THE LAST DESTINY 第四十五話 最終戦・レイナVSフェリース@ レイナは焦っていた。 すぐ目の前を歩いていたはずのライアスの姿が、ふと横を向いた後に消え失せてしまったのだ。 「一体ここは………」 さっきから何かおかしい感覚がレイナを支配していた。 なにか異質な空間に入ったような感覚。 どこまでも真直ぐで、出口のない通路。 外から見た様子を思い出してみてもこのような構造の塔であるはずがない。 そして一番の不審な点は、 「『龍眼』が働かない………」 『龍戦士』に備わる特殊な力、『龍眼』は近い未来や遠くの気配の察知などさまざまな能力を秘めている。 だが、この塔に入ってそのどれもがまったく機能していないのだ。 「何か大きな力が邪魔をしているの………?」 いろいろ考えを巡らせている内に、不意に前から明かりが漏れる。 レイナは内心警戒を強めてから光に飛び込んだ。 即座に『雷光刀』を抜き放ち周囲の気配を探る。 そこはかなり大規模なホールだった。 意味もなく広い。障害物は何も存在せず、天井はあまりにも高く上は霞んで見える。 少し高い壁には教会によくあるステンドグラスがはめこんであった。 レイナは殺気が無い事を確認するとそっと『雷光刀』を下ろし、その光景を見回した。 広さと天井の高さ以外は特に変わった所は無かったが、やはり違和感は消えない。 レイナはふと、ある考えが頭をよぎり『雷光刀』を構える。 瞬く間に光の刃が生まれて刀身を基に光の刃は何メートルにも長くなる。 それをレイナはステンドグラスへと叩きつけた。 普通なら砕け散るはずのステンドグラスはその状態を保持したままだった。 とてつもなく硬い物に斬りつけたかのごとく、レイナの手に少々の痺れが走る。 「やはり、ここは………」 レイナの予想が確信に変わった時、レイナはその場から飛びずさっていた。その場を何か雷のようなものが直撃する。凄まじい音で地面へと吸い込まれた雷も地面をまったく破壊していない。 レイナはある一点に視線を止めた。 「よく来たわね、『龍戦士』」 『四鬼将』、フェリース。 体の周りには激しく光る球を幾つも纏い、その姿は宙に固定されていた。 「ここはあなたが作った異空間なの?」 レイナの問いにフェリースは満足そうに笑みを浮かべる。 「たいしたものね。異空間の概念なんてあなた達にないでしょう」 異空間。 自分達が住んでいる世界とは違う空間。 この概念は創造神アルティメイヤが創ったこの世界には存在しない。 神が創ったこの世界だけが唯一の世界と人々には広がっている。 特にネルシスではこの考えはどこの国よりも深いのだ。 「私は絶対なんて言葉は信じない。神も魔王もいる世界なんだもの。何があってもそれほど驚くほどではないわ」 「なるほどね」 フェリースはレイナの言葉に感心したように何度も頷き、床へと降りてきた。 そこにレイナの問いが投げかけられる。 「何故、この世界を滅ぼすの」 「それが魔族の望みだから」 即答するフェリースの顔には何も変化はない。 だが、次の問いには顔を明らかに分かるほど変化させた。 「あなたは、元は人間でしょう? 人間のあなたがこの世界を壊したい理由があるのかしら」 フェリースは顔に困惑、そして怒りを浮かび上がらせる。 それと同時にフェリースの体から大量の電気が迸る。 「お前に言うことではない!!」 フェリースは体の周りを回っていた四つの電気の球をいっせいにレイナへと飛ばした。 レイナは光の刃を伸ばして球を斬り裂くと間合いを詰めようとする。 だが、そこに大量の電流が流れてきた。 「あうっ!!」 体中を電流が襲い、激しい痛みと共にレイナは反対側へと弾き飛ばされる。 何とか体勢を立て直すと眼前にはフェリースが剣を振りかぶっていた。 「くっ!!」 レイナはかろうじて剣を受け止めるが、そこにまたしても電流が流れ込む。 体を襲う激痛に声もなく仰け反り、そこへ容赦なく電気の塊が四つ叩きこまれた。 レイナは衝撃に吹き飛び、だがそれを利用してフェリースの間合いから何とか抜け出る。 絶え間なく続く激痛は、一瞬でも気を抜くと気絶しそうになるほどだ。 