THE LAST DESTINY 第五十一話『最後の運命』 老人は空を見上げた。 何気ない動作だったが、次の瞬間には体を硬直せざるを得なかった。 空に映る、明らかに別の映像。 そこには人が映っていた。 世界の誰もがその姿と名を知っている。 いつのまにか老人の周りに人々が集まってきていた。 老若男女問わず、その街にいる全ての人々が一斉に空を見上げていた。 【私は………フォルド公国女王、リアリスです】 空に投影されたスクリーン。 そこからは確かに女王、その人の声が響いていた。 そこは完全なる暗闇だった。 少し先でさえ、そして自分の体さえほとんど見えない状態のまま、リーシスは何とか様子を探ろうと全神経を集中していた。 しかし、それもむなしく闇は全てを飲み込んでいく。 「どこだ、ここは………?」 この完全なる闇の中でリーシスは自分の姿を何とか見ることができた。 どうやら自分を包み込んでいる球体が淡い光を放っているようだ。 この球体に閉じ込められて自分はここにいるらしい。 「皆は………、ライアスは………?」 リーシスは内心かなり焦っていた。 シュタルゴーゼンを倒した直後に気を失った事までは覚えている。 気を失う前になにか青白い球体が見えた事も脳裏に記憶している。 「とにかく分かっている事は………」 リーシスは考えようとしてやめた。 今、この状況で自分ができる事は何一つないという事を改めて思い知ったからだ。 この球体を内側から破壊する事は今の自分にはできない。 できたとしても、外の空間が人体にどのような影響を及ぼすのかまったく分からない。 下手に外に出ると生命の危機に晒されるかもしれない。 「くそっ………」 リーシスは自分の無力さを責めた。同時に思う。 「ライアス………頼む」 リーシスは全身全霊をかけて祈った。 今の自分の無力さを払うように熱心に。 リーシスの体から流れていく『何か』を確認できないまま………。 「やはり貴様はヒルアスの体を乗っ取っていたんだな」 「そうだ。この男の弱さにつけこんでな」 『魔王』―――ギールバルトは《ヴァイセス》を瞬時にライアスへと振り下ろす。 ライアスはその一撃をその場でしっかりと受け止めた。 「『最後の運命』………そんなもの、俺が変えてやる! 今度こそ貴様を滅ぼす!!」 ライアスは《ヴァイセス》を払いのけそのまま突進した。 「疾風斬!!」 眩い光をまとい、ライアスがギールバルトへと突進する。 「おおおおおお!!」 ギールバルトも体に黒い光を纏って『疾風斬』を迎え撃つ。 耳障りな音を立てて衝突した後にお互い後方まで弾き飛ばされて着地―――。 「閃光烈弾!!」 「小賢しい!!」 間髪いれずにライアスの放った光の球をギールバルトは全て迎撃した。 そこにできた噴煙にまぎれてライアスはギールバルトに接近すると、超高速の斬撃を繰り出す。 「甘いわ!!」 ギールバルトはがっちりとその斬撃を受け止める。 その音だけで空間が軋む。武器とその持ち手、両方がかなりのレベルでなければ衝撃に耐えきれずに自分の体を反動で傷つける事になるだろう。 「ここからだ!!」 ライアスは受け止められている状態から体を高速回転させて反対側から剣を繰り出した。 それをギールバルトは再び受け止めようとする。 しかしライアスはオーラテインの軌道を変えて、胴体から足元を狙って斬撃を放った。 ギールバルトはそれも半歩後ろに下がるだけで躱す。 だがそれこそ、ライアスの待っていたタイミングだった。 「ヴェルムスト・クエイク!!」 オーラテインを起点にした重力波が魔王を包み込み、体の自由を一瞬だが奪う。 ライアスにはそれで十分だった。 「破邪剣聖滅殺!!」 その一瞬の間にオーラテインに蓄積されたライアスの気は、爆発的な威力を持ってギールバルトへと振り下ろされる。 ギールバルトの反応も遅れて、《ヴァイセス》の防御を抜けた。 (殺れる!!) ライアスが勝利の手ごたえを感じた瞬間、ギールバルトの姿が掻き消える。 気配は刹那の間にライアスの後ろに移動していた。 「終わりだ!!」 《ヴァイセス》がライアスの無防備な背中へと放たれる。 しかしライアスもギールバルトと同様に姿を消していた。 ギールバルトと違うのは後ろではなく、少し離れた場所にその姿を現した事だった。 「流石だな………。先祖譲りの神速だ」 「やはりか………」 ライアスはすぐに理解できた。 ライアスの持つ神速、それは先祖であるヒルアスの持っていた能力だった。 だからギールバルトにもそれが使える。 あの一瞬を回避できるのはまさに神速のなせる技だった。 全世界の空に投影された映像。そこから声が流れる。 【今、『絶望の大陸』ゴルネリアスで人類最後の戦いが繰り広げられています。】 リアリスの言葉にその場にいるものは動揺を隠し切れない。 「おい、じゃあ今闘っている奴等が負けたら俺達は終わりって事か!」 「一体どうなっているんだ?」 「………」 次々に不安を口にする人々。 怯えてその場で震える人々。 諦めて絶望に顔を歪める人々。 そこにはヒルアスが望まなかった、他力本願な醜い群衆が広がっていた。 【これが………その光景です】 リアリスが言うと同時に空に映った映像が変わった。 「くそ! この!!」 もう何度『雷光刀』を振るったか分からずに、レイナは自分を包んでいる球体へと斬撃を振り下ろしていた。 しかし『雷光刀』は球体を傷つけずにすり抜けていくだけだった。 「どうしてよ………、どうして斬れないのよ!」 レイナは自分が受けたダメージによる疲労も感じさせずに、涙を溢れさせてしきりに『雷光刀』を振るった。 ただ一つの想いのために。 「ライアスの所に帰るんだ! 絶対!!」 周りは真の闇に染まっていて何も見えない。 『雷光刀』を振る事によって起こっているはずの風斬り音さえも。 風が存在していないだけかもしれないが………。 「ライ…ア………ス」 終にレイナは体力の限界により『雷光刀』を落とした。 涙で視界が曇る。 「ライアス………勝って! 絶対に………」 レイナは最愛の人の勝利をただ願って、涙を流しながら祈った。 その体から出てくる『何か』を確認する事はできずに………。 「もうそろそろ飽きたな。これから人類抹殺という仕事が待っているんだ。この戦いも終わらせようではないか」 ギールバルトはそう言って《ヴァイセス》を正眼に構えた。 そこに魔気が爆発的に凝縮されていく。 「………」 ライアスは言葉を返さずに―――返す余裕が無く―――オーラテインを構える。 「お互いが納得のいくやり方でな」 ライアスはギールバルトの意図が理解できた。 オーラテインの真の力を自分の全力で押さえ込もうというのだ。 ライアスは何か違和感を感じながらも、オーラテインを正眼に構えて意識を集中した。 「オーラテインよ………」 オーラテインにこれまでにない力が結集し始める。 《ヴァイセス》に集まる魔気との影響で、二人を包んでいる空間自体が歪み始めた。 「全ての力を解放せよ!」 オーラテインが輝きを増していく。 反対に《ヴァイセス》は闇よりもなお暗くなっていった。 「これが最後の一撃だ………」 ライアスがギールバルトにオーラテインを叩きつけた。 ギールバルトは《ヴァイセス》で受け止める。 その瞬間に生じたエネルギー波で空間の歪みが一層大きくなった。 空間がその形を保てなくなっているのだ。 凄まじい程のエネルギーの中でライアスと魔王は鍔迫り合いを続けている。 「やはりな………」 「くっ………」 ライアスの顔に焦りが出た。魔王は少しづつだがライアスを押し返している。 「やはり、オーラテインの力は不完全だ。それでは私は倒せんよ!! お前がここまで来た事も無駄になる!! おまえが犠牲にしてきた者達もなぁ!」 魔王の言葉にライアスは押される。 