THE LAST DESTINY

 第四十四話 最終戦・ジェイルVSアイオスA


 最初に犠牲になったのはジェイルの様子を見に来た老婆だった。
 他の村人とは違って、老人達はジェイルの境遇がかわいそうと思い、部屋の掃除などをしに来ていたのだ。
 老婆が居間に入るといつもは見ないものが台所にある。
 それはジェイルだった。
 老婆は嬉しそうに声をあげてジェイルに近づく。
 その表情が苦痛に変わるのはすぐ後のことだった。
 老婆の胸を貫いた包丁はジェイルの手にしっかりと握られており、老婆は何も分からぬ内に死んでいった。

 ドウシテミンナイキテイルノ?

 中年の婦人の喉に包丁を突き立ててジェイルは言う。

 ミンナシネバイインダヨ

 一つ年上の少年の首をはねてジェイルは言う。
 結局ジェイルが殺したのは三人ですぐに警備隊に取り押さえられた。
 そのときのジェイルの眼はすでに生気を失っていた。


「………こうして俺はオーリアーで正式な裁判を受けるためにグロッケン帝に会った」


【力がほしいのか?】
 グロッケン帝はそう言ってきた。
 ジェイルは縦に首を振る。ショックで失語症になっていた。
【ならば儂の元へ来い。お前が憎んだ魔族を倒す力をくれてやる】
 こうしてジェイルは特別に罪を許されてグロッケン帝の養子になった。
 ここからオーリアー師団長、ジェイル=ウォーカーが生まれたのだ。


「俺は魔族を倒す力を手に入れた。この力で憎き魔族を滅ぼす。それが、俺の正義だ」
 ジェイルは淡々と、だが内側に燃えるような闘志をにじませて言葉を放つ。
 だがアイオスは聞いている間、閉じていた瞳を開き、静かにジェイルの心へと染み渡るように言った。
「お前は俺と同じだ………。人間が憎かったのだよ」
 ジェイルは無言のままアイオスをじっと見つめている。
 その沈黙を肯定と捕らえてアイオスは言葉を紡ぐ。
「お前は両親を殺した魔族ではなく、逃げて生き残った人間に憎悪を抱いていた。だから殺したんだろう? 何故、お前達が生き残っているのか、と」
 アイオスは次第に饒舌になっていく。
「結局、お前もこの世界に絶望した人間の一人なのだ。俺達と同じなんだよ」
「………そうだな」
 ここにきてジェイルが口を開いた。だが、アイオスの予想に反してジェイルの口調は決して絶望に沈んではいない。
 全てを知り、受け入れた者の強さがその口調に込められていた。
「俺は、確かに人間を憎んでいた。それも、のうのうと生き残っている自分自身をな。グロッケン帝の操り人形になりさがらなければ、俺もお前達と同じく魔族になっていたのかもしれない」
 ジェイルはアイオスを真直ぐ見つめる。その瞳には確固たる意思がある。
「だが、俺はお前達とは違う。俺は結局捨てることなどできなかった。俺はお前との戦いの後、市民達から励ましの言葉をもらった。俺の中にある何かがなくなっていったよ。俺は初めてこの人々を守りたいと心から思った」
 ジェイルは崩していた構えを再び元に戻して言う。
「人々を守ること。それが、今の俺の存在理由だ。それが達成された時に俺は初めて本当の人間だと思える気がする」
 アイオスはジェイルの言葉に行動で答えた。こちらも剣を構えなおす。
「いいだろう。お前の全てをかけて挑んでこい。その向こうにお前の求めている答えがある」
「『カイザー』ジェイル=ウォーカー」
「『四鬼将』"剣聖"のアイオス」
 言い終えた二人の間に一瞬の沈黙が流れる。
 そして、口が開かれた。
「「推参(おしてまいる)」」
 その言葉を最後に両者は戦いを開始した。