それをこらえてフェリースを睨み返すと、そこには悠然と体から大量の電気を発生させたフェリースが立っていた。 「『四鬼将』"雷光"のフェリース。この力でお前の息の根を止めてやる」 「そう………」 レイナは構えて気を集中した。 体から赤い気が吹き出る。 「私は死なない。生きて変えると約束したわ」 『龍闘気』を纏ってレイナは突進する。 フェリースは電気の球をレイナへと放つが、レイナはそれらが密集する前に迫りくる球の隙間を通り抜けてフェリースに肉薄する。 「龍巣!!」 眼にも止まらぬ銀光はことごとくフェリースの剣に阻まれる。 そしてフェリースは電機の本流をレイナに叩きつけようとする。 だがその刹那、レイナの姿が視界から消えた。 「えっ!?」 思わず声を洩らしてしまったフェリースの意識に情報が入ってくる。 「上か!!」 そう叫び上を見るのと、レイナの剣が振ってくるのはほぼ同時だった。 「龍槌!!」 レイナの渾身の一撃もフェリースは受け止め、同時に電流を叩き込む。 「ああああああ!」 レイナは先ほどの電流に加えて再び走る激痛に叫び声をあげた。叩きつけられた床にうずくまり体を痙攣させている。 だがその眼は少しもひるまずにフェリースを見据えている。 「それじゃあ、動けないわね………」 フェリースが言葉を発している途中にその音は聞こえた。 ぴしり、と何かに亀裂が入るような音はやがて結果として現れる。 フェリースのつけていた赤い眼帯のようなもの―――戦況把握や相手の行動パターンを読むセンサーが組み込まれた物はフェリースの左眼から崩れ落ちた。 龍槌の衝撃は届かなくてもセンサーを破壊したのだ。 「それは………」 次の瞬間、レイナは驚愕の表情を浮かべた。 フェリースの左眼、センサーによって隠れていた眼はなかった。 目が入っていた窪みからは短いコードが伸びている。 どうやらセンサーと繋がれていたようだ。 フェリースの顔が変化した。 先ほどまでの怒りに満ちた表情ではなく、深い悲しいに満ちた表情を見せる。 「一体その眼は………?」 レイナが何とか立ち上がり問うと、フェリースはまるで友達に話すかの如く自然に話し出した。 「あなたはどうしてそんなに生きたいの?」 こちらの質問に答えてはこなかったが、体力を回復するためにもこの場は何とか乗り切ろうとレイナは思った。 その問いに答えようとしたがかまわずにフェリースは続ける。 どうやらこのまま一人でしゃべるようだった。 「人間はいつかは死ぬ。階段から落ちて頭を打って死んだとしても、王を守って殉職しても、死は死。私は必死になって生きる意味がわからない」 フェリースの口調は先ほどよりも柔らかく、幼くなっていた。 敵意は微塵も感じられない。 「私は………『原住民』の子孫だった」 レイナはその言葉を聞くと顔をしかめる。その一言がどれだけの意味があるのか大体予想できたからだ。 『原住民』―――この世界ができてから千年余り、本来は最初にこの世界の大陸に誕生した人類のことだが、今も、そして昔もその言葉はある特別な意味を持っていた。 『原住民』事態に罪はない。だが何処の原住民だったかが全ての原因だった。 彼らはゴルネリアスに端を発す民族だったのだ。 ゴルネリアスは今でこそ『絶望の大陸』と呼ばれ、草木一本生えない土地で人は住めないということになっているが最初からそうであった訳ではない。 この世界が形成された当初はゴルネリアスも他の大陸と同じように人が住んでいた。 ゴルネリアスが『絶望の大陸』と呼ばれるようになったのは、今から800年程前の事。 突如魔物が横行し始めて、たちまちそこに住む人々はこの大陸を追われた。 最初の内は他の民族も普通に受け入れはしたが、魔物達がとうとう海を越えて人々を襲い始めるとゴルネリアスから来た人々は災いを運んできたとされ迫害を受ける事となった。 「私は『原住民』達が隠れて造った村で生まれた。今から600年程前の事。今でさえ『原住民』はフォルド公国の名の下に迫害を禁止されているけれども、今だに偏見の眼は無くならない。その当時は見つけられた時点で石を投げられ、暴行を受け、それで死んでもその亡骸さえも汚いと言って遠くから火を投げられて燃やされる。