THE LAST DESTINY

 第四十話 別れ


 ライアス達が『隠れ里』に着いてから二日経った。
 その間、魔族はある動きを見せて以来沈黙し、人々は逆に恐怖をあおられている。
 ティリアはライアスの家に運ばれて部屋で寝かされているがまったく起きる気配がない。
 ライアスの両親はライアスが帰ってきた時、何も言わずにティリアを寝所へと運んでくれた。まるで、こうなることが分かっていたかのように。
 ライアスはティリアを両親に任せると家を出た。
 行き先はディシスの屋敷。
 ライアスは、確証はないがあることを感じていた。
 オーラテインの事、『災厄の終末』の事、そして―――ラルフの事。
 ライアスはディシスの屋敷に入ると出迎えた使用人に挨拶もせずにまっすぐディシスの部屋に向かった。
「ライアス=エルディスです。失礼します」
 同じ言葉を言ってラルフと共にこの部屋に入ったのはもう何ヶ月も前の事だ。
 ライアスはそんな事を考えながら部屋の奥へと進んでいく。
 そこには正座をしたディシスが待っていた。
 ライアスはその前に正座をすると、単刀直入に話を切り出した。
「ディシス様、オーラテインについて全てをお教えください」
 ライアスの言葉に、ディシスはしばらく目を閉じていたが不意に目を開け、深くため息をついた。
 そして意を決したように言葉を紡ぎ始める。
「全てを話そう………」
 ディシスの声は明らかに苦しみが混ざっていた。


「オーラテインの力は確かに四つの『宝玉』に散りばめられていた。だが、オーラテインの真の力を発動させるには………魔王を滅ぼす力を発動させるには、ある条件があるのだ」
「その条件とは?」
 ディシスは一瞬躊躇したあとに言葉を発する。
「それには少し、あの時の事を話さなければな。『災厄の終末』末期の事だ。私と二人の『聖騎士』はゴルネリアスへと突入し、魔王を滅ぼそうとした。途中に『四鬼将』シュタルゴーゼンと戦い一人が死に、魔王の所に着いたのは私ともう一人、ヒルアス=エルディスだった。」
「ヒルアス―――エルディス?」
 ライアスはディシスの口から出てきた名前に驚きを隠せなかった。
「そう、お前の先祖だ。ヒルアスは私の親友だった。そして共に戦う最高の仲間………。私とヒルアスはぼろぼろになりながらも魔王をあと一歩のところまで追い詰めた。オーラテインの力を使って完全に滅ぼすだけとなったのだ」
 ディシスはここで初めて顔に苦悩の表情を浮かべた。言葉を出すのを明らかに躊躇っている。ライアスはディシスの瞳をしっかりと見据えて言った。
「どんなことでもかまいません。俺はどんなにつらくても耐えてみせます」
 ライアスの言葉にディシスは表情を少し崩し、おもむろに口を開いた。
「だが、オーラテインの力は発動されることはなかった。なぜならオーラテインの真の力を発動させる鍵となることを私はしなかった、いや、できなかったのだ」
 ディシスの顔に激しい怒りの表情が浮かぶ。それが何に対しての怒りなのかライアスには見当がつかない。
「オーラテインは他の聖戦士の武器と違い、神が直接創った剣だ。まさに神の力が扱える。ただし、その力は普通の人間が使えるものではない。神は………使う者にも神に等しい資格を求めたのだ」
「神に………等しい資格?」
 怪訝そうに聞き返したライアスの瞳をディシスの悲しみに満ちた視線が射抜く。ディシスは搾り出すように次の一言を紡ぎだした。
「オーラテインの真の力は………、扱う者の最も信じる者と、最も愛する者の命を必要としたのだ」


