THE LAST DESTINY

 第三十七話 試練U


 ライアスは二つ目の洞窟を全速力で走っていた。奥からは凄まじい熱気が吹き抜けている。
「寒さの次は暑さか!」
 皮肉げに叫び更に速度を速める。途中で防寒マントは脱ぎ捨てて動きは先程までとは格段に違う。そしてまた広い場所に出た。中央に人影が見える。今度は全身が赤に彩られており瞳は文字どおり燃えていた。
「お前もブルードラゴンと同じか」
 ライアスのどこか寂しげな言葉に目の前の男は少しも反応しない。
「俺はレッドドラゴン・ファビラスィン。我が破壊力は大地を砕く」
 そう言って男、ファビラスィンは手にした赤い剣をライアスへと振り下ろしてきた。
 後ろに飛び退いて避けると斬撃が放たれた地面が融けたようになって深く抉れる。
 それを見てライアスは深くため息をついた。
 そして瞳に失望感を漂わせながらファビラスィンに問いかける。
「お前も、手加減無しで、良いんだな」
 その言葉を発するライアスに身の毛がよだつような悪寒を感じたファビラスィンは一瞬口ごもるが、何とか言葉を絞り出す。
「お前の力を試すのが………我等の………」
「存在理由か」
 ファビラスィンの言葉を遮ってライアスが言う。その事に戸惑いながらもファビラスィンは頷いた。
 またしてもライアスのため息。
 そして呟き。
「殺す………」
 その呟きはあまりにも小さく、しかしはっきりとファビラスィンの耳へと入った。
 ライアスは視線をファビラスィンの瞳にしっかりと向け、はっきりと言葉を紡いだ。
「悪く、思うな。俺が殺すと言った以上、お前の死は、絶対だ」
 その瞬間ファビラスィンは何も考えられずにライアスへと向かっていった。
 自分達の生存する先に、力を問う代償の『死』が待っているのははっきりと分かっているはずの彼に、遮ることのできない恐怖が心の底からわき上がってくる。
 この止められない衝動の前にファビラスィンは理性を失った。
 ただがむしゃらに剣を繰りだして地面を粉砕させている。
 ライアスはどの一撃もそこから半歩ずれただけで躱し、何撃目かの後に足払いを繰り出してファビラスィンを転倒させる。
 そして鳩尾に拳を叩き込み、九の字に曲がった体の内、頭の方を思い切り蹴り上げる。
 反動で上体が起きたファビラスィンの背中にやや下から寸打を叩き込み、その威力で上空に飛ばされた体へとライアスは飛び込んで斬撃を絶え間なく放った。
 最初の鳩尾への一撃で完全に気を失っていたファビラスィンはアクリュシエイトの時と同様に死の絶叫を上げることもなく四肢をバラバラに引き裂かれて地面に落ちた。
 剣を鞘に収めファビラスィンのなれの果てを見ながらライアスは呟いた。
「すまない………」
 その言葉には深い悔恨が含まれている。そしてすぐに出口へと向かった。


