THE LAST DESTINY

 第四十一話 終幕への序曲


 ライアスとレイナが家を出た時、上空から光の球が二人の前に降り立った。
 光が消えるとそこには神官衣を着た青年が立っていた。
「リーシス」
 光は転移魔法で来たリーシスだった。その表情には迷いのようなものはまったく無い。
 もう全ては最後まできているのだ。
 残るは魔族を倒すだけ。だが、リーシスは少々重々しく口を開く。
「ライアス、魔族が宣戦布告をしてきたことは知っているな」
 ライアスは無言で頷く。実はライアス達が隠れ里に着いてすぐに全世界に魔王ギールバルトが宣戦布告をしてきたのだ。


 空に突如半透明な四角の板状のものができたかと思うと、そこに魔王の姿が投影される。
『我々は終に最終兵器の鍵である《ライデント》を手に入れた。
 これにより、我々の切り札『ゼロ・カノン』をいつでも発動させることができる。
 そこで貴様ら人間に最後のチャンスを与えてやろう。
 残りの『四鬼将』と私を一日が終わる前に倒すことができれば発動を止めてやろう。
 一週間待ってやる。
 一週間で戦士を最高五人まで集めろ。人間の代表をして我々を止めようとするがよい。
 期日を過ぎると無条件でこの世界を滅ぼし尽くす』


 このような内容が全世界に流れて人々は深い絶望に陥った。
「一体どうなるんだ?」
「『フォルドの魔人』リーシス様が何とかしてくれるさ!」
「でも、一人では五体の魔族には………」
 人々の中には最初、『フォルドの魔人』リーシスが何とかしてくれるだろうという考えがあった。しかし、最上級魔族五体を相手にして勝てるわけがないと決め付けてしまう人もいる。
 そうして人々の中で絶望から犯罪に走るものが増えていた。
 リーシスはこの宣言を聞いた時には、すぐライアスに連絡をとるために隠れ里を訪問していた。
 ライアスの身に付けていたマントはフォルド特製のもので特殊な波長を放っており、探知機で容易に見つけることができる。この時はティリアの事やディシスの事でリーシスの話を聞く余裕も無く、後に話を持ち越してもらったのだ。


 リーシスは簡潔に、最も分かりやすい言葉をライアスとレイナにかけた。
「最後の戦いだ」


 ライアスとレイナはリーシスにつかまり転移の魔法でフォルドへと飛んだ。
 一瞬の白光の後に、ライアス達の目の前にはフォルド魔法兵団の全員が整列していた。
 総勢十万の兵士がこのように隊列を組んでいるのは正に圧巻だった。
 ライアスとレイナがその光景に目を奪われているのを見てリーシスは軽く苦笑するが、すぐに顔を引き締めてライアス達をリアリスの下へと連れて行く。
 玉座の間に入った時、最初に目に付いたのは一人の人物だった。
「ジェイル………」
 ライアスは思わず言葉を出した。
 リアリスの場所より少し下がった所にはオーリアー帝国師団長、ジェイルが片膝をついていた。
 ジェイルはライアス達の方に一瞬視線を向けた後、リアリスの元に戻す。
 ライアスはジェイルの態度に内心苦笑しつつ、リーシスやレイナと共にジェイルの横に並んでリアリスに跪いた。
 リアリスはライアス達をゆっくりと見回してから口を開く。
「これから、おそらく最後の、いえ、最後にしなければならない戦いが始まります。私達人類はあなた達にこの世界の命運を託します」
 リアリスは玉座から立ち上がりライアス達の前に進み出た。
「レイナ=メルビス」
「は………はい」
 急に名前を呼ばれたことで少々動揺しつつレイナは返事をして立ち上がった。『人類の女王』を前に明らかに緊張しているのが伺える。その様子にリアリスは笑みを浮かべ、レイナは顔を赤くする。
「ジェイル=ウォーカー」
「はっ!」
 リアリスは視線をジェイルに移して名前を呼ぶ。
 ジェイルは機敏な動きで立ち上がり直立姿勢を保つ。
「リーシス=ツォン=フォルド」
「はい」
 リーシスは右腕を左胸の上に持っていき、その真摯な瞳でリアリスを見つめる。
 リアリスは一瞬の悲しげな表情の後にいつもと変わらない笑みを浮かべた。
 ライアスはそれを見逃さずに内心思っていた。
(自分の息子に危険を背負わせるのはやはり辛いんだろうな………)
 ライアスは自分の母親の、最後の笑顔を思い出した。
 あの笑顔の裏にもこのような辛さが見え隠れしていたのだろうかと思う。
「ライアス=エルディス」
「………はい」
 ライアスはリアリスの声によって思考から引き戻された。極力平静を装って答える。
 リアリスはもう一度全員を見回してから慈愛のこもった瞳を向けて言った。
「皆さん。生きて、帰って来てください」


