THE LAST DESTINY

 第四十三話 最終戦・ジェイルVSアイオス@


 ジェイルは薄暗い通路の中を歩いていた。
 進行方向には闇が広がっていて、数メートル先はもう見えなくなっている。
 通路の壁に触れてみると感触的には石造りの壁のようだが、そうではない事は分かっていた。その壁は時折、生きているようにうごめくのだ。
 しばらく歩き続けると遠くに光が見えた。ジェイルはその光に向かって走る。なぜかジェイルには予感があった。
 この光の向こうにはジェイルの待つ相手がいることを肌で感じていたのだ。
 光に飛び込み、視界が開けるとそこは城の大広間を思い起こさせるような場所だった。
 何も障害物の無い、かなり広い空間が支配している場所。ただ、そこには階段も次の部屋に行く扉さえもなかった。
 上を見上げてみる。
 上はどこまでも高くなっていて天井は見えない。
 ジェイルは違和感を覚えた。
 外から見たこの塔は四、五階建てだったはずだ、自分を自問する。
 この部屋は明らかに塔の中ではない。
「一体ここは………?」
 ジェイルはもう一つの違和感に気づいた。ライアス達がいないのだ。
 ここまでは一本道で迷うはずもなく、また、いくら最初離れていたとしても、もう追いついてもいい頃である。
 そのジェイルの動揺を見透かすかのごとく、その場に声が響いた。
「他の者に邪魔されたくはないので空間をいじらせてもらった」
 ジェイルは声がした方向を見て構えをとる。いつのまにか扉が現れてそこから一つの人影が出てきていた。ジェイルはその人影をよく知っている。
「アイオス………」
 アイオスは剣を右手に下げてゆっくりとジェイルへと近づいてきた。
「ここには俺とおまえしかいない。後、ここの空間はどんなに派手な攻撃をしても壊れないから俺達にはちょうどいいだろう」
 アイオスはジェイルの間合いに何の警戒もなく足を踏み入れて笑みを浮かべた。
「おまえとまた戦えるなんて嬉しいよ」
「俺も、だ………」
 二人の声は古い友人に久しぶりに会った時のように穏やかだったが、眼はまったく笑っていない。
「これが俺達の最後の勝負」
 ジェイルは闘気を惜しみなく発散させてアイオスへと叩きつける。
 アイオスはその闘気に押されて少し後ろへと下がった。
「あれからどれだけ経つだろう………」
 アイオスは顎に手を当てて記憶の糸をたどった。
 あれから、と言うのはオーリアーでジェイルと戦った時の事だ。
 結局、ジェイルはその時、まだまだ実力は及ばなかった。
「あれから俺は強くなった………」
 ジェイルはアイオスの思考を遮るように大きな声を出した。
 アイオスは意識を目の前のジェイルに戻すと正眼に構える。
「ならば、行動で示してみればいい」
 ジェイルはアイオスの言葉に頷いた。二人の間に沈黙が訪れる。
 ジェイルは右半身を下げて左肩をアイオスに向けて構えるいつもの姿勢。
 二人の視線が交錯する。そして、ジェイルが動いた。
「ふっ!!」
 ジェイルが瞬発力に乗せて放った右ストレートに合わせて、アイオスは交差法でジェイルに斬りつけようと横に紙一重で躱そうとする。
 だがジェイルは最初からアイオスの顔ではなく剣を狙っていた。
 右拳の軌跡をすぐさま横に曲げて剣の腹を強打し、体の前から弾き飛ばす。
「八式!」
 ジェイルはがら空きになったアイオスの胴に両掌を突きつけた。
「炎烈掌!!」
 両掌から放たれた気はアイオスの体を貫通する。
 その反動でアイオスを弾き飛ばし、壁に激突させた。
 ジェイルはその場からアイオスを睨みつけた。アイオスはすぐに立ち上がり、その視線を受け止める。
「どうして本気を出さない」
 ジェイルが静かに、怒りを込めた声でアイオスへと言った。
 アイオスは剣を正眼に構えながら言葉を返す。
「その資格があるのかテストしたのさ。そして、分かった」
 アイオスはいきなり眼光を鋭くした。その眼には怒りが覗いている。
「お前は、前と少ししか変わっていない。その程度の実力に俺が本気を出す必要もない」
