THE LAST DESTINY

 第四十六話 最終戦・レイナVSフェリースA


「一週間程そんな状態が続き、男は全員生き絶え、女もほとんど残っていなかった。私を入れて三人。友達と、姉だった……。私達を取り囲む男達は私達にこう言った。
『助けてもらいたいなら誰か一人殺せ』
 とね。
 私はそんな事は絶対できなかった! 誰かを殺すなんてことは考えた事は無かった。
 誰かを殺すぐらいなら自分が死ぬ! 私は生きる事を拒否していたから死ぬのは少しも怖くなかった。ただ、両親よりも好きだった姉と別れるのは嫌だった。姉もそう思ってくれているものと思っていたから、姉に一緒に死のうと言おうとした。
 でもそれは姉の耳に届く事は無かった!!」
 フェリースの目から、いつからかとめどなく涙が流れていた。
 涙の量に反してフェリースは嗚咽を撒き散らす事無く、顔は悲しみと怒りが同居した凄まじいものになっている。
「私が姉に言おうとして姉のほうを向いた時、そこには男達にすがりついている姉の姿があったわ」

『本当ですね! 一人殺せば!!』

「友人も違う男の足元にすがりつき同じような事を言っていた。二人の視線が一斉にこっちを向いた時、私は急激に心がさめていくのを感じた。
 二人は私をこれから殺すだろう。
 自分が助かりたいから。
 友人はともかく、血を分けた姉妹である姉までもが私を殺そうとして男からナイフを貰っている。
 私は何か大事なものが崩れたような気がした。

 友情。

 信頼。

 誇り。

 そして、生きる意味。

 まだ、その時は生への執着があったかもしれない。姉がいたから。
 でも、その瞬間私をこの世界に縛るものは何一つなくなったの………。そこに声が聞こえた」
「声………」
 フェリースにはレイナの声が聞こえていない。完全に自分の世界に入っている。
「声が聞こえたわ………。『力が欲しいか』とね。私は言った。欲しい、と。
 次に意識がはっきりした時にはその場にいた全員が死んでいた。姉も、友人も、皆。目に映ったのはあの方………。魔王様が私に言った。
『私と共に世界に復讐するのだ』と。
 そして、私は『四鬼将』になったのよ」
 フェリースは話し終えると、急に気づいたように頬を伝う涙を拭った。
 そしてレイナを睨みつける。
「どうして私に話をしたの」
 レイナがフェリースの眼差しを受けてそう問う。
 フェリースは一瞬困惑を浮かべてから少し顔を崩して言った。
「さあ、ね。誰かに聞いてほしかったからかもしれない。でも話は終わりよ………。私は今日、復讐を果たす」
「あなたの話には何も言えないわ」
 フェリースに対して何の構えもせずにレイナは話し出した。
「あなたの受けた傷をとやかく言う資格は私には無い。その話を聞いて私もかなり辛かった。でも、やはりあなたを倒さなければならない」
 レイナの口調に込められた強さにフェリースは冷や汗が出るのを止められなかった。
 フェリースの持っている人間への、この世界への憎しみと同等の強い意志をこの目の前の相手は持っている。
 フェリースはそう感じた。
「私達は生きなければならない。あなたは最初に言ったわね。
『階段で転んで頭を打って死んでも、王を守って殉職しても死は死』と。
 私も同意見よ。でも一つだけ違うのは、そうだからこそ死にはいつでも抗わなければならない。
 私は元ネルシスの親衛隊長をしている傍ら、市内警備もしていたわ。
 いつも見回りをしていても犯罪は絶えない。
 私は強制的に死を選ばされた人を一年間、何人も見てきた。
 彼らの無念の顔は忘れられない………。
 私達は彼らの分も生き続けなければならないのよ。
 それが私達、生きている人間の義務だと思っているから………」
 レイナは体中に『龍闘気』を発生させた。
 フェリースも体の周りに電気の球を発生させる。
「私達の生を脅かすものは全力で排除する!!」
 レイナの闘気は大気を震わせ、フェリースの体を後ろに押し出した。
 体を持っていかれないようにフェリースはその場に力強く踏み込む。
「お互いの信念を賭けて………、死ぬか、生きるか勝負よ!!」
 フェリースの声を合図にレイナとフェリースはお互いに向かって駆け出した。


