THE LAST DESTINY

 第三十一話 絶望の影


「飛龍!!」
 レイナの振った刀から無数の龍の頭の形をした光弾がシルヴェルに向かっていく。
 シルヴェルは光熱波をだしてそれらを迎撃する。爆炎が周りを覆うと、その中からレイナが突っ込んできた。
「九頭龍!!」
 レイナの斬撃をシルヴェルは躱そうとするが、その斬撃は同時に頭、両肩口、胴、そして胸部を切り裂いた。
「ぐはぁ!!」
 たまらずシルヴェルは地面へと落ちていく。レイナはそれを追っていき、そのまま刀を振り下ろした。
「これで終わりよ!」
 だが、そこからはレイナの想像した事以上の事が起こった。突如、シルヴェルの姿が消え、周りにはかなり大きな建物がそびえ立ち、レイナを囲んでいた。
「なに?」
 そもそもここは城の外だ。こんな建物があるはずもなくレイナは困惑を隠し切れなかった。
「幻覚?」
 レイナが呟くと周りの建物が一斉にレイナへと向かって倒れてきた。
「!?」
 反射的にレイナは避けようとするが、逃げ場所がなく身を守ろうと『龍闘気』を体の周りに張ろうとした。そこで背中に衝撃を受ける。
「あぐっ!」
(斬られた!?)
 見ると鎧の背中の当たりに深い斬り傷が刻まれていた。背中にも届いているらしい。後から痛みが襲ってきて、背中から血が流れる。
「これが私の力………」
 シルヴェルの声がどこかからか響く。
「光を操り、人の見る映像を自由にすることができる………」
 周りの景色は今度は岩場へと変わる。レイナの周りにある石が浮かび上がりレイナに向かってきた。
「姿を見せなさい!!」
 レイナは向かってくる石を刀で薙払いながら叫ぶ。そうしている内に左腕に激痛が走る。
「ぐっ………!」
 レイナは思わずその場に座り込んだ。見ると左腕は深く抉られている。気を取られた内にシルヴェルの一撃が加えられたのだ。
「くっ!」
 レイナの傷は『龍闘気』の力によって少しずつ塞がってきているが、今度は地面からたくさんの手が現れた。
「!?」
 その手はレイナの体に次々とまとわりついてくる。レイナは悲鳴を上げた。手当たり次第にその手を斬っていくが上回る量の手がレイナの体を掴んでいく。
 そして、すくんで身動きができないレイナの体をシルヴェルの攻撃が次々と抉っていった。
「その程度で、私を倒すなんて笑い話ですよ………」
 レイナにはシルヴェルの言葉は聞こえていなかった。
 恐怖と攻撃の苦痛に気を失いそうになり眼を閉じる。
 すると、不思議なことに何も不快感は感じなかった。
(そうか………)
 レイナは理解した。
(あくまでこれは幻覚。なら実際にあるものだけを見極めればいい………)
 依然、シルヴェルの攻撃はレイナの足や、手などを斬っているが、致命傷までとはいっていない。
『龍闘気』によって肉体の防御力も上がっているのだ。レイナは意識を集中する。
 そして、
「見えた!!」
 レイナは雷光刀を振り抜く。確かな手応えと絶叫は続いてレイナの耳に入ってきた。
 幻覚が消え、レイナの眼に城の前の広場と、斬り落とされたシルヴェルの左腕が見えた。
「ぎゃあああ!!!」
 シルヴェルは地面をのたうちまわり、視線をレイナに向ける。
「幻覚なんて、見なければそれで終わりよ」
 レイナは肩で息をしていたが、しっかりとした足取りでシルヴェル近づき、刀を突きつけた。
「今度こそ、終わりよ」
 レイナの言葉に反応してシルヴェルは最後の力を振り絞って立ち、レイナへと向かってくる。
「奥義………」
 レイナは雷光刀を鞘に収めると右足を前にして身構える。シルヴェルが範囲内に入ると、そこから凄まじい音と共に左足を踏み込んだ。
「天翔龍!!」
 鞘から解き放たれた刀は膨大な量の光を放出して、超神速の速さでシルヴェルに向かい、全身を一刀両断した。その体はそのまま空中で灰となって消えた。
 それを確認してレイナはため息をつく。
 レイナの体に刻まれた傷は次第に塞がっていき、レイナは地面に腰を下ろした。
(まだまだね………)
 胸中で呟く。
(これじゃあ、ライアスに笑われる………)
 レイナは笑みを浮かべてひとりごちた。
『龍闘気』の力を全て回復に傾けているために傷はほぼふさがった。それと同時に悪寒が走る。
「いけない!!」
 レイナが叫んだと同時にネルシス城は爆音と共に破壊されていった。


