THE LAST DESTINY 第五十二話 終焉 亜空間の口は灰と化したギールバルトとライアスを飲み込んだ後閉じ、そこには何も無かったかのごとくぽっかりと現実の空間が広がっていた。 即ち、ギールバルトの力によって具現化されていた魔王城その物がゴルネリアスから消えていた。 魔王城があった場所には倒れている影が三つ。 ジェイル、レイナ、リーシスの三人が横たわっていた。 その他に生命の、いや、あらゆる者の気配を感じる事はない。 三人が倒れているそばには大きな大砲が崩れ落ちている。 魔族の最終兵器、『ゼロ・カノン』 それが使われる事はもうない。 世界は救われたのだ。 四人の戦士達によって。 「う………」 リーシスが軽い眩暈を感じながら体を起こす。 そこに雪が降って来た。絶望の大陸に降る雪。 リーシスは周りを見回すが思考は働いてはいなかった。 もうしばらくは何も考えたくはない。 だがリーシスは直感的に悟っていた。 どのような事が起きて魔王が滅びたのか、ライアスは………。 リーシスは声を出さずに泣いた。 手で顔を覆いその場に蹲る。雪がそんなリーシスの体を包み込んでいった。 そこは荒野だった。 以前はまだ緑があったというのに、今は全てが死に絶えている。 巨大な岩の残骸と呼べるだろう、粉々になった物が地面を埋め尽くしている。 中心部には一本の剣が突き立っていた。 この地を襲った大崩壊の凄まじさが見えるにも関わらす、その剣は煤汚れているだけで刀身にも柄にも破損は無かった。 死の土地と化したその場所に一陣の風が吹く。 風はやがて一箇所に集まり、徐々にその姿を一定としていった。 数分の後、そこに現れた人影は剣を見つけると近寄っていく。 柄に手を伸ばし、一瞬動きを止めた後に引き抜いた。 その瞬間に刀身が輝きを増す。 「終わった、か」 人影―――ヴァルフィードは悲しそうに、しかしどこか安心したように呟いた。 「人間は………あなたの試練に見事打ち勝ったと………」 ヴァルフィードは空を見上げて呟き続ける。 まるでそこにいる誰かに話しかけるように。 「人間は………『最後の運命』に勝ったのです」 ヴァルフィードの瞳から涙が零れる。 彼には分かっていた。 自分の役割がようやく今、終わった事に。 全てが、終わった事に。 「―――勇敢に戦い、そして死んでいった彼等に追悼の意を表します」 リアリスは眼下に集う人々の前で言葉を終えた。 後ろにはリーシスとエリーザ、そしてレイナが控えている。 彼等の顔は悲しみに満ちていた。 「ジェイル=ウォーカー。そしてラルフ=コードウェルに黙祷」 リアリスの黙祷に群集も従う。 リーシス達も同様だ。 それからしばらくして合同葬儀が終了した。 夜空には星が瞬いていた。 流れてきていた魔気も完全に消えて、久しぶりに見る星空に、街の人々は歓喜の声を上げていた。 そんな中、王座の間にはリアリスとリーシス、そしてレイナがいた。 「………ありがとう、ございました」 レイナがリアリスへと謝辞を述べる。リアリスはその辛そうな顔を見て心を痛めた。 「私がかけることができる言葉はありません………。私は何もできなかった。あなた達が苦しむのを見ているしかなかった。」 リアリスの頭が下がる。その出来事に一番驚いたのは他ならぬレイナだった。 「そんな、頭を上げてくださいリアリス様。私は、ラルフの葬儀ができただけでも満足です」 大丈夫なわけが無かった。それをリーシスも十分理解している。 レイナにとって大事な幼馴染み。そして大事な恋人。 二人がこの戦いで失われた。 今、こうしてこの場で普通に話していられるだけでも強い精神力だ。 「後は、ラルフの墓の事だが。やはり生まれ故郷のあの村が良いだろうな」 リーシスはこれ以上辛い顔を避けるために話題を次に進めた。 「ええ。死体も無いから、せめてお墓だけでも………」 「遺留品はある」 その声は横合いから聞こえた。 即座にリーシスは構えを取って声のした方向へと眼を走らせる。 「………お前は………」 腰まである金髪の男。白いローブからは高潔な感じを受ける。 しかしリーシスは男の持つ異様な気配に警戒心を高めた。 それも横からの声で消える。 「―――ヴァルフィード!!」 レイナは驚愕に声を高めた。レイナの口から洩れた神の使いの名に、その場にいる他の人達は呆気にとられた。 「あなた、どうして―――」 「私は神の使い。神の命が消えない限り、私の命も消えることは無い」 レイナの言葉を遮ってヴァルフィードは端的に説明した。 