THE LAST DESTINY

 第三十五話 創界山へ


 どこまでも続くような深い森の中をライアス達は歩いていた。
 リアリスの結界が張られて以来、魔族の進行はほぼ鎮圧化している。
 上級魔族が大陸に入ってくることができないため、大陸に点在する下級魔族の統率が全くとれていないことが最大の原因であるといえる。
 そのためライアス達はネルシスの復興をリーシスに任せ、最後の宝玉を求めて神の使いが住む山、と言われる聖地、創界山へと急いでいた。


「冷えるわね………」
 ティリアがそう言ったと同時に吐き出された息が白く変わる。季節は秋を越えて、冬の初期へと入っていた。まだ雪は降ってはいないが、その寒さは肌を突き刺してくる。
 時刻は既に夕方になり、辺りは少しずつ闇に支配され始めている。
 ライアス、ラルフ、レイナ、ティリアの四人はこの森に入る前に村で買い込んだ防寒具を着ているために寒さに関してはさほど問題はなかったが、やはり野宿は辛い。
 それをこの森に入ってから一週間続けている。
「もうすぐのはずよね」
 レイナが先頭を歩くライアスに話しかける。ライアスは後ろを振り向かずに答える。
「ああ、もう着いてもいいはずなんだけどな」
「迷ったのか?」
 ラルフが会話に入ってくる。どうやら寒さは苦手のようで、防寒具を着込んでいても体を少し振るわせている。その姿を見てライアスは内心苦笑しつつも平静を装って言う。
「オーラテインが反応している。確実に宝玉に近づいているのは間違いないんだ。その反応の度合いからしてもう着いてもおかしくない………」
 ライアスの言葉が不意に途切れた。後ろを歩く三人はその事をいぶかしんでライアスの前方に視線を向ける。ティリアが声を上げた。
「あっ」
 ラルフもレイナもそれを視界に入れて同様に声を上げた。
 ライアスの前方の生い茂った木々の間隙を抜けた所に、明らかに今までとは違う色の土が見える。そこから木は一本もなく乾いた大地が遙か上空へと続いていた。
「着いたようだな」
 ライアスがそう言って歩き出した。他もそれに続く。

 創界山。

 神の使いヴァルフィードが住まうとされる伝説の聖地である。


 リアリスは結界を張った後、著しく体調を崩して何日も寝込んでいた。一日起きた後は何日かは休息が必要になっている。
 だがその日は昨日、皆の前に立って演説をしたばかりだったがベッドから跳ね起きていた。
 激しく心臓が動いている。
 まるで自分の物ではないようにその感覚を受け止める自分がいるのが分かる。
 リアリスはベッドから抜け出るとベランダに出た。
 夜空には星がいくつも存在して光を放っている。そこで、一つ星が流れた。
「………!!」
 リアリスは声にならない絶叫を発した。
 頭の中にはつい先程の声が甦る。俯き、ベランダを力の入らない手で精一杯掴みながらリアリスは一人ごちた。
「未来が分かっていても………」
 リアリスの眼から大粒の涙がこぼれる。
「………変えられない………」
 涙の量は徐々に増えていき、リアリスの嗚咽が虚空に吸い込まれていく。
「誰………かが………」
 リアリスは言いながら嗚咽を呑み込み、再び夜空を見上げた。
 星が先程と同じ位置に煌めいている。
 その中のある場所を見つめてリアリスは言った。
「誰かが命を落とす」
 リアリスのその悲しみを何とか押し殺そうとする声はまたしても虚空に消えていった。


