THE LAST DESTINY 第二十九話 迅速な殺戮 ライアスは宝玉を受け入れ、急ぎネルシス城に向かっていた。周りの景色が一瞬にして後ろに流れていく。 「何か嫌な予感がする………」 思わず口に不安を出す。そしてそれは現実のものとなった。 「ファントム・ヴェイガ!!」 「!?」 突如上から聞こえてきた声に振り向いたのと同時に、風の結界に凄まじい衝撃が走る。 あまりの衝撃に結界が耐え切れずに地面へと激突した。 何とか解除せずにいたために、衝撃は緩和されてライアスにはダメージはなかったが軽い脳しんとうになる。 「誰だ!!」 少しふらつく視線で辺りを探すと丁度目の前に人影があった。そしてライアスはそれに見覚えがあった。 「………ゲリアル」 その相手の名前を言う。ゲリアルは何の感情の変化も見せずにその鋭い双眸を向けてきた。 不意に姿がかき消える。 「な!?」 ライアスは突如後ろに生まれた魔気にオーラテインを抜き放って斬りつける。 だがオーラテインはゲリアルを傷つける事無く途中で止まった。その光景にライアスは目を見開く。ゲリアルの右手からは光が出ていた。それは剣の形をしてオーラテインを受け止めている。すぐにその場から離れるとゲリアルは口を開く。 「まだ………時ではない………」 「何………?」 ライアスが意味が分からずに言葉を出すとゲリアルはライアスに向かってきた。 「しばらくつきあってもらう」 ゲリアルの、その行動の早さに少しもあっていない事務的な口調を聞きながらライアスは防戦一方にならざるを得なかった。オーラテインの力をまた一つ取り戻したというのにゲリアルの力はそれを更に凌駕している。 「くそ!」 ライアスは何とか隙を見て反撃するがそれを紙一重で躱されると再び激しい攻撃が始まる。 (なんて奴だ………) ライアスの焦りは徐々につのっていった。 ユイスが眼を覚ますとそこは一面の荒野だった。 いや、正確に言うとそれは荒野ではない。微かに地面にはそこに道路が走っていた形跡がある。 見渡すとそう遠くない所に兄弟達が倒れていた。ユイスとほぼ同時に眼を覚ましたらしく、徐々に立ち上がり同じく辺りを見渡している。 そしてユイスは腕を組んで立たずむ人影を見つけた。 「ゼブライス………」 ユイスが苦々しく言うとゼブライスは虚空を眺めていた眼をユイスに向けた。 「目が覚めたさ? まあ気を失っていたのはほんの10秒ほどだったがね」 ゼブライスは腰につけてあった《デルグリス》を手に持つと静かに言ってきた。 「選ばせてやるさ。抵抗しなければ楽に、抵抗すれば………」 ゼブライスが言い終わる前にゼブライスに向かっていく影があった。ユイスは迷わず叫ぶ。 「ファルナ! やめろ!!」 「殺せるものなら殺してみなさい!!」 ファルナは両腕に法力の光を貯めてゼブライスへと向かう。 ゼブライスはその姿を見て笑みを浮かべた。 「抵抗しなければ………こうなるさ」 ゼブライスが呟いた直後、ユイスはゼブライスの腕が一瞬ぶれたように見えた。 そしてそのまま思考が停止する。ユイスの目に見えたものは理解することを無意識に止めさせた。ゼブライスの腕が一瞬ぶれた事。ファルナの身体が崩れて倒れたこと。 そして、その身体には頭が無かったコト………。 「ファルナ!!」 ユイスはゴルンの叫び声に我に返った。見ると、皆が今起きた事を理解する事ができなかったようだ。分かったのはファルナがもう既にこの世にいないという事だけだ。 「抵抗しなければ今のように苦しまずに殺してやるさ」 ゼブライスは、そう、まるで蠅を潰すかのごとく平然とファルナの頭を吹き飛ばしたのだ。 持っていた《デルグリス》で………。 (完全に………遊ばれていた………) ユイスは言いようのない無力感に身体の力が抜けそうになるのを何とか堪えていたが、頭は妙にすっきりとして完全に理解していた。 