋の家具と共に何度も

部屋の壁に激突した。その威力はセーブされていなかったために激突の威力で刺客

達は瞬時に全員絶命していた。

 魔術の効力が切れるとヴァイはすぐにルシータの所に駆け寄った。

 あのような突然の状況でも魔術の範囲からルシータを外すのを忘れてはいなかっ

たのだ。

「大丈夫か、ルシータ」

 ヴァイがルシータの上体を少し起こすとルシータはうっすらと眼を開けた。

「……ごめん、足ひっぱったね」

 掠れて、今にも泣きそうな声でルシータが言ってくる。ヴァイはやさしい笑顔を

浮かべて首を振る。

「十分役に立ったさ」

 ヴァイが言葉をかけると安心したのかルシータは再び気を失った。ヴァイは外

傷は命にかかわるほどじゃないと確認すると回復魔術をかけて床にルシータの体

を横たえた。

 そうしてからレスターシャに向き合う。レスターシャは笑っているのかいない

のか、あいまいな表情でヴァイを見つめている。

 ヴァイはその雰囲気に一瞬呑まれそうになりながら言葉を紡いだ。

「説明してもらおうか、あんたは一体何者だ?」

「何のことかしら?」

 レスターシャは平然とヴァイの問いかけに返した。まったく動揺など見られな

い。ヴァイは一旦息を吐いた後に一気に言葉で畳み掛ける。

「俺がこの部屋に入る直前、部屋の外に刺客達が固まってた。そう、文字通り動

く事ができなかったんだ。中には俺の接近を気づいている奴もいたのにまったく

動こうとしなかった。だから俺は魔術一撃で奴らを倒してこの部屋に入ってこれ

た。そしてここでも刺客は固まっていた。まるで何かに怯えるように……」

「何が言いたいのかしら?」

「あんたが……あんたから放たれる威圧感がそうさせたんだろう。ちょうど今、

俺が言葉を出そうとした時に一瞬だけ感じたあの気配。それを放っていたから刺

客達は足がすくんで動けなくなってしまった」

「私はただの商人の妻ですわ。あのような人達を震えさせるような物なんて私に

はありません……」

「なら、どうしてドアの外の刺客の数を当てる事ができたんだ?」

「!?」

 レスターシャの表情が一瞬変わる。驚愕の表情だった。

「何故分かるって? そんなものただの勘さ。だが、効果は十分だったな」

 ヴァイの勝ち誇った口調の前にレスターシャの顔が徐々に崩れてくる。そして

すぐに刺客達を震え上がらせた気配がヴァイにも襲い掛かり、ヴァイは内心驚い

ていた。

(まさかこれほどなんて……)

 レスターシャがそんなヴァイの様子を見て笑みを浮かべた。ついさっきまで浮

かべていた微笑とは明らかに違う笑み。並みの精神力なら間違いなく竦んでいた

だろう。

「大したものね、ヴァイ=ラースティン。確かに私はただの商人の妻なんかじゃ

ない。まあ、商人の妻っていうのは事実だけどね」

 レスターシャは顔と共に口調までが変わった。もう貴族の口調ではない。

「私は五年前まで《蒼き狼》のエージェントだったわ」

「話してもらおうか、今回の事態を。答えない時は……」

 ヴァイは体の中に溜まっていた闘気を一気に噴出した。レスターシャの体が震える。

 それは決して彼女が恐怖で震えているのではなく凄まじい闘気が体の細胞を震

えさせているのだ。

「分かっているわ。あなたに本気を出されちゃ、ほんの数秒で私は死んでしまうもの」

 ヴァイはルシータを抱き上げ、部屋を出る。そして隣の部屋のベッドに彼女を

横たえると静かに部屋を出た。ルシータはぐっすりと眠っている。

 二人はしばらく歩き『魔鏡』の部屋まで来るとレスターシャはヴァイのほうを

向き、話しだした。

「この『魔鏡』を古代幻獣達の遺跡から盗み出したのは私なの。それと、その頃

ちょっと組織に私は不信感があって反発していたわ。そしてある時、ついに我慢

できなくなってこの『魔鏡』を持ち出して逃げ出したわけ」

「それを取り返しに来たっていうのが今回の真相か?」

「ええ、そんなところよ。でもあいつ等は私が元《蒼き狼》だなんて知らなかっ

たようだけどね」

 レスターシャは言いつつ魔術結界に守られている『魔鏡』を見て微笑んだ。だ

がその笑みは寂しさに包まれていて、ヴァイは先ほどまでの怒りが薄れていくの

を感じていた。

「だが、何故今までは刺客が来なかったんだ?」

 ヴァイは自分を奮い立たせるように少し大きな声で詰問した。目の前にいる女

は自分が追ってきた憎き組織――《蒼き狼》の初めての明確な手がかりなのだ。

「カイオルスは十分利用価値があった。彼はこの世界の古美術商の中心といって

もいい存在よ。彼は彼しか知らないネットワークを使って『古代幻獣の遺産』を

次々と自分の元に集めていった。私が常に彼と一緒にいれば彼を殺さずに私を仕

留めるなんて不可能……」

「だからカイオルスは殺されたのか……」

 ヴァイの言葉にレスターシャの眼光が鈍い光を放つ。ヴァイは不思議な気持ち

がしたが、放たれる殺気にひるまずに真直ぐレスターシャの瞳を見据えた。

「まあ、終わった事はもういい。言いたい事は分かった。とりあえずカイオルス

が生きている間は襲われる心配は無かったというわけだ。それでは、本題に入ろ

う……。《蒼き狼》の組織構成、要員の数、命令系統、誰が仕切っているのか?

