THE LAST DESTINY

 第四十八話 最終戦・リーシスVSゼブライス・シュタルゴーゼンA


「グラビトン・ウェーブ!!」
 ゼブライスの持つ剣から発生した重力波は一瞬にしてリーシスを包み込み、重力の檻に閉じ込める。足が止まったリーシスに《デルグリス》が直撃した。
「ぐあっ!!」
 最初の一撃が決まると連鎖して攻撃がリーシスの体を蹂躙していく。大岩を粉砕するようなけたたましい音を立てて《デルグリス》はリーシスの体へと吸い込まれ、そのたび苦痛の声が漏れる。
「つまりはこういうことさ、リーシス王子!! 神ができる事は三つしかない。魂を生み出す事! 魂を見守る事! 大気を操る事!! 神が俺達にできることなんてたかが知れてる。唯、いるだけの神を信じる事になんて価値など無い!!!」
 ゼブライスは重力を操り、壁へとリーシスを押し付けた。
「ぐぅおおおおおお!!」
 リーシスは懸命にその支配から逃れようとするが、体の節々が悲鳴をあげる。
「無駄さ! あんたの体には今、50倍の重力がかかっているんだ! そしてこれが………」
 ゼブライスは《デルグリス》をその場に投げ捨てると両手で剣を持ち、エネルギーを集中する。すると、重力もさらに上がっていく。
「これで100倍重力さ!!!」
「………がはぁ!!」
 終にリーシスの口から鮮血が迸る。内臓が破壊されるのも時間の問題になってきていた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね………」
 狂ったように言葉を繰り返すゼブライス。
 そのためにリーシスの眼に光った光に気づかなかった。
 ゼブライスの手から急に手応えが消える。
「………?」
「おおおおおおおお!!!!」
 リーシスの体から法力の光が溢れると重力場は即座に崩壊した。
「光・刃・熱・波!!」
 重力場を崩壊させられた事により態勢を崩したゼブライスに向かって高熱波が直撃する。
 体を宙に浮かせたゼブライスへリーシスの魔法が次々と炸裂した。
「破・裂・烈・波!!」
「死・呼・椋・鳥!!」
「爆・発・熱・波!!」
 衝撃波が、空気を圧縮させた球が、そして空間爆砕が確実にゼブライスの体へと吸い込まれていく。
 その都度ゼブライスの口から、明らかに今までとは違う苦痛に満ちた叫び声が漏れる。
「光・塵・光・弾!!」
 地面に叩きつけられたゼブライスにリーシスは容赦なく法力で創りだした光の小球を一斉に叩きつけ、その間に大規模魔法を放つための精神集中をする。
「ぐがあああ!!!!!」
 ゼブライスは光の球から何とか逃れ、リーシスへと反撃しようとする。
 その眼は血走り、完全ではないが正気を失っているようだった。
「何故! 人間を殺してはいけないんだ!!!!」
「――――――!?」
 ゼブライスが半狂乱の状態で口走った言葉はリーシスの心に深く残った。
 その言葉が持つ重みが、本当のものだと理解したからだ。
 一瞬そのために精神集中が切れる。
 しかし、ゼブライスが《デルグリス》を見境無く放ってきたのですぐさま集中し直し、法力を発動させた。
「破・邪・滅・殺!!!」
 リーシスの体から膨大な量の法力が放出されてゼブライスへと降り注ぐ。
 一瞬立ち止まってしまった為に《デルグリス》を何発か喰らってしまったが、その攻撃はゼブライスの絶叫と共に消えてしまった。
 喰らわせた相手の体を原子レベルで崩壊させ、消滅させる対魔族用攻撃魔法の中でも最上級の魔法。
 法力の許容量や魔道知識がかなりのレベルでなければ発動させる事はおろか、下手をすると暴走して自分が消滅してしまうほどの魔法であり、これを使えたのは先人達でも2、3人程しかいない。
 リーシスは自分の魔法の中でも切り札を用いたため、かなり高位の魔族でも消滅させる事ができると確信していた。そのために、光が消えた中からゼブライスの姿を発見した時には流石に驚きを隠しきれなかった。
 しかしそれも一瞬の事で、リーシスはすぐに行動を開始する。
「…ど……どこい……たさ………」
 ゼブライスは消滅しなかった代償に両腕が吹き飛んでいた。
 剣は原子分解されており、《デルグリス》は少し離れた地面に転がっている。
 光が消えた後、ゼブライスの視界はきらきらと光が邪魔をして悪くなっていた。
 だからこそリーシスがゼブライスの視界が回復するのとほぼ同時に背中へと回りこんだ時に、思わず声を上げてしまっていたのだ。
「空間転移でもないのによくそんなに早く動けるさ」
「服が動きずらかったからな」
 ゼブライスは背中に押し付けられた剣の感触を確かに感じながら、世間話でもするようにリーシスに話し掛けた。
 リーシスの戦闘用神官服は《デルグリス》によって袖は引きちぎれ、肩口から消えている。
 マントも同様にぼろぼろだった。
「さっき………、言っていたよな」
 リーシスは刀身に法力を集めつつゼブライスに訊いた。先ほど彼が叫んでいた言葉。
『どうして人間を殺してはいけないのか』
 神に対する憎しみとは違うこの主張をリーシスは聞きたかった。
「………言った通りさ。人間は動物をたくさん殺す。木も、草も、花も………」
 かつてゼブライスがネルシスのユイスに対して言った―――質問した事だった。
「そうではない人々も肉を食べたり、野菜を食べたり、目に見えない虫を踏み殺したり。俺は思ったさ。どうして殺される側に人間が入らないのか………。
 人間が他の生物よりも強いからか?