「流石だな………」
 ヴァルフィードはレッドドラゴンがあっという間に殺されるのを見て感嘆したようだった。その背後からラルフは言葉に寂しさをにじませて言う。
「あんなライアスは見たくなかった………」
「どういうことだ?」
 ヴァルフィードが問いかける。ラルフは少し躊躇してからはっきりと言う。
「あいつが一番許せないのは、意味もなく命を奪うこと。今のあいつはその罪悪感を押さえる為だけに全力を出している」
「私はこの事を意味のないことだと思っていない」
「あいつにとってこれは意味のない殺戮なんだ」
 ラルフの言葉にヴァルフィードは言葉を詰まらせる。言葉がとぎれたのを見計らってレイナが口を挟む。
「あんなのはライアスじゃないわ。ライアスはたとえ魔族でも苦しめないように一瞬で殺そうとしていたもの」
「ああ、だが今のあいつは相手を倒そうとしているんじゃない」
「………?」
 ラルフの言葉にレイナが首を傾げる。ラルフはレイナと、そしてティリアにもライアスの内にある力のことを話し出した。
「俺とライアスは幼い頃から一緒に修行してきた。修行では俺は一度もライアスには負けてはいない。あいつは必ず最後の一歩を踏み出せなかった。だが、それは踏み出せないんじゃない、自分で踏み出すのを止めていたんだ」
「どうして?」
 ティリアが問いかけるとラルフは平然と言い切った。
「相手を殺すからさ」
 その言葉にティリアもレイナも凍り付いた。ラルフは先を続ける。
「ライアスは常に相手を倒す戦いをしてきた。だが、もし相手を殺す戦いをあいつがすれば………」
 ラルフはそこで一旦言葉を切った。自分に言い聞かせるように再び言葉を放つ。
「たとえ、オーラテインの力が無くても、この世界に敵はいなくなる。おそらくフォルドの一個師団でもあいつにはかなわないだろう」  レイナとティリアは言葉を失った。ラルフは二人から視線を外して目の前のヴァルフィードに視線を向ける。
 ヴァルフィードはラルフの言葉に動揺した様子もなく口を開いた。
「ライアスに流れる血の力が、そうさせるのか?」
「血………?」
 ラルフもこれは初耳だったらしくヴァルフィードは心なしか顔に笑みを浮かべて言う。
「オーラテインを受け継ぐ者に流れる血は遺伝情報を操作されて、身体能力を著しく高められる。筋力、反応速度、動体視力など全てが爆発的に高まるのだ。どうやらライアスはこの試みでその力が完全に覚醒しつつあるようだ」
 ヴァルフィードはそう言ってラルフに背を向けた。虚空に映るライアスの姿をじっと見つめる。ラルフはその後ろ姿を見てからライアスの姿に目を移す。
(もし、殺戮に走ったら、俺が止めてやる)
 ラルフはライアスの姿を見て決意をしっかりと固めた。