 ラルフは全速力で森を駆け抜けた。やがて城へと続く一本道へと出る。
 それと同時にネルシス城は爆音と共に破壊されていった。
「なんだ!?」
 ラルフは思わず足を止める。しかしすぐにそれが痛恨のタイムロスだと悟った。
 次の瞬間には城は、形容ではなく本当に粉々になって吹き飛んだ。
 ネルシス城は通常の城よりも大きめに造られている。
 巨大な質量が崩壊する時にもたらす衝撃波はラルフの体をやすやすと弾き飛ばした。
「くそ!」
 ラルフは中空に投げ出された体を何とか姿勢制御して足から地面へと着地した。
 視線を向けると、空高く吹き上がる噴煙の中に光る幾筋もの軌跡が微かに見えた。
(レイナが闘っている………のか?)
 ラルフは爆風が収まらぬ中、風に逆らって走り出した。


 ネルシス城が破壊されていく爆音はライアスの攻撃を中断させた。その隙にゲリアルはライアスから離れる。
 そしてネルシス城の方向を見てからライアスに言った。
「時が来たようだ」
「なに?」
 ネルシスの言葉にライアスは聞き返す。ゲリアルはそれにかまわずに言葉を続けた。
「俺の役目はひとまず終わった」
 ゲリアルがそう言うとその姿が消えていく。
「待て!」
 ライアスは消えゆくゲリアルとの間合いを詰めてオーラテインを一閃した。
 しかし神剣はゲリアルの体を手応え無しに通り過ぎる。
『いつか、また会う時がくる』
 周りからゲリアルの声が聞こえた。
 残響を残しつつ、ゲリアルの姿は完全に消え、辺りは静寂に包まれた。
 ライアスはしばらく身動きせずにいてからふと息を吐いた。
 そして肩の力を抜くとすぐに風の結界を展開する。
「間に合ってくれ!」
 ライアスは再び瞳に闘志を宿すと結界を操作して空中に浮かび上がった。
 そのまま最大速度を持ってネルシス城へと向かった。