自分が今、避けられぬ滅びにさらされていることを。 「このぉ!!」 ゴルンがゼブライスに向かって両腕を突き出す。 「振動烈―――」 ゴルンが振動烈波を繰りだそうとした時、不意にゼブライスの姿がかき消え、ゴルンの目の前に出現する。 「な!?」 ゴルンが驚きの声を上げるのと同時に光が走る。一瞬後、ゴルンの両腕は肘から切断されていた。ゼブライスが剣を抜き放ち、斬り裂いたのだ。 「ぐああああぁぁぁああぐあ!」 ゴルンは痛みに身体を仰け反らせ、そこにゼブライスの鞭の連打がたたき込まれる。 鈍い音が何度も辺りに鳴り響き、ゴルンは吹き飛ばされる。意識はもう既にない。 それをゼブライスは満足げに見ると横を振り向いた。 そこにはすくんで動けないシュンがいる。 「あ………あ………」 シュンは恐怖のあまり身体が動かなかった。 シュンは今、目の前にある滅びのために精神が完全に崩壊されている。ゼブライスはそれを再び満足げに見ると、無造作に手を振る。 そして………シュンの頭が宙に舞った。 「おのれぇー!!」 ゼブライスが声のした方向―――上空を見ると、何とか動けるようになったガイとユイスがゼブライスに向かって攻撃を放ってくる。しかしゼブライスの姿はまた消え、二人の攻撃は地面を抉るだけ。すぐにゼブライスの姿はユイス達から少し離れた場所へと現れる。 「くそ! まだだ! 行くぞガイ!!」 ユイスは自分を振るい立たせようとガイを見ずに叫ぶが、ふと違和感に気付く。ガイからの反応が何もなかった。 「………?」 ユイスが横を向くと、そこにはガイが立っている。両腕をだらんと下げて。 いつも見える位置には頭がなかった。ユイスがそれを見て硬直している間にガイの身体は崩れ落ちた。 「首は後ろさ」 ゼブライスの言葉に反射的に後ろを見ると、確かに少し離れた所に見覚えのある顔が、その主である身体を持たずに横たわっている。 その表情は驚愕も何もない。 今まさに次の攻撃に入ろうとするような顔つきだった。ユイスはゆっくりと前を向く。 ふと、これが全部夢であってほしいと願う。がそこには後ろを向く前そのままにゼブライスが立っていた。 「避けると………同時に、攻撃した………のか………」 ユイスは何とか言葉を絞り出す。ゼブライスは平然と言ってくる。 「お前達は姿が消えたって思っているんだろうけど、ただ単に本気で動いてるだけさ。俺っちが本気を出すとこうなるさ」 そう言ってまたゼブライスはかき消える。ユイスが視線を巡らせる前に背後から何かを突き刺す音がする。見るとゼブライスが手に剣を持ち、ゴルンの胸を貫いている所だった。 「これでもう一人………」 ゼブライスがゴルンに剣を突き立てている剣がそのままに少しユイスに近づく。 ユイスはそれに合わせて後ずさりをする。ゼブライスはおもむろに口を開いた。 「助けてもらいたいさ? 誰に? 神に??」 ゼブライスは足を止めて話し出した。その様子の違いにユイスも足を止めて、聞き入っていた。 「冥土の土産におしえてやるさ」 ゼブライスの口調に変化はなかったものの表情には先程までの笑みはない。 「神ができることは三つしかない。一つ、魂を創り出すこと。一つ、魂を見守ること、一つ、大気を操ること………。わかるかい? 神が人間個人にしてやれることなんて結局何もないんさ。神を信じてなんになる? 無駄なんだよ」 「そんなことは………」 ユイスは何とか言い返そうとした。だが、言葉が浮かばない。ゼブライスは更に言いつのる。 「じゃあ、話題を変えて、質問に答えるさ。『どうして人間を殺してはいけない』さ?」 「どう………してだと………」 ユイスは言葉に詰まった。ゼブライスはそのまま語り始めた。 「人間はたくさん人を殺す。木も草も花も。