THE LAST DESTINY

 エピローグ 〜新しい世界へ〜


 少女は自分の意識が徐々にはっきりしていくということが自分の頭の中に浸透していくのを感じていた。
 その事を自覚していく過程でまず、自分の右手を動かしてみる。最初は手を握ったり広げたりする。ゆっくりと、確実に、手が動く事を確認すると次は反対の手を同じようにする。
 次は意識の覚醒。長い間無くしていた物を甦らせるにはそれなりの労力を必要としていた。
 悪戦苦闘しながら―――実際彼女はそんな事を感じてはいないのだが―――何とか意識を睡眠状態から覚醒状態へと持っていく。
 そして彼女は目を開いた。
 起き抜けには眩しすぎる光が目へと入ってくる。
 少女はだるさが残る腕で目をかばいながら上体をゆっくりとベッドから起こした。
(どこだろう………?)
 少女は部屋を寝ぼけ眼で見回した。
 シンプルなデザインの寝室。
 ベッドは少女が使っている物の外にもう一つ隣にあり、二つある窓の内、少女の寝ていたベッドの近くにある窓は空いていた。
 そこから太陽の光と虫の鳴き声が入ってくる。
 少女はゆっくりとベッドから降りる。
 どのくらい寝ていたのか少女には記憶はないが、かなり体の自由がきかない。
 体全体を覆うだるさを何とか我慢して窓の縁へと歩み寄り、手でしっかりと掴んだ。
 そこから見える光景は数件の家、その奥にはうっそうと茂った森が続いている。
(私は…誰で……どうしてたんだっけ……?)
 少女は軽い記憶喪失になっていた。何故こんなに体がだるいのか、何か大切な事を忘れているのではないか、その他にいろいろと情報が交錯してうまく記憶を辿る事ができない。
(うーん………!?)
 そんな少女の思考を途切れさせたのはドアの外から来る足音だった。
 記憶はなくても体に備わった防衛反応は残っている。少女は壁に体を預けて何とか構えようとするがうまくいかない。そうこうしている内にドアが開かれた。
 入ってきたのは女性だった。
 透き通るような黒髪を腰の部分まで伸ばし、服はよくある村人の装束だった。
 だがその女性が着ているとまったく別のものに見える。
 それほどその女性は美しかった。
 その女性は立っている少女を見て体を一瞬硬直させた後、瞳に涙を浮かべながら少女に話し掛けた。
「おはよう、ティリア………」
「……レ…イナ……?」
 少女―――ティリアはその女性―――レイナを見たとたんに記憶が急速に戻っていくのを感じた。ネルシス共和国で出会い、共に旅をした数ヶ月の事を。
 全ての記憶がティリアの元に戻ってきた。
「レイナ………髪、伸ばしたんだ………」
「うん………」
 二人はそのまま無言で歩み寄り抱き合った。


 季節は既に夏へと入っていた。魔族の消滅から早半月。
 人々はほぼ活気を取り戻し、フォルド公国が代表して定めた法によって地域間の紛争も徐々にだが減ってきている。
 人々の一人一人が争いの愚かさに気づき、真に平和を望むようになってきているのだ。
 レイナはティリアに今の世界の状態をそう説明した。
「ライアスは………」
「………」
 ティリアの問いにレイナはしばらく沈黙した後に答えた。


「皆で帰ってくるっていったのに………」
 レイナはベッドに腰掛けたまま顔を覆った。何とか涙が出るのを止めようとしている。
「………リーシスは今、何をしているの?」
「リーシスは………今、フォルドを中心とした総合国家建国の準備でもう連絡をとっていないわ。彼は彼でライアスとの約束を果たそうとしている。
 人々が住みやすい世界を作るっていう約束を」
「レイナは何を約束したの?」
 レイナは顔を上げてティリアに向けて微笑んだ。
「あなたの世話よ。そして………私との結婚」
 ティリアはレイナの手を力強く握った。体力が落ちているためにあまり強い力ではないがその手は確かに力強かった。
「なら、信じなよ。ライアスはきっと約束を守るよ」
 ティリアの眼は綺麗に澄んでいた。かつて自分が好きになった人を心から信じている者が持つ眼。レイナは本当に心から言った。
「ありがとう………」
 その時、風が開いている窓から吹き込んできた。
 レイナはその風に何かを感じ、窓から身を乗り出す。
 そして目を見開いた。
 そこには自分が待ち望んでいた光景があったからだ。
 空から降りてくる、黄金の光。
 その中心には人影が映っていた。
 それは紛れもなくライアスだった。
 鎧はなく、全身ぼろぼろだが目線はしっかりとレイナを見つめている。
 やがて地上に降り立つと黄金の光ははじけるように消え、ライアスは窓から自分を見下ろす二人に向けて静かに、はっきりと言った。
「ただいま」
 レイナの瞳から涙が零れ落ちた。


