THE LAST DESTINY 第三十六話 試練V、そして―――――― 「来たな。ライアス=エルディス」 ヴァルフィードは無感動に言い放った。 洞窟を抜けるとそこは少量の雪が積もる創界山山頂だった。 ライアスはヴァルフィードの隣にラルフ達の姿を認めると表情を少し緩める。 そしてすぐにヴァルフィードにきつい視線を向けた。 「さあ、来たぞ。これで終わりだろう」 ライアスの幾分怒気をはらんだ口調に、しかしヴァルフィードは何の感情の変化も見せることなく言う。 「いや、最後の試練が残っている」 ヴァルフィードはそう言うとオーラテインを掲げて見せた。 その刀身は既に鞘から解き放たれている。 ライアスが不思議そうな顔でそれを見つめているとヴァルフィードが呟く呪文と共に刀身が光を放つ。そしてオーラテインが地面に突き立てられるとそこからあっという間に人型の物が出てきた。 それはライアスの姿をそのまま現していた。 「………どういうことだ?」 ライアスはヴァルフィードに向けて怒りに燃えた双眸を突きつける。ヴァルフィードは平然と言い放った。 「これまでお前が手に入れた力、それを越えることが最後の試練だ」 ヴァルフィードが言った瞬間、人形が体の周りに光球を発生させてライアスへと向かってきた。ライアスは瞬時に剣を抜き体制を整える。そこに光球が一斉に向かってきた。 「閃光烈弾!!」 ライアスも即座に反撃するがどれも相手の威力を相殺するには至らず、ライアスへと降り注いだ。 「ライアス!!」 レイナが思わず悲鳴じみた声を上げる。だがライアスの姿はレイナ達から離れた場所に移動していた。創界山山頂は広く、少なくとも数キロ四方はあるようだ。 レイナ達が被害を被ることのない位置でライアスと人形は対峙する。 人形は再び光球を纏いライアスへと突進し、ライアスは閃光烈弾で迎撃を試みるが人形は風の結界を発生させ、それらを全てはじき返した。 だがその隙にライアスは人形との間合いを詰める。 この位置では人形も閃光烈弾を放つことはできない。 「疾風斬!!」 ライアスは闘気を纏い、人形めがけて突進した。 だが人形も光を纏ったかと思うとライアスと正面から衝突しライアスを吹き飛ばす。 上空に吹き飛ばされたライアスは、地面へと背中から叩きつけられて一瞬息が詰まって咽るがすぐに立ち上がり人形を視界に入れる。 そこに光球が向かってきた。 「おおおおおおおお」 ライアスは咆哮を上げると真正面に突っ込み、進行方向にある光球を迎撃しながら進む。 爆発する直前に、まさに神速の動きで前へと突き進み爆発の余波を最小限にすまそうという作戦だった。その勢いで人形へと肉薄する。 「くらえ!」 ライアスは渾身の一撃を人形へと見舞った。 だがあっさりとオーラテインに受け止められる。 上段の一撃をすぐに下段へと変換し、すくい上げるように人形の喉元へと剣が向かうが、それも受け止められる。 そのまま剣撃の攻防が殆どゼロ距離射程の間で繰り広げられるが、最後にライアスと人形は同時に寸打をお互いに叩き込み、反対側へと吹き飛ばされた。 二、三回転がりながらも何とか体勢を立て直し、ライアスは立ち上がる。 口の中に入った雪を吐き捨てて言葉を出す。 「くそっ! パワーが違いすぎる………」 ラルフ達にもこの声は聞こえてきた。確かに見ている限り剣の技量は互角、スピードはライアスの方があるように見えるが、攻撃力は圧倒的に人形の方があった。おそらく、人形の攻撃力を10とすると、ライアスは3ぐらいしかないだろう。ライアスには決定打がないことになる。 「これを乗り越えなければ、お前は力に呑み込まれるだけだ」 ヴァルフィードがライアスへと叫ぶ。 ライアスはヴァルフィードを一瞥するとすぐ人形に視線を戻して向かっていく。 人形は生み出した光球を刀身に集めてそこに光の刃を創り出す。 「崩牙雷刃!」 人形が叫び、ライアスへと突進した。ライアスは閃光烈弾を放ち人形の視界はふき上がる砂埃で塞がれる。