答えてもらうぞ」

「知らないわ」

 ヴァイは一瞬レスターシャが言ったことを理解できなかった。それが次第に脳

に浸透してくると思わずレスターシャの胸倉を掴んでいた。

「知らないはずは無いだろう!! あれだけ世界各地に散らばっているメンバー

を統率できているのはどういうことなんだ!!」

「知らないわ。私は一構成員であって他のメンバーがどうなっているかなんて情

報は入ってこないもの。まあ、組織を仕切っている存在は知っているけど」

「誰だそれは!」

「私達、というかその存在は《枢密院》と自分達の事を呼んでいるわ。そう、院

というからには何人かで構成されているに違いない。そこが何らかの方法を使っ

て私達の頭に直接指令と情報を送ってくるの」

「頭に……直接情報を!!」

 ヴァイは思わず大声を上げてしまった。レスターシャがその様子を見て不思議

そうに尋ねる。

「何か心当たりがあるの?」

「……それは間違いなく魔術さ。それも、かなり高度の」

 人の頭に直接情報を与えるということは炎を具現化したりといった魔術よりも

はるかに高度で難しい。

 それも世界中に届くまでの力となるとこの世界で一、二を争うほどの実力があ

るということだ。

「聞こえてくる声は同じだったり違ったりするけど、私が今まで聞いたのは三人

の声だった。そんな高度な魔術を使える存在が少なくとも三人いるという事なの?」

「いや、そうとは限らない。一人使える人がいればその人を媒体にして自分の考

えを伝える事ができる。だが……」

 ヴァイは正直ここまでの組織だとは思っていなかった。《蒼き狼》はヴァイの予

想を越えてかなり驚異的な組織のようだ。

 命令を伝える者はどこにいるか分からない。構成員は顔をまったく見ていない。

一方的に情報を伝えられて任務をこなすだけ……。

「じゃあ、どうやって手に入れた物を渡す? あと、あなたは存在も希薄な組織

にどうやって入る事ができたんだ?」

「手に入れた物は最初に指令を受けた時に指定された場所に置いておくの。おそ

らくその場にいれば《枢密院》の一人でも目撃できたんでしょうけどそんな事を

したら消されるのがおちよ」

「あなたはどうやって《蒼き狼》に入ったんだ?」

「突然来たのよ、スカウトが。頭の中に直接声が響いてきてね。おそらく他の構

成員達も同じような方法でスカウトされたんだわ、でもあいつは違うはずよ」

「あいつって……」

「<クレスタ>よ。あいつは多分《枢密院》の誰かと接触しているはず。もし、

《蒼き狼》を本気で知りたいのならあいつに聞けばいいわ。来たんでしょ」

 レスターシャは面白がるようにヴァイを見つめる。ヴァイは顔を少し苦々しげ

に歪ませつつ答えた。

「そうだな……あいつは俺が殺さなくてはいけないからな……」

 ヴァイにはレスターシャの言葉の最後のほうは聞こえていなかった。過去の因

縁がある相手……。

 ヴァイは自分の奥から深い憎悪が湧き上がってくるのを感じていた。

 だがそんな炎はレスターシャの手がヴァイの手に触れてきた事により霧散していた。

 戸惑うヴァイの顔にレスターシャは顔を思い切り近づける。お互いの鼻先が触

れあい、ヴァイは体が硬直して動けなくなっていた。

「さあ、次はあなたの番よ、ヴァイ。何故あなたは《蒼き狼》を追っているの?

この世界の最強部隊、《リヴォルケイン》の中で最年少にして歴代最強の称号を

持っていた男。ヴァイス=レイスターがどうしてこんなところにいるのかしら?」

 ヴァイはレスターシャの言葉が終わると同時に顔をこわばらせ、レスターシャ

を突き飛ばした。小さく悲鳴をあげてレスターシャは床に倒れる。ヴァイはしば

らくレスターシャを睨んでいたが不意に視線をそらすと呟くように言った。

「その名は口にするな。そいつは六年前に死んでいるはずだ」

 レスターシャはその言葉を聞き、顔に背筋も凍るような凄絶な笑みを浮かべな

がら立ち上がる。

「そうね、ヴァイス=レイスターは六年前《蒼き狼》のエージェントが王都ラー

グランに潜入した際に死亡したとなっているわ。でも違う、あなたはここにいるもの」

 レスターシャの視線とヴァイの視線が絡み合う。しばらくして視線をそらした

のはヴァイのほうだった。

「ああ、そうだな。『その男』の事はよく知っている。知りたいなら教えてやるよ。

そいつが《蒼き狼》を追うようになった理由をな」

 ヴァイは静かに語りだした。遠い過去のことを。

 その事実を再確認するかのようにゆっくりと……。



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