THE LAST DESTINY 第四十二話 前哨戦 リーシスは法力を両拳に集中してから呪文を唱える。 「天・翔・楼・閣!」 瞬間、視界が霞み、はっきりした頃にはゴーレムの巨大な顔が目の前にある。完全な空間転移、即ち瞬間移動というものは存在しない。少なくとも人間にはそこまでできるほどの魔法技術も法力の強さも無い。 人類史上最高の法力を持つといわれるリーシスでさえもそれはかなわない。 そのために研究されたのがこの呪文、体の質量を限りなくゼロに近づけて高速で移動させる擬似空間転移。この呪文をつかえるのは今のところ発明者のリーシスだけである。 もちろん限りなく質量がゼロになるだけなので体は消えることは無く、障害物を通り抜けることはできず、また長距離を移動しようとすると空気との摩擦によって燃え尽きてしまう。 更に高度な法力の制御力を必要とするのであまり多様はできないが、このように戦闘で使うとかなりの効果がある。 ゴーレムの顔の前に出現したリーシスは法力を込めた拳を顔面に叩き込んだ。右ストレートはゴーレムの頬を砕き、すさまじい音を立てて地面へと倒れさせた。 「天・翔・銀・嶺」 空気の流れを操作して空中を飛行し、倒れたゴーレムの顔に接近すると今度は拳の連打を叩き込む。一発が入るたびにゴーレムの顔を構成するものが宙に舞っていく。ゴーレムは何とかリーシスの動きを止めようと両手で掴みかかったが、リーシスの素早さについていけず、手が空を切った隙にリーシスの拳によって両腕を破壊されてしまった。 破壊した反動で後ろに飛び、リーシスはゴーレムと間合いを取る。 ゴーレムは両腕を失い、バランスを失いながらも何とか立ち上がり、リーシスに向かってきた。 リーシスは両掌を肩幅ほどに離してゴーレムに向け、法力を集中させる。 「準備運動は終わりだ」 体全体に法力を発散させてゴーレムが間合いに入ったところで法力を発動させる。 「聖・戦・爆・滅」 リーシスが両腕を真上に掲げると体全体から法力がほとばしり、一瞬後ゴーレムの上から降り注ぐ。ゴーレムは断末魔の叫び声を出し、そのまま体を構成する元素を崩壊させて消滅した。 ゴーレムがいた場所にはそこの見えない巨大な穴が開いている。 「手加減できないのが難点だな」 リーシスはそれだけ言うと塔に向かって歩き始めた。 レイナは皆から十分に間合いを取りゴーレムに相対した。ゴーレムはただがむしゃらに手を振り回してくるだけでレイナの動きを捉えることはできない。 「邪魔よ!」 レイナは『雷光刀』に気をこめる。すると刀身から光の刃が現れ、刀身の長さの何倍にも成長する。 「お前にかまっている暇は無いわ!!」 レイナは一気に『雷光刀』を振りぬく。光の刃はゴーレムの両足をまとめて切断し、ゴーレムは地面に叩きつけられる。 レイナは光の刃を出したままゴーレムへと向かっていく。技を出す体勢を整えて叫んだ。 「乱れ飛龍!!」 龍の頭の形をした光弾と光の刃の同時攻撃でゴーレムの体は次々と崩れていく。攻撃が終わる頃には胸から上しか残ってはいなかった。 「とどめよ!」 レイナは『雷光刀』をゴーレムの頭に突き刺す。 するとゴーレムの頭は光に包まれて蒸発していく。 だがゴーレムが完全消滅する前には、すでにレイナは塔へと向かっていた。 ゴーレムが打ち込んでくる拳をジェイルは難なく躱していく。 ゴーレムの拳はゆるい地面に次々と穴を穿つが、ジェイルにはかすりもしない。 「準備運動にはちょうどいいか………」 ジェイルは呟くと後ろへと下がっていった。ゴーレムは何も考えずに追いかけていく。 やがてジェイルとゴーレムは海辺近くまで来た。 そこでジェイルの足が止まりゴーレムを真正面から見据える。 「この足場なら力を出せる」 ジェイルはその場に足をしっかりと踏みしめた。海辺の近くは潮風の影響などにより内陸部の土よりも硬くなっている。 『精霊武闘』はしっかりした地盤のところで真価を発揮する。 『精霊武闘』の技は全て爆発的な踏み込みによって威力を十二分に出すのだ。 ジェイルはゴーレムに左半身を向けて構えると、体の周りには目に見えるほど多くの気が集まってきた。 ゴーレムは光に本能的な恐怖を感じたのか移動スピードを上げて突進してくる。 「まずは足か………」 ジェイルは呟くと同時に気を発散しながら叫んだ。 「八式!!」 後ろに下げていた右足を一歩前に踏み出すと同時に右拳を地面に叩きつける。 「大地震鳴神轟撃!!」 拳を源流にして気が間欠泉のように噴出し、そのまま気の波になってけたたましい音と共にゴーレムへと突き進んだ。 ゴーレムは絶叫を上げながら波にのまれ、地面へと倒れる。 気の波はゴーレムの両足を消失させて消えていった。 