 一夜あけて、ライアス達は創界山を昇り始めた。普通の山と変わらない、普通より少し悪いレベルで整地された道を行く。それでもライアス達は少し憂鬱だった。少なくともこの時点で山頂は雲がかかっていて見えない。
「どれだけかかるだろうな………」
 ライアスが言葉を漏らすとラルフが適切な判断を下してくる。
「少なく見積もっても五日程だな。雪が積もっていないだけでもましな方だろう。何も障害がなければの話だがな」
 これからしばらく発した言葉はこの言葉だけだった。みんな無言で道を歩いていく。創界山下の森に入ってから体力の消耗がいつもより激しい。どうやらヴァルフィードが誰も近づけさせない為に張っている何かしらの結界のせいらしい。
 それがこの山に入って更に強まっているようである。
 その内にライアス達は大きな洞窟へとたどり着いた。
 中は暗くて見えないが他に道はない。だが………
「強い力を感じる………」
 レイナが呟いた。ライアスはその言葉に無言で頷く。確かに洞窟の闇の中からははっきりとした力が押し寄せてくる。
「『龍眼』は使えないのか?」
 ラルフがレイナに言ってくる。『龍眼』とは代々『龍戦士』に受け継がれる力で、近い未来の事をある程度予知できる能力である。レイナは首を横に振った。
「だめ。この森に入ってから全く働かない。何か妨害する物があるみたい………」
「おそらくヴァルフィードだな」
 ライアスは誰に言うまでもなく言葉を発する。少し沈みがちのパーティーの中で一際大きな声が響いた。
「こんなところで止まっていてもしかたないわ! 虎穴にいらずんば虎児を得ず、よ!!」
 ティリアはそれだけ叫ぶとずかずかと洞窟へと入っていく。
「ま、まてって!?」
 ライアスはあわててティリアを追う。
 それを見て笑みを浮かべたラルフとレイナも二人に続いた。
 洞窟は鍾乳洞になっており幾本ものつららがあった。
 空気はひんやりとして顔をちくちくと刺激する。
 しばらく進むと突如広い場所にたどり着いた。
 そこは殆どが水で、正確には氷で埋まっていた。
「地底湖、ってかんじね」
 ティリアはゆっくりと氷に足を乗せて、すぐに体全体を氷の上に乗せた。
 かなり分厚い氷だと見えてティリアが飛び跳ねてもびくともしない。
「ティリア、この湖の周りを迂回していこう」
 ラルフはそう言ってティリアを氷の上から連れ出した。
 ティリアは不服そうな顔をしていた。
「この上を通っていけばいいのに………」
 だがそれはすぐ誤りだと気付く。
 ライアス達が行動に出ようとしたその時、辺りに急に寒さが、吹雪が走る。それは湖中央に集まると何かの形をなしていく。
「あれは………」
 ライアスはそれが何かに一早く気付くと、オーラテインを抜こうとした。だがオーラテインは抜けない。
「!?」
 ライアスの動揺をよそにラルフ達は既に武器を抜き放ち戦闘態勢に入る。吹雪は今や完全にある形を作っていた。そして、ついに実体化する。
「ドラゴン………」
 レイナは呟きを漏らした。それは青いドラゴンだった。体調は三メートルほどで巨大な爪に牙。頭には二本の角を持ち、瞳には知性溢れる光を持っている。
「待っていたぞ、『オーラテインの戦士』」
「俺達がくることは分かっていたのか」
 皆を手で制止して一歩前に踏み出しながらライアスは青いドラゴンに向かって言った。
「ここにいる目的は何だ?」
 ライアスの問にドラゴンはあざけりを含んだ言葉を放つ。
「我はヴァルフィード様に仕える審判者。貴様が本当にオーラテインにふさわしいか審判を下す」
 ドラゴンは体をかがめて戦闘態勢を作った。ライアスはオーラテインを抜こうとするが全く抜ける気配はない。
「我をオーラテインなしで倒してみよ。それがお前に与える我等の試練だ」
 もういつでも戦いに入れるといったドラゴンから視線を放さずにライアスは後ろのラルフに言った。
「ラルフ、『神龍の牙』を貸してくれ」
 ラルフは無言でライアスの手にその剣を手渡した。
 八聖騎士の武器、神龍の牙。
 相手の属性に対して自身の属性を自由に変えるオーラテインに次ぐ武器である。
 ライアスは鞘から抜き放ち、ドラゴンの下へと氷の上を歩いていく。
「自己紹介がまだだったな………」
 ドラゴンが話しかけてくる。
「私の名はアクリュシエイト。水を司るブルードラゴンだ」
 その言葉を紡いだ直後、戦闘が開始された。




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