 ライアスは見た目はかなりの怪我をしている様子だったが、怪我は何一つなかった。レイナ達が目の前に来た時点でライアスは何よりもまずある事を聞いた。
 そして今、ライアス、レイナ、ティリアの三人はその場所にいる。
 目の前には二つの名が刻まれた石―――墓標が立っていた。
 ディシスとラルフのものである。
 ディシスはもちろんの事、ラルフの死体も爆発によって失われており、創界山に残されていた『神龍の牙』が墓標と共に立っていた。
「俺は亜空間に飛ばされていた」
 墓標を無表情で見つめながらライアスはレイナ達へと語る。
「魔王を消滅させた力によって空間が捻れて、この世界とは違う次元へと俺は落ちていった。オーラテインは魔王を断ち切った時点で真っ二つになって、俺の手から消滅していてもう守る物は何もなくなっていた。俺はそのままじゃ死んでいた………。そこへ神が、アルティメイヤが現れた」
「アルティメイヤ………」
 レイナはその名を呟く。
 創造神アルティメイヤ。
 魔族を倒すためにオーラテインを人間へと与えた者。
 今、目の前にある悲劇を生み出した、ある意味全ての元凶………。
「彼はこう言っていた。オーラテインは決して使用者を不幸にするためのものではない。だが、真の幸福を手にするには人間全てが一つにならなければならない、と」
「結局、アルティメイヤは何故オーラテインを人間に与えたの?」
 ティリアの問いにライアスは少し考えてから言葉を慎重に選んで答える。
「アルティメイヤも四鬼将や………ディシス様、ヒルアスと同じ………いや、皆がアルティメイヤと同じく人間の行く末を心配していたんだ。アルティメイヤも人間を見てきて、このままいけばお互いに滅ぼしあってしまうと思ったんだろう。オーラテインはアルティメイヤが残した『希望』だったんだ………」
「『希望』………?」
「そう、オーラテインの真の力、この世界の全ての力を使える。それは火や水、風や大地の力だけではなく、この世界に生きとし生けるもの全ての力を使える事だった。全ての人々の、力が」
 ライアスが魔王を倒す瞬間に感じた声、それは世界全ての人々が発したライアスへの激励の言葉だった。
 リアリスの導きにより世界の人々の心が一つになり、ライアスへと力を送ったのだ。
『信頼』という絆の力。
 それがオーラテインに輝きを取り戻させ、魔王を倒す事に繋がったのだ。
「世界を救ったのは俺だけの力じゃない。俺やラルフ。レイナ、リーシス、ティリア、ディシス様、ヴァルフィード、それに………」
 ヒルアス。
 最後の対決の時、ギールバルトの取った行動はライアスにとっては都合が良かった。
 あのまま力押しをされていれば負けていたかもしれないからだ。
 思えば、あの時だけは『ギールバルト』ではなくて『ヒルアス』だったのかもしれない。
 確証は無かったが。
「世界を本当に救ったのは………魔王を倒したのはこの世界に住む人々だったんだ。今回の事で人々の心は一つになった。世界は変わっていける」
 ライアスは話し終えると手に持っていた花を墓標へと供えた。そして言う。
「世界は変わる。そして俺はそれを見ていこうと思う、だから―――」
 その瞬間、風が吹いたためにライアスの最後の言葉はレイナとティリアには聞こえなかった。
 ライアスは最後に笑みを浮かべてその場を後にする。
 レイナ達もそれに静かに続く。
 突き立てられた一本の剣は、その刀身を太陽光の反射によって惜しみなく輝かせていた。
 新たなる旅立ちを祝福するかのように。


 それから、世界はフォルド公国により統合され新体制がスタートした。
 王位はリアリスからエリーザへと移り、リーシスは大神官としてエリーザの補佐をしている。
 エリーザはライアスへの思いを断ち切り、生涯世界の発展に尽くした。
 それから10年後にリアリス以上の『人類の女王』と呼ばれるようになる。
 リアリスが死去したのも、ちょうどその頃だった。
 ティリアは半年の静養により、本来とはいかないまでもほぼ体調は戻り自分の村へと帰っていった。
 結局ライアスへの想いは伝えないまま。
 その後は村の若者と結婚し普通の生活を送り、ライアス達との手紙のやり取りを続ける。
 そしてライアスは、新ネルシス連邦へとレイナと共に移り、代表者として統治。
 リーシス達とは別の方法で、世界が間違った方向に向かぬよう見守っていた。
 それがアルティメイヤとの、ヒルアスとの、そして親友との約束だったからだ。


"世界は変わる。そして俺はそれを見ていこうと思う。だから、みんなの事を見守っていてくれよな………ラルフ"



 運命の輪の呪縛、『閉じた輪』は解かれた

 そして歴史は新たなる時を刻み始める

 人々はその中で精一杯生きていくだろう

 過ちを犯しながらも、それでも前を見て生き続けるだろう

 信じるべき道を、手探りで探しながら

 不完全な、無限の可能性が広がるこの世界で

 この生まれたての、新しい世界で

 THE LAST DESTINY      終幕


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 あとがき
 THE LAST DESTINYは僕が初めて書いた小説です。
 書き終えたのは2000年の五月。
 もう一年も前になるんですね。
 これを改定してネットに載せるのは少し抵抗ありましたが、自分にとって初めての創作という思い出深い作品だったので楽しかったです。
 ぜんぜんいらない個所を削ったりしていると自分のレベルは一応上がっているんだなと再認識できたりして。
 ここまで載せる事ができて本当に良かった。
 この作品を読んでくれた人、どうもありがとうございました!
 これからもどうぞご贔屓に。


 2001年7月17日執筆終了。作者・紅月赤哉




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