だが人形は気配を探り、影が見えた方へと光の刃を突き刺した。突き刺すと共に光の刃は大爆発を起こし砂埃を吹き飛ばす。だが、戻った視界にあったのはライアスが鎧の下に着ていた防寒着だった。見ると地面には鎧が投げ捨ててある。人形は一瞬動きを止め、気配が上から来ることに気付いた時には遅かった。 「破邪剣聖滅殺!!」 ライアスの繰り出した斬撃は人形の右腕を切断していた。だが、人形は体勢の整っていないライアスの顔面に寸打を当ててライアスは再び吹き飛ばされる。人形は左腕でオーラテインを拾い、ライアスに視線を向ける。ライアスは寸打が効いてないようにすくっと立ち上がった。 どうやら寸打が当たる直前に後ろに飛んで威力を殺したようだ。 だが、いつも以上に息が上がっている。激しい息づかいがラルフ達にも聞こえてくる。 「ライアスの動きがさっきまでとはまた違う」 「ええ………。自分でも思ってもいない動きで呼吸がついていっていないようだわ」 ラルフの呟きにレイナが応える。ティリアはライアス達の戦いに目を奪われて固唾を呑んで見守っている。その時、突然ライアスの息づかいが止まった。 俯いていたライアスはその視線を人形へと向けた。人形はそれと同時に後ろに下がる。 ライアスの放つ闘気に意識のない人形も気圧されたのだ。 「こい」 ライアスは静かな口調でそう言った。人形はそれに触発されるように体の周りに光球を発生させる。ライアスは続けて言った。 「暴走する力の無意味さを俺が砕く」 人形が放った閃光烈弾は全てライアスへと向かう。しかしライアスは避けようともしない。 そして全ての光球が突き刺さった。激しい爆音が響き、山頂の地面が揺れた。ラルフ達も思わず地面に手をつく。見ると人形はその場から動かない。いや、動けないようだった。 爆炎の中から激しいプレッシャーが放たれていたからだ。爆炎が晴れるとそこには無傷のライアスが佇んでいた。 「あれだけの光球を全て叩き落としたのか………」 ラルフはその事に感嘆した。ライアスに向かってきた光球は二十は下らない。凄まじいまでの反応速度とスピードだ。そのライアスが何かを呟くと動いた。ラルフはその口の動きをしっかりと把握する。ライアスは静かにこう言っていた。 「死ね」 ライアスは一瞬後に人形の懐へと飛び込むと、人形がその動きに合わせて振り下ろした剣撃を柄頭で受け止めてそのまま支点をずらす。剣撃をやり過ごすと柄頭を人形の喉に食い込ませる。そして空いている手で人形の左腕を掴み剣を振って左腕を切断した。 その反動を利用して真上に剣を振り上げると体中の気を刀身に集める。 「破邪剣聖滅殺!!」 ライアスの渾身の一撃は人形を頭から一刀両断にした。左右に分かれた体は地面に倒れると地面へと帰っていく。 ライアスはそれを見届けるとその場に仰向けに倒れ込んだ。 「ライアス!!」 ラルフとレイナ、そしてティリアが一斉に叫んでライアスに駆け寄る。ライアスは三人に向かって笑みを向けるとゆっくりと上体を起こした。 「流石に疲れたよ」 その声は疲労しているがどうやら五体満足のようである。そしてライアスの視線はラルフ達の背後に釘付けになった。そこにはヴァルフィードがオーラテインを持って佇んでいる。ライアスはふらつきながら立ち上がり、ヴァルフィードの前に立った。 ヴァルフィードはオーラテインをライアスに手渡すと懐から光り輝く宝玉を取り出した。 「お前は真のオーラテインの戦士だ。最後の宝玉、受け取るが………」 ヴァルフィードの言葉は最後まで続かなかった。 ヴァルフィードの顔面にライアスの拳が叩き込まれ、ヴァルフィードは受け身もとれずに地面に叩きつけられる。 唖然として事の成り行きを見ているラルフ達を背にライアスは怒気をはらんだ口調で言った。 「偉そうなことを言うな。俺の力を試すだけに命を創り出しやがって、最後の人形は意識はなかったが、三体のドラゴン達は自分の意志がしっかりとあった。そして俺にこう言ってくる。