思い浮かぶのはラルフやディシスの顔。 自分の命を使ってまでオーラテインに力を与えた者達――――――。 (どうしてだ!!) ライアスは歯を食いしばりながらギールバルトからの圧力に耐えている。 (どうして、オーラテインは完全じゃないんだ! 何が足りないんだ!!) ライアスの口から血が滴り落ちる。 徐々に迫ってくる絶望感に精神が犯されていった。 そこに現れたのは、今、正に最後の一撃を交わそうとしていたライアスとギールバルトの姿だった。 人々の間に恐怖の叫び声が上がる。 二人が激突し、あまりの激しい衝撃のために映像が歪む。 それでも、ライアスの苦痛に歪む顔は理解できた。 それだけで人々がどういう状況なのか理解するには充分だった。 【この者は大切な人々を失いながらも今、こうやって魔王・ギールバルトと闘っています。 『オーラテインの戦士』だから、神に選ばれたものだからという事ではなく、自分の意志で】 リアリスの声にはライアスへの懺悔の気持ちが含まれていた。 自分達が何もできずにこの場にいる事への。 その悲痛さはこの映像を見ている全世界の人々にも充分通じた。 【今こそ我々は想いを一つにする時なのです。魔族という脅威から身を守るのは、平和を勝ち取るのは、神でも特別な戦士でもありません。それは私達自身なのです】 「………がんばれ」 親に手を引かれていた子供が呟いた。 空に映る映像が何を表しているのかも分からない子供が、その姿を見ただけで言葉を発する。 「頑張れ………」 少女は胸の前で掌を組み合わせて祈る。 「負けるなー!」 少年がライアスへと拳を掲げて激を飛ばす。 一つ一つの声が群集へと波及していき、やがて一つの大きな波になる。 少年から少女へ。 子供から大人へ。 そして、全世界へと。 "負けるな" "勝って!!" "俺達は、魔族なんかに負けないぞ!!" 人々の体から、何かが流れていく。 人々はそれに気付かずに口から血を滴らせるライアスへと叫んでいた。 (もう………) ライアスの精神は風前の灯だった。 完全にギールバルトの暗黒面にとらわれてしまっている。 「これで貴様も終わりだ!! 無に消えろぉ!!!」 ギールバルトが《ヴァイセス》に更に力を送り込もうとしたその時、ライアスの耳に声が聞こえた。 普段なら絶対に聞こえない声。 ギールバルトにも、その声は入らなかっただろう。 ライアスにだけ聞こえたその声はライアスの心を瞬時に浄化していた。 オーラテインが前以上の輝きを取り戻す。 「俺は! 負けるわけにはいかない!!」 オーラテインもまた前よりもさらに強大な力を発揮する。 ギールバルトは驚愕の表情を浮かべた。 「馬鹿な!? オーラテインの力はさっきまでが限界だったはず!」 「それは貴様に答える必要はない………!」 ピシッ! と何かに亀裂が入る音が、轟々と鳴るエネルギーの本流の中に響いた。 それは《ヴァイセス》の刀身から聞こえた。 《ヴァイセス》に亀裂が入っている。 そしてそこから派生して徐々に亀裂が広がっていった。 「これで終わりだ、ギールバルト。これからの世界は人間達が変えていってくれる。貴様は―――過去の亡霊は滅びろ!」 《ヴァイセス》が粉々に砕け、オーラテインがギールバルトの体へと食い込む。 想いが――― 「破邪!」 皆の想いが――― 「剣聖!」 『運命』を変える刃となる――― 「滅殺っ!!」 オーラテインはギールバルトの体を上下二つに切り裂く。 直後に、行き場を失った魔気の波動とギールバルトの絶叫がライアスを直撃して吹き飛ばした。 《オーラテイン》と《ヴァイセス》という二つの強大なエネルギーのぶつかり合い。 そしてギールバルト消滅の衝撃によりライアスのいた空間は完全に破壊され、ライアスはそのまま空間の間隙に落ちていく。 その刹那、ライアスの口は確かにこう動いていた。 安らかに眠れ、ヒルアス 全てが、飲み込まれた。 |