THE LAST DESTINY 第三十二話 ティリアW 響く絶叫。 喉の奥から走る痛み。 どうやら喉が破れたらしい。 しかし、そんな事にはかまわずライアスは絶叫した。 声自体に力があるのなら、それこそゼブライスを粉々にできるであろう破壊力を持っていた。しかし、無論そんなものは無い。 ゼブライスの腕が動き、次の瞬間には振り下ろされる。 そんなビジョンがライアスの視界に浮かぶ。 (一番大切な人を守れない!!) ライアスの心は絶望に沈もうとしていた。今までに無い、最大の無力感。 その容赦無い絶望が押し寄せる。 だが、いつまでたってもゼブライスは《デルグリス》を振り下ろす事は無かった。 ライアスはそれに気づき、絶叫を止める。 ゼブライスの眼は見開かれている。 まるで、得体の知れない何かに出会ったかのように。 ライアスは気付いた。自分達を抑えている重力が弱まっている事に。 そして、体を包み込む穏やかな、優しい光に。 「これ、は………?」 力がみなぎる。傷が癒える。 体はまだ重力の檻に囚われていたが、動けなくなる程度で痛みはかなり軽減されている。 「お前は………まさか………」 ゼブライスが熱に浮かされたように呟く。 彼の視線はライアスではなくその後ろに注がれていた。ライアスは何とか顔を後ろを向かせた。 最初の位置配置から考えてそこには一人しかいない。左にはラルフ、右にはレイナ。 そして、後ろには――― 「ティリア………」 そこにはティリアが立っていた。重力の檻に囚われているのはライアス達と同様のはずなのにも関わらず。 ティリアの体の周りは黄金の光に包まれ、双眸は金色に輝いていた。 そして何よりも目を引かれたのは―――― (翼………?) それは翼だった。 実体のない黄金の光の翼。 翼がティリアの背中から出現し、広がっていくと共にライアス達を押さえつけていた重力が無くなっていく。 翼が開ききった時、ガラスの割れるような音と共に重力は消え去った。 ライアスも、ラルフもレイナもティリアのその翼に見入っていた。 ティリアはライアスの前に進み出て、ゼブライスの真正面に立った。 「誰も死なせはしないわ。それが私の使命なんだから………」 ティリアはゼブライスにというよりも自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 ゼブライスは驚きを素直に表現して口を開いた。 「何故………『光皇翼』を持っているさ? それは………」 「あたしが『光皇翼』の後継者だからよ」 ゼブライスの言葉を遮るようにティリアが言う。 それと同時に『烈光の剣』が鋭く振り抜かれた。その軌跡はライアスの眼では捉える事ができない程速い。 しかしゼブライスはその軌跡を見切っているのか最小限の動きで躱した。 「『オーラテインの戦士』は――――――ライアスは殺させない!」 巨大な気が膨れ上がる。 ティリアの周りに溜まっていた膨大な黄金の気が放出され、地鳴りが起こった。 「な、なんて力だ………」 ライアスはそう呟き、レイナは目の前の光景に言葉を失っている。 「これが『光皇翼』の力なのか………」 ライアスは呆気に取られていたが、ラルフの言葉に正気を取り戻す。 「ラルフ、あれが何なのか知っているのか?」 ラルフは渋い面持ちでライアスに向く。 「それは………本人に聞くほうがいい。俺は何も言えない」 そう言ってラルフはティリアとゼブライスの方を向いた。 ティリアがゼブライスに突進していったのはそれと同時だった。 「はあああああ!!!」 鋭い一撃がゼブライスの剣によって阻まれる。 しかしゼブライスは顔を苦痛に歪めて弾かれるようにティリアから間合いを取った。 「幟天翼弾!!」 間合いが離れると同時にティリアの光の翼から幾つもの光弾が放たれた。 ゼブライスは《デルグリス》で光弾を弾く。 弾かれた光弾は地面に衝突し、大爆発を起こした。 「おおおおおおおぉおおお!!」 ティリアはすかさず剣を前に突き出し咆哮した。 体中を取り巻いている黄金の光が切っ先に集中し、一筋の光となってゼブライスへと向かう。 「流石にっ!」 ゼブライスは間一髪で光線を躱す。光線はネルシス城の残骸へと突っ込み、聞き取れないほどの音を発して残骸を一瞬で消滅させた。 「なんて力なの………」 レイナが青ざめた顔で言う。 