THE LAST DESTINY

 第四十七話 最終戦・リーシスVSゼブライス・シュタルゴーゼン@


 リーシスは黙々と狭く暗い道を歩いていた。
 異変にはとっくに気づいている。
 先に行ったジェイルの気配も、後ろからついてきているはずのライアス達の気配も、ある瞬間から消えてしまっていた。
 気配を感じなくなったその時から、何か言葉では言い表せない感覚がリーシスの体を支配しだしている。
 リーシスは冷静に現状を判断すると走るのをやめ、神経を研ぎ澄ませて道を進んでいく。
 するとそれからすぐに光が突如目の前に現れた。
(出口………)
 リーシスは背中にあった剣を右手に携えて光をくぐる。
 そこはかなりの大きさのホールだった。
 壁は石造りのようでそうでもないような不思議な材質でできている。
 天井は少なくともこの位置からは見えないような高さにあった。
 下からでは霞みがかかって天井は見えない。
 目の前に視線を向けるとそこには一人の男が立っていた。
 右手には『三種の魔人器』である《デルグリス》
 左手には剣を携えている。
『四鬼将』ゼブライスである。
「お久しぶりさね。『フォルドの魔人』リーシス王子」
 ゼブライスは武装しながらも、まったく敵意の無い口調でリーシスへと話しかける。
「他の皆はどうした?」
 リーシスはゼブライスの言葉に耳を貸さずにすかさず持っていた疑問を投げかける。
 その様子にゼブライスは顔に少々落胆の表情を浮かべた後答えた。
「ちょいと空間を捻じ曲げて離しただけだ。今ごろは他の『四鬼将』達と戦っている頃だろうよ」
 ゼブライスは《デルグリス》を無造作に振りだした。
 鞭はヒュン、と音を立てながら次第にゼブライスのいる位置から部屋の半分の範囲を鞭の残像で埋め尽くしていく。リーシスは自然体のまま動かない。
「あんたを心底、倒してみたかったさ!」
 一気にゼブライスの殺気が膨れ上がり、鞭の振られる速度が増していく。
 リーシスは、まだ行動を起こさず、
「どうしてそんなに僕を憎むんだ」
 ゼブライスの言葉に質問を返す。
 ゼブライスは一瞬複雑な表情をした後に何かを口にしようとする。
 だがそれは言葉にならないままゼブライスの口に吸い込まれ、代わりに大声を張り上げた。
「聞きたければ俺っちに勝ってからさ!!」
 それからゼブライスの攻撃が始まった。