 ネルシス城は瞬く間に破壊されて凄まじい音と共に崩れ落ちた。レイナは爆風が舞う中何とか爆心地から離れた場所に着地する。
「シターン様!」
 届くはずの無い呼び声。
 それでも叫ばずに入られない、自分の仕える王の名前。
 レイナは『龍闘気』を纏って空を疾駆した。
 そして、その先には空中に浮かぶゼブライスの姿。
「やめなさい! 乱れ飛龍!!」
 ゼブライスに放たれる無数の龍。しかしゼブライスは手に持った《デルグリス》で簡単にはじき飛ばした。
「来たさ? 『龍戦士』」
 ゼブライスは地面に降りてレイナ見据えた。レイナとゼブライスの瞳がお互いに映る。
(なんて眼をしているの………)
 ゼブライスの瞳にはレイナしか映っていなかった。言い換えれば、その瞳からは感情というものをレイナは何も読みとることができなかった。
 言葉遣いや顔つきには感情のようなものがあるようには見える。
 しかしそれは確実にうわべだけだというのを理解するのは容易であった。
 レイナは体の内側から浮かび上がる寒気を押さえながらゼブライスに叫ぶ。
「これ以上はさせない! 私が相手よ!!」
 再び龍の気を飛ばすが、ゼブライスは意にも介さずに今度は流れるような動きで避ける。
 ゼブライスは笑みを、感情のこもっていない笑みを浮かべてから言った。
「まあ待つさ。役者がもうすぐそろう」
「役者?」
 レイナが疑問の声を出すと後ろから光が走った。ゼブライスはそれをあっさりと弾く。
 レイナが後ろを向くとそこにはシターン国王とティリアが立っていた。
 姿は少し煤汚れていたがどちらもたいした怪我は無いようで、レイナは安堵の溜息を洩らす。
「あんたね! こんなことしたの!! 身の程を教えて上げる!!」
 ティリアは剣に光を集めて再び光を放とうとする。
 だが、今度はどこからか光の球がゼブライスに降り注ぎ、爆音を響かせた。
「貴様が今回の黒幕か」
「――――――ラルフ!?」
 別方向から現れたラルフにレイナが驚きの声を上げる。
 一年前と変わらない声、姿にレイナは思わず駆け寄りそうになったが、ラルフは手でレイナを制して言う。
「詳しい経緯は後だ。話は………」
「この戦いが終わってからさ」
 ラルフの言葉の続きをゼブライスが紡いだ。そして上を見上げる。
「役者がそろったさね」
 ゼブライスが言ったと同時に、風の結界を纏ったライアスが皆とゼブライスの間に立ちはだかるように着地した。
「ライアス!」
 レイナとティリアは同時に声を上げ、ラルフは無言で結界を解除したライアスの周りに集まった。ライアスはゼブライスをしっかりと見据えたまま言う。
「どうする? 4対1では明らかに不利だろう?」
 ライアスの言葉にもゼブライスは関係ないといったような顔つきで答える。
「別に? 今のお前達なら勝てるさ」
 そう言って、ゼブライスは左手で剣を抜き放ち、構える。
 ライアス達も戦闘態勢を整え、シターン国王は無言で後ろに下がった。
「行くぞ!!」
 ライアスの言葉と同時に4人は一斉にゼブライスに向かっていった。
 その刹那、ゼブライスが吼えた。
「グラビトン・ウェーブ!!」
 ゼブライスは剣を振り上げ、すぐに振り下ろした。
 するとその剣を中心にして強力な重力が周りへと伸び、ライアス達は地面に叩きつけられた。
「ぐ………!!」
 ライアスは何とかをオーラテイン突き立てて、上体を起こしてゼブライスを見返してやるが、レイナとティリアは完全に地面に押し付けられていた。
 ラルフも両腕をついて何とか立ち上がろうとしているが、今の体勢を維持するのに精一杯のようだ。そして徐々にライアス達を押さえつけている重力が増してくる。
「動けないさ? なかなかの威力っしょ。俺の奥の手は《デルグリス》じゃなくてこっちなのさ」
 ゼブは話している間にも重力を更に上げてくる。
「うあああああ」
「うう………」
 レイナとティリアがたまらず声を上げる。ゼブライスの創り出す重力は上からだけでなくライアス達の体の周り全てから押さえつけてくる。
 ライアスは体全体の骨が悲鳴を上げるのを感じていた。
 何とか声を押し殺し、ゼブライスに視線を突きつける。
 ゼブライスはそれを無視して少し離れた場所にいるシターンに話しかけた。
「シターン国王。こいつらを殺されたくなければ《ライデント》を渡すさ」
「だ………だめで………す」
 レイナが必死で顔を上げてシターンに言うが、重力によって顔を再び地面に埋める。
「まあ、急ぎはしないが、俺っちはなるべく早く帰りたいんでね。とりあえず誰か殺そうか」
 ゼブライスは《デルグリス》を構えてライアス達を見渡す。視線をレイナのところで止めるとゼブライスはにやりと笑った。
「まずはあんたの側近の『龍戦士』からか………」
 ゼブライスが鞭を振り上げる。
「や………やめろー!!」
 動けないもどかしさ。
 守れない悔しさ。
 最も大事な人を奪われる悲しさ。
 いろいろな思いを抱きながら。
 ライアスは渾身の力で叫んでいた。




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