「あんなの、人間の力じゃない。何者なの? あの娘………」 レイナの眼は自然とライアスに向かった。 ライアスの視線は二人の戦いに集中している。 (これ、がパズルの答えなのか) パズル、とはライアスが今まで感じた違和感だった。 最初に感じたのはフィレーネ山。 初めてティリアと魔族との本格的な戦いをした時。 巻き起こした粉塵の中で『八部衆』ガルガテスの足を切り落としたのはティリアだった。 しかし、ライアスがとどめを刺す少し前に一瞬だけオーラテインが光ったのだ。 魔気を感じ取った時だけ光る剣。 しかし魔気の種類はガルガテスのものではなかった。 次はオーリアーの時。 瓦礫の中から飛び出そうとした時、ほんの一瞬だけフィレーネ山で感じた不可思議な魔気を感じた。 そして、ネルシスに入る前の『八部衆』との戦闘。 はっきりと感じた、今まで出会った魔族の誰よりも強大な魔気。 「ティリアは………」 ライアスはその先の言葉を飲み込んだ。 二人の戦いは空へと映っていった。 激しい剣撃の中、ゼブライスは言う。 「そうかい。あいつは結局裏切ったままだったかい」 ゼブライスの嘲笑を含んだ言葉にティリアは激怒する。 「裏切ったんじゃないわ! 心を取り戻したのよ!」 ティリアの翼から放たれる光弾。 一つ一つが地面を抉るたびに巨大なクレーターが広がっていく。 強大な気を全開にしてティリアは攻撃を加えているが、ゼブライスは飄々とした顔で攻撃を避ける。 「かわらないさ………」 攻撃の合間に今度はゼブライスが《デルグリス》を放ってきた。 ティリアは迫りくる無数の鞭を突進しながら弾き返していく。 「どんなに無数に見えても体に当たるのは一つ! 今の私には通じないわ!!」 《デルグリス》の嵐を掻い潜り、ティリアはゼブライスの懐に飛び込んだ。 「烈光よ!」 鋭く叫ぶ。 一瞬にして剣先に集中した光がゼロ距離で放出された。 「っおおおおおおおおおおおおああああああああ!!!!!!」 ゼブライスが初めて顔を崩した。 普段とは考えられない程の形相。 ゼロ距離で放たれた光はゼブライスの手にした剣によって弾かれていた。 「そん………」 あまりの事にティリアは一瞬動きを止めていた。そしてゼブライスはその一瞬で《デルグリス》を振るい、ティリアを叩き落した。 「おらおらおらおらぁ!!!!」 地面へと落ちていくティリアにゼブライスは追い討ちをかける。 体全体を鞭が蹂躙されて、ティリアは地面へと激しい音を立てて追突した。 「死ぬがいいさぁ!!」 ゼブライスは《デルグリス》を振るう。粉塵が立ち込める所に更に鞭の嵐が降り注いだ。 「テ、ティリア!!」 ライアスが金縛りから解けたように走り出す。 レイナとラルフもそれに続いた。 ゼブライスはライアス達を見ると攻撃を止めた。 「ティリア!」 ライアスはティリアを抱き起こして揺する。 ティリアは掠れた声でライアスに言った。 「ご、めん………。まも、れ、な………」 ティリアの眼から涙が流れ落ちる。そしてティリアは気を失った。 ラルフとレイナがライアスの傍に到着し、ゼブライスも少し離れた所に降り立つ。 「ふん。『光皇翼』の後継者にしては弱かったな」 「き、さま………」 ライアスの髪の毛が総毛立つ。ラルフもレイナもライアスの怒りを充分感じていた。 それぞれ剣を構える。 「お前等は俺っちに勝てんさ」 ゼブライスも《デルグリス》と剣を構えた。 だが、そこへ後ろから高笑いが響く。 「!?」 その場にいた全員がその声の主に視線を向ける。主はそれからも少しの間笑い続けた後、懐から何かを取り出してゼブに向けて放り投げた。それはティリアとゼブの間に落ちる。 「くだらないな………。そんな物はくれてやる」 声の主、シターンが投げた物は首に下げられるようになっている小さな鏡だった。 「《ライデント》………」 ゼブライスが呟いたのと同時にレイナは駆け出して素早く鏡を拾い上げ、その場を離れる。 「どうしてですか、シターン様!?」 レイナが絶叫じみた声を上げる。シターンはそれを鼻で笑い返すと話し出した。 「全ては決められているのだよレイナ………。フォルドでの事も、オーリアーでの事も、ユイス達が死んだ事も、そして」 シターンはティリアの方に視線を向ける。 「『光皇翼』を持つ魔族が現れることも」 ライアス達はその言葉に息を呑んだ。 |