 ライアスはディシスの言葉の意味を理解するのに少々時間を費やした。頭の中をディシスの言葉が何度も繰り返される。
(信じる者と、愛する者の命………?)
 やがて言葉の意味を理解し、ライアスはやっと言葉を搾り出した。
「な………ぜ………、何故………なんです?」
 ディシスはライアスに視線を向けずに後ろを向いた。
「何故! どうして神に等しい資格と、信じるものと愛するものの命を失う事が関係あるのですか!?」
 ディシスはライアスのほうに顔を向けた。顔全体に苦渋の色を貼り付けて。
「神は………どれだけ月日が流れても争いを止めない我々人間に不信感を募らせていた。だから神は、神に等しい力を仕える『オーラテインの戦士』は神に極限まで近づかなければならないと制約を与えた。人が人としてこの世界に存在するのに最も必要なのは個人の意思ではなく、周りの人々の存在だ。その中で最も大事にされる親友と、愛する者を断ち切ることで、初めて神に最も近い存在へと昇華される。すなわちオーラテインの真の力を扱う資格があると考えたのだ」
「そんな! それでは『オーラテインの戦士』には人間であることを捨てろというのですか!!」
 ライアスは腰に挿してあったオーラテインを鞘ごと引き抜き床に叩きつけた。ディシスは歩み寄ってオーラテインをその手に掴む。
「この村を出る時、ディシス様は教えてくれました! いくら強大な力を持っていても、俺は一人の人間でしかない。だからやれる事など限られている事を!! それなのに………これでは、これでは――――――!」
 ライアスは視線を床に向けたまま体を震わせていた。
 ディシスの言葉の意味を理解する事でライアスは創界山から脱出した直後の出来事、オーラテインの力がさらに上がったことの意味を理解したからだ。
 即ち、ラルフはオーラテインの犠牲となったのだ。
 ライアスは渾身の力で拳を握り、血がその手から滴り落ちる。
 その様子を、ライアスからでは陰になって見えないディシスの顔がじっと視線を向けている。しばらくしてディシスは口を開いた。
「だが、私もこの400年、何もしなかったわけではない。私の親友、ヒルアスは私の代わりにオーラテインを使い、命と引き換えに魔王を封印した。私はそれを今までずっと悔やんできたのだ。ヒルアスの命をかけた封印は解けてしまうのは分かっていたからな。だから何か良い方法は無いかと探しつづけた。そして、一つだけ方法を見つけた」
「その方法とは!?」
 ディシスの言葉にライアスは思わず大声を上げてしまう。ライアスにしてみれば残るライアスの大事な存在、レイナが失われるかもしれないのだ。
 ディシスはライアスから離れて祭壇の前までくるとオーラテインを鞘から抜き放った。
「え………?」
 ライアスは驚きの声を洩らした。
 オーラテインは魔気を感知しなければ抜けることは無いからだ。
 だが現にオーラテインは抜き放たれて尚且つ、刀身が光り輝いている。
 その様子はライアスのよく知っている状態だった。
 刹那、ライアスの直感がある事を伝えた。
「ディシス様!!」
 ディシスはライアスが叫ぶのと同時に剣を自分の胸へと突き刺していた。慌ててライアスは駆け寄るが、突如発生した障壁に弾き飛ばされる。
「ディシス様!!」
 ライアスはもう一度ディシスの名を呼んだ。ディシスの体は光に包まれ始めていた。ライアスはこの状態を知っている。宝玉とオーラテインが一つになる状態だ。ディシスは感情が何も読み取れない瞳をライアスに向けて言ってくる。
「私が見つけた方法は、私の力………『前・オーラテインの戦士』の力をオーラテインに注ぎ込むこと。これで条件のひとつを満たそうということだ」
 ディシスが言葉を紡ぐ間にも光はディシスの体を覆っていく。
 そして体中を光が覆うと、次の瞬間にはゆっくりと足元から消え始めた。
 ライアスはその様子を驚愕が混じった目で見ることしかできない。
 ディシスはそんなライアスにかまわずに言葉を続ける。
「私にはこの方法しか思いつかなかった。私の親友、ヒルアス。そして、おまえの親友、ラルフを犠牲にしてしまった。だから、せめてお前からレイナを奪うことだけは防がなければならない。これで、レイナの命を使わなくてもオーラテインの真の力は発動できるはずだ。これが私にできる唯一の、お前と………ヒルアスにできる罪滅ぼし………」
 ディシスの体が消えていく。言い終わる頃にはディシスの顔を残すのみとなった。
 ライアスは消えてしまうディシスの顔をしっかりと手に掴む。
 ディシスはライアスを見て微笑むと最後にこう言った。
「後は………頼んだぞ」
 ディシスの意識は混沌へと落ちていく。
 その間際に二人の顔が脳裏に浮かぶ。
 その顔に満足を覚えながら、ディシスの意識は闇に消えた。
 オーラテインが音を立てて床へと落ち、いつもと変わらない部屋へと戻る。
 ただ、その部屋にいるはずの主の姿だけが無い。
 いるのは床に拳を叩きつけ、涙を流しているライアスだけだった。