 なら、より強いものが人間を殺しても良いのか………」
 最後のほうは徐々に死に近づいているのか声が小さくなっていたが、リーシスははっきりと聞いていた。
「僕は神官だ。君の問いに答えて、魂を導いてあげるよ」
 剣を挟んで体をゼブライスに密着させているリーシスは、ゼブライスに囁きかけた。
 ゼブライスの体がピクリと振るえる。
「まずは『神を信じる事に価値はあるのか』という事だが、確かにお前が言った通りの事しか神はしないだろう。だが、それだけでも十分価値のあることじゃないのか?
 この世界に生まれて、生きていけるのはお前の言った通り、神のおかげじゃないのか?
 それ以上の事を神に求めるのは明らかに他力本願。現実から逃げた人のする事だ」
「それでは………」
「分かっているさ。人間全部が現実に耐えれるような器を持ってはいないということは。
 だから宗教は必要なんだ。おまえの話にもあったように精神の安定を求めて神にすがる人間もいる。
 だが、ここからが大事なんだ。そんな人間も個人差はあるがいずれその課程を終わらせて自分の道を歩いていくんだ。その時に信じているものは、自分の未来を切り開くために信じていくものは、神でも悪魔でもない! 自分自身だ!!」
 リーシスは声を張り上げてゼブライスの問いの答えを返した。
 ゼブライスはその答えに呆然として耳を傾けている。
「君は自分自身を信じる事ができなくなってしまったんだ。その弱さを神のせいにして魔族へと堕ちていった」
 ゼブライスは脳に直接衝撃を受けたかのように頭を振るわせ、その場に膝をついた。
 リーシスはもう言葉は聞こえていないだろうと分かるゼブライスに更に話しかける。
「もう一つの問いだ。『どうして人間を殺してはいけない』だが………、これは簡単だよ」
 リーシスは言葉を一度切った。
 その沈黙の間にゼブライスは目の光を少しだが取り戻し、リーシスの方へと向く。
「悲しむ人がいるからさ」
 ゼブライスはその言葉が頭にゆっくりと入っていくと徐々に笑い出し、やがて途切れ途切れながらも口をめいっぱい広げて笑った。
「なる…ほど………。今まで聞いた中で、一番、説得力があるさ」
 ゼブライスは本当に満ち足りた笑顔でリーシスを見る。
「今まで・・・・・・俺っちが、訊いたや・・・つらはどい・・・・・・つも答えられな・・・かった。だが、これで、満足だ」
 ゼブライスはリーシスから視線を外すと膝をついたまま丸くなる。
 リーシスはその背に向かって剣を突きつけて静かに、はっきりと呪文を唱えた。
「聖・魔・炎・滅」
 刀身から放たれた法力はゼブライスを包み込み、骨も残さずに蒸発させた。
 空間を捻じ曲げて時間の干渉をストップしたため、けして傷つく事のないはずの床もそのあまりの威力に時空の歪みが発生していた。
 リーシスは背中に剣を収めて軽く息をつくと上へと続く階段のほうへと向かった。
 そこに頭上から声が聞こえてくる。
(早く登ってくるがいい………。貴様はこのシュタルゴーゼンが倒す)
「………」
 リーシスは無言のまま階段を上っていった。


 リーシスは目の前にある扉をゆっくりを開けた。
 部屋の中は先ほどの部屋とは変わらず、高い吹き抜けになっており、余計な装飾品は何一つなかった。
「よく来たな。リーシス王子」
 シュタルゴーゼンは、先端が十字に分かれている槍を右手に持ち、悠然と立っている。
 リーシスは背中から剣を抜いて右手に持ちながら前に進み出た。
「ゼブライスとの戦いは見事だったな。だがあいつは結局、人間の情という物に流されてしまっていた半端者だ。あの程度の者に勝ったからといって調子にのるんじゃないぞ」
 シュタルゴーゼンは槍を両手で構え、前に突き出して戦闘態勢を作った。
 だがリーシスはそれに反応せずにシュタルゴーゼンへと問いかけた。
「おまえは仲間に対して情はないのか?」
 シュタルゴーゼンはリーシスの問いに一瞬絶句した後、高らかに笑い出した。
 その笑いは永遠に続くのではないかというほど長く、狂っていた。
 ようやく笑い声が途切れるとシュタルゴーゼンは吐き捨てるように言う。