《デルグリス》はその領域をさらに広げてリーシスへと迫ってきた。
 それにリーシスは真っ向から向かっていく。
「去ねや! リーシス王子!!」
 幾筋にも残像が増えた《デルグリス》がリーシスに向かう。だが、リーシスはそれをことごとく剣で弾き飛ばしてゼブライスへと接近していく。
 これにはゼブライスも困惑の表情を浮かべた。
(んな、馬鹿な!? これだけ増えた《デルグリス》の残像から本命を弾き飛ばすなんて!!)
 ゼブライスの《デルグリス》での攻撃方法は《デルグリス》を振って空間に結界を張り巡らせてから攻撃を開始する。
 その際に鞭の軌跡は視覚では正確に確認できない程に増え、どこから攻撃がくるのか予測できないようにしているのだ。
 数十、数百筋もの軌跡の中で相手へと当たるのは5,6発である。だがこれを弾き返すのは口で言うほど簡単ではない。その5,6発は前後左右からタイミングをずらしながら不規則な軌跡を辿って放たれているのだ。これを防御するのは不可能に近い。だがそれをリーシスは完璧にこなしていた。
「くそったれぃ!!」
 ゼブライスはさらに攻撃の勢いを上げた。
《デルグリス》の領域に深く踏み込んでいたリーシスに前以上に激しい攻撃が降りかかる。
 しかし、それすらもリーシスは正確に弾き返していた。
 ゼブライスの眼前へとリーシスが迫る。
 リーシスは左手に剣を持ち替えて右拳に法力を瞬時に集めた。
 ゼブライスは咄嗟に後方に飛びずさり、拳の一撃を何とか回避しようとする。
 だがリーシスの本命は直接攻撃ではなかった。
「白・光・熱・刃!!」
 ゼブライスが後ろに飛んで生まれた隙をリーシスは見逃さず、集めた法力をすぐさま開放した。
 リーシスの掌から高熱波がゼブライスへと向かい直撃する。
 ゼブライスは悲鳴をあげてそのまま壁へと激突した。
 すかさずリーシスは追い討ちをかける。
「天・翔・楼・閣!」
 リーシスは擬似空間転移でゼブライスの眼前に現れると今度は直接法力を叩き込んだ。
 両手に法力を集めて拳の弾幕を降らせる。
「ぐがああああああ!!!!」
 間断なく続く攻撃にゼブライスが苦痛の叫びを上げた。
 リーシスは躊躇する事無く拳を振り下ろし続ける。
「とどめだ」
 リーシスは渾身の一撃をゼブライスの顔へと振り下ろした。そこで予想外の事が起こる。
 ゼブライスが十分な体勢を取れない状態のまま、凄まじいスピードで上へと飛び上がったのだ。
 ゼブライスは上空から《デルグリス》の雨を降らせる。
 リーシスは難なくそれを躱してゼブライスと間合いをとった。
 ゼブライスは体の周りを黒っぽい球体で包みながらゆっくりと床へと降り立つ。
「………重力制御か」
 リーシスがその単語を口に出したと同時にゼブライスの周りの球も消える。
「『四鬼将』"重刃"のゼブライス。重力は俺っちの思いのままさ………。でもたいしたものさね、あんたは。第一戦は俺っちの負けさ。最初に言った通り、教えてやるさ。あんたを憎む理由を」
 リーシスには分かっていた。ゼブライスは時間を稼いで体力を回復するつもりだと。
 しかしリーシスは『四鬼将』は皆、人間が望んで魔族へとなった姿だという事を知っている。ゼブライスが魔族に堕ちた理由を聞いてみたかった。
 ゼブライスが出鱈目を言う可能性も無い訳ではなかったが、何故かゼブライスは本当の事を言う気がしていた。