 その言葉の最後がジェイルの耳に届いた時、アイオスはジェイルの眼前に迫っていた。
「なっ!?」
 ジェイルは何とか反応して後ろに飛びずさったが、胸板を浅くだが斬り裂かれた。
「俺は前よりも強い。今のお前にも勝ち目はない」
 アイオスは完全に失望しているようだった。
 ジェイルはその様子を見て思わず笑みを浮かべた。
「何がおかしい、おまえにもう用はない」
 アイオスがジェイルへ攻撃を仕掛けようとしたその時、ジェイルは突然身につけていた手甲とブーツを脱ぎ始めた。
 アイオスはジェイルの行動の意味が分からなかったが、何故か手出しはしなかった。
 アイオス自身分からない何かが、アイオスの欲求を満たしてくれる事を感じていたのかもしれない。
 ジェイルが手甲とブーツを脱ぎ終わると手首と足首に光が見えた。
 それは手と手、足と足をつなぎ、まるで光の錠のように見える。
「光封錠。力を三割程度に抑えるものだ」
「………ハンデをつけたまま勝とうと思ったのか」
 ジェイルが言った言葉にアイオスは呆れを隠さずに言う。
 しかし、その表情は明らかに笑みを形作っていた。
「ああ、だがこれで貴様とは闘えそうだ」
 ジェイルは両腕を掲げて言葉を紡いだ。
「開呪」
 ジェイルの言葉の後、光の錠は消滅してジェイルの体に今までとは比べ物にならない程の気がみなぎった。
 アイオスはその衝撃に後ずさりしながら感嘆の声をあげていた。
「すばらしい………。お前こそ俺が探していた相手だ」
「魔族に、そう言われても気味が悪いだけだ」
 ジェイルは吐き捨てるように言うと、次の瞬間にはアイオスの目の前にきていた。
「何!?」
 アイオスは先ほど自分がやったことをジェイルにされるとは思っても見なかったために行動が遅れた。
 ジェイルの右拳がアイオスの腹に突き刺さる。
「ぐふっ」
 その威力にアイオスは体を九の字に曲げ、下がった顔面にジェイルの膝が叩き込まれた。
 声も出ずに仰け反るアイオスにジェイルは凄まじい連続攻撃を放つ。
 仰け反った所に腹への肘打ち、すぐさま下から背中を突き上げるように膝蹴りが入り、浮き上がった所を足と首を捕まえて肩に体を乗せ、地面を思い切り踏み切る。
 その衝撃にアイオスの体は激しく仰け反った。
 ジェイルはそこからアイオスを放り投げてすぐさま気を結集させる。
「八式! 爆砕崩拳!!」
 凄まじい勢いで放たれたジェイルの拳は空中で方向転換できないアイオスの背中に直撃する。
「………!!」
 声にならない叫び声をあげてアイオスは高い位置にある壁へと激突した。
 かなりの衝撃のために体がめり込む。ジェイルは息を整えてからアイオスへと叫んだ。
「これでいいだろう! 貴様も本気で俺と闘え!!」
 アイオスはしばらくして床へと降りてきた。
 その顔には確実にダメージを追っていると分かるほど苦痛がにじみ出ていた。
「まさか……これほどとはな………」
 その言葉をアイオスが言った時、場の空気がいきなり変わった。
 ひんやりとするような薄ら寒い感覚をジェイルは感じる。
 ジェイルはそれが意味することを瞬時に理解した。
 アイオスが本気になったのだ。
 アイオスは肩に剣を担ぐと左腕を真直ぐ前に伸ばし、掌をジェイルへ見せるようにする。
 体も相手に対して一直線になるように左半身をジェイルへと向けた形になる。
「ここから先は言葉は要らない。だから、その前に聞きたい」
 アイオスの次の言葉をジェイルは分かっていた。以前聞かれた時には答えなかった事。
「どうしてそこまで魔族が憎いのだ?」
 ジェイルは前のように答えずにいようと思った。だが何故か口は開く。
「俺が六歳の頃だ………」
 ジェイルはこのアイオスという魔族に自分と似たものを感じたのかもしれない。
 ジェイルは自分の過去を話すことにした。
 グロッケン帝にしか話したことのない事を、そして誰にも言ったことのない自分の中の思いを。この、おそらく自分の最大のライバルへと話すことにしたのだった。