それは、酷い有様だった」 フェリースの顔はこれ以上ないというほど苦渋に満ちていた。 どれだけの事をされればこのような顔になるのか、レイナは想像する事すらできない。 「この眼は私が5歳の頃、河原で体を洗っていたのを運悪く近くの村の子供に見つかってしまったから。暴行を受けた時、その場にあった石で………。それでも命があっただけでも良かったと思えるような暮らしだったのよ。想像出来ないでしょうね、あなたには」 レイナは何も答えない。 何も言えなかった。 少なくともこの時点でレイナが口を挟める余地はない。 「それからすぐにあの事件が起こったわ………。『ウェルバーの大虐殺』が」 「『ウェルバーの大虐殺』………!」 レイナはその言葉を聞いただけで背筋に悪寒が走るのを感じた。 『ウェルバーの大虐殺』 ネルシス領にあった街、ウェルバー。そこは『原住民』達が集まって造った街の中で一番の規模を誇っていた街であった。 その当時まだネルシスは無く、地盤が完全に固まっていないフォルドとオーリアーの二大国家が統治していた時に、何とか契約を交わして自治都市として生き長らえていた『原住民』達の理想郷。 事件は世界が創造されて429年目の夏に起こった。 ウェルバーの住民は結束が固く、そのため能率的に農作業や仕事が進んだためにその近辺の村や街よりも高い生活水準を持っていた。 その年より数年前からその地域では日照りが続き、農作物が十分にとる事ができないという状況が続いていたにもかかわらず、ウェルバーの人々は独自に発達させた農業法のおかげで日照りに多大な影響を与えられる事も、無くほぼ一定量の作物を取ることに成功していた。 そんな折、ここからはその当時の資料と今の推測から言われている通説だが―――ウェルバー近郊のある村人がこう言った。 『作物が取れないのはウェルバーの奴等が邪魔しているのでは?』 資料によるとその男は日照りへの怒りのために不意に洩らした言葉だったという。 だが、同じように日照り続きの気候にフラストレーションが溜まっていた村人達にはその言葉で十分だったのだろう。 その言葉があって一週間後、ウェルバーに周辺の数十の村や街に住む人々が殺到した。 そして手に持った鍬や犂、包丁などで街の住民を手当たり次第に殺していったのだ。 泣いて逃げ惑う子供、許しを乞う老人、子供を殺され泣き叫ぶ親を。 「私の村はウェルバーから遠く離れた場所で、何の情報も入ってこない奥地だったからその事は知らなかった。知ったのは………私の村にも周辺の村の奴等が来た時よ」 後に『ウェルバーの大虐殺』と呼ばれるこの殺人劇は思わぬ副産物を生み出した。 人々の間にはこの事件後、『原住民』達は災いを招くのだ、という風潮を広めてしまったのだ。 これからすぐに原住民狩りが始まる。 この事件後から特にオーリアーの方でも宗教問題が活発になり、歴史は今で言う暗黒時代に突入する。 レイナは知らないがアイオスが恋人を殺されて、魔族になったのもこの時代である。 「私達は町の広場に集められて何度も暴行を受けたわ。男達はストレスをぶつける道具として木の棒で何度も滅多打ちにされ、女達は肉欲を満たすために何度も犯された………。もちろん私もね」 レイナは話を聞いて気分が悪くなったのか顔をフェリースから少し背ける。 フェリースはもう悟ったかのように落ち着いた表情だ。 「何日にも渡って殴られた人が死に、もう止めてと叫んだ私の友達は首を刈られ………、子供を見逃すように言った私の母親は慰み者にされつづけてとうとう気が狂った。 その時、私は思った………。こんな思いまでして生きるなんて馬鹿らしい。 今まで『原住民』達は必死になって生きてきた。 どんなに迫害されても、いつかは希望が見える日が来るのを信じて………。 確かに今現在、迫害は完全に無くなった。私達が苦しんだ事は無駄にはなっていないでしょうね。でも、いくら今は改善されても、その当時苦しんだ私達はどうなるの? 希望を信じて生きてきた私達がついた先は絶望しかなかったのよ!!」 レイナは叫びにも似た話を聞き、勢いに押されて後ずさる。 その眼はフェリースの片目から出る一筋の涙に吸い込まれていた。 |