THE LAST DESTINY

 第五話 嵐の前の――――――


 フォルドの街中を馬車が駆けていく。ライアスは町並みに視線を移している。
 そしてしばらく行ったところでライアスはリーシスに問いかけた。
「リーシス王子、魔族はやはりフォルドにも?」
「ええ、魔王復活の予言がなされてから急に………」
 リーシスは顔を少し曇らせる。少しの間気まずい沈黙が流れる。不意にリーシスがライアスに問いかけた。
「ライアス様。あなたは何のために闘うのですか?」
「この眼に映る人を守りたいからです」
 ライアスはきっぱり即答した。その早さに思わずリーシスは苦笑する。ライアスはいぶかしげにその様子を見る。
「いや、失礼………気がゆるんでしまいまして」
「はあ………」
 ライアスはやはりよく分からないがふと、思い出したようにリーシスに言う。
「リーシス王子、俺に『様』なんてつけないでください。なにかむずがゆくて………」
「ええ、僕もむずがゆいです」
 リーシスが言ったとたんライアスも笑った。それにつられてリーシスも笑う。ライアスは思った。
(………王子だからといってこの人も特別じゃない、同じ人間なんだ)
「フォルドの魔人」などと言われているためにライアスは気後れしていたのだが、それが無駄なことだと知り楽になった。
 言葉を交わしている内に城が見える距離まで来ている。
 高い城壁に城の敷地の四隅に見える切り立った塔。中央にはひときわ大きな建物があった。
 馬車は城の入り口へと吸い込まれていった。


 ライアスは玉座の間に通されるとしばらく待たされた。女王陛下はこのところ体調が思わしくないので休んでいるのだという。
 十五分ほどして玉座の奥にある扉からリーシスとリアリス、そしておそらく王女なのであろう少女が出てきた。
 リアリスと同じような艶やかな黒髪まだあどけなさを残しつつも、もう二,三年経てばより美しくなるような容姿をしている。
 頭にはリアリスと同じような王冠をかぶり、首には十字架の首飾りをかけていた。
 リアリスは二人に支えられながら玉座についた。
「よく来ましたね、ライアス。私がフォルド公国女王リアリスです」
 リアリスの声は優しく、ライアスは包み込まれるような感じを受けた。
「ディシス様により使わされたライアス=エルディスです」
 ライアスは片膝をつき頭を下げて言った。リアリスはその様子に苦笑を浮かべながら言う。
「そんなに固くならないで楽にしてください」
「はい。では」
 ライアスは立ち上がり、リアリスを見つめる。
(不思議な感じだ………)
 リアリスの姿を見ると何故か心が安らかになってくる。まるで幼い頃に戻り母親に抱かれているような感覚だ。ライアスは思った。この人は「人類の女王」にふさわしく国民、いや、人類全てにこの母親が子を慈しむような感覚を与えているのだろう、と。
「紹介がまだでしたね。リーシスのことはもう知っていますよね。そしてこの子が私の第二子、私の跡を継ぐ王女エリーザです」
 エリーザといわれた少女はドレスの裾を上げてライアスに礼をする。ライアスも併せて頭を下げた。ライアスの眼にはエリーザが酷く恥ずかしがっているように見えた。
「あなたが探している「宝玉」ですが、この街の少し北にある森の聖堂に保管されています。そこは結界によって魔族を入れないようにしています」
「なら、すぐそこに行かせてもらいます」
 リアリスの言葉が終わるとライアスは一礼してその場から立ち去ろうとした。
 それをリーシスが止める。
「今日はもう夕方になる。このまま行くと森に着くのは真夜中だ。城に今日は泊まっていくといい」
「そ………そうで、す。そうなさって下さい」
 リーシスとエリーザがライアスへと言ってくる。
「しかし………」
 ライアスは渋ったが、リーシスと、何故かエリーザの懇願に遂に負けて、城に泊めてもらうことになったのだった。


 ライアスが通された部屋は広く小綺麗でライアスは落ち着かなかった。今まで十六年間生活してきてこのような部屋に泊まれるなどとは少しも思わなかったのだ。ライアスはベッドに横になりしばらく昔のことに思いを馳せていた。物心ついたときからディシスの元でラルフと共に修行の毎日、それ以外の時間は他の子たちと一緒にいろいろと遊んだりもした………。次々と過ぎていく思い出の中でライアスの思考はある女性のことで止まった。
「レイナ………」
 無意識のうちのその女性の名を口にする。レイナ=メルビス………ラルフと同じく小さいときからいつも一緒にいた人だった。ライアスとラルフがディシスの元で修行をしている間レイナは村に一番近い街へと剣術の修行に出かけ腕を磨き、十五歳になった頃にはライアスやラルフに負けないぐらいの剣の使い手になっていた。そしてライアスたちが十五歳になって半年ほどたったある日レイナは父親と共にネルシス共和国へと行ってしまった。
 レイナの父親はネルシス共和国の元近衛騎士団長で、引退してから妻と共に隠れ里にきてレイナを育てていたが、それはレイナが十五歳になったときネルシス共和国の新しい近衛師団長に据えるようにと国王の命を受けていたのだ。ライアスの記憶はレイナがネルシスへと行ってしまう前日の夜に会った場面で止まっている。


(どうしても行くのかい………)
(……うん………)
(ずっと一緒にいて欲しいって言うのは………やっぱ虫が良すぎるよな………)
(ライアス………)
 レイナはライアスに口づけをした。しばらく二人の時が止まる。少ししてレイナは言う。
(もっともっと私は強くなって、ライアスにふさわしい強さが身に付いたら………きっと戻ってくるよ………)
(いつまでも待ってる………)
 そして二人は月明かりの中しばらく抱き合っていた………。


 扉を叩く音が聞こえる。ライアスはいつの間にか眠ってしまったようだ。ゆっくりと体を起こしまだ夢うつつからさめない頭を何度か振る。
「ライアス様、お食事の用意ができました」
 ライアスが答えようとドアを開けるとそこにはエリーザが立っていた。
「エリーザ王女………」
 ライアスはいささか面を食らっていた。てっきり城の女中などが呼びに来ているのかと思ったからだ。思わず、
「どうして………」
 などと呟いてしまう。エリーザはその様子を満足げに見ながら答える。
「私がお願いして呼びに来させてもらったのです」
「そうですか………」
 ライアスはまだ少し寝ぼけているのか、と頭を振る。エリーザはそんなライアスを意に返さずに連れ出す。
「さあ、行きましょう」
 エリーザの顔にはまぶしいくらいの笑顔があった。


 翌日、早速ライアスは馬車をあてがってもらい「宝玉」のある聖堂に向かった。
 そこは馬車で行くと半日ほどかかるというのでライアスは朝早くに出発した。
 その様子を遙か遠く、ゴルネリアスから「見て」いる魔族がいた。フェリースである。
 その顔につけている眼帯のようなものには、遠く離れたライアスの姿が映っている。
「あれがオーラテインの戦士か………まだ覚醒はしていないようだけど………手はうっておきましょうか」
 フェリースは近くの魔物にライアスを殺すように命じると魔物はすぐに消える。
「もうそろそろ頃合いね………」
 フェリースは今度はフォルドに視線を移す。計画を立て確実に目的を遂行しようとするのがフェリースのやり方であり《ライデント》のある場所を探すのに少し時間がかかっていたのだ。フェリースは魔王の城の門前に立つ。すでに何千もの魔物がそこにひしめきあっていた。
 フェリースはそれらに向かって叫んだ。
「これより、フォルドを攻略する!」
 その声に答え魔物達の咆哮がゴルネリアスを揺るがした。




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