 ディシスの葬儀はディシスの屋敷に住んでいた使用人が中心になって速やかに行われた。
 ディシスは前からこうなる事を言い残していたらしく、村中がディシスの死をすぐに納得した事もこの速やかな葬儀の原因だったのだろう。
 村中が涙を流し、ディシスの死を悼んだ。
 人の価値はその人が死んだ時、どれだけの人が悲しんだかによって決まる。
 ディシスの存在は確かに人々の心の中に深く入り込んでいた。
 そんな中、ライアスは葬儀には参列せずに自分の部屋に閉じこもっていた。
 葬儀後何日かが過ぎても部屋から出てくる様子は無い。
 心配していたライアスの両親の前にレイナが訪れた。レイナもこの村に帰ってから自分の家で十分な休養を取っていたのだ。
 レイナはライアスの部屋の前までくると慎重にドアをノックした。そして一言ことわってからノブを回す。扉はすんなり開き、レイナは体をすばやく部屋の中に入り込ませた。
「ライアス………」
 部屋は夜ということもあって暗闇に包まれている。レイナは少しその場で思考をめぐらすと、明かりをつけないままライアスの下へと近づいた。ライアスはベッドに腰掛けている格好になっている。レイナはライアスの隣に腰をおろし、その肩にそっと体重を乗せた。
「ライアス………」
 レイナが言いかけたとき、ライアスが言葉を挟んできた。
「分かってる」
 その声は弱弱しかったが何かを吹っ切ったような勢いがあった。レイナは無言で次の言葉を待っている。
「俺がここでつぶれてしまったらそれこそ、ラルフやディシス様の死が無意味になってしまう。俺は魔王をこの与えられた力で倒すことで犠牲になった人達への罪滅ぼしにしたいと思う」
 ライアスはそう言ってから寄りかかっているレイナへと頭をもたげた。レイナが寄りかかっていることで彼女の頭にちょうどライアスの頭が乗る状態になる。レイナは少し笑みを浮かべた後に呟くように言った。
「なら、今日はゆっくり休んで。明日以降はもう泣き言は言えないんだから………」
「………ありがとう」
 二人の周りの闇はさらに深まり、二人を優しく包んでいった。


 その日は朝からどんよりとした天気だった。黒い雲が空中を覆い、太陽は影を潜めている。ライアスとレイナはティリアのいる寝室にいた。ティリアは安定した寝息を立てながら深い睡眠状態に入っている。最初はかなり衰弱していたので、ここまで持ち直したのは医者も驚いていた。
 後ろからライアスの母親が入ってきて、ティリアの状態を詳しく話してくれた。
 どうやら力を使い果たした反動でこの状態になっているようだ。
「医者は、この状態がいつまで続くか分からないと言っているわ。明日に目覚めるかもしれない。でも、このまま目覚めないかもしれない………」
 ライアスは無言でティリアの顔を覗き込んでいる。レイナは複雑な表情でそのライアスの横顔を見ていた。だが、ライアスが顔を上げるのと同時に弾かれたように顔をライアスから背けた。ライアスはそれに気づかずにライアスの母親に向かい話す。
「母さん。俺はこれからフォルド城に向かう。多分、最後の戦いが待っているけど、必ず帰ってくるから、ティリアの事、頼む」
 ライアスの母親は顔中に満面の笑みを浮かべてライアスの言葉に頷いた。そして部屋から出て行く。ライアスの母親が部屋から出た後にライアスはティリアに語りかけた。
「起きた時には全て終わらせてやるよ。俺達の事を必死で守ってくれたお前のためにもな………」
 ライアスはそこで一旦、言葉を切ってから先を続けた。
「必ず生きて帰るから」
 ライアスが言った言葉にレイナも相づちをうち、二人はティリアに簡単に別れの言葉をつげて家から出ていった。




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