「俺っちが嫌いなのは特にあんたが、という訳ではないさ。俺っちが憎いのは人間全体で、それを馬鹿正直に守っているあんたは腹が立つのさ」
 ゼブライスの瞳に一瞬剣呑な光が灯るだがそれもすぐに消えて、元の感情が読み取れない不思議な眼へと変わる。
「俺っちが魔族になったのは今から大体600年前。まだ国家間の交流も少なく、治安も混乱を極めていた頃………、俺っちは小さな村の村民として生まれた。今から600年前と言えばその頃には宗教の混乱。『原住民』の弾圧など人間の最も醜い内面が表面に現れた時代だったさ………」
「アルティメイヤ信仰に必要のない生贄を何百人も捧げたり、『ウェルバーの大虐殺』が起こった時期だな」
 リーシスがゼブライスに続けて言う。
 記憶の糸を辿って書物の内容を思い出したリーシスはその凄惨さに顔を歪めた。
「そうさね。俺っちが生きていた頃はまだそのどちらも起こってはいなかったが、村はアルティメイヤを狂信的に崇拝していた。何故、という疑問も持たずに唯信じればいいと。俺っちはどうやら知能は高かったらしくてね。村のレヴェルだから世界的にはどうか知らないけど神童って呼ばれててさ、近くに少し大きな都市があったからそこで書物を毎日読んでた………。そして俺っちはある疑問に突き当たった」
 ゼブライスは手に持っていた剣と《デルグリス》を携えていた位置へと戻した。
 リーシスはもう既に剣を背中へと戻している。
「俺っちはあらゆる種類の書物を読んだ。そこで人間が犯してきた過去の殺戮を目の当たりにしたのさ。おぞましさを出すために誇張して書いていたのかもしれなかったけど、殺戮があったというのは事実として伝えられていたからさほど問題は無かったさ。問題はどうして殺戮が起こっているのか、ということだったさ。アルティメイヤを進行していた両親は毎日のように神をかたどった像に拝みながら俺っちに言っていた。
『アルティメイヤ様が私達を幸せへと導いてくれる』
 と耳にたこができるぐらいにね。
 俺っちは思った。神は全ての人を救ってくれるというのなら、どうして過去にあんな殺戮が起こっているんだ? どうしてその人達は救われていないんだ? その惨劇で殺される事が救われた事になるのか?
 俺っちの疑問はどんどん膨れ上がっていった。いくら考えても答えが出ない問い、知識や人格形成を補助してくれるはずの親は盲心的に神を信じて自分で考える事を拒否し、疑問に答える事をせずにうるさい俺っちを拒否した」
 ゼブライスは拳を握り締めてそこから血がぽたぽたと流れ落ちる。
 血は、赤かった。
 人間と同じく。
 血だけではなく、そこには人間と同じように悩み苦しむ姿があった。
 リーシスは心中で思っていた。
(結局、ゼブライスは被害者だったんだな)
 600年前は先述のようにしっかりした世界の体制もできてはいなく、日々の不安を神にすがる事で紛らわせていた人々がほとんどだった。
 彼はそんな中で人間らしい自我を持った男だった。
「そしてある日、俺っちは一つの書物を見つけた。それにはこう書いてあった。
『ヒトは皆、アルティメイヤの元に平等である。その生命を奪う行為は最大の愚行である』
 俺っちはその著者を見た。それは先に言った殺戮の歴史を記した著者で俺っちが通っていた都市にすむ人だった。この人なら俺っちの疑問に答えてくれるはずだと思い俺っちは彼の家を訪れた。そして事件が起こった………。
 俺っちが何とか家を探し当てた時はもう夕闇が辺りを支配していて人通りも無く、家には明かりも点いていなかった。
 留守かと思ったが物音がしたのでドアを開けてみたのさ。
 そしたらいきなり人が飛び出してきて、俺っちの方を一瞥するとあっという間に逃げ出した。
 何なのか分からずに家の中を覗くと、そこにはその人の妻と子供が血の海に沈んでいた。
 すぐに警備隊がきて調査したが、手がかりは見つからずに第一発見者の俺っちが捕まったのさ。
 だけど俺っちは犯人を知っていた。
 飛び出してきた人影は、見間違う事無く著者その人だったからさ。
 俺っちは犯人として捕まった事よりも、人殺しを完全に否定していたのにもかかわらず、それを犯したその男にショックを受けていた。
 取調べを受けていた間にも警備隊員は言っていた。
『人を殺してはいけない』と。
 俺はここでまた新たな疑問に突き当たる。俺の見ている前で警備隊員の男は食事をした。
 それに使われている動物は生きていたのではないのか? 人間を殺すのは駄目で、動物を殺すのは………」
「もういいだろう」
 ゼブライスの言葉をリーシスが遮る。
 リーシスは背中の剣を両手で持ち戦闘態勢を作り、溢れんばかりの闘気がゼブライスへと流れていく。
「体力はもう回復しただろう。おまえの話は要点をきちんとついていない。もっと簡潔に言うべきだよ」
「すまんさね。俺っちは口下手でさ、ちゃんと話すのは苦手なんだよ。まあ、要はこういうことさ!!」
 ゼブライスは再び《デルグリス》をリーシスへと向けて放つ。
 リーシスは難無しに弾き返そうとしたが、そこにゼブライスの第二波が来た。
 リーシスの瞳はゼブライスの瞳から流れる涙を捉えていた。




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