 アイオスの肩にあった剣は、右足の踏み込みと共に残像を残しながらジェイルの頭上に襲い掛かる。
 ジェイルはそれを右手の手甲で受け止めて瞬時に体をアイオスの体へと突進させた。
 受け止めた反動を使って繰り出された右肘を開いている手で受け止められると、右足を中心に回転し、勢いに乗せて裏拳を叩き込む。
 アイオスは前に最小限の動きで飛び出して裏拳を紙一重で躱す。
 すぐさま後ろを振り向いて剣を振り下ろし、横に避けられると剣が地面に突き刺さる前に軌道を急激に変えて横なぎの一撃を加える。
 素人目に見ても、こんな動きは達人でもできるかできないかだ。
 ジェイルはそれを大きく跳んで躱すが、アイオスは追撃をかける。
 飛びのいた拍子に体勢を崩しているジェイルにアイオスが疾風の如きスピードで迫り、渾身の一撃を叩き込んだ。
 だが、それも耳障りな音と共にジェイルの頭の前で交差された腕で受け止められる。
「かなりの強度だな」
 アイオスがジェイルの手甲に賞賛を述べる。
 ジェイルは気を抜けばすぐに斬られることを察知しながらアイオスの言葉に答える。
「『聖騎士の武器』を創った者の子孫が創った、現代最高の手甲だ」
 ジェイルはアイオスの剣を跳ねのける。そしてがら空きになった体に向けて技を放った。
「八式、大地震鳴神轟撃!!」
 間欠泉のように吹き出た気はアイオスの腹部を完全にえぐる。
「ぐあっ!!」
 悲鳴をあげて吹き飛ばされるアイオス。
 だが、ジェイルは気が当たる直前にアイオスが後ろに飛んで威力を拡散させているのを見ていた。そのまま追撃を開始する。
「八式―――」
 ジェイルの右腕に気が集中していく。
 アイオスは壁に激突したが何もなかったようにすっと床に降りた。
(チャンスは一回……)
 ジェイルとアイオスの間が狭まる。
 アイオスは体を高速回転させて鋭い斬撃を放ってきた。
 上中下段に間断無く放たれる斬撃は、ジェイルの体を少しずつだが切り裂いていく。
 さすがにこの状態には近づけなかった。
「このまま終わらせる!」
 アイオスは回転を繰り返しながら前進していった。
 徐々にジェイルは壁際へと追い詰められていく。
 次々にジェイルの傷は増え、とうとう左足を剣が深く斬り裂いた。
 その刹那、アイオスの瞳にそれが映った。
 ジェイルの瞳にある意志の強さが。
 その瞳に強い悪寒を感じた時には、ジェイルは既に行動を開始していた。
 ジェイルは一気にアイオスとの間合いを詰めた。
 当然高速回転している斬撃が真横からジェイルへと迫る。
 そしてそれはジェイルの左腕に深く食い込んだ。
「何!?」
 アイオスの斬撃はジェイルの腕に食い込むとそのまま勢いを完全につぶされる。
 剣はジェイルの左腕に手甲を突き破って食い込んでいた。
 後もう一押しでジェイルの左腕は完全に切断されるが、アイオスはジェイルの行動に一瞬動きが止まる。そこにジェイルの一撃が来た。
「金剛八式! 天涯拳!!!」
 ジェイルの右腕に集められた気は本来、遠くにいる敵に叩き込むためのものだったが近距離で使うことによりその威力をかなり上げることができる。
 踏み込みの衝撃で左腕を完全に切断しながらも、ジェイルの右拳はアイオスの鳩尾に深く突き刺さった。
「!!!!!」
 声にならない声をあげてアイオスは口から血を吐いた。
 人間と同じ赤い血が、頭をアイオスの顎につけるような体勢でいたジェイルの背中へと降り注ぐ。アイオスの体は上空へと持ち上げられ、ジェイルはそこに気を爆発させた。
「八式・奥義! 光塵闘武!!!」
 超高速でアイオスの周りを回り、徹底的に気を叩きつける奥義はアイオスの右上半身を吹き飛ばし、衝撃で遥か上の壁へと叩きつけた。
 アイオスはそのまま床へと叩きつけられる。
 上半身の右側を失い、とめどなく血が流れていく。
 血が流れているのはジェイルも同じで切断された左肘からはかなりの量の血が流れていた。
「まだ……やるか………」
 ジェイルは腕の血を気にせずに視線を前に巡らせた。
 そこにはアイオスが立っている。
 完全に効いたらしく顔は青くなり、もう無い右上半身から流れ出た血は立っている位置に血の池を作っていた。
「これで、最後だ」
 アイオスは腰の鞘に剣を収めて体を少し斜めにして構えた。
「俺の全身全霊を賭けた一撃。一瞬で死ぬ」
「いい…だ……ろう」
 ジェイルも体に気を張り巡らせる。そうすることで左肘からの出血も一時的に緩くなる。
 ジェイルはアイオスの技を瞬時に理解していた。すなわち、
 高速回転からの抜刀術。
 得意の高速回転から素早い抜刀術につなげる連続技だとジェイルは見抜いた。それを打ち破るには唯一つ。
(抜く……前に………、拳を叩き込む)
 このまま長引けばどちらも出血多量で危険だがアイオスは魔族である。
 出血多量で死ぬとは限らない。
 長引けばジェイルが圧倒的に不利だ。
 抜刀後の隙を狙っても良いが、抜刀前に拳を叩き込むほうがジェイルはできると思ったのだ。
 ジェイルも持てる力を全て拳に込める。そして、
「行くぞ!!」
 アイオスがジェイルに突進する。
 突進のエネルギーをそのまま回転へと変える気だろう。
 アイオスの姿が一瞬ぶれ、高速回転に入った。
 ここでジェイルも飛び出す。
 アイオスの回転の速さに床が摩擦で煙を上げる。
 そこにジェイルが突っ込み、アイオスが剣に手をかける―――
 次の瞬間、宙に舞っていたのは―――――