『お前に倒されるのが存在理由』だとな」 ライアスの言葉は静かに、だが圧倒的なプレッシャーを持ってヴァルフィードに突き刺さる。ヴァルフィードも立ち上がってからずっとライアスの双眸を無言で見返している。 「どうして俺に倒されるために生まれてこなければならないんだ。俺が一番嫌うのは意味を伴わない戦いだ。意味のない殺戮、それはさっきお前が言った力に呑み込まれたものが行う愚行だ! 俺の力を試すだけの戦いに意味などない!!」 ライアスは語気を荒げてオーラテインをヴァルフィードに突きつけた。 ヴァルフィードは無言でその切っ先を見、しばらくたってから口を開いた。 「お前の言う通りだな。だがこれだけは覚えておくがよい。お前が倒したドラゴン達はお前が聞いたようにお前に倒されることが存在理由だった。だからお前がその事を気に病むことはない。全ては私の責任だ」 ヴァルフィードは再び宝玉を差し出してくる。ライアスはそれをしばらく見てから受け取り、鍔もとに近づける。そしてまばゆい光が辺りを支配したかと思うと晴れたときにはオーラテインの柄には四つの宝玉がしっかりと収まっていた。 「これでオーラテインの力が完全になったのか………」 ライアスは感慨深げにオーラテインを見つめる。レイナもティリアもその様子を満足げに見ていた。ただ一人、ラルフを除いて。 「………ラルフ?」 ただ一人浮かない顔をしているラルフに気付いたレイナはライアスに気付かれないほどの小さな声で訊ねる。ラルフは悲痛な表情を向けると口を開いた。 「実は………」 とその時、辺り一面に爆発が起こった。あまりの衝撃にライアス達は強く地面に叩きつけられる。 「な………何だ?」 いち早く体勢を立て直したライアスは攻撃が振ってきた上空を見上げる。そこには人影があった。その人影はゆっくりと空から降りてくる。その逆立った銀髪と猛禽を思わせる双眸が淡い光を放っている。その光のことをライアスは知っていた。 その光は狂気というのだ。 「ゲリアル………」 ライアスはその相手をかつて無いほどに睨み付けた。 ゲリアルは地面に降り立つとゆっくりとライアスへと歩いてくる。 一定距離を取って立ち止まり、静かに告げてきた。 「さあ、最後の時だ。《ライデント》を渡してもらおう」 「嫌だね」 ライアスは即答すると一瞬にして間合いを詰める。下から掬い上げられたオーラテインをゲリアルは黒光の剣で受け止める。 「なら、死ね」 ゲリアルは剣を弾いた反動で後ろに下がり、すぐに間合いを詰める。上段、中段、下段を次々に剣撃が襲うが、ライアスは余裕を持って受け止めてすぐさま反撃に移る。 上段から渾身の一撃がゲリアルに振り下ろされた。 だが、ゲリアルもその場から即座に離れてその斬撃は地面に叩きつけられる。 地面には深いクレーターが残る。 それを見てゲリアルはほくそ笑んだ。 「何がおかしい」 その声はゲリアルの後ろから聞こえた。いつの間にか後ろにはラルフが立っている。 その隣にはレイナとティリア、少し離れた場所にはヴァルフィードが立ち、既に戦闘態勢を整えていた。 「どうやら、このままでは勝てないようだ」 ゲリアルがそう言うと、瞬時に着ていたコートが燃え尽きた。 中からは紫色のノースリーブが現れる。 その後の光景にその場の全ての者は息を呑んだ。 「なんなの………?」 レイナが思わず声を漏らした。 それは黒い翼だった。 ゲリアルの背中から黒い翼が生えてくる。 それだけならティリアの光皇翼と同じような物だったのでそれほど驚かなかったが、レイナが驚いたのはその翼が六枚あったからだ。 六枚の黒い翼。 そこから溢れんばかりの魔気が放たれている。 禍々しきその翼は、黒曜石のように鋭利な光を放っている。 その量は今までライアス達が体験したことのない程の物だった。 「『軍王』ゲリアル。『輝ける六黒翼』。我が黒皇翼は全てを破壊する」 そしてゲリアルが動いた。六枚の翼は一瞬にしてライアス達を吹き飛ばした。 |