それから腰にさした剣を鞘ごと突き出す。 「『神龍の牙』………」 差し出されたそれをレイナはしっかりと受け取った。そして涙が零れ出す。 「お前達を救い、世界を救うに貢献した男の剣だ。丁重に墓に供えてあげるがいい」 ヴァルフィードは泣き崩れるレイナから眼をリアリスへと向けた。 リアリスはヴァルフィードの瞳をしっかりと見つめて言葉を紡ぐ。 「あなたが、ヴァルフィード様………神の使いでしたか」 「フォルド公国女王の任。ご苦労であった」 その言葉には心からの感謝があるようにリーシスは思えた。 「あなたが最後に皆に道を示した事。それがこの勝利に繋がったのだ」 ヴァルフィードは開いているベランダを見る。 人々の祭りの喧騒が聞こえてきているかのようにヴァルフィードは眼を嬉しそうに細めた。 「全世界に映像を送る技術は長年ネルシスが開発してきた技術の集大成。私だけの力ではありません」 「そう。皆の力」 ヴァルフィードは再びその言葉を繰り返した。リーシスは心に引っかかるものがあったがあえて訊こうとはしない。 「次代の世界はお前達が創る。古き者は退散する事にする」 そう言うとヴァルフィードの姿が徐々に消えていく。 リーシスはその姿に問い掛けた。 「何故、神はオーラテインにあのような制約をつけたのですか! オーラテインは使用者を不幸にするために生まれたのですか!!」 ヴァルフィードの姿が完全に消える。リーシスは呆然と立ち尽くすが、そこに声が聞こえた。 【その答えを、全ての答えを、お前はもう知っているのではないか? もし分からなくても、語るべき者がいずれ語るであろう】 その声を境に気配は完全に消えた。 残るは静寂だけ。 リーシスは天井を見上げて呟いた。 「次代は僕達が創る………か」 激しい音と共に花火が上がる。 魔族の脅威がなくなったことに対する人々の歓喜の形。 ベランダから見える花火を瞳に映していた。 何も、言葉を発する事無く。 暗い部屋の扉が開く。 レイナはその部屋の生活感の無い空気を感じて顔をしかめた。 明かりをつけて部屋の主の姿を確認する。 「ただいま、ティリア」 レイナはベッドの端まで寄っていって座り込んだ。 手はしっかりとティリアの手を握っている。 「帰ってきたよ。魔王を、魔族を倒して。約束通り―――」 そう言いかけてレイナは言葉を詰まらせた。 瞳の奥からこみ上げてくる感情の形を必死に押さえ込みつつ言葉を続ける。 「ティリアが眼を覚ますまで、私が世話をするね。だから………」 そこまでだった。 レイナは涙を流して嗚咽する。 「だから・・・・・・早く目覚めてよ・・・・・・。私だ・・・けじゃ・・・・・・」 レイナはティリアの手を握って自分の顔へと押し付けた。そこが涙に濡れる。 「ラ・・・ライアス・・・・・・ライ・・・ア・・・・・・ス・・・・・・っ!!」 ―――全てが闇に包まれても、何も、見えなくても大丈夫。 あなたがいれば、どんな闇も晴らす事ができる。 あなたが私の光なのだから。 あなたの傍には、こんなにも光が満ち溢れているのだから――― 溢れる感情。 嗚咽は長く続いていた。 永遠に続くかと思えるほどの時間。 ティリアの手は動かない。 外部からの刺激に答える事は無い。 しかし瞳からは微かだが涙が浮かんでいた。 頬を伝わり、シーツへと落ちる。 「ライアスーっ!!」 レイナの悲しみの叫びを止める事は、もう誰にもできなかった。 こうして魔族との戦いは終わりを告げた。 多くの人々の心に次代の希望を。 数人の人々には深い絶望を与えて。 (暖かい) まどろみの中、自分を包む柔らかなものに気付き、ゆっくりと眼をあける。 黄金の光。 自分を包む黄金の光。 しかし外側は深遠なる闇。 前方に同じような光に包まれた物がある。 (誰だ?) そう訊こうとして気付く。 自分も名前が分からない事に。 何か強い衝撃を受けたかのように頭が痛い。 《ゆっくり、思い出せばいい》 前方の光が近寄ってきた。 《そして話してあげよう。全てを》 柔らかい、全てを安心させる口調。 体の力を抜き、その言葉に耳を傾ける。 《私はアルティメイヤ。世界を創造した者》 アルティメイヤは話し始めた。 話し掛けている相手の事。 そして今までの全ての事を………。 ゆっくりと、ゆっくりと。 とうとうここまで書き終えました。 次回が最終回です。 いろいろといいたい事はその時に。 ここまで読んでくれた人に本当に感謝します! |