「前とは……逆になった、みた………いだ…な」
 ジェイルの一撃で心臓部分に穴が開いている状態でアイオスは息も絶え絶えに言葉を発してきた。
「よ…く、『核』の場所…が、わか………たな……」
 魔族は人間と異なり、『核』と呼ばれる物が動くことで生きている。これを破壊されることで魔族は死へと向かうのだ。
「直感だ。心臓の位置にあると思った」
 ジェイルは淡々と答える。
 その視線は徐々に消えていっているアイオスの足元に注がれている。
「これで……お…まえの、存在…理……由を達成……できた…わけ………」
 アイオスは口から多量の血を吐き出す。それはジェイルの足にも付着した。
「もう、いい。このまま眠れ」
 何の感情も感じられないジェイルの口調にアイオスは顔に笑みを浮かべる。
 既に下半身は完全に消滅している。
「いい戦いだった」
 アイオスはその言葉を最後に消滅していった。
 風に流れる砂のようにキラキラとした粒が、アイオスがいた場所から上空へと舞い上がる。
 これが『四鬼将』アイオスの最後だった。
「ふう………」
 ジェイルは息をつくとアイオスが入ってきた扉へと歩みを進める。
 だが数歩進んだ所でその場に座り込んでしまった。
 崩れ落ちたと言うのが正しいだろう。
 ジェイルの瞳からは徐々に光が失せ、その瞳が映すのは腹部を覆うどす黒い血、そして深い傷だった。
 ジェイルが座っている辺りはかなりの速さで血だまりが大きくなっている。
 明らかに出血多量だ。
「やはり………相打ちか」
 ジェイルは最後の瞬間、左の肘を抜刀しようとしたアイオスの左肘に叩きつけた。
 そのために一瞬アイオスの動きが止まり、その一瞬に乗じてアイオスへと拳を叩きつけたのだ。だがアイオスの抜刀が止まったわけではなく、アイオスに接近しすぎた代償は腹部を深くえぐられることだった。
 もし、抜刀を止めていなければジェイルは胴から真っ二つにされていただろう。真っ二つになるかその寸前か。ジェイルがアイオスを倒すのには選択の余地はなかったのだ。
「これでいい………。答えは見つかった」
 ジェイルの眼はほとんど光を放ってはいなかった。もう何も映ってはいないだろう。
「俺が探していた物………、それは―――」
 言葉が不意にやむ。
 ジェイルの意識は永遠に還ることのない旅へと向かっていった。
 最後に、自ら求めていた物と共に。




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