 ライアスは自分の身体の変化に戸惑っていた。最初の戦闘から比べて、今の戦闘の方が明らかに感覚が鋭くなっている。
(これが俺の中の力なのか………)
 先の戦闘。ライアスは相手の動きがスローで展開されているように見えた。体も必要以上の動きをすることを拒み、動こうとすると最小の動きで体が動く。
 今、走っている間にも動きはますます速度を上げている。
 しかし、全速力で走っていると自分では感じているのにもかかわらず、三つ目の洞窟に入ってからもうどれだけ経過したかは定かではない。
 少なくともライアスの体内時計は一時間は経過していると警告している。
 しばらくして、広い場所に出た。
 先の二つの洞窟と同じように広い場所の中央には今度は黒いコートの男が立っている。
「今度はブラックドラゴンか………」
「そうだ」
 黒いコートの男、ブラックドラゴンは黒い剣を右手に持ちつつライアスに近づく。ライアスも剣を構えた。
「俺はブラックドラゴン・ギルバルディ。俺で最後だ」
 ギルバルディの言葉にライアスは反応する。
「お前を倒せば終わりか? いやに早いな」
 ライアスの問にギルバルディは苦笑をしてから言う。
「この山は外界とは時間がずれている。お前がここまで来るのにもう五日経っているはずだ」
 ライアスはその言葉にへえ、と感嘆の言葉を吐く。
「もうそんなに経ったのか。ならどうして俺は腹が減らないんだ?」
「それはここではまだ一日も経っていないからだ。外で五日経っているからと言ってもお前の体はもう既にこの山のサイクルに取り込まれている。だからまだ腹は空かない。ここと外界を結ぶ境界線で感覚は元に戻るので安心しても良いぞ」
「なるほど、でもそんな事はどうでもいいな。仲間が待ってる」
 ライアスは歩をゆっくりとギルバルディへと進めた。
「おまえを………殺す」
「そう簡単にはいかない………」
 ギルバルディの言葉が終わると同時に体の周りから黒い霧のような物が辺りに広がる。
 そして瞬く間にライアスの周りは闇に閉ざされた。
 深い闇によってライアスは自分の姿さえも見えなくなる。
「………どうだ? 見えぬだろう」
 ライアスは後ろからいきなり聞こえた声に反射的に剣を振るった。だが手応えはない。
 突然背中に衝撃が走る。
 衝撃にライアスは前のめりになりながらも体制を立て直して構えを取る。
 どうやら背中に斬撃を受けたらしい。
 見えなくても感覚によって鎧に剣が抉った跡があることが分かる。
「人はとかく、闇に本能的に恐れを感じる」
 ライアスはその場から移動しつつ剣を振り回すが手応えは全くない。そして前から来た衝撃波によって後ろに吹き飛ばされる。
(くそっ………、気配がつかめない)
 闇に覆われてからギルバルディの気配が全くなくなっている事にライアスは焦りを覚えた。ライアスの焦りを見透かすように前後左右からギルバルディの声が響いてくる。
「私はこの闇と一体化したのだ………」
 何の前触れもなく左足に激痛が走る。痛みを堪え、剣を真横に振るうがかすりもしない。
「この闇は私………」
 次は右足、左腕。苦鳴を押し殺して立て続けに剣を振るっていく。しかしやはりギルバルディには届かない。
(このままじゃ………負ける!)
 ライアスの焦燥は深まっていく。それに合わせてギルバルディの声は徐々に高まってくる。
「そしてこの私は闇………。この闇は私自身なのだ!!」
 ライアスの体を次々とギルバルディの剣撃が貫いていく。ライアスは必死に声を押し殺して剣を振るうがあるのは斬撃による苦痛だけ。そしてついにライアスは膝をついた。
「く………そ………」
 見えないが自分がかなりの傷を負っていることをライアスは悟った。おそらく今、体中が血だらけになっているはずだ。それでも致命傷がないのはギルバルディの攻撃が浅いというのに他ならない。
(完全に遊ばれている)
 そう感じて、ライアスにふとある考えが浮かぶ。
 それと同時にギルバルディの声が聞こえた。
「これで終わりだ」
 ライアスは迷っている暇はないと即断すると、実行に移した。意識を集中する。
(闇と一体化する………)
 ギルバルディから見てライアスは目を閉じて意識を集中させているようだった。
(気付いたか………? だが、もう遅い!!)
 ギルバルディの剣は速度をゆるめずにライアスの頭へと向かっていった。だが当たる直前にライアスの姿がかき消える。そして驚愕の声を上げる前に脇腹に斬撃が走った。
「ぐあっ!!」
 ギルバルディはあまりの激痛に地面に倒れた。傷口は確実に致命傷だった。そこにライアスの声が聞こえる。視線を向けると目の前にライアスが立っていた。どうやら姿は完全に見えているらしい。
「闇と一体化する………。何とかうまくいったようだな」
「そう―――オーラテインは………この………せ、かいと………一体化しな………ければ………いけないからな」
 かなり苦しそうにギルバルディは言葉を続ける。
「その為に………この試練は、必要だった………」
「もう、喋るな」
 ライアスは言うがギルバルディは言葉を続けてゆっくりとその場に立ち上がる。
「これ………で、おま……えは周りの………大……気の流れを………読み、相手の……攻撃に、より素早く………反……応できるようになった」
 ギルバルディは剣をライアスに突きつける。最後にギルバルディは叫んだ。
「さあ!! 最後にこの私を殺せ!! 私の役目はこれで終わりだ!!」
 ギルバルディは斬撃を繰り出してくるがライアスはそれをほんの少し後ろに下がってかわす。その時にはもう攻撃の準備はできている。
「破邪剣聖滅殺!!」
 一歩踏み込むと同時に繰り出されたライアスの一撃はギルバルディを頭から真っ二つにしていた。
 ギルバルディの体が消えると同時に周りを覆っていた闇も晴れる。
 体を見ると確かに体は傷だらけだったがさほど気にするものでもなかった。
「傷が塞がってきている?」
 確かに先程の感じから比べて傷が塞がっているように思える。その証拠に徐々にだが痛みが消えているのが分かる。
(神龍の牙のせいか………)
『八聖騎士の武器』には持ち主の傷を治す効果もある。
 少しの間傷の回復を待ってライアスは先を急いだ。
 ライアスには分かった。この先には頂上があると。
 奥へと続く洞窟から今までとは違う空気が流れてきているというのをライアスは無意識に感じていたのだ。




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