「ほとほと人間には呆れるな! 無残にも敵にやられた仲間に何の同情の価値があるのだ? そんな弱い者などに用はない」
「そうか………」
 リーシスは剣を構えた。
 そしてリーシスを中心にして凄まじい闘気が吹き荒れる。
「いくぞ」
 その言葉は一瞬だった。そう、そして行動さえも。
 リーシスの言葉が口から漏れた刹那、リーシスの体はシュタルゴーゼンの目の前に出現していた。
「!!?」
 シュタルゴーゼンは驚愕に顔を引きつらせて回避行動に入る。
 振り下ろされたリーシスの剣はシュタルゴーゼンの槍に受け止められる。
 だがリーシスは既に次の行動を開始していた。
 リーシスの開いている掌がシュタルゴーゼンの胸部へと伸びる。
「死・呼・椋・鳥!」
 リーシスの掌から発生した圧縮された空気の球が、シュタルゴーゼンを後ろへと吹き飛ばす。そのまま壁へと激突するかと思われたが、シュタルゴーゼンは空気の球を一喝の下消滅させた。
「ふふふ………、面白いぞリーシス王子!」
 シュタルゴーゼンは今度は右手だけに槍を持ち、左手をリーシスへと突き出しながら突進していった。
「くらえ!!」
 シュタルゴーゼンはリーシスへと槍を高速回転させながら突き出した。
 リーシスはそれを紙一重で躱して斬撃を加えようとしたが、右に避けた時に肩口から血飛沫が上がり、リーシスは床に投げ出された。
「くっ………」
 リーシスは右肩を押さえながら咄嗟に起き上がり、シュタルゴーゼンとの間合いを広げた。
 右肩口からはかなりの量の血が流れてくる。
「斜・陽・傷・痕」
 リーシスは素早く魔法で傷を塞ぐ。
 その様子をシュタルゴーゼンは何をするでもなくただ見ているだけだ。
「何のつもりだ」
 リーシスはそんなシュタルゴーゼンの行動に不信を抱き怒気を含んだ口調で問い掛ける。
 シュタルゴーゼンはふん、と鼻を鳴らし何を思ったか槍を床へと突き刺した。
「おまえには全てで勝たなければ意味がない。この《エウリード》の力で勝ったと言われたのでは俺のプライドが許さん」
「何故そんなに僕の事を………」
「俺は最強の強さを求めているのだ!!」
 シュタルゴーゼンは一気に間合いを広げると前に両手を突き出して叫んだ。
「光・刃・熱・波!!」
 シュタルゴーゼンの両掌から膨大な量の高熱波が放たれ、リーシスへと襲い掛かった。
「こ、光・輪・防・鎧!!」
 リーシスは咄嗟に防御の魔法を発動させて高熱波を迎え撃ったが、突如横に殺気が生まれるのを感じて反対方向の横に飛んだ。
「光・塵・光・弾!」
 いつのまにかリーシスの横に移動していたシュタルゴーゼンが次の魔法を放ってくる。
 リーシスは何とか光球を避けるが、間髪入れずにシュタルゴーゼンの拳が降って来た。
「この!!」
 リーシスは咄嗟に拳に法力を集めて不安定な態勢からシュタルゴーゼンの拳を受け止めた。
 その反動を利用して態勢を立て直しつつ、シュタルゴーゼンとの間合いを広げる。
「流石としか言いようがないな、リーシス王子! だが貴様の力はその程度ではないはずだ!!」
 シュタルゴーゼンは拳に法力を集めて再び向かってきた。
 リーシスも両手に法力を集めてシュタルゴーゼンへと突っ込む。
 シュタルゴーゼンの繰り出してきた右拳を力強い踏み込みと共に払い、懐へと飛び込むと同時にリーシスの渾身の右拳がシュタルゴーゼンの鳩尾へと吸い込まれた。
「ぐふっ!!」
 シュタルゴーゼンはその威力に吹き飛ばされながらも、倒れずに何とか態勢を整えて戦闘態勢をとった。
(間違いない………あれは、『流星体法』だ。)
 シュタルゴーゼンの動きはまさに、フォルド独自の体術である『流星体法』だった。
 この事でずっとリーシスの頭に引っかかっていた事がすっきりするのをリーシスは自覚する。
「なるほどね。思い出したよ、シュタルゴーゼン」
「なにをだ?」
 リーシスは一度息を吸い込むと、意を決して言葉を吐き出した。
「シュタルゴーゼン=クエット=フォルド。フォルド初代大神官の名前だ」




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