 ゴルネリアスへは翌朝早くに行くこととなった。方法はフォルドに伝わる、一度に何人も運ぶ事ができる転移装置だった。
 リーシスの転移の魔法で行けない事もないが、転移の魔法はその飛距離によって法力の消耗度が比例していくものなのでゴルネリアスまでの転移はかなり法力を消耗してしまう。
 そのために転移装置が必要となった。
 その装置の調整に、やはり一晩はかかるということで面々は個室をあてがわれて休む事となったのだ。


 ライアスはノックの音で目を覚ました。部屋の中はもう既に暗闇に包まれている。明日の決戦に向けて気分を落ち着かせようと、ベッドに横になっていたところどうやらうたた寝をしてしまっていたようだ。
 ライアスは少々重さが残る頭を振りながらもすぐにドアへと向かった。
 うたた寝に入る前にエリーザや、フォルドの女性神官達から激励の言葉をもらっていたので今回もその類だろうと思い、さしたる疑いもなく扉を開けた。
 その瞬間、ライアスの警戒の信号が届く。
 ライアスはとっさに後ろに下がると、元いた場所に銀の煌きが走った。
 その直後にライアスは前に出て銀光の根元を掴んだ。
 互いの動きが止まったところに雲に隠れていたのだろう、ドアと反対側にある窓から月明かりが射して侵入者とライアスを照らす。
 そこには見慣れた顔があった。
「脅かすなよ………レイナ」
「………」
 侵入者はレイナだった。鎧はつけておらず、どうやら寝巻きのようだ。
 いつもの赤いシャツではなく白いノースリーブのシャツに、下は短パンという姿で手には『雷光刀』が握られていた。もちろん鞘に収まっている。
「かなりの殺気だったぞ。殺す気かよ」
「まさか」
 ライアスはレイナから離れてベッドに座った。レイナも何も言わずにライアスの横へと座る。しばらくの沈黙の後、レイナは口を開いた。
「不安なの………。どうしようもなく………」
 ライアスは黙ってレイナの横顔を見つめていた。
 レイナの体は小刻みに震えている。
「目を閉じると、死ぬ所が見えるの。自分じゃなくて、ライアスが死ぬ所が、何度も何度も………」
 レイナの目から大粒の涙が現れ、頬を伝って床に落ちていく。レイナは言葉をつかえさせながらも続けた。
「ラルフ………が………死ん……で…ライアス………まで……そ……う……なった………ら………」
 レイナの言葉が途切れる。
 ライアスはレイナを抱きしめてレイナの顔を自分の胸に埋めさせた。
 その事で緊張が途切れたのかレイナはついに大きく嗚咽を洩らした。
 最後の戦いが近いという事で無理をしていたのはライアスだけではなかった。
 レイナにとっても、ラルフという存在はかけがえの無いものだったのだ。
 ライアスはレイナの頭と背中をさすりながらレイナが落ち着くまでしっかりと抱きしめる。
 しばらく経ってレイナの嗚咽が収まると、ライアスはレイナの顔を両手で包み込むようにして持ち、顔を近づけた。
 そして静かに話しかける。
「大丈夫だ。俺達は皆、生きて帰る。ティリアにも約束しただろう。約束を破ったら、あいつはうるさいからな………」
 そしてライアスとレイナの体が触れ合う。
 二人はそのままベッドへと倒れこんだ。
 月明かりは再び雲間に隠れて部屋は闇に包まれる。
 そうして最後の夜は更けていった。