 電気球がレイナに襲い掛かる。
「馬鹿の一つ覚えよ!!」
 レイナは『龍闘気』を爆発させて電気球を迎撃する。
 一瞬の硬直の後、再びフェリースを目指すが迎撃時の爆発の余波で視界が閉ざされる。
 その間にフェリースの姿は前方から消えていた。
「馬鹿はどちらかしら!」
 フェリースはレイナの背後に回りこみ斬りつける。
 だがレイナは素早くその場にしゃがみこみ剣撃を躱して、全身のばねを使って勢いよく伸び上がり『雷光刀』を振るう。
「そっちよ!」
 フェリースは後ろに飛んで躱そうとするが、左肩口を浅く斬り裂かれた。
 そしてお互いの距離が開いて動作が止まる。
 その隙をフェリースは見逃さなかった。
「これなら!!」
 フェリースは四つの電気球を体の周りへと発生させるとそれを頭上に集める。
 電気球は一つの大きな電気の塊と化し、レイナ達よりも巨大になった。
「はああああああ!!」
 フェリースはちょうど着地して動きの止まったレイナに向けて巨大電機球を投げつける。
 体勢の整っていないレイナには躱す事は不可能だった。だが………、
「甘く見ないでよ!」
 レイナは『雷光刀』を素早く鞘に戻すと抜刀術の構えを取る。
 高速で迫り来る電気球に意識を集中させて溜めていた気を一気に解き放った。
「天翔龍!!」
 瞬時に放たれた超高速の剣線は目前まで迫っていた電気球を一刀両断し、その威力は二人の間の空間を超えてフェリースの足を深く切り裂いた。
「あぐうぅ!?」
 フェリースは悲鳴をあげてその場に崩れ落ちた。
 だがレイナも両断した電気球がそのまま向かってきたのを躱しきれず、かなりの量の電流を浴びて悶絶した。
「やる……わ………ね……」
 フェリースが苦しみに喘ぎながらも立ち上がる。
 普通の武器で傷つけられたなら魔族は自己治癒能力で治せるが、『聖騎士の武器』で傷つけられた傷は少なくともこの戦いの間には治りそうも無い。
 そんな傷に足を引きずりながらもフェリースはレイナへと近づいていった。
 レイナは体を起こそうとはしない、いや、出来ないのだ。
「でも……あなたのほうが重症みたいね………」
 フェリースはレイナの目の前に来る。
 レイナは体を震わせ、思い通りに動かない体を何とか動かそうとしつつ眼だけはフェリースの瞳を見つめていた。その瞳に絶望は無い。
「体に脳からの命令を伝えているのは電気の粒よ。私は電波を操る事が出来る。それを集めて球状にする事も、拡散して放つ事も、電機の粒を操ってこうして体の自由を奪う事もね」
 フェリースは得意げに言葉を紡ぐ。
「私は電波であなたの体全体に電流を流していたけど、最後のあの特大電気球は最初から脳を狙ったの。威力は弱まったけど普通の人間ならあれだけの量の電気を脳に喰らっては頭が破裂するわ。たいしたものよあなたは………。でももうこれで終わり」
 フェリースは剣を上段に振り上げた。
「さよなら」
 恍惚にも似た表情を浮かべながらフェリースは剣を振り下ろした。
 一瞬後その顔が驚愕に染まる。
 レイナの姿が掻き消えた。すぐに気配は後ろに現れる。
「くっ!」
「はああああああ!!!」
 それは反射的な行動だった。
 フェリースは感じた殺気に反応して剣を構えた。そこに走る衝撃。
 レイナの渾身の横薙ぎはフェリースの剣に遮られていた。
 ガキッ!
 次の瞬間、フェリースの剣は真っ二つに折れる。その反動でフェリースの体が流れた。
「これで!」
 レイナはそのまま足を踏み出してフェリースに迫った。しかし、フェリースが放った電光をまともに食らう。
「あなたの負けよ!!」
 フェリースは勝利を確信した。その確信は次には驚愕へと変化する。
「私は!」
 レイナの上半身の鎧が吹き飛ぶ。
 しかし、レイナは更に前へと踏み出した。
 紅いシャツを紅の血で更に紅く染めながら。
「私は! 生きる!!」
 電光は全て『雷光刀』に吸い込まれていた。凄まじい量の電流を吸収した刃が突き出され、フェリースの胸に食い込んだ。
「あなた………の方、が……馬鹿………だった……わね」
 レイナは体を密着させ、フェリースの耳に口を近づけて言った。
 フェリースは顔を少し下に傾け、自分の胸に突き刺さった『雷光刀』を見つめている。
「あなた、の敗因………は、殺…せる時……に私、を殺さなかった事………。後、少し……早く止………めを、刺せ…ば、よかったのよ」
「確かにね………」
 フェリースは剣を床に落とし、両腕をだらりを横に下げた。
 顔には今までの笑みとは違った笑みが浮かんでいる。
「私は生にはこだわらない。魔族になった時点でそれを捨てたんだもの………。それに私の愛する人………アイオスは、もういない」
「どう………して、分………かるの……」
 レイナは消えていくフェリースの足元を見つつ尋ねた。
「この空間は時間も曲がっているの………。この戦いの前にはアイオスとあなた達の仲間が戦っていたの」
「私達の仲間………、どうなったの!?」
 レイナは自分の状態の事も忘れて、上半身だけになったフェリースに声を荒げて尋ねた。
 消えていく速度が増している。
「ジェイル、とか言ったわね。彼は勝ったわ。自分の命を使ってね………」
「そ…んな………」
 皆、生きて帰る。
 そう約束した仲間が死んだという事実はレイナを消沈させる。
 その内にフェリースはとうとう顔だけとなっていた。
「私は……私の考えを貫いた………。ようやくあの人の所に行ける。あなたも自分の思いを貫いてね………」
 フェリースはレイナへ何か諭すような口調で言った。
 レイナは塞ぎこんでいた顔を上げてフェリースを見つめる。
「アイオス。今、行くわ………」
 最後に見た彼女の顔は穏やかに笑っていた。


 しばらくその場にとどまっていたレイナは、よろめきながらも立ち上がって奥にあるドアを目指した。
『龍闘気』の力で傷は徐々にだが塞がってきている。
 ふと手にした『雷光刀』を見ると、刀身はボロボロになっていた。
 フェリースの電光を吸収した結果だろう。
「私は………、自分の思いを果たす………。必ず…生きて帰る………」
 うわ言のように何度も呟きながら、少しづつドアへと近づく。
 そこで、レイナに上から光の球が降って来た。
「な………!?」
 レイナの言葉は光の球に飲み込まれた。
 突如飛来した光の球はレイナの体を一瞬にして包み込み、また上へと昇っていく。
 レイナがいた場所には何も残ってはいなかった。




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