 ジェイル=ウォーカーはオーリアー帝国領最北端のラルゴという小さな村で生まれた。
 父、ラグリッサ。母、エレンシアとの間に生まれ、決して裕福ではないが不自由はなく暮らしていた。
 それも彼が生まれて六年で幕を閉じる。
「―――あの日は夏に入りたてで蒸し暑かった………。俺は村から少し離れた場所にある湖で水浴びをしていた」
 子供の中ではジェイルは最も泳ぎがうまかった。速さも、泳げる距離も。
 だからその日もいつものように泳いでいた。
 ただ、それだけの事だった。
「最初に気づいたのは焦臭い匂いだった。風に乗って、俺の村のほうから流れてくる焦臭い匂い………。子供心に不安を感じた俺はすぐさま村へと取って返した。そこで………」
 ジェイルは過去の記憶を思い起こして体を振るわせる。そして口から搾り出すように言葉を発する。
「あの惨劇を目撃した」
 ジェイルが見た光景は五歳の時に母から言われた地獄、と言う概念を現実に復元したものだった。
 地獄というものに抱いていた恐怖感が何倍にも増幅されてジェイルの心に直撃する。
 入り口の木の門が燃えていた。その周りの草木も燃えていた。
 入ってすぐの家は全壊していた。
 その家の畑は大きな足跡が縦横無尽につけられて無残な姿になっていた。
 あまり大きな村ではないため入り口付近からはほぼ、村全景を見ることができる。
 そしてジェイルは確かに見た。
 村の中央、いつもは子供達やその親が話に花を咲かせる場である広場に、異型の者が存在するのを。
 その時のジェイルはそれの名を知らなかった。
 それの名はレッサーデーモン。
 皆の言う下級魔族で他の動物などと同じく自然に生息している。
 めったに見ることのない、ジェイルにとっては生まれて初めて見る魔物が何体も広場を占領している。そしてその足元には見覚えのある人が何人か倒れていた。
「いつも親しかった友人。隣に住んでいた婦人。好意を寄せていた女性。そして、俺の両親が地面を血に染めながら倒れていた………」
 魔物は何人かの人を広場に追い詰めて殺し、その肉を食っていた。
 ジェイルは両親がレッサーデーモンに食われる光景を黙って見つめていた。
 いや、黙ってではない。
 ジェイルの口は何か聞き取りにくい言葉を呟いていた。
 だが、その声は何とか魔物の手を逃れた村の住人が呼んだ警備隊の足音にかき消される。
 数分後、魔物が全て駆逐されてもジェイルはその場にずっと立ったままだった。
 警備隊員の言葉にも何の反応も示さず、さっきまでのように言葉も発さずに広場をじっと見つめている。
 対処に困った隊員達はジェイルを生き残った村人に任せて帰っていってしまった。
 これが後の惨劇につながるとも知らないで。
「村人はまず俺にこう言った。『無事で何よりだ』と」
 その言葉を通してジェイルの中に生まれたのは純粋な疑問だった。

 どうして僕は生きているのか?

 どうして母さん達は死んでしまったのか?

 どうして、こいつらは生きているのか?

 何の意味もない死。幼い少年の心にはこの理不尽な殺戮に絶えられはしなかった。
 全ての行動、結果にはちゃんとした意味がある。
 父の教えだった。
 幼いジェイルはよく分からなかったが、何か大事なことを言っているのだというのは父の表情から知れた。
(いずれ僕は父さんのようになるんだろう。)
 そう描いていた父の像はこの日突然断ち切られた。意味のない行動のために。
 ジェイルはこの日から家から出なくなった。
 村人との会話もせず、食事もせずにただ部屋に中で過ごす。
 村人達は哀れみよりも呆れを含んだ口調で、ジェイルはもう駄目だと話していた。
 そして、殺戮の日から五日目。
 それが起こった。
「俺は村人を殺した」




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