そうとは意識しなくても殺し続けている。何故? 言葉が通じないから? 知能が低いから? じゃあ言葉が通じなくて自分より知能が低い生き物は殺していいさ?」 「違う………!」 「違う? じゃあお前は今まで生きてきて、一度も他の生命を奪ったことはないのか?」 ユイスの心の混乱をよそに、更にゼブライスの言葉が続く。 「肉を食べたことはないのか? 野菜は生きてはいないのか? 道を歩いていて目に止まらないような虫を踏みつぶしたことはないのか?」 ユイスは徐々に身体が震えてくる。すでに顔面は青ざめていた。 ゼブライスは先程とはうって変わって無表情でユイスに詰め寄ってきた。 「人間以外の動物達が他の生き物を殺すのは食べる為と生き残る為。でも人間は違う。自分に不都合だというだけで、同族もそれ以外の生き物も殺せるからな」 「そんな人達ばかりでは………」 ユイスが何とか反論の糸口を作ろうとして紡いだ言葉を、ゼブライスは言い終わる前に続ける。 「そうさね。けれどそうゆうのでもない人も何かを殺して生きているのは確かさ………」 ユイスはがっくりと膝をついて、ゼブライスの言葉を聞くだけになっていた。 (何も、できない………) 深い絶望感が体から力を奪った。無力感に身体はもう反応すらしてくれない。 「そうならば『殺される側』の生き物に何故人間は入らない? 人間が他の生き物よりも強いからか? なら………」 ゼブライスはゆっくりとユイスに近づいていった。 ゼブライスを見上げてきたユイスの眼には既に生気が殆ど感じられない。 言葉はまだ聞こえているようだ。 「より強い生き物が人間を殺すのはいいのか?」 ゼブライスは《デルグリス》をゆっくりと振り上げた。ユイスは身動きもしない。 何も答えない。 「もう一度聞く。『どうして人間を殺してはいけない』さ?」 ゼブライスの呟きを聞いてユイスの意識は完全な無に帰った。 真っ二つに割られたユイスを見ながらゼブライスはため息をついた。 寂しげに呟く。 「お前も無理だったさ………」 その時、突如爆発音が聞こえてきたかと思うと、光り輝く光球がゼブライスに向かってきた。 ゼブライスは軽く《デルグリス》を振って相殺する。 見るとゼブライスを囲んで数千人の兵士達が砲台と共にあった。その中の一人が叫ぶ。 「皆! 王子様達の敵討ちだ!! 全力で迎え撃て!!」 ゼブライスはその言葉に苛立ちを覚えた。 何故かは分からなかったが、それは一斉に発射された光球の爆音と共に消えていった。 ネルシス城王座の間、フォルド、オーリアー両城とさほど違いもなく玉座の前は広い空間があり、その前に部屋の入り口がある。 玉座にはネルシス国国王シターンが座り、傍らにはネルシス近衛師団長の鎧を着たレイナが立っていた。シターンの出で立ちは、左目には眼帯をして体を鋼の鎧で覆っている。 機能的とは言わず、あくまで身を守ることを前提にされているようだ。 レイナは、鎧の赤と、衣服の白が対比して、その姿は普段美しいレイナの雰囲気をより引き出している。だがそのレイナの顔も今は緊張に引き締まっていた。 少し離れた空間に立つ一人の男。水色の鎧に身を包み、どこも肌は露出してはいない。 顔は被っている仮面で全く見えない。その男が呟く。 「聖鬼軍は全滅し、ゼブライス様は残りの兵士の総討を始めたようだ」 男は一歩前に出る。シターンは男の言葉に言葉を失った。レイナは男の前に進み出る。 「《ライデント》は渡さないわ」 「………まずはあなたを倒さなくてはなりませんね」 男は両腕から剣を突きだしてレイナに向けて構える。レイナも腰の刀を抜いた。 「戦う前に名前くらいは教えてくれないかしら」 レイナは刀を斜めに下げて構えた。男は顔に笑みを浮かべて言う。 「『八武衆』シルヴェル………」 男―――シルヴェルはレイナへと向かっていった。 |