ゴーレムは両足、正確に言うと下半身を失い両腕だけで何とか動こうとする。 ジェイルはゆっくりと近づきゴーレムの腕が届く所で止まった。 「どうした………、こい」 ジェイルの声は余裕があったが眼はまったく鋭さを失ってはいない。 ゴーレムもそれを分かっているのか動きがぴたりと止まってしまった。 「どうした? おびえて攻撃しない貴様など、何の価値も無いのだぞ………」 ジェイルは凄まじいほどの侮蔑と嘲りを含んだ口調でゴーレムへと言い切った。 次の瞬間、ゴーレムは咆哮と共に両腕を振り上げてジェイルへと振り下ろした。 ジェイルは右腕に集めていた気を一気に解き放った。 「八式! 天涯拳!!!」 大気をうならせて放たれた気の固まりは、ジェイルの近くで重なったゴーレムの両掌をこなごなに粉砕した。 振り下ろされた両手は手首の付け根のところから地面へと突き刺さる。 ジェイルは突き刺さったままの手首から右の肩口まで走り抜け、拳を打ち込んで右肩を破壊する。 すぐさま左肩も破壊した。 下半身と両腕を破壊されたゴーレムは低い唸り声を上げてジェイルを見る。 その眼は完全に絶望へと落ちていた。 ジェイルは溜息をつくとゴーレムに構えた。 「相手が悪かったとあきらめろ。俺はあいつと決着をつけなければならないんだ」 ジェイルは体を気で包み込み、ゴーレムへと突進していく。 「八式! 爆砕崩拳!!」 ジェイルの拳はゴーレムの頭を粉砕した。 ライアスは塔の真正面から動かなかった。だが、ゴーレムの体もその場からピクリとも動かない。ゴーレムは動こうとしているが動けないのだ。何か巨大な力に押さえつけられているように時々その巨体が震える。 「皆、遠くに行ったようだな」 ライアスは周りを見渡して呟いた。他の皆は遠く離れて戦闘を始めている。 「真のオーラテインの力、少しだが受けてもらうぞ」 ライアスはオーラテインを抜きさり、力を集中させる。 オーラテインの四つの宝玉が光り輝き、その閃光だけでゴーレムは後ろへと吹き飛ばされる。 「まずは『風』の力だ」 ライアスの体の周りに風の結界が発生し、ライアスの体を空高く舞い上がらせる。速度も安定性も前とは比較にならない。 「いくぞ! ウイング・リラッシャー!!」 オーラテインに込められた記憶の通りに言葉を紡ぎながら剣を振ると、風の結界から無数の、いや数十のかまいたちが発生してゴーレムへと突き進む。 ゴーレムは何とか立ち上がり、かわそうとするが最初の一撃が足首を切り裂くと地面に倒れ、結局全部のかまいたちを喰らう事になった。 「次は『水』の力」 ライアスは地面に着地するとオーラテインをかかげる。 その刀身が輝くと一気に振り下ろす。 猛烈な勢いの吹雪が刀身からゴーレムへと向かい、地面についていた両手足を凍らせた。 「今度は『土』の力だ」 黄色の宝玉が輝くとゴーレムの真上に何か黄色い幕のようなものが現れる。それはライアスの言葉と共にゴーレムへと降って来た。 「ヴェルムスト・クエイク!」 その幕は重力場だった。重力場はゴーレムを押し潰しながら地面へと向かう。 だがゴーレムの体が半分ほど潰れた所で重力場の幕は消えうせる。 「これで最後だ」 ライアスのその言葉と同時にライアスの体は炎に包まれる。 「これが『火』の力だ………。オーラ・フレイム!!」 ライアスの体を包んでいた炎は、オーラテインを振りぬくと共にゴーレムへと進んだ。 その炎は一瞬にしてゴーレムの体を包み込み、ゴーレムの体を蒸発させてしまった。 炎が消えて、煙が少し立ち昇るゴーレムの元いた場所を見ながらライアスは溜息をつく。 「まだだ………、まだ見えない」 ライアスはその呟きを残して塔へと向かった。 少し前からどこからも聞こえていた戦闘の音が消えているのは分かった。 ライアスは塔の前にいる人影を見て自分は最後だったようだ、と内心舌打ちをした。 (少し、様子を見すぎたか………) ライアスが塔の入り口の前にくるともう既に他のメンバーが待っていた。 「遅いわよライアス!」 レイナが結構な剣幕でライアスへと食ってかかる。ライアスはたじたじになり言葉をうまく出せない。その間にもレイナは言ってくる。 「私達には時間が無いのよ! 早くしないと世界が滅ぶの!!」 ライアスはレイナの剣幕に驚いたものの安心した。 前日までの不安はどこかに行ってしまっている。 ライアスは落ち着いて言葉を紡ごうとしたその時、横からジェイルが言葉を挟んでくる。 「遊んでいる暇は無い。行くぞ」 そう言って塔の中へと入っていってしまう。 「ジェイルの言う通りだ」 少なからず言葉に笑いを含んだリーシスもそれを悟られるのを避けるようにさっと塔の入り口へと入っていく。 ライアスとレイナも後から慌てて続いた。 |