 前日と同じように空はどんよりとした天気で太陽は見えなかった。嵐の前の静けさとでも言うような、そのような感じが伺える空模様に中庭に並んでいる魔法兵団の兵士達も顔には不安が混じっている。
 何しろ今日で人類の未来が決まるのだからそれも仕方が無いことだった。
『カイザー』ジェイル=ウォーカー
『龍戦士』レイナ=メルビス
『フォルドの魔人』リーシス=ツォン=フォルド
『オーラテインの戦士』ライアス=エルディス
 現時点で人類最強のこの四人の肩に人類の命運がかけられた。
 四人は広場の中心に設けられた転移装置である円卓の上に乗っていた。
 この円卓に法力を詰め込むことによって装置は発動する。
 今、正にこの装置は発動しようとしていた。
「覚悟はできましたか?」
 リアリスが四人に対してやさしく問い掛ける。
「俺がこの剣を握った時に、もう決着をつける決心はついています」
 ライアスはオーラテインの柄を力強く握る。他の三人も無言で力強くリアリスに頷く。
 リアリスは満足そうに微笑んでから四人と距離をとった。
 その瞬間から円卓が輝き始める。
 光の柱が天へと駆け上りライアス達の姿は次第に光に飲まれ、消えていく。
 リアリスはライアス達の姿が完全に消える瞬間に呟いた。
「御武運を………」
 その言葉が聞こえたのかは定かではなかったが、リアリスには一瞬見えたリーシスの顔が微笑んでいるような気がした。


 光が消えるとそこは草一本もない黒く変色した土地だった。視線を遠くに向けると瓦礫の中に一本、空を覆っている雲の上まで伸びた塔がある。
 ライアス達は知らないが、塔がある場所は以前、魔王の城があった場所であり、瓦礫はその残骸だった。
 その塔以外は建造物と呼べるものは存在せず、大小さまざまな岩が辺り一面に転がり、空気は得体の知れない有害な物でも含んでいるのか、充満する魔気のせいなのかかなり息苦しい。
 じっとしているだけで体力が奪われていきそうだった。
「ここが、ゴルネリアス………」
 ライアスが眼つきを鋭くして呟く。
「いこう、時間は十分あるわけじゃない」
 リーシスがそう言って走り出した。
 ライアス達もそれに続く。黒い大地は弾力性があり、まるでできそこないの沼地のごとく広がっている。
 足をとられるわけではないがどうも走りにくい。
 何とか走りながら周りを見てみると、さっき目に付いた大きな岩は自然にできていた物ではない事が分かる。岩は目に付く限り全てに人工的につけられた亀裂や切り傷がある。
 おそらく『災厄の終末』時、この辺りにはまだ魔族の砦などさまざまな建築物があったのだろう。
 ライアスはその光景を頭に思い浮かべながら走っていた。
 少しして、突如ジェイルが声をあげた。
「止まれ!!」
 その声に思わず皆は立ち止まる。ジェイルは他よりも前に進み出て意識を集中させる。
「何か………くる」
 ジェイルはこの四人の中で相手の気配を察知する能力がずば抜けて高い。
 ジェイルの忠告から少しして他の皆も奇妙な気配に気づいた。
「何………?」
 レイナが『雷光刀』を抜き放ち戦闘態勢をとる。
 四人は背中合わせになり四方に気を配った。
 すると突然地面が揺れる。
 何とか倒れないように踏みとどまって気配を探るとライアスはその気配の主に気づいた。
「下だ!」
 ライアスの言葉が発せられた瞬間、四人はばらばらに飛びのいた。
 元いた地面から巨大な手が飛び出す。
 そのまま手は力強く地面に掌をつけて胴体を地面の下から持ち上げた。
 出てきたのは全長50メートルほどになるゴーレム。
 最初の一体が出てくるとそれにつられて三体の同系統のゴーレムが地面から出てきた。
「なるほど………、これが僕達の入場試験というわけか」
 ゴーレムはライアス達それぞれに攻撃を開始する。攻撃をかわしている内に、四人はばらばらになってしまった。リーシスはなるべく他のゴーレムと離れた所に移動した。
「いいだろう。最終決戦、開始だ」
 リーシスの拳には既に法力の光が集中していた。




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